ドリーム小説

 翌日の昼、セシルたちはエンタープライズの改造が終わったと報告を受け、停留所へ向かった。

 「あ、セシルさん! 完成しましたよ! これでホバー船を引き上げて移動できます!」

 操作の仕方を習うのはセシルだ。シドのいない今、彼らの中で飛空艇を操縦できるのは、彼しかいない。
 ホバー船は、ギルバートが持っていたものだ。少しだけ浮いて、浅瀬などの場所なら移動ができる。確か、ホブス山の入口に置いてきたはず。

 「みんな、実はシドは・・・」

 セシルがシドの最期を伝えようとすると、弟子たちが苦笑いを浮かべた。

 「元気すぎてお困りでしょう?」
 「殺したって、死ぬような人じゃないですからねえ!」

 ズキンと胸が痛む。「殺したって死なない」・・・そのシドが・・・。

 「それじゃ、僕たちは仕事が山積みなので! がんばってください!」

 シドの弟子たちは、笑顔で頭を下げた。
 セシルたち一行は、新たに改造されたエンタープライズに乗り込んだ。

 「・・・言えないな、本当のことは」

 セシルがポツリとつぶやく。あんな風に、シドを慕い、信じている彼らに、「シドは死んだ」とは告げられない。

 「セシル、行きましょう。私たちは、クリスタルを奪い返しに行かなきゃ」
 「そうだな・・・」

 シドの弟子たちが見守る中、エンタープライズは、ホブス山へ向かった。
 ここでセシルたちはヤンと出会った。行方不明になっていた時期もあったが、何度もセシルたちを救ってくれた。礼儀正しい人だった。
 その死を悔やんでも仕方ない。ヤンはセシルたちを前に進ませるために、犠牲になったのだ。
 ホバー船の上でフックを操作し、収容すると、今度はエブラーナへ向かった。
 噂に聞いたことがある。エブラーナの王族は、忍者といい、とても身軽なのだという。また、忍術という特殊な技を使う。
 だが、エブラーナ城は壊滅していた。ダムシアンと同じように。ここは、四天王の1人、ルビカンテが攻め込んだ後なのだ。そして、生き残った数名は、西にある洞窟へ逃げたという。
 そして、その洞窟がバブイルの塔へ続いているのだ。
 中へ入れば、洞窟特有のヒンヤリとして空気に包まれる。と、先へ進んでいくと、何人かの兵士が地面に倒れ伏していた。慌ててローザが駆け寄り、回復魔法をかけようとするが・・・もう手遅れだった。
 出てくるモンスターは強力で、ヤンというアタッカーが減ったセシルたちは、苦戦を強いられる。
 そんな中、が魔法から剣へ攻撃手段を変える。前へ出てきたに、セシルはギクッとした。

 「、君は前に出ては駄目だ」

 戦闘終了後、セシルがに注意するも、「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」と突っぱねられた。

 「5人中、2人が前衛なんて、バランス考えても私が前に出たほうがいいでしょ。大丈夫よ。もう、あんなムチャはしない」

 ザックリと言い捨てられ、セシルは言葉に詰まる。の言う通りだ。3人を2人で守るより、2人を3人で守った方がいいに決まっている。
 「さ、先を急ぎましょ」と声をかけ、が歩き出す。その隣を、リディアがくっついて歩き、カインが続く。

 「セシル、大丈夫よ。は、同じ失敗はしない子だったでしょ?」

 ローザがセシルに微笑みかける。確かに、彼女の言う通りだ。も先日の一件で、勇敢と無謀は違うということを学んだだろう。それでも、心配なのは変わらないけれど。
 洞窟を進んでいくと、人の姿が見えた。彼らはセシルたちの姿を見て、目を丸くしている。彼らは、エブラーナの生き残りか。
 話を聞いたところ、エブラーナを襲ったルビカンテを追い、王子であるエッジという若者が出て行き、戻らないという。最悪の事態は想定したくないが、心配でたまらない、といった様子だ。
 ここは、セシルたちが様子を見に行くべきだろう。5人はエブラーナの人たちに見送られ、洞窟を先へ進んだ。

 「やっと会えたな、ルビカンテ!」

 聞こえてきた若い男の声に、セシルたちは足を止める。ルビカンテ・・・最後の四天王の名前だ。

 「今日という日を待ってたぜ!」
 「ほう、どこかで会ったかな?」
 「オレがエブラーナの王子! エッジ様よ!」
 「エブラーナ? 何のことかな」
 「てめえの胸に聞いてみやがれ!」

 叫ぶと、エッジという青年は拳を上下に重ね、人差し指を立て、ブツブツと何かをつぶやいた。

 「喰らえっ! 火遁の術っ!!」

 ルビカンテの足元を炎が包み、全身へ燃え広がる。だが、ルビカンテは炎をものともしない。

 「なんだ、その哀れな術は・・・。炎はこうして使うものだ! 火燕流!」

 すさまじい炎の竜巻が青年を襲う。「うわああっ!!」と絶叫し、青年の体がドサッと倒れた。

 「ち・・・きしょう!」
 「確かに自信を持てるほどの強さだ・・・。しかし、この私にはまだ及ばぬ。腕を磨いてこい! いつでも相手になるぞ!」
 「待ち・・・やが・・・れ・・・!」

 必死に立ち上がろうとするも、体が言うことを聞かない。ルビカンテはマントを翻し、立ち去って行った。
 ルビカンテが立ち去ると、セシルたちは顔を見合わせ、青年のもとへ駆け寄った。

 「大丈夫か!?」
 「な、情けねえ・・・このオレが・・・負けるなんざ!」

 クッ・・・と、悔しそうに青年が呻く。握った拳に力が籠る。

 「あたしたちも、ルビカンテの持つクリスタルを追ってるの」
 「手を出すな! ヤツは・・・オレが・・・この手でブッ倒す!」
 「相手は四天王だぜ。王子様」

 フッとカインが苦笑する。勇敢と無謀は違う。のような奴だ・・・とカインは彼女を見やった。

 「ヤツの強さを味わったろう!」

 セシルが声をあげるも、青年は苦笑いだ。

 「ヘッ・・・。オレをただの甘ちゃん王子と思うなよ。エブラーナ王族は、代々忍者の奥義を受け継いでんだ・・・! おめーらよりも、一枚も二枚も・・・上手・・・だ・・・ぜ・・・!」
 「いい加減にしてえっ!」

 青年の言葉に、声をあげたのはリディアだった。一同の視線が彼女へ向けられる。

 「テラのおじいちゃんも、ヤンも・・・シドのおじちゃんも! みんな・・・みんな!」
 「お、おい・・・」

 ポロポロと涙をこぼしたリディアを、が優しく抱きしめる。青年はうろたえ、視線を泳がせた。

 「・・・相手は四天王最強だ。勝ち目があるかどうかもわからない! だが、僕たちはヤツらからクリスタルを取り戻さなくてはならない!」
 「・・・こんなキレーな姉ちゃんに泣かれたんじゃ、しょうがねえ・・・。ここは一発・・・手を組もうじゃねーか」
 「まったく、こんな体で口の減らない王子様だ。見るに耐えん。おい、ローザ」

 カインの声に、ローザはうなずくとケアルラの呪文を唱えた。見る見る、青年の全身の火傷が消える。と、青年が体を起こし、そのまま「ヨッ!」と足の力だけで立ち上がる。忍者だけあって、身軽だ。

 「サンキュー、姉ちゃん! あんたも、かわいいぜ!」
 「調子いいの!」

 ローザにウインクを送る青年に、リディアが声をあげた。

 「まあまあ、そう言うなって。そーいや自己紹介がまだだったな。オレはエブラーナの第一王子、エドワード・ジェラルダイン。まあ、“エッジ”と呼んでくれ!」

 明るい調子で自己紹介するエッジに、セシルたちも自己紹介する。セシルとカインが名乗り、が名乗ると、エッジは「これまた、かわいい姉ちゃんっ!!」と目を輝かせ、の手を握ろうとするが、そのとエッジの間に、セシルがスッと割り込んだ。
 不服そうなエッジに、「気安く触らないでくれるかな」とニッコリ微笑むが、セシルの目は笑っていない。絶対零度の風が吹き抜けた気がした。
 そのセシルの気迫に気圧され、エッジは体を引く。続いてローザとリディアも名乗り、自己紹介は終了だ。
 とりあえず、これからバブイルの塔へ乗り込むのだ。体調は万全に、ということで、先ほどの場所まで戻ることにした。
 エッジの無事な姿を見て、人々がわぁ・・・と集まってくる。軽い王子だが、人望は厚いらしい。

 「・・・ギル、どうしてるかな」

 ポツリとがエッジを見てつぶやく。同じ王子ということで、彼を思い出したのだろう。まるで正反対な2人だが。

 「大丈夫さ。彼はトロイアで静養しているんだから」
 「そう・・・よね。きっと、元気になってるわよね」

 セシルが元気づければ、が微笑んだ。
 ヤン、テラ、シド、そしてパロムとポロム・・・多くの犠牲を目にしてきた中で、ギルバートが無事だったことは、本当に救いだ。もちろん、捕らえられていたローザ、洗脳されていたカイン、リヴァイアサンに飲み込まれたリディアが無事だったことも救いだが。

 「なあなあ、セシルとって、デキてるわけ?」

 ツンツンとカインの腕を突き、エッジがカインに尋ねてきた。カインは腕を組んだまま、「まあな・・・」と答えた。

 「カーッ! マジかよ! お前ら、クリスタルとやらを取り戻すために戦ってんだろ? イチャイチャしてる場合かよ!」
 「なんだ、うらやましいのか?」
 「う、うらやま・・・しくないとは言えないけどな・・・」

 言葉を濁すエッジに、カインはフッと微笑む。そして、その視線を親友たちに向けた。

 「ねえねえ、おねえちゃん! エブラーナの人たち、城からいくつかの武器や防具を持ってきたんだって! 見てみようよ!」
 「そうなの? 私たちが使っていいのかしら?」
 「ぜひ、あたしたちに使ってほしいって! ほら、セシル・・・カインも!」

 リディアがエッジの横にいたカインに声をかける。とりあえず、見るだけ見るか・・・と、カインはリディアとの後ろをついて行く。
 チラリと後ろを見やると、ローザとエッジもついて来ていた。エッジは何やらローザに言い寄っているようだが、セシル一筋な彼女には、まったく通用しない。

 「ほら、見て見て!」

 簡易的な店になっているそこには、数少ない武器や防具が置いてあった。
 氷の力をまとったアイスブランドと氷の槍は、ルビカンテ戦に有利だろう。同じく氷の力をまとった盾も手に入れる。リディアには黒のローブを与えることにした。ローザは力の杖を手にし、「これにするわ」と気に入ったようだ。
 お金を支払い、礼を言う。店員には「これでルビカンテを倒してください!」と熱望された。

 「そういえば、エッジ。さっき、魔法みたいなの使ってたけど、あれは? あなた、黒魔法が使えるの?」

 リディアに着せたローブを正しながら、がエッジに尋ねる。
 宿屋・・・とまではいかないが、休息所で6人はひとまず体を休めることにした。

 「ん? ああ、忍術のことか?」
 「ニンジュツ?」
 「おう。オレたちエブラーナ王族に伝わる奥義だよ。火遁の他にも術がある。巻物を使って、会得するんだ」
 「へぇ・・・魔法とは違うのね」
 「薬品技術で作られた巻物を使って発動させるんだ。オレもそのうち、実戦を積んで、他の術を会得するつもりだぜ」

 そう言うと、エッジは懐から筒のようなものを取り出した。だが、よく見れば、それは1枚の長い紙をクルクル撒いたものだとわかる。これが巻物か。

 「手裏剣という特殊な武器を投げて戦うこともできると聞いたことがあるが」
 「おっ! 詳しいな、カイン!」

 カインの言葉に、エッジは今度は小さな風車のような武器を取り出した。これが手裏剣か。エッジの持っているものは、バロンではお目にかからないので、物珍しい。
 「へぇ〜・・・」と言いながら、がエッジの持っている手裏剣をマジマジと見つめる。

 「持ってみるか?」
 「え? いいの??」
 「ああ。ただ持ち方に気をつけろよ。慣れてないと、危ないからな」
 「え・・・ど、どうやって持つの??」
 「こうして、まず手の平に置いて・・・」
 「

 エッジの手がの手に触れようとしたところで、セシルが突然、の名を呼んだ。ピタリ、2人が動きを止めて、セシルを見る。
 ニッコリ・・・セシルが人好きのする笑みを浮かべるも、どこか薄ら寒い。

 「あまり触り慣れてないものに、手を出さない方がいいよ。エッジも、軽々しく教えないことだね」
 「お、おう・・・ごめんな」

 パッとエッジがから離れると、が「え〜、つまらないの・・・」と不服そうな声をあげた。そのやり取りを見ていたカインがため息をこぼす。
 ヤキモチか・・・そんな言葉が頭を過る。
 今まで、に軽々しく触れようとする男はいなかった。カイン自身もそうだし、ヤンやシドもそうだった。気さくに肩を叩くくらいはしただろうが、下心を見せて近づいてきた男は、エッジが初めてだ。
 まさか、セシルがここまで独占欲の強い男だとは思わなかったが・・・。硬派な男しか身近にいなかったという証拠か。

 「そうだ、バブイルの塔へ入った後の陣形を考えようか」
 「それより・・・どうやって塔の中に入るの? 入口とかないんでしょ?」
 「ま、その辺はこのエッジ様に任せときな!」

 リディアの疑問にエッジが胸を張って答える。「大丈夫かしら・・・」とローザが思わずつぶやいてしまったのは、不可抗力だ。

 「塔の中に入ったら、エッジを先頭に、カイン、リディアとローザ、、僕の順番で歩こう。向かってくる敵は、エッジが引き付けること」
 「は!? それじゃ、オレすっげー大変じゃないか!?」
 「忍者なんだろ? 身軽さでかく乱すればいいじゃないか」
 「・・・案外、性格悪いのな、お前」
 「何か言ったかい?」
 「いやいや! わかった、オレが敵を引き付けて、セシルたちが一網打尽にするってわけだな!」
 「よろしくね」

 セシルとエッジのやり取りに、カインは再びため息をついてしまった。

 「珍しいね、セシルが囮みたいなことさせるなんて」
 「そうね・・・」

 リディアとが首をかしげる。わかっていないのか・・・いや、わかっていない方がいいのか・・・。

 「よっしゃ! じゃあ、明日に向けて、一休みといきますか!」

 エッジの気合いの入った言葉に、仲間たちはうなずき、それぞれ横になった。