その日の夕刻、セシルたちは戻ってきた。まずはギルバートに礼を言おうと、部屋を訪れる。出迎えてくれたのは、医者だった。部屋の中を見ても、 の姿はない。

 「やあ、おかえり・・・みんな」
 「ギルバート、ありがとう。君のおかげで助かったよ」
 「そんなこと・・・。でも、君たちの力になれてよかった」

 無理をしたせいか、ギルバートの顔色は、先ほどよりも悪くなっているようだ。

 「とりあえず、神官たちをこんな時間に訪問するのは失礼だし、明日にしたらどうだい?」
 「だけど、ローザが・・・」
 「焦ってはダメだ。それに、疲れているだろう? テラさんだって、魔法を使いっぱなしで大変なはずだ」

 確かに、ギルバートの言うとおりだ。それに、クリスタルを手にするまでは、ゴルベーザもローザを生かしておくだろう。
 1晩休んでいくことに決めたセシルだが、 の姿がないことが気になる。彼女は当然、笑顔で自分を出迎えてくれると思っていたのに。

 「ああ、 なら、僕の食事を取りに行ってくれてるよ」

 どこか落ち着かないセシルの様子に気づいたのか、ギルバートが声をかけてきた。セシルは「そうか」と短く答える。
 シドたちがその言葉になんとも言えない表情を浮かべているのは、先ほどのセシルの告白のせいだろう。
 彼らは当然知らないが、ギルバートと もその話を聞いている。ギルバートは少し後ろめたい気持ちになった。

 「 が戻ってきたら、僕たちも食事にしよう」
 「それなら、トロイアの町へ行くといい。あそこにはパブも宿屋もあるからね」

 ギルバートの提案に、セシルたちはそうすることにした。
 しばらくすると、 がギルバートの食事を持って戻ってきた。そこにセシルたちがいたことに驚いている。

 「いつ戻ってたの?」
 「ついさっきさ。 、トロイアの町へ行こう。食事と休息を取りに」
 「ええ・・・そうね。疲れているものね」

 ギルバートの予想に反し、 はごく普通にセシルと接している。笑顔まで浮かべるほどに。

 「それじゃ、ギル。後で取りに来るから」
 「大丈夫さ。医者もいるんだし、身の回りの世話をしてくれる人もいる。 は町でゆっくり休んで」
 「ありがとう。じゃあ、行きましょ、セシル」
 「ああ」

 何事もなかったように部屋を出て行ったセシルと の姿に、ギルバートは少々感心してしまった。
 お互いに気持ちを隠すのが上手だな、と。

 「ギルバートの容態は、どうなんだ?」

 部屋を出たところで、セシルが尋ねてきた。 はそれにニッコリと笑ってみせる。

 「さっきは無茶をしてたけど、大丈夫だってお医者様は言ってたわ。私たちについて来たいって言わなければね」
 「あんな状態のギルバートを連れて行くわけにはいかないよ」
 「大丈夫よ。それは本人が1番わかってる。けして無理は言わないわ」
 「・・・・・・」
 「セシル?」

 黙りこんでしまったセシルに、 が声をかける。セシルはどこか浮かない顔をしていた。

 「・・・ギルバートのこと、すごく理解してるんだね」
 「え??」
 「なんだか、ずい分と仲良くなったみたいだ」
 「そんなことないわよ。ギルなら、そう言うだろうなって思っただけよ」

 それでも、面白くない。ああ、自分はギルバートにヤキモチを妬いているのか。シドたちに気持ちを吐露したせいだろうか? こんな風に思ってしまうのは。
 トロイア城を出て、町へ。宿屋を見つけ、中へ入って目を丸くした。店員の女性たちは、どこか色気のある服で、男たちが鼻を伸ばしている。そういえば、トロイアは女性が治める国だ。城下町にも女性があふれているのだろう。

 「ほ〜! こりゃいい! ワシもいっちょ、若いお姉ちゃんと・・・」
 「シド、奥さんいるじゃないの」
 「それとこれとは別じゃわい!」

 そう言うと、シドはいそいそとテーブルに付き、店員の女性を呼んだ。

 「ほれ、セシルたちもはよ来んかい!」
 「まったく・・・シドったら・・・」

 女の からしてみると、やはり少しばかり複雑だ。色っぽい服装の彼女たちに対し、自分は色気の「い」の字もない旅装なのだから。
 フト、チラッと傍らのセシルを見るも、常時と変わらぬ様子。免疫があるのだろうか? いや、まさか。セシルに限ってそんな。

 「 殿?」

 ヤンにポンポンと肩を叩かれ、我に返った。セシルとテラは、シドの元へ歩いて行く。ヤンが「我々も行きましょう」と に声をかけ、2人でシドの元へ。

 「酒場の2階にはお触りOKの個室もあるわよ〜。ど〜お? 色男のお兄さん。アタシ、好みだわ〜」

 食事を運んできた店員が、そう言ってセシルにしなだれかかる。ムッとする をよそに、シドが「いいのぉ〜!」と声をあげるが、セシルは「シド」とたしなめるように名を呼んだ。

 「悪いけど、そういうのは興味ないんだ。手の届かないものに惹かれるからね」
 「あら! さすが色男は言うわね〜!」

 断られたにも関わらず、未だにセシルにしなだれかかる女を睨む。と、視線がぶつかり、彼女がフッと鼻で笑った。

 「そんな子供みたいな女のコより、アタシの方が何倍も魅力的じゃな〜い?」
 「なっ! わ、私だって・・・!!」

 安い挑発に乗ってしまった。カッとなり、立ち上がってしまった以上、引き下がれない。

 「私だって、女の色香くらい持ち合わせてるわよっ!」
 「あら、そう? そうは見えないけど」
 「いいわ! 見せてあげるわよ!!」
 「それは面白いわね。アタシたちが着てる服、あるから着替えてみる?」
 「望むところよっ!」

 グッと拳を握りしめる に、セシルとヤンは困惑し、テラは呆れ、シドは「いいぞ〜!」と茶化した。
 女店員といずこかへ立ち去ること数分・・・。戻ってきた の格好を見た瞬間、セシルは顔を真っ赤にし、目を逸らした。
 胸の前で結ばれたリボンは、引っ張ればハラリとほどけそうで。短いスカートからスラリと伸びた足が眩しい。
 そして何より、店の男たちの目を引いたのは、豊満な胸。いつもはゆったりとしたローブにケープをしているせいで、わからなかったのだが、彼女は自信たっぷりだったのがわかるように、抜群のプロポーションだった。

 「なんじゃ、 ! おぬし、ずい分とキレイじゃな!」

 シドの言葉に、 は胸を張る。そうすることで、さらに胸が強調され、男たちから歓声があがった。

 「どうじゃ? セシル。見違えたじゃろう?」

 シドが肘でセシルを突付けば、眉根を寄せたセシルがガタン!と席を立ち、店を出て行ってしまった。
 その姿を呆然と見送ってしまった一同だったが、ヤンが「 殿」と声をかける。

 「セシル殿を、追いかけてくだされ」
 「でも・・・」
 「頼む」

 ヤンに頭を下げられ、 は迷いながらもセシルを追って、店を出て行った。

 「やれやれ・・・。拗ねるとは、セシルもまだ子供じゃな」
 「セシル殿は、 殿のあのような姿を見せたくなかったのでしょうな」
 「なんじゃ。意外な一面が見られて、うれしくはないんかのぉ?」

 テラ、ヤン、シドの3人は、運ばれてきた食事に手をつけつつ、各々勝手なことを言い放っていた。

***

 「セシル・・・!」

 店を出て、キョロキョロ辺りを見回し、町の奥へ行こうとしているセシルを呼び止めた。ピタリ・・・と、セシルの足が止まる。 は慌ててセシルに駆け寄った。

 「ごめんなさい、バカなマネして」
 「本当だよ」
 「もう、こんなことしない。すぐに着替えるから」

 チラリとセシルが に視線を向け、肩当てを外し、マントを脱ぐと、 の肩にかけた。

 「体、冷えるから」
 「セシル・・・ごめんね?」
 「もういいさ。僕こそごめん。君のそんな姿、見たくなかった。いや、見せたくなかった、かな」
 「え・・・?」

 ドキッとし、ハッと思い出す。そうだ、先ほどセシルはダークエルフの洞窟で・・・。

 「 、僕は・・・」
 「あ〜っと・・・! 私、着替えてくるねっ!! セシルも、パブに戻ってね!!」

 慌ててセシルの言葉を遮るように声をあげ、クルリと踵を返してセシルの前から駆け去った。
 聞くわけにはいかなかった。聞いてしまったら、もう後戻りはできない。「私も、あなたを好き」と答えてしまう。だが、それではローザを裏切ることになる。あの時、ローザに疑われた時、 はセシルへの想いを否定したのだから。

 「お? なんじゃ、もう戻ってきたのか?」

 声をかけてきたテラを無視し、先ほど着替えた部屋に戻り、元の旅装に着替える。
 鏡を覗き込めば、化粧っけも何もない17歳の少女が映っている。

 「・・・やっぱり、私よりもローザの方が何倍もキレイだよ」

 バロン国内でも、ローザの美しさは有名だった。色気と才気を兼ね備えた美女。憧れている女性も多かった。
 それに対し、自分は中途半端な赤魔道士。何もかもが、ローザよりも見劣りする。
 そんな自分を、セシルが愛しているなんて・・・。

 「ううん・・・きっと、すぐに気づく。その気持ちが間違ってるって」

 気のせいだと。そして、ローザへの気持ちこそが真実の愛なのだと・・・。