セシルの部屋は、「赤い翼」の隊長だっただけあり、広い。6人がいても、まだ余りある。

 「セシル、さっきはありがとう」

  の声に、セシルは「いや」と微笑み、首を横に振った。だが、もう少しで は瓦礫に埋もれ、命を落とすところだった。セシルは命の恩人だ。
 部屋に備え付けの小さな台所に向かい、 はお茶を入れると、仲間たちにそれを渡した。

 「セシル・・・話しておかねばならぬことが・・・」

 一息ついたところで、カインがそう切り出した。仲間たちが彼を見やる。「なんじゃ?」とシドが先を促した。

 「クリスタルのことだ」
 「ああ・・・。トロイアから借りてきた、土のクリスタルも奪われてしまった。これで、ヤツの手に全てのクリスタルが揃ったことになる」
 「いや、クリスタルはまだ4つしか揃っていない!」
 「4つで全部じゃないの?」

  の問いかけに、カインがうなずくと、シドが「そうじゃ!」と声をあげる。

 「噂に聞いたことがあるぞい!」
 「まさか・・・」

 ローザも知っているのか。目を丸くして、カインを見た。カインはこくんとうなずく。

 「そう、闇のクリスタルだ!」
 「この世界の4つのクリスタルは、いわば表のクリスタル・・・」

 シドのつぶやきに、ヤンが1つうなずいた。

 「では、裏のクリスタルが・・・」
 「その、闇のクリスタルか!」
 「そうだ。だから、ゴルベーザの手に渡ったクリスタルは、まだ半分にすぎん!」

 カインの言葉に、仲間たちの顔が綻ぶ。だが、シドは言葉を続けた。

 「しかし、闇のクリスタルの噂は聞いたことがあるが、どこにあるかは・・・」
 「だが、ゴルベーザは探し当てた」
 「急がなければ! でも、一体どこに?」

 セシルの問いに、カインは人差し指で床を示した。

 「文字通りの表と裏・・・地底だ!」
 「地底!?」

 あ然とした。この地の底に、新たな世界があり、そこにクリスタルがあるなど、とても信じられない。だが、それがわかったとしても・・・。

 「地底なぞ、穴でも掘らなきゃ行けんぞ!」
 「ともかく、ヤツは表と裏・・・つまり、光と闇のクリスタルを全て揃えたとき、月への道が開かれると言っていた・・・」
 「月への道?」

 セシルが首をかしげ、 が「月って、空にある、あの月?」と尋ねた。

 「よくはわからんが・・・そのカギがこれらしい。お前に渡しておこう」

 そう言って、カインは懐から1つの石を取り出した。セシルはそれを受け取った。黒い石だ。だが、微かに温かい。

 「これは?」
 「こいつをどこかで使えば、地底への道が開けるらしい」
 「どこか、とは?」

 ヤンが尋ねるも、カインは首を横に振る。わからないらしい。

 「何を考え込んどる? エンタープライズがあろう! この世界なんぞ、アッという間に一回りじゃわい!」
 「でも、あれはゾットの塔に・・・」

 セシルがつぶやくと、シドは「チッチッチッ!」と人差し指を左右に振った。

 「ナメるんじゃないわい! 最新型と言ったろうが! 遠隔操作で、ちゃあんとバロンに戻っとるわい!」
 「すっごい・・・! そんなことが出来るなんて!」

  が目を輝かせて声をあげれば、シドは自慢げにフフンと笑ってみせた。

 「ならば、決まりですな」
 「そうだな。そうと決まったら、出発は明日の朝だ。地底の入り口を探そう」

 セシルが仲間たちを見回し、そう言う。仲間たちは異論はないとばかりに、うなずく。
 と、セシルは先ほどのことを思い出す。ゴルベーザの反応を。

 「しかし・・・なぜあの時、ゴルベーザは僕にとどめを刺さなかったのだろう・・・」

***

  は1人、バロンの町へ来ていた。城下町には、 の両親がいる。一目見て、無事を知らせたかった。
 案の定、2人は心の底から安堵し、 を抱きしめた。再び旅に出ることを告げ、その日は自宅に泊まることにした。セシルたちに伝えなければ。
 家を出て、町の北にある高台へ。流れる水の音に耳を澄ませた。水音と風が気持ちいい。そっと目を閉じた。
 人の気配を感じたのは数秒後。目を開けて、気配のする方へ顔を向け、目を丸くした。

 「やっぱり、ここにいた」
 「セシル・・・」

 微笑むセシルに、動揺する。なぜ、彼がここに来たのか。まるで自分に会いに来たかのようだ。

 「小さい頃、ここでよく水遊びをしてたよね。 、小さな滝から落ちて、大ケガしてた」
 「・・・うん」
 「あの頃は・・・僕もローザもカインも、そして君も・・・無邪気な子供だった」

 孤児とか貴族の子供とか、そんなことは考えもせず、4人ではしゃいで・・・楽しかった。

 「いつからだろう・・・そんな無邪気な気持ちを忘れてしまったのは。暗黒騎士を目指した頃からかな・・・」

 セシルの気づかないうちに、4人は大きくなって、立場は変わっていった。
 カインは竜騎士、ローザは白魔道士、 は赤魔道士、そしてセシルは暗黒騎士を目指した。厳しい修行に明け暮れた。お互いをはげまし合ったりもした。

 「でも・・・君は言ってくれたね。僕は僕だって」
 「ええ・・・」
 「うれしかった。君の中で僕は“暗黒騎士”ではなく、“セシル・ハーヴィ”なんだって知って」
 「セシル・・・」
 「誰よりも、君にそう思ってもらったことが・・・すごくうれしかった・・・」
 「そんな、私は・・・深い意味なんかなく、素直にそう思っただけよ」

 微笑んで、そう告げる。セシルが に向き直る。真剣な眼差しだった。
 セシルは、いつもそうだ。けして人を茶化すことなどしない。告げる言葉も真摯なものだ。 は、そんなセシルが好きだった。

 「前にも言ったけど・・・君は眠ってしまって、聞いてなかったことを言うよ」
 「え? うん?」

 そんなことあったっけ?と思いながらも、 はうなずく。真剣な目で見つめられ、少々居心地が悪い。

 「僕はローザのことを、大切に思っている。大切な幼なじみだ」
 「うん」
 「だけど、それだけだ。君は、僕とローザが恋人同士で、想い合ってるとテラやギルバートに言っていたけど・・・そんなんじゃない」
 「でも、私は・・・」
 「君のその思い込みは、僕にとって迷惑だ」

 ハッキリと告げたセシルの言葉に、 は目を丸くし・・・うつむいて「ごめんなさい」とつぶやいた。

 「なぜだか、わかる?」
 「え?」
 「なぜ、迷惑なのか」
 「?」

 目をパチクリさせる に、セシルは苦笑した。ここ最近の行動でわかってほしいものだったが、無理もないか。
 と、思った瞬間、 が「あ・・・」と声をあげ、うつむいた。その顔は真っ赤だ。

 「セシル、それは・・・」
 「もどかしい思いは、もういやだ。君がローザに遠慮するところも見たくない」
 「セシ・・・キャッ!」

  が短い悲鳴をあげる。セシルが を抱きしめたのだ。ギュッときつく抱きしめる。想いが伝わればいい、と。

 「 ・・・」
 「あ・・・」

 指で の顎を持ち上げ、視線がぶつかった瞬間に、口づけた。しばらく触れていた唇を離すと、 がグイッとセシルの胸を押しやった。

 「ごめん・・・ の気持ちも考えず、勝手なことして」
 「セシル・・・私・・・」
 「うん?」

  がうつむき、小さくつぶやく。セシルは小首をかしげ、彼女の言葉を待つ。

 「私は、ローザが大切。大切な親友よ」
 「うん・・・知ってるよ」
 「だけど・・・それなのに・・・私は、セシルのこと・・・」
 「え?」

 セシルが目を丸くし、 はギュッと胸の前で拳を握りしめた。

 「セシルのことが・・・好きなの・・・」
 「 ・・・!!」
 「好きよ。セシル・・・大好き・・・」

 ポロポロと涙をこぼしながら、 が告げる。セシルが再び を抱きしめれば、 はセシルの背に手を回してきた。

 「ごめんなさい、私、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの」
 「え? 何だい?」
 「・・・実は、この前の土のクリスタルを取り返しに行く時、ギルバートに“ひそひ草”を渡されたでしょ?」
 「え? まさか・・・」

 セシルが目を丸くし、 は「その通りだ」というように、うなずいた。

 「セシルが・・・その・・・私のことを、“愛してる”って言ったのを、聞いてしまったの」

 真っ赤な顔でつぶやく 。セシルは一瞬呆気に取られ・・・クスッと笑った。

 「そうか・・・なんだ、君は知っていたのか」
 「ごめんなさい、私は盗み聞きするつもりは・・・」
 「いいんだ、気にしなくて。別に、聞かれて困る内容でもないし」

 ポン、とセシルが の頭に手を乗せる。 は上目遣いにセシルを見上げた。

 「 、そんな顔をされると、また口づけたくなるよ」
 「・・・うん」

 了承の返事だろう。セシルは を抱きしめ、そして唇を重ねた。何度も交わされる口づけに、 は次第に息苦しくなって、セシルの胸を叩いた。

 「もうっ! セシルのバカ!」
 「ごめん・・・ がかわいくて、つい」

 クスクスと笑いながら告げるセシルに、 は頬をふくらませ、「あ、そうだ」とつぶやいた。

 「ねえ? 私、今夜は家に泊まっていい? それを告げに行こうとしたの」
 「うん・・・。ね、僕も一緒に行っていいかい?」
 「ええ。お父さんとお母さんに、改めて“パラディンの”セシルを紹介するわ」

 クスッと微笑み合い、2人は手を繋いで の家へ向かった。
 寄り添う2人の姿を、2つの月が照らしていた。