ドリーム小説

 カインに引っ張られている腕が痛い。追いかけてくるモンスターを、なんとか振り払い、セシルたちは物陰に隠れた。
 ここまで、ほぼ全力疾走。セシルとカインはいいとして、女性3人にはかなりきついものだっただろう。その証拠に、3人はグッタリと座り込んでいる。

 「大丈夫か? 3人とも」

 セシルが声をかけると、3人は弱々しくうなずいた。どう見ても大丈夫ではない。
 身体的疲労もさることながら、精神的なダメージも大きい。リディアがグスッと鼻を鳴らした。
 巨大砲は、ヤンの自己犠牲により、発射を免れた。命令を下していただろうルゲイエも倒した。ドワーフたちは無事だろうか?
 と、休憩中の5人に、モンスターが近づいてくる気配があった。セシルとカインは顔を見合わせ、うんとうなずく。

 「3人はここにいてくれ。すぐ戻る」

 うん・・・と答えたのは誰だったのか。とりあえず、モンスターをここから離れた場所で倒さなければ。
 セシルとカインが離れた直後だ。モンスターの唸り声がしたのは。
 ハッとなって顔を上げれば、キマイラが2体、ギラギラと目を輝かせ、こちらに向かってきていた。
 チッと舌打ちし、は剣を抜く。咄嗟にリディアがの腕を掴んだ。

 「ムチャだよ! おねえちゃんっ! セシルたちのところまで逃げよう!?」
 「ダメよ! セシルたちが、もっと強い敵と戦ってたら、どうするの?」
 「でも・・・あたしとおねえちゃんだけじゃ・・・」
 「大丈夫。2人のことは、私が命をかけても守るから」
 「イヤだよっ! そんな風に言わないでっ!!」

 これ以上の犠牲など、いらない。リディアが必死にを止める。
 そうこうしているうちに、キマイラの1体が2人に飛び掛かってくる。がそのキマイラの顔を斬りつけると、ギャアと声をあげ、キマイラが後退する。

 「リディア、援護を」
 「おねえちゃんっ!」

 剣を構え、はキマイラに走って行く。彼女を倒す対象と決めた2体のキマイラが、その爪と牙でに襲いかかる。
 爪をギリギリのところで交わし、牙は剣で受け止める。ギリギリと力と力の勝負をしているところへ、もう1体のキマイラが襲いかかる。だが、そのキマイラにブリザラの魔法が突き刺さる。2体を襲った冷気に、キマイラが怯む。

 「ハアッ!」

 気合いの声をあげ、剣を突き出し、キマイラの片目を刺す。ギャアア!と耳障りな声があがる。剣を引き抜き、そのまま力任せに斬りつけ、唱えていたブリザラを叩きこむ。ドォ・・・と、キマイラの体が倒れた。
 ホォ・・・と息をつくも、「キャア!」というローザの声に我に返る。もう1体のキマイラは、攻撃できずに立ち尽くしていたローザに狙いを変えていた。

 「ローザっ!!」

 キマイラが爪を振り上げる。は必死にローザに向かって走り、寸でのところで彼女の体を抱えて飛び退いた。ように見えた。だが、キマイラの鋭い爪が、の背中を抉った。

 「グッ・・・」

 激痛に意識が遠のきそうになる。リディアが「おねえちゃんっ!!」と悲鳴をあげる。
 グルル・・・と唸り、キマイラが口を開け、に襲いかかる。ダメだ・・・意識が朦朧とする。出血がひどい。必死に呪文をつむぐが、精神力が続かない。

 「おねえちゃんっ!!」

 リディアが叫び、ブリザラの魔法を放つ。それでも攻撃の手を止めないキマイラ。もうダメだ・・・遠のく意識の向こうで、キマイラの断末魔の声が聞こえた気がした。

***

 「っ!!」

 セシルがの体を抱き起す。駆け寄ってきたリディアが、半泣きの状態で「おねえちゃん!!」と叫ぶ。

 「ローザっ!」

 カインがの傍らに座り込み、ローザに声をかける。「ケアルを・・・!」と訴えるが、ローザは呆然と座り込んだままだ。
 セシルがありったけの魔法力でにケアルラを施す。自分の魔力の低さを呪った。しょせん、付け焼刃の白魔法なのだ。

 「・・・ダメだ・・・死ぬな・・・!」
 「おねえちゃん・・・おねえちゃん・・・っ!」

 リディアがの手を握り締め、何度も名前をつぶやく。ケアルラの光が、の背中の傷をゆっくりと塞いでいった。こんなことなら、きちんとハイポーションを買っておけば・・・!

 「傷は塞がったな。あとは・・・出血だ。流れ出た血は、ケアルじゃどうにもならん」

 カインが冷静に告げる。セシルは完全に動転しており、リディアはとうとうグスッと鼻を鳴らして泣き出した。

 「しっかりしろ! 3人とも。早くここを出るぞっ!」

 こうなったら、モンスターに見つかる前に、塔を出るしかない。セシルが弱々しくうなずき、を背負う。
 まるで戦力にならない3人を連れ、カインは先頭にたち、突き進む。ようやく出口が見えた。入ってきた時のつり橋を渡ろうとした時だ。

 「なかなか楽しませてくれる・・・」
 「ゴルベーザ!?」

 カインがチッと舌打ちする。この最悪な状況で、ゴルベーザなど相手にできるはずもない。
 だが、ゴルベーザは姿を現さない。声だけだ。

 「鬼の居ぬ間に命の洗濯か? 遊びはこれまで・・・。そろそろ、お別れを言おう。さらばだ・・・!」

 と、背後のドアが爆発する。まさか・・・とつぶやくカインの予想通り、爆発がつり橋を襲った。

 「走れっ!!」

 そんなものが何の役にも立たないことは、わかっていた。
 橋が壊れ、カインたちの体が落ちる。このまま地面に衝突か・・・と観念したときだ。エンタープライズが通り抜けざまに5人の体を受け止めた。

 「ギリギリ、セーフじゃったの!」
 「シド・・・!」

 カインがホッとして息を吐く。シドがセシルたちを見回し、眉根を寄せた。

 「なんじゃ、カイン以外は死にそうな様子で・・・。そういえば、ヤンはどうした?」
 「・・・巨大砲を食い止めるため、犠牲になった」
 「そうか・・・。で、その姉ちゃんは?」

 シドがチラリと見たのは、リディアだ。彼がいない間に仲間になったため、知らないのだろう。

 「ミストの召喚士の生き残り・・・リディアだ」
 「ミストの? そうか・・・生き残りか」

 ミストの大地震のことは、シドも知っているのだろう。痛々しそうな様子でつぶやいた。
 と、エンタープライズの後を追いかけてくる機影が見える。赤い翼だ。

 「ちっ! 追ってきおった!」
 「振り切れんのか!?」
 「こっちの方が性能は上のはずじゃが・・・! ヤツらも赤い翼を改造したらしいの!」

 エンタープライズと赤い翼の追いかけっこが始まる。グングンとその距離が縮んでいく。

 「追いつかれるぞ!」
 「ふんばれ! エンタープライズ!!」

 だが、改造された赤い翼は最新型のエンタープライズに迫ってくる。シドは船体に鞭打つように、エンジンを加速させる。

 「くそっ! エンジンがもたん! 代われい、セシル!」
 「・・・え?」

 シドに怒鳴られ、セシルがフラフラと立ち上がる。彼は「赤い翼」の隊長だった。その際に、飛空艇の操縦技術をシドに叩き込まれていた。
 舵取りを任されたセシルは、戸惑いながらの体をゆっくりと横たえると、操縦を代わった。

 「シド、どこへ・・・?」
 「エンタープライズが地上に出たところで、この爆弾で穴を塞ぎ、食い止める!」
 「な・・・!?」

 手にした巨大な爆弾。セシルとカインが愕然とする。

 「まさか、そんなことをさせるわけには・・・!!」
 「フフ・・・ローザとセシルの子が見たかったが・・・ヤンが寂しがるといかん。お前たちは、バロン城に向かい、ワシの弟子たちに会え!」
 「シドッ!!」
 「いいな! バロン城へ急げ!」

 そう言い残すと、シドは飛空艇から飛び降り、セシルは舵を切り、地上への道を通り抜けた。
 その瞬間、下から爆風が襲い掛かり、エンタープライズの船体があおられる。
 シドの目論見通り、地底への道は塞がった。

 「シド・・・」
 「どいつもこいつも、死に急ぎやがって!」

 カインが苦々しげにつぶやく。セシルは舵を握ったまま、呆然としていた。そのセシルの肩を、カインが揺する。

 「しっかりしろ。バロンへ向かえ。の命が危ない」
 「!!」

 ハッと我に返り、セシルはエンタープライズを飛ばした。バロンの城に飛空艇で戻るのは、いつ以来だろうか?
 飛空艇の停留所に船を下ろし、4人が地上へ下りたつと、シドの弟子たちが駆け寄ってきた。

 「セシルさん! 親方に頼まれていたんです! フックをエンタープライズに取り付けるようにと!」
 「え・・・? フック?」
 「ええ! このフックを使えば、ホバー船を収容できます。それを使って、エブラーナに行けますよ」

 セシルは意味がわからず、目を丸くする。その隣で、カインが「そうか・・・」と納得したようにうなずく。

 「エブラーナの近くに、地上のバブイルの塔がある」
 「地上の・・・?」
 「お前も見ただろう、あの塔の巨大さを。アレの上は、この地上部分に突き出ている。そこにはゴルベーザの奪ったクリスタルがある。地上のバブイルの塔には、エブラーナから行くしかない」
 「そのエブラーナに行くのに、ホバー船が必要なのか・・・」
 「厳密に言うと、塔に続く洞窟に、だがな」

 カインの説明に、セシルは「そうか・・・」とつぶやいた。

 「数日もあれば、作業は終わりますよ。バロンでゆっくりしていて下さい」
 「ありがとう・・・」

 微笑んでシドの弟子にそう告げると、セシルはリディアに任せていたに目を向けた。まだ気を失ったままの彼女の体を抱きかかえると、何も言わずにその場を去って行った。

 「さん・・・? 何があったんですか?」
 「・・・ちょっとな。とにかく、飛空艇の方は頼んだぞ」
 「はい!」

 セシルの後を追いかけていくリディア。未だエンタープライズの傍で立ち尽くしているローザ。カインはローザの肩を叩き、「休もう」と彼女を部屋まで送って行くことにした。

***

 をセシルの部屋に運ぶ。リディアがバロンの町でハイポーションを買ってくる、と部屋を出て行った。
 ベッドにを寝かせ、傷の具合を見る。必死のケアルラのおかげで塞がっている。開く可能性も低いだろう。

 「・・・ごめん・・・」

 あの時、3人を置き去りにしたせいで、こうなった。まさか、1人でモンスターに立ち向かうとは思わなかった。話を聞かなくても、何があったのかなんて、すぐわかる。
 爪で切り裂かれた服。白い背中が顕になっていて・・・うっすらと残る傷跡。胸が苦しくなる。セシルはそっと、彼女の体を仰向けにした。
 青白い顔。呼吸も浅い。死なないでくれ、と祈るしかなかった。
 冷えた手を握り締め、少しでも体温が移れば・・・と願う。その指先に口づけを落とし、自身の頬に当てた。
 しばらくそうしていると、部屋の扉が開き、リディアが戻ってきた。袋を抱えた彼女は、セシルの横に座った。

 「おねえちゃん、大丈夫だよね・・・?」
 「ああ。死なせたりしない」
 「ごめんなさい・・・あたしが白魔法を使えなくならなければ、こんなことには・・・」
 「リディアのせいじゃないさ。それに、モンスターを倒すのに協力してくれたんだろ? ありがとう」
 「セシル・・・」

 言いたいことがあった。だが、セシルはそれを聞きたいとは思わないだろう。キュッと唇を噛み、膝の上で拳を握り締めた。
 あの時、なぜローザはを助けてくれなかったのか。彼女がプロテスでもかけてくれていれば、ここまでひどい怪我をしなかったはずだ。いや、それよりも、傷を負ったに、すぐケアルをかけていれば・・・。
 攻撃手段だって、弓があった。倒すまでに至らなくても、牽制には十分だ。
 きっと、突然のモンスターの襲撃に、気が動転していたのだろう。そうに決まっている。

 「・・・セシル」
 「うん?」
 「セシルとおねえちゃんは、“コイビト”なんだよね?」
 「そうだよ」

 ハッキリと答えたセシルに、リディアは「そうだよね」とつぶやく。あの時、が説明してくれた“コイビトの定義”を思い出す。

 「セシルは、おねえちゃんのことを思うと、胸が苦しくなったり、守ってあげたいと思ったり、独り占めしたいと思うの?」
 「そうだよ」
 「・・・大切?」
 「大切だよ。誰よりも、何よりも・・・。リディアにも、きっとそういう人がいつかできるよ」

 セシルがリディアに優しく微笑みかけ、頭を撫でてやる、思えば、彼女と一緒に過ごした時間は長くはないが、ずいぶんと仲良くなったものだ。信頼もされている。彼女にとっては何年も、になるが、離れていた間、どんな心境だったのだろう。

 「リディア、は僕が看てるから、君は休むといい」
 「え? でも・・・」
 「疲れているだろ?」
 「・・・大丈夫?」
 「ああ」

 ヤンを失い、シドを失い、精神的にも参っているのは事実だ。そのうえ、がこんな状態だ。だが、リディアがここにいても、何も出来ない。それに、外は暗くなりつつある。

 「・・・ローザとカインを探して、一緒にいるね」
 「うん」

 セシルの部屋を出ようとして、振り返る。セシルはの手を握りしめたまま、こちらを振り向かなかった。

 「・・・」

 しばらくして、そっと名を呼ぶと、ピクリ・・・の目蓋が動いた。ハッとして、ジッとを見つめると、ゆっくりとその瞳が開いた。

 「・・・!
 「セ・・・シル・・・?」
 「ああ・・・! 、よかった!」

 セシルがそっとの頬に触れる。優しく触れてきたその手に、が微笑む。

 「傷は痛む?」
 「ううん。全然痛まない。セシルが助けてくれたの・・・?」
 「ああ・・・無事でよかった」

 本当に・・・セシルがつぶやく。が「セシル・・・」と名を呼ぶ。セシルは「うん?」と応えた。

 「私・・・セシルがきっと助けてくれるって信じてた。キマイラ、倒してくれたんでしょう?」
 「うん。1体はが倒したんだろ? 強くなったね」
 「リディアの力もあるけどね」

 フフッ・・・とが笑む。だが、その表情が曇った。

 「・・・ローザ、怒ってるんだね」
 「、それは・・・」
 「当たり前よね。裏切って、傷つけた」
 「それでも、君を見捨てていい理由にならない。僕は・・・君がいなくなってしまうと思ったら、怖くてたまらなかった。怖いんだ・・・君を失うのが」
 「セシル・・・」

 の体に抱きつき、セシルは彼女の耳元でつぶやいた。の手が、セシルの髪を撫で、頬に触れる。目線を上げたセシルと目が合った。

 「好きよ、セシル。私も、あなたを失いたくない」
 「・・・、君を僕のものにしてもいいかい?」
 「え?」

 首をかしげるに口づけて。何度も何度も唇を重ねる。
 そのままの上に、セシルは覆いかぶさるように体を重ね、その夜、2人は結ばれた。