薄暗い洞窟から外へ出ると、すでに日は高くなっていた。
 出発前にセシルとが押し問答していたせいか、予定よりも遅くなってしまった。

 「もう少し先にミストの村がある。この指輪を届けたら、少し休もう」

 を気遣ってか、そんなことを言ってくれるセシルだが、は申し訳なくて仕方がなかった。
 谷を歩いている時も、セシルはを気遣ってくれた。先を歩くカインは振り返りもしないが。

 「・・・セシル」
 「うん?」
 「ごめんね」
 「え?」

 小さくつぶやいたの声に、セシルがこちらへ顔を向ける。もちろん、兜の下の表情はわからない。
 怒っているのか、呆れているのか・・・無理を言ってついて来たのは自分だというのに。

 「大丈夫だよ、。もうすぐミストの村だ」

 情けなくて、涙が出そうだ。はっきり言って、足が限界なのである。足元の悪い場所を歩き通しだったため、疲労がひどい。だが、セシルたちにそれを感づかれたくなくて・・・隠れてケアルをかけてみたが、足のマメには効いたが、体の疲れには効果がなかった。
 やがて見えてきた集落に、はホッとした。これで少し休める。だが、これからまた同じ道を通ってバロンまで戻ることになるのか・・・と、の気持ちは少し沈んだ。
 せめてチョコボがいれば・・・と思わずにいられない。

 「ほら、。村に着いたよ」
 「う、うん・・・」

 村の入り口を通り抜け、家屋が並ぶそこはミストの村だ。ホッと息を吐く。

 「あとは、この指輪を・・・」

 セシルが懐から指輪を取り出すと、その指輪についていた赤い石が突然光り・・・そこから何体もの炎の塊・・・いや、モンスターのボムが出現した。

 「な・・・!?」

 愕然とするセシルたちの前で、ボムが炎を撒き散らし、爆発する。あっという間に、辺り一面は火の海と化した。

 「ど・・・どういうことなの!? なんで・・・!!」
 「まさか・・・僕らはこのために・・・?」
 「この村を焼き払うためだったのか・・・」

 がガクガクと肩を震わせる。目の前で炎が上がり、人々の悲鳴がそこかしこで聞こえる。
 なぜ、バロン王がこんなことをしたのか・・・3人は訳も分からず立ち尽くしていた。
 と、村の奥の方で子供の泣き声がする。足が震えてまともに歩けないをセシルが支え、泣き声のした方へ歩いて行くと、そこには緑の髪をした少女がいた。

 「大丈夫・・・!?」

 その少女の傍らには1人の女性が倒れていて・・・どうやら亡くなっているようだ。はそちらを見ないようにして、女の子の体を自分のもとへ引き寄せる。
 怯えている場合ではない。は必死の思いで女の子に近づくと、その小さな体を抱きしめた。
 炎が迫っている。いつまでもここにいるのは危険だろう。だが、女の子はその場を離れようとしない。

 「さ、ここは危ないわ! 私たちと一緒に・・・」
 「おかあさんのドラゴンがしんじゃったから・・・おかあさんも・・・」

 嗚咽を漏らす少女の言葉に、セシルとカインがハッとなる。

 「そういえば、聞いたことがある。魔物を呼び出す力を持つ者・・・確か、召喚士」
 「まさか・・・ドラゴンって、僕たちが倒した霧の竜・・・?」

 セシルの言葉を聞き、少女がパッとから体を離した。その顔は青ざめている。

 「じゃあ、おねえちゃんたちが、おかあさんのドラゴンを!」
 「まさか、君のお母さんを殺してしまうことになるとは・・・」

 セシルが呻くように言葉を発する。少女がどんどんとから後ずさる。その表情は恐怖と嫌悪に包まれていた。

 「どうやら陛下はこの村の召喚士を全滅させるために、俺たちをここまで・・・」
 「カイン! なんてことを・・・」
 「それが事実だ。かわいそうだが、その少女も・・・」
 「カイン!」

 怯える少女に顔を向けたカインの腕を、が掴み、セシルがカインの前に立ちはだかった。

 「カイン! やめるんだ!」
 「やらねば俺たちがやられる!」
 「子供だぞ!」
 「陛下に逆らえるか?」
 「こんな殺戮を繰り返してまで、陛下に従う気はないっ! どうしてもと言うのなら・・・」

 セシルが腰の剣に手をやる。慌ててが「セシル!」と声をあげる。そのセシルの行動に、カインが「フッ・・・」と鼻で笑った。

 「そう言うと思ったぜ、セシル。1人でバロンを抜けるなんて、させやしないぜ」
 「カイン・・・?」

 カインの口元がニヤリ、笑みの形を作る。セシルとは顔を見合わせた。

 「いくら陛下に恩があるとはいえ、竜騎士の名に恥じる真似を出来るわけがなかろう」
 「じゃあ、カイン・・・お前も・・・」
 「もちろん、お前と同じ考えだ。だが、バロンは世界一の軍事国。俺たちだけで立ち向かっても、どうにもなるまい。他の国に知らせ、援護を求めんとな。ローザも救い出さんと!」

 カインの力強い言葉に、セシルとがうなずく。それにはまず、ここを出なければ。
 火の勢いがセシルたちを襲う。このままでは、バロンと戦う前に、焼け死んでしまう。

 「あ・・・」

 振り返れば、少女がガクガクと震えていて。が慌てて手を差し伸べた。

 「ここは危ないから、私たちと一緒に・・・」
 「いや!」
 「大丈夫よ。怖がらないで・・・」
 「ちかよらないで!」

 ブルブルと首を振り、泣き叫び、少女がから逃げるように後ずさる。その少女に、は微笑みながら近づいた。

 「ね? お願いだから・・・」
 「もう、いやあ! みんな! みんな、だいっきらい!」

 泣き叫んだ少女の声に応えるように、少女の目の前の空間が歪み・・・そこから巨人が姿を現した。
 あ然とするセシルたち3人の前で、巨人が大きな足を振り上げ、そのまま振り下ろした。すまさじい振動に、の体が倒れる。セシルが慌てての体を支え・・・巨人が再び足を振り下ろした。
 大地震が発生し、揺れる大地に体は跳ね飛ばされ・・・セシルは意識を失った。

***

 ゆっくりと、目を開いた。まず、目に映ったのは緑色。それが草の色だと判断するのに数秒を要した。
 次いで感じたのは、腕の中の感触。視線を下ろせば、赤いケープを着た少女が、腕の中で気を失っていた。

 「・・・! 、無事か?」
 「う・・・」

 セシルが肩を揺すると、が小さなうめき声をあげて・・・息があることにホッとした。
 ゆるゆると、瞳が開く。その瞳がセシルを捉え、「セシル・・・?」と掠れた声でつぶやかれた。

 「ああ、僕だよ。、怪我は?」
 「ん・・・大丈夫・・・だと思う・・・」

 ゆっくりと起き上がり、辺りを見回したが「あ・・・」と声をあげ、立ち上がろうとするも、足がもつれてその場に崩れ落ちてしまう。そういえば、極度の疲労に襲われていたのを思い出した。
 そのの視線をたどったセシルが、少女の存在に気がつく。小さく丸くなり、倒れている少女にそっと近づいた。
 少女の顔を覗き込み、彼女がハァハァと荒い息をしていることに気づく。恐らく、先ほどの巨人を呼び出した影響だろう。子供の体には負担が大きすぎたのだ。
 少女の体を抱きかかえ、セシルはハッと気付き、辺りを見回す。

 「カイン?」

 そう、親友の姿がそこにない。「カイン!」と名を呼ぶが返事はなく・・・少女の荒い息だけが耳に届く。

 「セシル・・・カインは・・・?」

 ヨロヨロと立ち上がり、セシルに歩み寄って来たが問うが、それにセシルは答えられない。

 「・・・とにかく、ここを離れよう。この子を休ませられる場所があればいいが・・・」

 フラフラのにも肩を貸したいが、セシルは少女を抱えている。もう少しここで休みたいが、少女の体調が気になるうえに、最悪なことに遠くから野太い声で「ミストの生き残りを見つけ出せ!」と聞こえてきた。バロン兵だ。

 「、大丈夫か?」
 「う、うん・・・大丈夫・・・」

 顔色も良くないが、気丈にもは微笑んだ。「早くここを離れましょ」と告げ、森を抜けた。
 その瞬間・・・ムワリ・・・ものすごい熱気に襲われた。ここは砂漠地帯だったか。それでなくても、体力を消耗していると少女を気にかけながら、それでも出来るだけ早足に砂漠を進んだ。
 常備用の水を少女に少しずつ飲ませ、セシルは己はほとんど水分を補給せずに先を急いだ。
 いくつかの戦闘で、がモンスターに放ったブリザドの冷気が気持ちいい・・・と感じる頃である。ようやくオアシスの町が見えた時、2人はすでに走り出していた。
 オアシスの町、カイポ・・・砂漠の中の町だ。2人はホッと息を吐き、まずは少女を休ませようと、宿屋へ向かった。
 宿の主人は呼吸の荒い少女と、顔色の悪いに、慌てて部屋を用意した。
 水とタオルが差しだされ、が少女の額に浮いていた汗を拭ってやると、ヒンヤリとした感触のせいか、少女がうっすらと目を開けた。

 「あ・・・気がついた?」

 が声をかけると、少女はフイッと視線を逸らした。が眉根を寄せる。
 兜を脱ぎ、一息ついたセシルが、の声に少女に歩み寄る。

 「・・・まだ、名前聞いてなかったね。大丈夫かな?」
 「・・・・・・」
 「・・・」

 ポンとセシルがの肩に手を置く。そして、そのまま少女の眠るベッドの傍らに座りこんだ。

 「・・・君のお母さんは、僕が殺したも同然・・・許してくれるわけはない・・・。ただ、君を守らせてくれないか・・・」

 セシルのその言葉に、少女は2人に背を向け、頭からすっぽりと掛け布をかぶってしまった。

 「・・・セシル」

 どうしたものか。が困った様子で眉根を寄せる。そんな彼女に、セシルは優しく微笑んだ。

 「いきなりは無理さ。でも、彼女はバロンに狙われている。僕たちで守らなければ」
 「うん・・・」
 「君も疲れているだろう? 今日は早く休むといい」
 「ありがとう、セシル」

 を気遣うセシルの優しさに、この人は暗黒騎士だが、心まで暗黒に染まっているわけではないと再認識する。
 それどころか、誰よりも優しく、気遣いのできる人だ。
 先にシャワーをどうぞ、と言われ、は遠慮なくそうさせてもらった。
 シャワーのお湯を止める。このオアシスの町で、水は貴重だ。カラスの行水よろしく浴室を出た。
 部屋に戻ると、セシルが椅子に座って目を閉じていた。ベッドで眠ればいいのに・・・。

 「セシ・・・」

 肩を揺すろうと、顔を近づけた時、ドキッと心臓が跳ねた。
 素顔のセシルは何度も見ているが、寝顔の彼は初めて見る。
 長い睫毛・・・整った鼻筋・・・呼吸のために薄く開かれた唇に、目が離せなくて…人の気配を感じて目を覚ましたセシルにビクッとした。

 「・・・?」
 「あ、いや、その・・・ほら、セシルも砂埃で体中ひどいでしょ? シャ、シャワー浴びてきたらどうかな??」
 「しかし・・・」
 「あの子のことなら、大丈夫! 私に任せて!」
 「・・・そうだね。たまには、のことも信頼しなくちゃね」

 そう言って、セシルは部屋を出て行った。
 部屋を出て行ったセシルを見送り、フゥ・・・と息を吐き、は少女に目を向けた。
 布団から微かに覗く緑の髪。珍しい髪色だ。少なくとも、は今までこのような髪色をした人物と会ったことはない。
 少ししか見えなかったが、可愛らしい顔立ちをしていた。大きな瞳と、それを縁取る長い睫毛。今は幼子だが、成長すれば、さぞかし美しい少女になることだろう。

 「ねぇ・・・? お名前、教えてくれないかな?」

 小さな声で、そうつぶやく。当然、返事はない。手を伸ばしかけ、引っ込めた。きっと彼女は拒絶するだろう。

 「あなたのお母様の代わりに、あなたを守ってあげたいの」

 やはり、少女から返事はなかった。

***

 セシルがシャワーから戻り、食事をしようとなったのだが、少女が起きない。眠っているわけではないのだが、とにかくベッドから出て来ない。
 彼女の健康のことも考え、食事を摂って欲しいのだが、事情が事情だけに無理強いもできなかった。
 食事は部屋に運んでもらい、万が一、少女が空腹を訴えた時に対応できるよう、食事を残しておいた。
 夜の帳が下りる。とりあえず、今日はもう休み、今後のことは明日にしようということになり、とセシルは眠りについた。
 そして・・・数刻後。セシルは外から放たれる殺気に、ハッと目を覚ました。

 「見つけたぞ、セシル!」

 聞こえてきた声に、セシルは枕元に置いてあった剣を取り、は慌てて少女のベッドに駆け寄った。
 開け放たれた窓の向こうに、4つの人影・・・バロン兵とジェネラルだ。

 「待ってくれ! バロン王は・・・」
 「その王のご命令だ。ミストの生き残りの、その子供を引き渡せば、許して下さるそうだ」

 ジェネラルの言葉に、はギュッと少女の体を抱きしめる。その小さな体は震えていた。

 「ミストの者は、危険な存在らしいのでな!」
 「なんだって!?」

 ジェネラルがの方を見やる。その腕の中の存在を。はさらにきつく、少女を抱きしめた。
 セシルがベッドを下り、剣を抜く構えを見せる。出来れば戦いたくはない。

 「さあ、その娘を渡せ!」
 「断る!」
 「ならば、力ずくで奪うのみ!」

 ゆけ!ジェネラルの号令に、3人のバロン兵が剣を抜く。それより速く、セシルが剣を抜き、刃先を前へ突き出した。
 黒い衝撃波がうねりをあげて、バロン兵に直撃する。もろに直撃を受けた兵士3人は、もんどりうって苦しんだ。
 暗黒騎士が使うことの出来る技だ。剣の先から漆黒の衝撃波を放つ攻撃。並大抵の人間は太刀打ちできない。

 「く、くそ・・・! ならば娘だけでも!」

 ジェネラルがの方へ向かってくるが、その時にはすでには呪文の詠唱を終えていて、その顔面にファイアの炎をぶつけていた。
 悲鳴をあげ、ジェネラルがのたうちまわった。「て・・・てったーい!!」と言いながら、ジェネラルが窓から逃げると、バロンの兵士たちも慌ただしく宿屋の窓から逃げて行った。

 「フゥ・・・」
 「大丈夫だったか? 
 「うん。あなたは? 大丈夫?」

 が背後の少女を振り返ると、少女は掛け布をギュッと掴み、消え入りそうな声で「ごめんなさい・・・」とつぶやいた。

 「え?」
 「ごめんなさい・・・あたしのせいで・・・」

 ようやく口を開いてくれた。ホッとするとセシル。が少女の傍へ近づき、小さな手に触れた。

 「謝らなくていいのよ」
 「そうだ。謝るのは僕の方だよ。それも、謝って済むようなことじゃない・・・」

 セシルは少女の母の命ともいえたドラゴンを殺したのだ。幻獣と召喚士は一心同体だと聞いたことがある。あのドラゴンの命と、少女の母の命は繋がっていたのだ。
 罪のない人の命を奪ってしまった罪は消えない。

 「・・・でも、まもってくれた・・・」

 少女の小さな手が、そっとの手に触れてきた。温かい。この子は、こんなにも幼いというのに、自分たちを許すというのか。

 「あたし・・・リディア・・・」

 少女の言葉に、とセシルは目を丸くして顔を見合わせ、次いでホッと表情を綻ばせた。

 「私は。こっちはセシルよ。よろしくね、リディア」
 「・・・うん」
 「大丈夫? お腹空いてない? お水は?」
 「ちょっと、のどかわいた・・・」
 「うん。ちょっと待ってね」

 少女・・・リディアが心を開いてくれたのがうれしかった。セシルが「ありがとう、リディア」と伝えれば、少女は幼子特有の邪気のない笑みを浮かべてくれた。