うなだれながら、ジオット王の元へ戻ると、セシルたちの様子で、何が起こったのかは察したらしい。

 「すみません。クリスタルは、ゴルベーザの手に・・・」
 「やむを得ん。こうなっては、最後のクリスタルを死守するしかあるまい」
 「最後のクリスタルは、どこにあるのでしょう?」

 ローザが尋ねる。ジオット王は、しばし逡巡した後、口を開いた。

 「南西にある封印の洞窟じゃ。ゴルベーザが向かったが、慌てるでない。封印を解くカギがなければ、あの洞窟に入ることはできん。そこでじゃ、お主らに頼みがある!」
 「クリスタルが奪われたのも、僕らの責任です! 何か力になれるなら・・・」
 「ゴルベーザが封印の洞窟に向かっている今がチャンスじゃ。バブイルの塔に潜入し、7つのクリスタルを奪い返してもらえぬか?」
 「バブイルの塔に?」

 カインが声をあげる。バブイルの塔・・・ゴルベーザが言っていた。“月への道”だと。それがどういう意味なのかは、わからないが、とにかくそこは、ゴルベーザの根城のようなものだろう。

 「敵の本拠に潜入しろとおっしゃるか!?」

 ヤンが目を丸くし、カインは唸る。

 「心配はいらん! 我らの戦車隊が敵を引き付ける! その隙に、お主らにクリスタルを奪還してほしい! ゴルベーザのいない今しかない!」

 ジオット王の言葉に、セシルたちは顔を見合わせる。カインが「どうする?」とセシルに尋ねた。

 「敵の基地なんでしょう? 罠とかないかな・・・?」
 「しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・」
 「逆にチャンスかも・・・とも思えるし」
 「よし・・・」

 リディア、ヤン、 それぞれの意見を聞き、セシルは決断する。

 「やってみます!」

 クリスタルを奪われたのは、セシルたちのせいなのだ。命を懸けても取り返す必要がある。

 「そうか! やってくれるか! よし、戦車隊を手配しよう。今日は1日、休むといい!」

 ジオット王の言葉にうなずき、セシルたちは宿屋へ向かった。

 「ねえ、おねえちゃん」

 リディアが に声をかける。同い年くらいのリディアに「おねえちゃん」と呼ばれるのも、なんだか変な気分だ。

 「どうしたの? リディア」
 「“コイビト”のこと、教えて?」
 「えっ!?」

 リディアから突然飛び出した言葉に、 は真っ赤になり、セシルが「なんで、リディア・・・」とつぶやく。

 「だって、おねえちゃん言ったでしょ? 10年経ったらコイビトってなんなのか教えてくれるって」
 「え? あ・・・あぁ、そういうこと!?」

 驚いた。 の恋人・・・つまり、セシルのことを言っているのかと思ったのだ。まさか、仲間たちの前で惚気るわけにもいかない。しかし、実際は「恋人というものが、どういうものなのか教えて」ということだった。過剰に反応してしまい、恥ずかしい。

 「恋人っていうのは・・・え〜っと・・・好きな者同士のことって言うか・・・」
 「あたしは、おねえちゃんのことが好きよ?」
 「いや、普通は男と女のことを・・・」
 「じゃあ、あたしとセシルは恋人同士? セシルのこと、好きよ」
 「そういう“好き”じゃなくて。その人のことを思うと、胸が苦しくなったり、守ってあげたいと思ったり、独り占めしたいと思ったり・・・う〜ん・・・リディアはまだそういう人がいないから、難しいのかも」
 「おねえちゃんには、そういう人がいるの?」
 「えっ!?」

 リディアは先ほどから的確に答えづらいことを尋ねてくる。もちろん、本人には悪気はまったくない。
 言葉に詰まる に、リディアが首をかしげる。当の は冷や汗ものだ。何せ、今この場にはローザがいる。彼女の前でセシルのことを言うのは憚られる。

 「リディア、 殿と話したい気持ちはわかるが、まずは宿屋へ行き、そこでゆっくり話してはどうだ?」

 助け舟を出したのは、なんとヤンだった。リディアが「それもそうね」と納得する。

 「これからは、ずっとおねえちゃんと一緒にいられるんだもんね!」
 「ええ、そうよ」

 ギュッと に抱きついてくるリディア。体は大きくなったが、心は幼い頃の純真さのままだ。
 仲良く歩いて行くリディアと の姿を見つめ、セシルはそっと微笑んだ。本当に仲がいい。本当の姉妹のようだ。リディアがまだ幼かった頃から思っていたことだが。

 「セシル・・・良かったわね」
 「え?」
 「リディアもヤンも・・・ギルバートも無事だったんでしょう? 最悪の事態を想定してたのに」
 「ああ・・・そうだね。それに、君も無事だったし、カインも戻ってきてくれた。テラのことは・・・残念だけど」

 ローザが優しくセシルに触れる。そんな彼女に、セシルは優しく微笑んだ。その視界にカインの姿が映る。セシルは、カインの気持ちを知っている。自分と仲良くしているローザを見るのは、つらいだろう。

 「大丈夫さ。後ろを向いても仕方ないからね。テラにも怒られてしまう」

 そう言って、セシルはローザの傍を離れ、ヤンの隣に並んだ。そんなセシルの姿を、ローザは寂しげに見つめた。

***

 ドワーフ族お手製の食事を取り、ヤンは腹ごなしに鍛錬へ行き、セシルとカインは武器の手入れ、リディアとローザはポーション等の整理をしていた。

 「ローザ・・・」

 そのローザの背に、 が声をかけると、彼女は無表情で振り返った。つい今しがたまで、リディアと笑顔で作業をしていたというのに。

 「少し、いいかな?」
 「・・・ええ」

 無表情のまま、ローザが立ち上がる。2人連れ立って、部屋を出て行く姿を、3人は見送った。

 「・・・なんか、ちょっと怖い雰囲気だったね」

 リディアがセシルとカインに顔を向ける。兜を脱いだカインがフゥ・・・と息を吐き、セシルを見やった。彼のその視線の意味を、セシルはわかっている。

 「少し、2人にしてあげよう」
 「いいのか?  に任せて」
 「これは2人の問題だ。僕が口を出すことじゃないさ」

 そう言いつつも、心配そうなセシルの様子に、カインはため息をついた。
 一方、 とローザは宿屋を出ると、塔と塔の間にある、大きな見張り台へ向かった。ドワーフの見張りが2人いたが、奥の方へ行けば、会話の内容は聞こえないだろう。
 ゆっくりと立ち止まり、 はローザを振り返ったが、彼女は と目を合わせることはなかった。

 「・・・もしかしたら、私が何を言おうとしているのか、わかってるかもしれないけど、でも言わせてね」
 「・・・・・・」

 やはり、ローザは無表情、無反応だ。それでも構わなかった。

 「ローザ、ごめんね・・・。私、セシルと両想いになった」
 「・・・・・・」
 「ローザのことは、大事な親友。それはわかって? でも、人の気持ちって、自分じゃどうしようもないの。私は・・・気づいたら、セシルに恋焦がれていた。けして、抜け駆けとかじゃなくて・・・」
 「言いたいことは、それだけ?」

 今までに聞いたことのない暗く低い声。感情を排除したローザの声に、 は目を丸くした。

 「抜け駆けじゃない? セシルたちについて行って、迷惑をかけて気を引いて、私がゴルベーザに捕まっている間に、何か気を引いたんでしょ? それに、リディアにも懐かれて、ヤンもあなたを庇うような真似をした」
 「ローザ・・・ちが・・・」
 「親友? ふざけないで。よくもそんなことが言えたものね」
 「・・・・・・」

 うつむいてしまう。ローザの怒りはもっともだ。ローザのいない間に、セシルと は想いを通じ合わせた。これが抜け駆けでなければ、なんだと言うのか。

 「ごめんな・・・」

 謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、パン!と乾いた音と共に、左頬に衝撃とひりつく痛みが走った。

 「謝らないで。私を惨めな気持ちにさせないでよねっ!!」

 そう怒鳴りつけると、ローザは に背を向け、その場を駆け去った。
 そっと、殴られた頬に手を触れる。だが、痛いのは心だ。頬ではない。
 すぐに宿屋へ戻る気にはなれない。だが、時間が解決する問題だろうか? いや、そんなことを言っている場合ではない。 たちはバブイルの塔へ潜入しなければならないのだから。

 「

 愛しい人の声に名前を呼ばれ、振り返る。やはり、そこにいたのはセシル。心配そうな表情で歩み寄ってきた。
 「大丈夫?」と小さく尋ねてくるセシル。 は苦笑いを浮かべた。

 「ローザに話した」
 「そうか・・・。ローザは、なんて?」
 「殴られちゃった」

 エヘヘ・・・と笑う彼女の左頬。そこにある引っ掻いたような痕。セシルが痛々しそうな表情を向ける。

 「やだ、セシル。なんて顔してるの。大丈夫よ」

 セシルの頬にそっと触れれば、その手を握られる。そのまま、その指先に口づけられた。

 「僕からも、ローザに伝えるよ」
 「ううん! そんなことしないで」
 「どうして? 僕だって、ローザに殴られる資格があるよ」

 資格、だなんて・・・。おかしな言い方だ。悪いと思ったが、クスクスと笑ってしまった。そんな に、セシルは不思議そうに首をかしげた。

 「ごめんなさい。セシルの言い方がおかしくて。“殴られる資格”だなんて」
 「え? あ・・・ごめん。変だったかな」
 「もう・・・。セシルってば、時々おかしいんだから」

 クスクス笑う に、セシルが微笑む。そのまま、 の小さな体を抱きしめた。

 「 が笑ってくれるなら、僕は道化師にだってなるよ」
 「セシル・・・」
 「だから、笑っていてほしい」

 セシルの胸に頬を寄せ、 は目を閉じた。
 この人の傍にいたい。何があっても。どんなことがあっても・・・。