ドリーム小説

 5人は、しばらくその場を動けなかった。
 エッジは地面にうずくまったまま、ローザとリディアは呆然とし、セシルはを抱きしめたまま動かなかった。

 「どうすんだよ、セシル! このままここでボンヤリしてらんねえだろ!!」

 エッジが声を荒げる。確かに彼の言う通りだ。ここで打ちひしがれている場合ではない。わかっている。

 「行きましょ、セシル」

 リディアが告げた。「行くって、どこへ?」とセシルが尋ねる。

 「バブイルの塔よ。あそこに潜入して、クリスタルを取り返すの!」
 「そんなこと・・・」
 「やってみなくちゃわからないでしょ!」

 リディアの言葉に、セシルは小さくうなずくと、ファルコン号を発進させた。
 バブイルの塔と地底を繋いでいた橋は、ゴルベーザが爆破させてしまった。入れる場所といえば、ファルコンの格納庫か。果たして、まだ開いているだろうか?
 だが、バブイルの塔へ近づこうとした時だ。見えない壁に、ファルコン号が弾かれた。

 「うわっ!」

 船体が大きく揺れる。慌ててセシルは舵を取り、方向転換させた。よく見れば、パリパリと何かが弾けているのが見えた。

 「もしかして・・・月への道がもう開いちゃってるのかな・・・?」
 「とにかく、一度ジオット王のところへ戻りましょ。何かいい知恵を貸してくれるかも」

 ローザの言葉にうなずき、セシルはファルコン号をドワーフの城へと向けた。
 ファルコン号の空気は重い。それは当然だ。カインの寝返りと、クリスタルの奪取。クリスタルを渡すしか、セシルにはできなかった。
 赤い翼の隊長だったとき、罪のない人々を手にかけたことがある。ミシディアの人々は、それを忘れていない。その苦しさからは逃れられない。
 よりによって、セシルの最愛の人を人質にするなど・・・ゴルベーザの卑劣さに心底腹が立った。
 当のは、落ち込んでいるようだ。無理もない。自分が人質になどならなければ、クリスタルは無事だったのかもしれないのだ。
 カインの異変には気づいていたというのに・・・洞窟に入ってからずっと、ゴルベーザはカインを監視していたのだろう。そして、クリスタルを手に入れたあと、カインを操って・・・。
 そうだ、操られていたのだ。カイン自身に罪はない。
 だが・・・そんなこと、誰が受け入れられるだろうか? エッジなど、完全にカインへの信頼を失っている。

 「おねえちゃん、大丈夫?」

 リディアが心配そうに声をかけてくる。は心配かけまいと、笑顔でリディアに向き直った。

 「大丈夫よ。ビックリしたけど・・・もう平気」
 「おねえちゃん・・・」
 「うん?」
 「今回のこと、絶対におねえちゃんは悪くないんだからね?」
 「え・・・?」

 リディアの言葉に、は目を丸くする。気にしていたのが事実だが、こんなにもハッキリとそれについて言ってくるとは思わなかった。

 「うん・・・ありがとう、リディア」

 心から、自分が悪くないとは思えないけれど・・・それでも、心は軽くなった。リディアの頭を撫でると、「子ども扱いしないでよ〜!」と怒られてしまった。
やがて、ファルコン号はドワーフの城に到着した。

***

 「おお! よくぞ戻った! さあ、最後のクリスタルを・・・」
 「実は・・・」

 身を乗り出し、待ちわびていたジオット王に、セシルは「敵にだまされ、クリスタルを奪われた」と説明した。カインの寝返りについては、もちろん口に出さなかった。

 「なんと! 揃ってしまったか! もはや打つ手はない・・・。あの魔導船の伝説が本当でもない限り・・・」
 「魔導船とは・・・一体、どういうものですか?」
 「遥か昔にあったとされる、巨大な船じゃ。こんな伝説がある。“竜の口より生まれし者・・・”」

 ジオット王のつぶやいた伝承に、セシルとが目を丸くして、顔を見合わせる。

 「それはミシディアの!」
 「ご存知か? ミシディアを」
 「地上の魔道士の里です。私もセシルも、お世話になって・・・」

 何せ、の使える魔法のほとんどは、ミシディアで習得したものだ。そして、セシルがパラディンになれたのも、ミシディアの長老のすすめがあったからこそである。

 「なんと! ミシディアは実在したか!」
 「長老は祈りの神殿に入られ、祈り続けています」
 「もしや、そのお方は・・・」


 ジオット王は思案げな表情を浮かべ、つぶやく。セシルは「え?」と小首をかしげた。

 「魔導船を復活させるつもりか? いや! そう信じるしか道はない!」

 うん、と大きくうなずき、ジオット王は声をあげる。

 「ミシディアだ! ミシディアに急ぐのだ!」
 「でも、地上への通路は塞がっています!」
 ローザが進言する。
 そう、セシルたちが地底に来た際に使った大穴は、シドの爆弾によって塞がれてしまった。
 今回、セシルたちが地底に来られたのは、バブイルの塔から落とされたおかげなのだ。
 そして、そのバブイルの塔は・・・。

 「バブイルの塔も、クリスタルが全部揃っちまって近づけやしねー!」

 そう、近づくことすら出来ないのだ。もはや、彼らに地上に出る術はない。
 そう諦めかけた時。

 「ワシがなんとかしよう!」

 聞こえてきた威勢のいい声に振り返る。そこにいたのは、飛空艇技師のシドだった。

 「シド!」
 「でも、どうするの?」
 「ファルコンの船首にドリルをつけ、地上への道を塞いでいる岩を掘りながら進むんじゃ!」

 の問いかけに、シドが自信満々に答えるが、岩を掘りながら進むということは、ファルコン号に直角に進んでいくことになる。その上、削った岩が船体を傷つけないとも限らない。

 「装甲はミスリルを重ねる。少々重くなり、燃費が悪くなる。エンジンも改良しよう。直角に進むことになるが、それもきちんと安全面を考えよう!」
 「でも・・・傷はもういいの?」

 ローザが心配そうに尋ねれば、シドはドンと胸を叩き、ニカッと笑った。

 「こんな老いぼれのケガを心配している場合じゃなかろう!」
 「ほんとに出来んのか?」
 「飛空艇のシドに不可能の文字はないわ!」

 ジトリ・・・と疑いの眼差しを向けてきたエッジに、シドが腕まくりをして答えた。

 「よっしゃ! さっそく改造じゃあ!」

***

 改造にはセシルとエッジも駆り出された。男手は、いくつあってもいいくらいだ。
 しかし、セシルは真面目に働くが、エッジは目を離すとすぐにサボり、たちにちょっかいを出しに行く始末。シドが「いいかげんにせんかい!」と怒鳴っても、聞きやしない。
 それでなくとも、先を急いでいるのだ。エッジには真面目にやっていただきたい。
 2日が過ぎ、3日が過ぎ、4日目・・・ようやく、ファルコンの改造が終わったその瞬間、シドの体がバタリと倒れた。
 救護室に運ばれたシドは、しばらくすると、ボンヤリと目を開けた。

 「シド・・・」
 「無茶するから・・・」

 ローザがシドの手を握りしめる。シドは疲れ果てた笑みを浮かべた。

 「・・・どうやらワシなんかの出る幕じゃなくなってきたの・・・。おまけにこの体じゃ。ワシに出来るのは飛空艇をいじることくらいじゃ・・・」
 「まったく・・・。じーさん、あんたにゃ負けたぜ!」
 「早く良くなってね、シドのおじちゃん」

 エッジが頭の後ろで腕を組み、声をあげる。リディアは心配そうに声をかけた。

 「・・・」
 「はい?」
 「セシルと・・・ローザを頼むぞ・・・!」

 初めてシドからかけられた言葉。今まで、どこか距離を感じていたのに。
 は大きくうなずき、「ええ!」と微笑んだ。

 「シド・・・ありがとう・・・!」

 セシルがシドに告げれば、シドはシッシッと手を払った。

 「さ、行け・・・。こんなジジイに構っとるヒマはないはずじゃ!」
 「ああ・・・。みんな、行こう!」

 セシルの言葉に、仲間たちは大きく、しっかりとうなずいた。
 改造されたファルコンに5人は乗り込む。操縦はセシルがシドに叩き込まれている。地底に降り立った時の大穴へ向かう。

 「みんな! 行くよっ!!」

 セシルの声に、仲間たちはベルトで体を固定させ、しっかりと目の前のハンドルを握りしめた。もちろん、体を支えるための分厚い板もある。岩がぶつかっても平気なように、ローザが全員にプロテスをかけた。
 ファルコン号が岩をドリルで掘り進めていく。バラバラと大きな岩は船体にぶつかりながら、地底へ落ちていく。

 「もう少しだ・・・! みんな、がんばれっ!!」

 セシルが必死に声をかけ、ようやく地上の光が見え始めた。セシルは一気に船を進め・・・ようやっと大穴を塞いでいた岩を粉砕した。
 地上の明かりが目を突き刺す。思わず目を細めた。

 「よし、このままミシディアを目指そう」

 ドリルの回転を止め、セシルはファルコン号を東へ向けた。
 やがて見えてくる集落。懐かしい。ミシディアの村だ。
 ファルコン号を着陸させ、村の中へ入れば、長老が白魔道士と黒魔道士を従え、歩み寄ってきた。セシルたちが来ることを、予言していたのか。

 「待っておったぞ! 祈りの塔へ参られい!」

 長老の屋敷へ入り、階段を上っていく。その最上階が祈りの塔となっていた。中には数人の魔道士たちが、床にひざまずき、祈りを捧げている。

 「祈るのじゃ、皆の者! 伝説が真の光となる! 時は今を置いて他にない!」

 魔道士たちが長老の言葉にうなずき、さらに祈りを捧げる。
 それを見た、セシルの仲間の魔道士3人は顔を見合わせ、うんとうなずく。3人もその場にひざまずき、祈りを捧げ始めた。
 そして・・・ズゥン・・・という大きな震動。長老が「おお・・・!」と声をあげる。
 ミシディアの西、その大陸の突端、何かの口を模したような形のその間から、巨大な黒い船が浮かんだのだ。

 「皆の者! 我らの祈り・・・通じたぞ!」

 わぁ・・・と歓声があがる。セシルとエッジが目を凝らす。巨大な船はゆっくりと、ファルコン号の横に降り立った。

 「あれこそまさしく・・・大いなる眩き船・・・魔導船・・・!」

 長老が声を上ずらせる。まさか、伝説といわれた魔導船を、この目で見ることができるなど、思いもしなかっただろう。
 セシルたちも呆然とその船体を見つめる。「あれがミシディアの伝説の・・・」とがつぶやいた。
 と、クルリと長老がセシルたちを振り返った。

 「祈りの最中、温かい声が聞こえた。その声はこう言っていた。“月に参れ”・・・と。月でそなたらを待っている者がいる!」
 「月だぁ!?」
 「でも、どうやって!?」

 エッジとセシルが驚いて声をあげる。長老は「ウム」とうなずく。

 「魔導船は、月よりの船。ミシディアの記録によれば、通常飛行のスイッチとは別に、飛翔のクリスタルなるものがあるそうじゃ、飛翔のクリスタルに語り掛ければ、月との行き来ができるやもしれん!」
 「わかりました。やってみます!」

 仲間たちと顔を見合わせ、祈りの塔を後にしようとする。だが、が足を止め、悲痛な面持ちで長老を振り返った。

 「うん? どうかしたか? 娘よ」
 「あの・・・ご、ごめんなさいっ!!」

 ガバッとが頭を下げる。ジワリ・・・涙が浮いた。
 彼女が何を謝罪しているのか、それを理解したセシルもの隣に並び、頭を下げた。

 「セシル殿・・・?」
 「ごめんなさい・・・私たち・・・パロムとポロムを・・・!!」
 「2人は、僕たちを助けるため、自らを石に変えて・・・」

 ギュッとセシルが拳を握りしめる。あの時の、カイナッツォの言葉を思い出すだけで、腸が煮えくり返る。そして、双子の身を張った行為に胸を痛めた。

 「・・・どうじゃったか。あの2人が・・・」
 「守れなくて、ごめんなさい! あんなに幼い命を、私たちは・・・!!」
 「娘よ、そこまで自分を責めることはない。2人は、今どこに?」
 「バロンの城です」

 セシルが小さくつぶやくと、長老は1つうなずいた。

 「パロムとポロムのことは、ワシに任せなさい。お主たちは、早く月へ!」
 「は、はい・・・!」

 長老の力強い言葉にセシルとはうなずいた。彼なら、2人を救えるかもしれない・・・そんな予感がした。

***

 外へ出て、魔導船に乗り込む。飛空艇とは、まったく違う造りだ。中は、見た目と変わらず、広かった。
 長老が言っていた飛翔のクリスタルは、船内の中央で輝きを放っていた。

 「あ・・・なんか面白いものがある!」

 リディアが声をあげ、魔導船の奥へ向かう。そこにあったのは、6つのカプセルのようなもの。中には人一人が寝られるだけのスペースがあった。

 「ここで一休みできるってことか・・・。月に行くのに、時間もかかるだろうから、休んでいくかい?」
 「そもそも、月までって、どのくらい距離があるのかしら?」

 ローザの疑問に答えられる者はいない。
 とりあえず、月に向かおうと飛翔のクリスタルの前に立ち、「月へ!」と語り掛けると、魔導船はフワリと空へと飛び立った。

 「さあ、少し休もう」

 うん、とうなずき、仲間たちはそれぞれカプセルの中に入った。
 とりあえず、眠らないまでも目を閉じていれば、休息できる。はそっと目を閉じた。
 だが・・・その瞬間、まぶたの裏にアイスブランドの刃が蘇り、ハッと目を開けた。
 そっと、喉元に触れる。ギリギリと締め付けられたそこは、いまだに鈍い痛みを放っていた。
 ああ、ダメだ・・・忘れよう・・・こんな気持ちでは、この先セシルたちと一緒に戦えない。
 ゆっくりと首を横に向ける。その瞬間、隣のカプセルで寝ていたセシルと目が合った。視線がぶつかると、セシルは優しく微笑んだ。もそれに微笑み返した。
 と、セシルが指を上へ向け、何かを示す。上上へ、と指を動かしたセシルは、ゆっくりと起き上がり、カプセルを出る。どうやら、この部屋を出ようということらしい。
 そっと出てきたが、おそらく仲間たちは2人が出て行ったことに気づいているだろう。

 「大丈夫か?」
 「え?」

 「・・・守れなくて、ごめん。僕が君を守らなければいけないのに」
 「セシル? どうしたの?」
 「・・・カインのこと。君を人質に取られてしまった」
 「そんな・・・! あれは、私もいけなかったのよ。私がきちんとしていれば、あんなことには・・・」

 グイッと腕を引き寄せられ、「わ・・・」と声をあげる。セシルがギュッとの体を抱きしめた。

 「ゴルベーザが僕の気持ちを利用して、君を狙うなんて・・・許せない」
 「セシル・・・」

 そっと体を離し、見つめあう。の小さくて柔らかな手が、セシルの頬に触れ、そのまま滑る。愛しい人を見つめる、優しい眼差しだった。

 「ゴルベーザ・・・絶対に許せないわ。カインを再び操ったりして・・・!」
 「・・・」

 の手を握り、指と指を絡ませる。そっと見つめあい、セシルはの唇に口づけた。

 「・・・セシル」

 の唇から、愛しい人の名前がこぼれる。セシルが「うん」と答えると、はゆっくりと瞳を開いた。

 「好きよ」
 「うん・・・僕もだよ」
 「あなたを守りたい・・・失いたくない・・・」
 「僕だって・・・」

 ギュッと抱き合い、再び唇を重ねる。何度も何度も。
 の頬を伝った涙の理由を、セシルは知らない。