「君を連れて行くわけにはいかない」

 の姿を認めたセシルが、容赦なく彼女の同行を反対した。3人で行こう・・・!と意気込んだ直後のことだ。
 当然、わかりきっていた言葉だ。セシルのことだから、きっと反対するだろうな、と。
 セシルと向き合うは、兜のせいでまったく表情の読み取れないセシルの顔を睨むように見つめた。
 そのセシルの様子を、カインはセシルから一歩離れた場所で、腕を組みながら見守っている。どうやら、彼はどちらの味方もする気はないらしい。

 「、これは危険な任務なんだ。そうとわかっているのに、連れて行くわけにはいかない」
 「・・・つまり、足手まといってこと?」
 「そうは言ってないけれど・・・とにかく、危険だ」
 「危険は承知で言ってるのよ」

 ハァ・・・と頭を抱えるセシルに、カインが「セシル」と声をかける。

 「ここで押し問答するのは良くない。バロンの町へ行こう」
 「あ、ああ・・・そうだな」

 城門の前で、あーだこーだと騒ぐのは、いい迷惑だろう。3人は城を離れ、すぐ南にあるバロンの町へ向かった。
 軍事国家のバロンではあるが、町人は普通の人たちだ。かつての国王の影響か、物腰の穏やかな人が多い。そう、かつてのバロン王は、この町のように穏やかで、心優しい人だった。罪のない人を殺し、略奪をするような人ではなかった。
 一体、何が起こっているのか・・・。問い質した結果がこれだ。カインも感じていた国王の異変。今、このバロンの国に何が起こっているのか。

 「宿屋へ行こう。そこにパブがあった」

 うん、とうなずき、とカインはセシルの後について、宿屋の中に併設されているパブに向かった。
 椅子に座り、注文を取りに来た娘に「水だけでいい」と答えると、鎧兜姿の男2人に気圧されたのか、文句も言わずにその場を離れ、コップに入った水を持ってきた。

 「話を戻そう。君はなぜ、僕らと一緒に行こうと決めたんだ?」
 「セシルとカインだけじゃ、魔法を使える人がいないでしょ? 他の魔道士たちは、ついて行くことが出来なくても、私は出来るわ」
 「君はまだ、見習い魔道士じゃないか・・・」
 「あら? だから足手まといだってこと?」
 「足手まといだなんて・・・」
 「そう言ってるのと同じだぞ、セシル」

 口論になりかけたところを、カインが口をはさんできた。今まで黙っていたカインが口を開いたことに、セシルとは目を丸くしながらも、彼を見た。

 「俺は反対はしない。の言う通り、見習いとはいえ、魔道士がいた方がいい。は白魔法も黒魔法もつかえるんだからな」
 「あ、ありがとう、カイン!」

 カインの同意に、が顔を輝かせる。思わぬ加勢だ。まさか、彼が賛成してくれるとは思わなかった。
 ニコニコしながら、少女はセシルを見る。当然、兜の下の顔など見えないが、彼が困惑しているのは、手に取るようにわかった。
 セシルがの身を案じるのは、彼女が見習いであることの他に、“女性”だからだ。彼女には、出来れば城に、安全な場所にいてほしかった。

 「・・・駄目だって言っても、ついて来るんだろう?」
 「もちろん。置いて行くつもりなら、1人で追いかけるわ」
 「・・・・・・」

 それこそ、セシルの望まないことだろう。しばし考え込んだ後、セシルはため息をついた。

 「・・・わかったよ。一緒に行こう」

 セシルが折れると、は顔を輝かせた。
 よかった・・・セシルといられる・・・あのまま、無事を祈ってセシルを待つのは、もうごめんだった。
 今までは赤い翼の隊長として、任務に出ていたため、一緒には行けなかったが、今回は違う。セシルもカインも一兵士として、任務に赴くのだから。

 「ありがとう、セシル! カイン! 私、精一杯がんばるからね!」

 そうと決まれば、善は急げ。コップの水を飲み干し、が立ち上がる。勘定はセシルたちに任せ、宿屋を出た。
 しばらくすると、セシルとカインが出てきて・・・恐らく、2人の間で軽く一悶着あったのだろう・・・バロンの町を出ようとした時だ。

 「セシルかい・・・?」

 背後から呼び止められ、3人の足が止まる。振り返れば、身なりのいい女性が、嫌悪感も顕に立っていた。

 「あ、ローザの・・・」

 お母さん・・・が言い切る前に、ローザの母はセシルを睨みつけてきた。

 「悪いけど、娘には近づかないでおくれ。暗黒騎士のお前とあの子じゃ、釣り合わない。それにファレル家は代々バロン王家に仕える名家だ。お前のような孤児と一緒にされたくないんでね」

 冷たいその物言いに、が反論しかけるが、セシルがグッとその肩を掴んだ。

 「部隊長の任を解かれたらしいね。そのまま、このバロンを去ってくれればいいものを・・・」

 言い捨て、ローザの母が3人の元を離れて行く。
 4人が子供の頃からそうだった。名門の出であるローザとカイン、平民出身の、孤児のセシル・・・それぞれ、お互いは出自が違うのだとローザの母から言われていた。
 だが、それでもローザとカインは2人と分け隔てなく接してくれた。友人だと言ってくれた。
 しかし、ローザの母は、それを快く思っていなかったのだろう。

 「・・・セシル」

 が声をかけると、セシルはバロンの町の外へ向かって歩き出した。

 「行こう」

 その声は、少し強張っているように聞こえた。

***

 バロンから南西に、チョコボの森がある。チョコボは人間が歩くよりも数倍早いスピードで移動できるのだが、野生のチョコボはチョコマカと動きまわるので、捕まえるのに大変だ。
 だが、その背に乗ってしまえば、従順なこの生き物は、騎乗者を主と認め、素直に走ってくれる。

 「ちょ・・・ちょっと待って~!!」

 セシルとカインがあっさりとチョコボを森の端に追い詰め、捕まえたというのに、はまだチョコボを追いまわしていた。
 まるでチョコボにからかわれているようなその様に、カインはため息をつき、セシルを見やった。セシルが捕まえたチョコボは、他のものに比べると大きな体をしている。2人乗っても大丈夫だろう。

 「

 走り回るに声をかければ、半泣き状態のがセシルを振り返る。情けない顔をしているに、思わず兜の下でクスリと笑ってしまう。
 おいで、と手を差し伸べる。は面食らった表情を浮かべた後、おずおずとセシルに手を伸ばした。
 セシルがを引き寄せ、チョコボの背に乗せてやる。大きな体のチョコボは、びくともしなかった。

 「さ、行こうか」

 カインに顔を向け、そう告げる。思ったより時間がかかってしまった。
 ここから北に、ミストの洞窟と呼ばれるダンジョンがある。洞窟の中は霧に包まれ、非常に危険な場所だ。そして、そこの洞窟には、主がいるという。

 「ミストの洞窟を抜けた先にある、ミストの村にこれを届けろと言われている」

 セシルが見せてきたのは1つの指輪。赤い石のついたそれ。はマジマジとそれを見つめた。赤い石は炎が揺らめくように、ユラユラとした光を放っていた。

 「へぇ~・・・綺麗な指輪ね」
 「今回の任務はそれだけ。危険なのは、ミストの洞窟の主との戦闘だ」
 「まあ、私は前に出ないで、大人しく後衛に徹しますよ」
 「そうしてくれると助かるよ」

 あくまでも、が心配だ、というセシルの言葉に、はため息をつく。どれだけ自分は彼に信頼されていないのだろう?
 確かに無茶はする方だ。子供の頃から男勝りなことをして、両親を心配させていた。
 だが、今はも17になり、少しは分別のつく大人になった。いつまでもセシルに心配されるのは心外である。

 「見えた。あれがミストの洞窟だ」

 山肌にぽっかりと空いた洞穴。そこからは微かに霧が洩れ出ている。
 3人はチョコボを下りると、その尻を叩いた。こうすることで、帰巣本能の高い彼らは、自らの森へ帰って行く。
 チョコボの後ろ姿を見つめていたに、セシルが「行くよ」と声をかける。慌てて「うん」とうなずき、後を追った。
 霧の立ち込める洞窟へと足を踏み入れ、数歩歩いたその時・・・。

 「引き返しなさい・・・」

 凛と響く、女性のような声が、3人の頭上から聞こえてきた。慌てて頭上を見やるも、何もいない。

 「・・・今のは?」
 「あ、私だけに聞こえたんじゃなかったんだね」
 「ああ。俺にも聞こえた。しかし、あの声の通りに引き返すわけにはいくまい。先へ進むぞ」

 カインの言葉にうなずき、3人は再び歩き出す。
 霧の立ち込めるこの洞窟は、見晴らしが悪い。気付けば前方にいたり、また後方から不意打ちをかけられたり・・・魔物に苦戦することになった。
 セシルの剣と、カインの槍がモンスターを貫き、は約束通りの後方支援。彼女も剣は使えるのだが、前へ出ることをセシルが許さなかった。
 いくつかの戦闘でセシルが傷つき、ケアルをかけていた時だ。

 「すぐに立ち去るのです・・・」

 再び聞こえてきたあの声に、3人が顔を見合わせる。

 「この声の主が、幻獣なのか?」

 セシルとカインに討伐命令が下った幻獣。この洞窟に住みつき、旅人たちを襲っているという。
 さあ、先を急ごうと、セシルは2人に声をかけ、歩き出す。
 やがて、洞窟の奥から光が洩れていることに気づく。外への道だろう。ホッとして、が急ぎ足でその場を抜けようとした時だった。

 「バロンの者ですね・・・」

 先程より鮮明に、声が聞こえてきた。は歩みを止め、セシルとカインが慌てて彼女の傍に駆け寄った。

 「誰だ!」

 カインが槍を構え、辺りの様子を窺いながら、声をあげる。セシルも気を引き締める。

 「ここで引き返せば、危害は加えません。即刻、引き返すのです」
 「姿を見せないか!」
 「引き返す気はないのですね・・・?」

 カインの言葉に撤退を命じるも、それに応じるわけにはいかない。

 「このボムの指輪をミストの村まで届けなくてはならないんだ!」

 セシルも声をあげると、声の主は冷たい口調で「ならば・・・仕方ありません!」と返してきた。
 そして、セシルたちを取り巻いていた霧が吸い寄せられるように一点に集まり、それが竜の姿へと変わった。

 「は下がってろ!」

 セシルの命令にうなずき、は2人から離れる。
 カインが高々と跳躍し、霧の竜に攻撃を加える。竜騎士の特技であるジャンプだ。話には聞いたことはあるが、実戦で目にするのは初めてだった。
 2人は経験を積んだ戦士であり、親友だ。息の合った攻撃に見惚れている間に、霧の竜を倒していた。は何もすることなく。

 「大丈夫か? 

 剣を仕舞い、2人から離れていた場所にいたには、傷1つない。うん、とうなずいた。

 「セシル、、先を急ぐぞ」
 「ああ」

 カインが声をかけると、セシルが応え、行こう・・・とを見た。
 霧の晴れた洞窟を過ぎ、3人はミストの谷へと到達した。