仲間たちに勘繰られてはたまらないと、セシルは早朝、 の家を出て自室に戻った。
 皆が目を覚まし始め、ローザが部屋にやってくる。「おはよう、セシル」と笑顔を向けて、挨拶をしてきた。

 「おはよう、ローザ。ゆっくり休めたかい?」
 「ええ、大丈夫よ」

 ニッコリ微笑むローザに、セシルはホッとする。良かった、気づかれていないようだ。
 と、思ったのだが。

 「昨日、夜会いに行ったけど、いなかったのね」

 尋ねられたその内容に、ドキッとした。「ちょっと、バロンの町を歩いていたんだ」と告げた。嘘ではない。セシルはバロンの町にいたのだから。
 しばらくすると、カインとヤンが、そしてバロンの町から が、最後にシドがやって来て、全員集合となった。
  の両親と、ローザの母親、シドの娘に見送られ、エンタープライズに乗り込んだ。
 フト、 を見れば、物悲しそうな表情をしていて・・・セシルは思わず声をかけていた。

 「あ・・・セシル」
 「どうかしたのかい?」
 「うん・・・つらいから、行かなかったんだけど・・・パロムとポロム・・・」
 「・・・・・・」

 そうだと思った。セシルも、玉座には近づかなかった。忘れたいわけではない。忘れてはならない。それでも・・・後ろを向くことは、憚れた。だから、2人のもとへ行かなかった。
 ヤンとシドは、どうだったのだろう? そして、ローザとカインは双子の姿を見たのだろうか?

 「大丈夫、パロムとポロムは、きっと助かる。そうだ、ミシディアの長老に相談しよう。きっと、いい知恵を貸してくれるさ」
 「・・・うん」

 それでも、どこか不安そうな 。その小さな体を抱きしめてあげたくなるが、ローザの手前、 は嫌がるだろう。
  はもう少し待ってくれと言った。今、ローザに言うべきではない、と。セシルの元へ戻ってきたばかりなのだ。少し、一緒にいたいだろう。

 「ごめんね、セシル」

 つぶやかれた言葉にドキリとする。謝罪の言葉は、やめてほしい。何かイヤな気分になるから。だが、こちらを向いた は、笑顔だった。

 「ローザのところへ、行ってあげて」

 ポン、とセシルの腕を叩き、 が立ち去って行く。セシルがその背を見つめていると、ヤンが近づいて来た。

 「セシル殿、どこか目処は立っているのですかな?」
 「石を使うところかい? いや・・・赤い翼の隊長をしていた頃、様々な所へ行ったけれど、地底に通じる場所なんて、見たことも聞いたこともない」
 「フム・・・では、行ったことのない場所を訪れてみるのが良いですな」

 とは言っても、セシルはほとんどの場所へ行っている。バロン、ダムシアン、ファブール、トロイア・・・カイポ、ミシディア、ミスト・・・果たして、行ったことのない町とは?

 「セシル! あれ!」

 と、ローザが声をあげる。バロンを南下していた途中。ローザが指差す先に、大きな火口。そして、その側には小さな村。

 「もしかして・・・あそこが?」

 セシルの行ったことのない場所、そして見える火口。カインに渡された、かすかに温かい石。可能性に賭けてみることにした。
 飛空艇を下り、村へ。アガルトの村、というらしい。村民が教えてくれた。
 村の中央には、底なしのような井戸があるという。底なし・・・もしや、地底と繋がっているのでは?と考えた。

 「じゃが、証拠もなしに、そんなことしていいのか? その石は、1つしかないんじゃろ?」

 シドの忠告に、セシルは「う・・・」と言葉に詰まる。確かに、彼の言う通りだ。ここへ石を投げて、何もなかった場合、もはや地底に行く手段はない。

 「だけど、悩んでいても仕方ないよ。やってみよう!」
 「うん・・・」

 意気込むセシルに、 が不安そうにうなずく。他の仲間たちも、不安そうだ。
 その視線を見ないように、パッと背中を向けると、セシルは「えいっ」と石を井戸に放り投げた。

 「・・・・・・」

 何の反応もない。もしや、とんでもない失敗をしてしまったのか?

 「どうなっちゃったんだろ・・・今の石・・・」

  が井戸を覗き込んだ時だ。ドン!と大きな衝撃が大地に響いたのは。

 「キャ・・・!」
 「 !」

 井戸の中を覗き込んでいた の体が落下しかけ、慌ててセシルがその腕を掴み、引き寄せた。

 「なんじゃ!? 何事じゃ?」
 「あれを・・・!」

 ヤンが指差した先、火口から炎が立ち上る。しばらく噴火していた山は、やがて鎮まり・・・活動を止めた。
 一同は顔を見合わせる。井戸とあの山が続いていたということか。あの石に、どんな作用があったのかは知らないが、とにかく何かの変化があったはずだ。
 地震と噴火により、村民たちはザワついていた。溶岩や噴石が来なかったのが奇跡である。
 事情を説明しないのも悪いと思い、村長に話をすれば、「村に被害がないのなら」とお咎めなしだった。

 「よし、それじゃあ火口に行ってみよう!」

 エンタープライズに乗り込み、火口の上へ行ってみる。ポッカリと空いた穴。どこかへ通じているのだろうか?
 シドはゆっくりとエンタープライズを降下させていく。途中で何かにぶつかっては、たまらない。
 暗い火口の中、降下していくと、いきなり視界が開けた。
 火山を思わせる、熱気。マグマだろう、真っ赤な地表だ。
 大地はマグマが冷えて出来たものだろうか?

 「これが・・・地底・・・」

 辺りを見回し、飛んでいると、突然いくつもの飛空艇が姿を見せた。当然、それには見覚えがある。

 「赤い翼!」

 カインが声をあげる。と、その赤い翼目がけ、砲撃が飛んでくる。赤い翼もそれを迎撃している。

 「一足遅かったか!」
 「戦っているのは・・・?」

 ヤンとセシルが地上にいる砲撃部隊に目を向けるが、よくわからない。おそらく、地底の人間だろう。
 と、エンタープライズにも砲撃が飛んできた。大きく揺れた船体に、仲間たちの体が倒れる。

 「ええい! 強行突破する! しっかり掴まっとれい!」

 シドの言葉に、セシルたちは手近な手すりに掴まる。シドが砲撃を避けつつ、エンタープライズを操縦する。

 「痛いか? エンタープライズ! 辛抱してくれい!」

 その直後、尾翼に被弾した。フラフラと船体が揺れ、エンタープライズの高度が落ちて行く。

 「落ちる!」

 セシルが叫び、ギュッと目を閉じ、来るだろう衝撃に、身構えた。
 ドォン・・・!と大きな音と共に、エンタープライズが乱暴に着陸した。掴まっていた手が離れ、体が床に叩きつけられる。
 少々、気を失っていたらしい。体が揺すられる。そっと目を開ければ、心配そうにローザが顔を覗き込んでいた。

 「ローザ! ・・・みんな、無事か?」

 起き上がって周りを見れば、ヤンもカインもシドも も、無事だった。怪我はしていないようである。奇跡的だ。

 「ああ・・・。じゃが、エンタープライズがいかれてしもうた・・・。このまま飛ぶのは危険じゃな」
 「仕方ない・・・降りてみよう」

***

 落ちる寸前、城のようなものが見えた、というカインの言葉に、一同はその城を目指した。
 地底にも人が住んでいるということに驚いたが、クリスタルがあるのならば、それも不思議ではないか、と思った。

 「しかし・・・暑いのう・・・」
 「そうですな。地底だけあって、マグマが多いのでしょう」
 「城はまだか?」
 「見えてきた。あれだ」

 カインが指差す先に、確かに城が見えた。一同はそこへ向けて足を進める。
 もちろん、地底にもモンスターは出る。それらを蹴散らしながら、歩いて行く。

 「 ! ワシはもう限界じゃ! ブリザラを頼む!」
 「えぇ!? そ、そんなことできないわよ!」
 「ほれ、セシルたちも限界じゃろう! 黒魔法を使えるのは、お前しかいないんじゃ!」
 「・・・・・・」

 ハァ・・・とため息をつき、 は呪文を詠唱し、手近にあった岩にブリザラを放つ。
 放たれた瞬間、冷気が発生する。そして、凍りつく岩に、シドが飛びついた。

 「ヒャ〜! これはいいわい!」
 「・・・使い方は間違っているがな」

 カインがため息と共にこぼし、セシルは呆れ顔だ。「ローザも来てみい!」と声をかけられ、ローザは笑みを浮かべて、シドのもとへ歩み寄った。

 「すまない、
 「ううん、大したことじゃないから」

 セシルが声をかけると、 は笑顔で首を横に振った。とりあえず、小休止だ。
 小休止の間に、軽く食事をし、一息つくと再び6人は歩き出した。
 やがてたどり着いた大きな城。門番が「ラリホー!」と声をかけてくる。ずんぐりむっくりした体型の彼らは、ドワーフという種族らしい。
 王に会ってほしいと言われ、6人は城の奥にある玉座の間へ向かった。
 玉座の間にいた王は、セシルたちの姿を見ると、立ち上がった。6人は、玉座から少し離れた場所で立ち止ると、一礼した。

 「ご無事だったか」
 「あなたが、この国の王ですか?」
 「いかにも。この地底世界を治めるドワーフ王、ジオット」

 威厳のあるその風格に、セシルは優しかった頃のバロン王を思い出した。かつての国王も、こんな風に立派な人だった。

 「闇のクリスタルは!?」

 だが、すぐに気を取り直し、本題に入ると、ジオット王は眉根を寄せた。

 「やはり、そのことで来なすったか。ヤツらの仲間にしては、砲撃を受けておったから、おかしいなと思っていたんじゃ。我々も危うく撃ち落とすところじゃったよ」

 だが、赤い翼の砲撃にやられ、エンタープライズは故障してしまったが。

 「地底のクリスタルは、まだ無事なのか?」

 腕を組み、カインが尋ねると、ジオット王は視線を落とした。

 残念じゃが、4つのうち2つはヤツらの手に渡ってしまった」
 「やはり間に合わなんだか・・・」

 ヤンがうつむく。だが、ジオット王は顔をあげる。

 「しかし、この城のクリスタルは、まだ無事じゃ。ドワーフ戦車隊が、なんとか追い返した。
 「さっき、飛空艇と戦っていた戦車ですね」
 「ほう、あれは飛空艇と申すか。上の世界には、あのようなものがあるとは・・・。自慢の戦車隊も、空から攻撃されては、ちと苦しい・・・。そうじゃ、そなたたちの飛空艇とやらで、援護してはくれぬか?」

 ジオット王の提案に、セシルたちはうつむいた。「どうしたのじゃ?」とジオット王が声をかけてくる。

 「それが、さっきの砲撃と不時着のせいで、ちいとばかり、いかれちまったんですわい」

 シドが状況を説明すると、ジオット王は「なるほど」とうなずいた。

 「修理に必要なものなら、用意させるが?」
 「応急処置くらいはできるじゃろうが、地底の溶岩の熱には、船体がもたん。地上に戻り、ミスリルで装甲を施さんとな! よっしゃ、ひとっ走り行ってくるかの!」
 「シド!」

 セシルが咄嗟に名を呼ぶ。玉座の間を出て行こうとしたシドが、そんなセシルに振り返る。セシルの表情は心配そうだった。そんな彼に、シドはニヤリと笑った。

 「なーに、すぐ戻るわい! パワーアップして帰ってくるから、いい子で待っとるんじゃぞ!」
 「気をつけて・・・」
 「ほっほ、ローザ! ワシに惚れるなよ!」

 心配そうに声をかけたローザに笑いかけ、シドは足取り軽く、玉座の間を出て行った。

***

 シドが飛空艇を修理に行くと、ジオット王から「少し休んでいるといい」と提案された。
 地底という慣れない場所に来た一行は、王の提案を受け、しばしの休息を取ることにした。どちらにせよ、飛空艇が使えないことには、クリスタルを取り返しにも行けない。
 城の中は、あらかた探索し尽くした。さて、どうしたものか・・・城の中を歩いていつろ、右の塔の最上階に仲間の姿を見つけ、 はそっちへ歩いて行った。
 なかなかに高い塔だ。階段を上がり、そこにいた背中に声をかける。

 「カイン」

 名前を呼ぶと、ゆっくりと彼が振り返る。驚かなかったところを見ると、 が来ることをわかっていたようだ。

 「私が来るって、わかってたみたいね」
 「ああ。姿が見えたからな」
 「そっか・・・。ね、しばらく一緒にいてもいい?」
 「構わんが、セシルはいいのか?」
 「え??」

 カインの言葉に、 は目を丸くする。まさか、セシルのことを言われるとは思わなかったが、まさか・・・。

 「・・・もしかして、カイン・・・気づいてる?」
 「何をだ」
 「ううん、なんでもない」

 わざわざ自分から情報提供することもないだろう。 は誤魔化したが、カインはなかなか目ざとい。2人の関係に気づいている可能性はあった。

 「・・・子供の頃から、お前は感情を表現するのが苦手だったな」
 「え?」

 ポツリとつぶやかれたカインの言葉に、 は目を丸くする。カインから話しかけてくるのは、めずらしかった。
 特に嫌われていたわけでもないが、好かれていたわけでもないだろう。 はカインの気持ちを知っている。彼がローザに想いを寄せていることを。
 それなのに、 はローザとセシルの幸せを願った。男女の友情よりも、女同士の友情を取ってしまったのだ。
 だが・・・それも裏切ってしまった。セシルは を愛し、また もセシルを愛した。

 「もっと素直に、セシルへの想いを伝えていれば、色々と変わったんじゃないのか?」
 「カイン・・・私は・・・」

 別に善人ぶるつもりはない。だが、それでも はローザの幸せを優先しようとした。必死にセシルへの気持ちを隠して。
 視線を眼下へ向けると、ちょうどセシルがそこにいた。キョロキョロと辺りを見回している。そして、そんなセシルの元に、ローザが駆け寄った。2人が何を話しているのか、当然ながら、ここから聞き取ることはできない。

 「・・・カインは、いいの? ローザのこと」
 「なんの話だ」
 「このまま、ローザに何も伝えないの?」

  が問いかけると、カインはスッと彼女の隣から離れ、立ち去ろうとした。

 「カイン・・・!」
 「俺は、お前たちを裏切った。そんな俺が、ローザに何を伝えられる?」
 「ゴルベーザに操られていただけでしょ? カインに罪はないじゃない」
 「言っただろう、意識はあったと。俺は、ローザに傍にいてほしくて、自分の欲のために、ローザを解放しなかったんだ」
 「カイン・・・」

 ローザの気持ちを強引にでも自分に向けたくて。セシルよりも自分が優れていると思わせたくて。カインはローザを捕えたままにしていた。歪んでしまった愛の形だ。

 「それでも・・・セシルとローザは、あなたを許してるよ」

  のつぶやきに、カインが振り返る。 はフフッとカインに笑みを向けた。

 「あの2人、バカがつくほどのお人好しだもん。幼なじみのカインのこと、ちゃんと許してる」

 ツカツカとカインに歩み寄り、 はツンとカインの左胸を人差し指で突いた。

 「もちろん、私だって。子供のころから、私たちずっと一緒だったでしょ? 1人で悩むなんて、水臭いよ、カイン」

  の笑みに、カインは呆気に取られた。セシルとローザを「お人好し」と呼んだが、 だって相当お人好しである。
 そんなお人好し集団に囲まれ、カインは幸せ者だ。わだかまりを捨て、かつてと同じように接してくれるのだから。

 「・・・
 「うん?」
 「・・・これからも、よろしくな」

 カインの言葉に目を丸くし・・・次いでニッコリ笑ってうなずき、「こちらこそ」と答えた。
 チラリと視線を眼下のセシルとローザに向けた。ローザがセシルに何かを話している。フト、セシルがこちらを見ているような気がした。
 小さく手を振り、その場を去る。今は、とても温かい気分だった。