ドリーム小説
目に刺さる朝日に、うっすらと目を開けた。視界に飛び込んできたのは、愛しい少女の寝顔。知らず、笑みがこぼれた。
しかし、いつまでもこうしている場合ではない。もしも、彼らの仲間が部屋に入って来てしまったら・・・。
「、起きて」
「・・・ん」
悪いとは思ったが、の肩を揺すって起こした。は小さく呻き、ゆっくりと目を開け、優しく微笑んだ。
「おはよう」
「・・・おはよう」
セシルが声をかけると、が小さく応え・・・視線を落とした。「どうしたの?」と尋ねれば、「だって・・・」と言葉を詰まらせた。
「昨日、あんなことがあったのに・・・」
カァ・・・との頬が赤く染まる。昨夜のことを思い出したのだろう。セシルはクスッと笑い、ベッドの下に落とした服を手に取ると、に手渡した。
「そういえば、の服、背中の部分が切れてしまっているよ。家に帰るか、部屋に帰るかしないと」
「う、うん・・・服は着替える・・・」
ベッドから出たセシルが服を着ている気配がする。はうつむいたまま、そちらを見ないようにした。
「飛空艇がどれくらい出来上がってるか、見てくるよ」
「・・・出来上がる?」
セシルの言葉に首をかしげ、はハタと気づく。ここがどこなのかを。
つい数日前、仲間たちと共に話し合いをした場所だ。
「・・・ここ、バロン?」
「そうだよ」
目をパチクリさせるに、セシルは「ああ、そうか・・・」とつぶやく。彼女はバブイルの塔脱出から、ここへ来るまで気を失っていたのだ。事情が呑み込めないのは当然である。
「も、飛空艇を見に行くかい? 今までに何があったのか、話すよ」
「うん。でも行く前に、私の部屋に寄ってもいい? 服を着替えたいから」
「ああ、もちろん」
ニッコリ笑うセシルに、はなんとなく気恥ずかしい。昨夜、あんなことがあったのに、セシルはまったくいつもと変わらない。
「・・・」
「えっ!?」
部屋を出ようとしたところで、名前を呼ばれる。顔を上げたの唇に、セシルがそっと口づけた。
「愛してるよ」
囁かれた言葉に、は真っ赤になって、うなずくしかなかった。
***
の部屋に寄り、破れた服を着替えた。湯浴みを済ませ、待たせていたセシルと共に飛空艇の停留場へ向かった。
シドの弟子たちと話をすると、完成にはもう少しかかるという。明日の昼頃には出来上がるだろう、とのことだ。
「さん、無事だったんですね! 昨日はビックリしましたよ! セシルさんのあんな顔も初めて見ましたし。お2人は、なるほど・・・そういうことですか」
ニヤニヤとシドの弟子に笑われ、2人は苦笑いをして、その場を離れた。
こうして歩いているが、はまだ本調子ではない。
当然だ。大量出血で気を失ったのだ。そのうえ、昨夜はセシルが疲れさせた。無理をして歩いているのである。だが、城内をおぶって歩くわけにもいかない。ゆっくりとした歩調で城内を歩いた。
「リディアに目が覚めたことを教えてあげよう。すごく心配してたからね」
「あ・・・そ、そうよね。私、あの子が止めるのも聞かず、立ち向かって行ったから・・・」
結果、返り討ちに近い状態にされてしまった。だが、リディアたちがどこにいるのか・・・? ローザの部屋を訪ねれば、そこにリディアはいた。
「おねえちゃんっ!!」
の姿を認めると、リディアが走り寄り、だきついてきた。はそのリディアの背中をポンポンと叩いた。
部屋の中にいたローザは、けしてと目を合わせなかった。
カインも心配してたよ、とリディアに言われ、はリディアを連れて、セシルとローザと共に、カインの部屋へ向かった。
カインは「大丈夫か?」とだけ、声をかけてきた。それだけだったが、彼が心配してくれたことが素直にうれしい。
「エンタープライズは、明日の昼頃には工事が終わるらしい。それまでは、このバロンでゆっくり過ごそう」
セシルの言葉に、仲間たちがうなずく。リディアがに「おねえちゃんのおウチに行きたいな」と声をかけている。体を休めるためにも、それがいいだろう。セシルは2人を見送ると、ローザを見やった。
「ローザ、大丈夫か?」
セシルの言葉に、ローザがビクリと肩を震わせた。ソロソロとローザがセシルを見上げた。2人から離れた場所にいたカインが、フゥと息を吐き、その場を離れた。
「バブイルの塔で、ショックなことがあっただろう? ヤンのこと・・・」
「あ・・・」
「シドのこともある。無理はしないでいいんだ」
気づいているだろうに、セシルはローザにそのことを言わない。気を遣われて逆につらくなる。怒られて、責められた方がまだマシだと思える。
「シドは、君にとって父親みたいな・・・」
「やめて」
セシルの言葉をローザが遮った。拳をギュッと握り締めた。
「・・・怒ってるんでしょう? 本当は。呆れているんでしょう?」
「君の返答次第では」
キュッと唇を噛む。許されるわけがない。ローザはセシルにひどいことをした。彼から大切な人を奪おうとしたのだ。
ポロリ・・・ローザの頬を涙がこぼれた。
「・・・あなたの考えてる通りよ。私は、を見殺しにした」
残酷な言葉だ。それはセシルもも、ローザ自身も傷つけた。
「最初は、戸惑っていた。ヤンのことがショックだったし、いきなり3人だけのところを襲われたんだもの。でも・・・が1人で立ち向かって行く姿を見て・・・“このまま、がいなくなれば”って思った。ひどい女なのよ・・・失望したでしょ?」
「だけど、本当は君はを好きなんだ。そうじゃなきゃ、泣いたりしない。後悔だってしない」
「それは・・・」
言葉に詰まる。視線が泳いだ。
自分でも、よくわからない。のことは憎い。彼女はセシルを奪った。だが・・・2人はかつて、大の仲良しだった。お互いに好きなことをして、白魔法の勉強をして・・・。
「のこと、許してほしい。僕のことも」
セシルが告げた言葉に、胸がズキリと痛んだ。許してほしいなんて。セシルのことは恨んでいないというのに。
いや、本当にそうだろうか? セシルのことが好きだ。だが、セシルはを選んだ。そのことを、恨んでいないと言えるだろうか?
「ねえ・・・セシル」
セシルから視線を外し、ローザがつぶやく。
「あなたのこと、忘れる代わりに・・・私にキスをして」
***
リディアを連れて実家に戻ると、数日ブリに帰ってきた娘に、両親が驚いていた。
顔色の悪いに、「今、滋養にいいもの作るからね!」と母親は台所に向かった。リディアが手伝おうとするが、彼女が料理を出来るとは思えない。足手まといになるだろう。慌てて止めた。
「わ〜! おいしそ〜!!」
テーブルに並んだ料理を見て、リディアが声をあげ、目を輝かせた。
肉料理に魚料理、シチューにパンにサラダにデザートに・・・食べきれないくらいの量だ。
リディアが「いただきます!」と手を合わせ、一口シチューを食べ、「おいし〜い!」と笑みをこぼした。
と、そこで玄関のドアが叩かれる。の母がドアを開け、「あら! セシル!」と声をあげた。そのセシルの後ろに、ローザとカインもいたらしい。
「あらあら・・・2人とも、久しぶりね〜! 料理追加しなくちゃ! さ、セシルもローザもカインも座って!」
「ローザ、こっちこっち!」
リディアがローザを手招きする。ローザは戸惑いがちに、リディアの元へ行き、彼女の隣に座った。セシルとカインはの父と同じ並びに座った。
「3人も食べて! おねえちゃんのお母さんの料理、すっごくおいしいから!」
「知ってるよ。子供の頃、毎日のように食べさせてもらってた」
孤児だったセシル。ローザとカインの親は、セシルを快く思っておらず、自然と平民のがセシルと堂々と仲良くしていた。がセシルを連れて、食事を振る舞ったのは1度や2度ではない。
「うん、おいしい」とセシルが微笑む。カインもうなずいた。今の彼は兜を脱いでていて、素顔だ。柔らかい表情のカインに、リディアが目を丸くしている。
リディアにとって、カインは「自分を殺そうとした人」なのだが、実はそれはセシルの本音を聞き出すための演技だったわけで。本来の彼は、不器用な21の青年である。
そういえば、こうして鎧を脱いでラフな格好をしている騎士2人の姿はめずらしいな・・・とも思った。
「あら、ローザ。具合でも悪いの? ちっとも食べてないじゃない! それとも、口に合わない?」
の母に声をかけられ、ローザがハッと我に返る。「い、いえ! いただきます!」と答え、温かいシチューを食べる。体がじんわりと温まる。
「いや〜お前たちが子供の頃を思い出すなぁ。あの頃から、セシルたち3人はしっかり者で、ウチのはおっちょこちょいで・・・」
「ちょ、ちょっと! お父さん、リディアの前で余計なこと言わないでよ!」
「え〜? あたし、聞きたい! ね、お父さん、もっと聞かせて!」
「お? いいぞ〜。そうだなぁ・・・あれは、が6つくらいの頃か・・・」
懐かしいの失敗談に、セシルとリディアが笑い、が怒り、カインは苦笑。ローザは、口元が弧を描いていることに気づき、ハッと目を見張った。そのローザの手に、温かい手が触れる。
「大丈夫かい? ローザ」
「・・・おばさん」
「ウチは、あんたのお母さんには煙たがられてるみたいだけど・・・あんたに嫌われるのは寂しいね」
「そんな、嫌うだなんて・・・!」
の家族は、温かい。躾に厳しかったローザの家とは違う。それがうらやましくもあった。
「ごめんなさい、おばさん・・・。私は、のことを傷つけてしまって・・・」
「うん、今のあんたを見ればわかるよ。でも大丈夫。ウチの子は、あんたが大好きだからね! それに、しぶといよ! あんたが自分を許してあげるまで、あの子はあんたから離れないよ」
「おばさん・・・」
ジワリ・・・涙が浮いた。の母は、ローザの頭を抱き寄せ、ポンポンと優しく撫でた。
─── ごめん、ローザ
つい先ほど告げられたセシルの言葉を思い出す。
─── 僕は、を裏切れない。それに、そんなの、みじめなだけだろ?
キスしてほしい、とねだったローザに、セシルはそう告げた。セシルはやんわりとそれを拒絶した。そんな風に、傷に塩を塗るようなことはするな、と。
忘れたい・・・けれど、忘れられるだろうか? 今だって、笑うセシルの姿に胸がときめくのに・・・。
と、セシルとが視線を合わせ、幸せそうに微笑む。ローザの胸は、ズキリと痛むのだった。
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