シドが向かったのは、兵士の宿舎がある控え室だった。そこの壁を押すと、隠し扉になっていた壁が動いた。それにセシルたちは目を丸くする。

 「こんな所に?」
 「灯台下暗しってやつじゃ!」

 まさか、ゴルベーザもバロン城の地下に隠しドックがあるとは思わなかっただろう。
 人1人がようやく通れそうな階段を下りる。急な階段は、気を抜くと滑り落ちそうだ。

 「 、手を」
 「え? あ、大丈夫よ。これくらい」
 「ボンヤリしてるから、心配だよ」

 そう言うと、半ば強引に の手を引き、階段を下りて行く。
 下まで来ると、巨大なドックがあり、そこには1基の飛空艇がシドたちを待ち受けていた。

 「こんな所にあったとは・・・」
 「すごい!」

 ヤンとテラが声をあげ、セシルと は目を見張った。
 セシルの乗っていた赤い翼よりも新型のそれは、性能的にも旧型のそれより格段に上だ。装甲も立派に見える。

 「待たせたの、エンタープライズ! 行くぞい!」

 飛空艇に乗り込み、シドが声をあげる。天井が開き、光が射し込む。エンタープライズは、ゆっくりと上昇していった。
 そのエンタープライズに、何かが近づいてくる。赤い翼だ。思わず身構えるも、何かがはためていている。

 「あれは・・・」
 「白旗?」

 ヤンとテラが顔を見合わせる。戦うつもりはないということか。
 赤い翼がエンタープライズに横付ける。向こうの甲板を見、セシルがハッと息を呑んだ。

 「カイン!」

 そう、そこにいたのは竜騎士カインだった。白旗を揚げたということは、彼は洗脳から解けたのだろうか?

 「生きていたか、セシル」

 だが、冷たい声でカインが告げる。舵を取っていたシドが、信じられないという様子でカインを見た。

 「カイン、どういうつもりじゃ!」

 だが、カインはそのシドの問いかけに何も答えない。 がグッと拳を握り締め、一歩前へ出た。

 「ローザは!? ローザは無事なの!?」
 「フッ・・・ローザが心配か」
 「当たり前でしょ! ローザは私の親友よ! 心配に決まってるじゃない!」
 「親友か。果たして、ローザはそう思っているかな?」
 「なっ・・・!」

 まるで、 とローザの間であったやり取りを知っているかのようなカインに、 は言葉を詰まらせる。そんな を、カインはフッと鼻で笑った。

 「まあいい。ローザの命が惜しければ、トロイアの土のクリスタルと引き換えだ」
 「なに?」
 「卑怯な手を!」

 テラが憤るも、カインはまるで気にしていない。セシルたちに背を向けた。

 「手に入れたら、また連絡に来る・・・。いいか、必ずだ! ローザの身を案じるならな」
 「カイン、あなた・・・!!」
 「目を覚ませ、カイン!」
 「話すことはそれだけだ」

 セシルの声も、 の声も届かず、赤い翼は飛び去って行ってしまった。
 うつむくセシルに、ヤンが「セシル殿・・・」と声をかけた。「セシル・・・」と、 がセシルの腕にそっと触れる。

 「トロイアへ行こう・・・。シド、舵を北西へ」

 今のセシルたちには、そうするしか手段はなかった。

***

 土のクリスタルを守るトロイア。国を治めるのは、8人の女性神官だ。
 クリスタルの話をすれば、なんと先日、ダークエルフに盗まれてしまったという。そのダークエルフは東のほうへ逃げたらしい。しかも、そのダークエルフは金属を嫌い、住処の洞窟に罠を仕掛けたという話だ。

 「それにしても、クリスタルの話を持ち出されたのは、これで2度目」
 「え?」
 「先日、このトロイアに流れ着いたギルバートという方も、クリスタルを守ってくれと言ってまして」
 「ギルバート!?」

 その名前に、セシルと が同時に声をあげ、大臣に詰め寄れば、老婆の大臣は戸惑いがちにうなずいた。

 「その人は、どこに!?」

 北西にある医務室にいると聞き、慌ててそこへ急いだ。見えてきた扉を開き、「ギルバート!」と声をあげると、そこにいた医者に「静かに!」と注意されてしまった。

 「すみません、こちらに僕たちの知り合いがいると聞いて・・・!」
 「え? まさか、ギルバートさんの?」

 ベッドを覗き込めば、確かにそこに眠っていたのは、ギルバートだ。しかし、顔は青白い。 が駆け寄ると、セシルとヤンも枕元に近づき、シドも遠巻きに見守り、テラは扉から動こうとしなかった。

 「ギル・・・!」

 ギルバートの手を握り、 が「ギル・・・」と名を呼べば、ギルバートがうっすらと瞳を開けた。

 「 ・・・それから・・・セシルかい? 無事だったんだね。僕も・・・戦うよ・・・」
 「そんな体で何ができる! おとなしく寝ておれ!」

 扉の前で見守っていたテラが、怒った口調でベッドに近づいた。

 「テラさん・・・生きていてくれたんですね。すみません・・・僕がアンナを殺したも同然です・・・」

 必死の思いでテラに謝罪をするギルバート。その姿に、テラは黙ってうつむいた。
 そのことについては、まだ許せない部分もある。だが、アンナはギルバートを心から愛し、彼を守った。いつまでもギルバートを恨むことは、アンナのためにもならないと思い始めていた。

 「本当に・・・うう・・・」

 起き上がろうとしたギルバートを、 が慌てて制する。

 「ギルバート殿、今は養生せねば・・・」
 「ヤン・・・。君も無事だったのか。じゃあ、リディアも・・・?」
 「面目ない・・・」

 ヤンがうなだれる。ギルバートは眉根を寄せ、「そうか・・・かわいそうに・・・」とつぶやいた。

 「みんなが戦ってるっていうのに、僕は情けないよ・・・」
 「大丈夫じゃ! このシドとエンタープライズがついとる! 聞けば、セシルやローザが世話になったそうじゃな。ワシに任しとくんじゃな!」
 「あなたがシド? じゃあ、上手く飛空艇を・・・!! セシル! ローザは?」
 「このトロイアの土のクリスタルと引き換え・・・ということになってしまった・・・。だが、クリスタルはダークエルフに・・・」
 「ダークエルフ・・・」

 ギルバートがその名を反芻する。そして、服の隠しから、1本の草を取り出した。

 「セシル、これを持って行ってくれ・・・」
 「これは?」
 「僕の代わりさ・・・持って行ってくれ・・・」
 「ありがとう」

 ギルバートに渡されたそれを受け取り、セシルは を見た。

 「
 「え? なに? セシル」
 「君は、このトロイアに残ってくれ。そして、ギルバートの看病を頼む」
 「セシル、でも・・・!」

 またしても、セシルの過保護が現れ、 は眉根を寄せる。だが、セシルはダメだ、と言わんばかりに首を振る。

 「お願いだ、君に無理をさせたくない。それに、ギルバートの看病だって、必要だろう?」
 「それは・・・そうだけど・・・」
 「足手まといだと思っているわけじゃない。今度の洞窟は、ダークエルフの罠が待ち受けているという。君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
 「セシル・・・」

 ポン、とセシルが優しく の頭に手を置く。 は不満そうな表情を浮かべながらも、渋々といった様子でうなずいた。

 「よし、ダークエルフのいる洞窟へ向かおう!」

 セシルが仲間たちに声をかける。3人はセシルの声に、力強くうなずいた。

***

 トロイア城を出て行くセシルたちの背中を見送る。思わずハァとため息がこぼれた。
 やはり、セシルの過保護がエスカレートしている気がする。昔は、ここまで のことを心配していなかった。
 リディアを亡くし、パロムとポロムが石と化し、ローザはゴルベーザにさらわれ、人質にされ、その上カインまで洗脳されているのか、裏切った。
 バロンを出てからここまで、セシルはずっと と一緒だ。それ故、 を失うことを恐れているのだろうか?
 だが、 としては、離れている間に、セシルに何かあったらと思うと気が気でない。
 傍にいて、一緒に戦いたいと思う。ミシディアでの修行で、使えるようになった魔法も増えた。そんなに心配をしなくても、と思ってしまう。

 「 、セシルたちは行ったのかい?」
 「ええ」

 ギルバートの元へ戻ると、相変わらず青白い顔をした彼が声をかけてきた。彼にうなずきながら答え、 は枕元の椅子に座った。

 「ギル、無事でよかった。本当に」
 「 こそ・・・。セシルと一緒にいたのかい?」
 「ええ。彼が守ってくれたの」
 「そうか・・・。今のセシルは、とても輝いてるよ。前とは別人のようだ」
 「そうね。私もそれは感じるわ。あれが、セシルの本当の姿だって思う」
 「セシルはきっと、君のために暗黒剣を捨てたいと願ったんだ」
 「え??」

 目をパチクリ。先ほどから驚いたり疑問に思ったり、 の表情はコロコロ変わって面白い。

 「そんなことないわ。セシルは、自分のためにパラディンになったのよ。そうでなかったら、ローザのため。ローザを助けるためよ」
 「 、本当は気づいているんだろう? 自分にそう言い聞かせていることを」
 「な・・・!!」

 カァ・・・と顔が熱くなる。ずっと、自分の気持ちは封印してきた。気のせいなのだと。セシルはローザとお似合いだと。そう自分に言い聞かせてきた。

 「少し・・・卑怯な手を使ってみようか」
 「え?」

 そう言って、ギルバートは服の隠しから見覚えのある草を取り出した。先ほど、セシルに渡したものだ。

 「これは、“ひそひ草”というんだ。これを持っている相手と、離れていても会話が出来るものだ。ダムシアン王家に伝わるものさ」

 そう言うと、ギルバートは草を一撫でした。首をかしげる の耳に、微かに声が聞こえてくる。

 《・・・を・・・たくないんだ》
 「セ・・・」
 「シッ!」

 「セシル?」と声をあげそうになった に、ギルバートが口に指を当て、黙るように指示する。どういうわけか、草からセシルの声がした。

 《しかし、セシル・・・いくらなんでも、少し心配しすぎじゃないのか?》
 《心配しすぎなくらいでいいんだ。僕は、もうこれ以上、仲間を失いたくない》
 《それだけかの? セシル》
 《テラ・・・?》
 《我々の予想通りなのではないか? お前は、 を・・・》

 テラが何を言おうとしているのか、 は悟る。慌ててギルバートの手から、ひそひ草を奪おうとするが。

 《そうだ。僕は を愛している》

 聞こえてきた声に、 の心臓はドクンと高鳴った。
 バクバクと心臓がうるさい。頬がどんどんと熱を帯びていく。

 「ギル・・・! もう・・・!」
 「ああ、すまない」

 ギルバートは服の隠しにそれを戻した。どこかバツの悪そうな表情で。
 未だうるさい心臓。ギュッと胸元を握りしめる。まさか、こんな形でセシルの気持ちを知らされるとは思わなかった。

 「 、本当にすまなかった。まさか、セシルがあんなことを・・・」
 「もういいから。ギルは、休んで」
 「 ・・・」

 スッと立ち上がり、 は部屋を出て行った。ギルバートはその背中を見送り、うつむいた。
 セシルの考えがわかればと、そんな軽い気持ちだった。それなのに、こんな形でセシルの気持ちを知ってしまうとは。

 「ギルバートさん、少し休んでください」
 「・・・はい」

 部屋を出て行ってしまった を気にしていたが、医師にそう声をかけられ、ギルバートはベッドに横になった。

***

 トロイア城の水の流れを見ながら、 は先ほどのセシルの言葉をボンヤリと思い出していた。
 「愛してる」と言った。親愛の情ではない。それは確実に異性に対する「愛してる」だ。
 聞きたくなかった。セシルの気持ちを聞かなければ、自分の気持ちは誤魔化せると思った。
 それなのに・・・こんなことになって、自分の気持ちが押さえられなくなる。
 いや、いけない。自分はローザの親友だ。親友の恋路の邪魔をしてはならない。だが、ならばセシルの気持ちはどうなる? ローザの気持ちを優先させれば、セシルの想いは成就しない。セシルだって、大事な幼なじみなのに。

 「どうすればいいのかな・・・」

 サラリ・・・髪を揺らす風に問いかける。答えなど、返ってくるはずもないが。
 ギルバートに冷たく当たり、ひどいことをしてしまった。ただ、動揺しただけなのに。謝らなくては。
 部屋に戻り、ギルバートの元へ行こうとし、目を丸くした。這いずるようにして、ギルバートがどこかへ行こうとしている。先ほどいた医師はおらず、止める者がいなかったため、無茶をしたのだ。

 「ギル! 何して・・・」

 慌ててギルバートに駆け寄ると、彼が“ひそひ草”を握りしめていることに気づく。そして、聞こえてくる苦しげな声。

 「セシルっ!!」
 「セシルたちが危ないんだ・・・!  、僕を竪琴のもとまで・・・」
 「待って! 私が持ってくる!」

 部屋の壁に立てかけられた竪琴を、ギルバートに渡せば、彼はそれを奏で始めた。
 穏やかな風のような、澄んだ旋律。思わず聞き入ってしまう。

 《ギルバートの竪琴だ!》

 セシルの声が響く。先ほどの苦しげな声が嘘のような、明るい声で。

 「今だ、セシル! この音色が流れている間は、ヤツも磁力を操ることはできないはずだ! 剣を! 剣を持つんだ!」
 《わかった・・・ギルバート!》

 戻ってきたばかりの には、事情がまったく飲み込めない。一体、何があったというのか。

 「彼らが向かった洞窟には、ダークエルフが仕掛けた罠があったんだ」
 「ええ、そう言ってたわね」
 「すさまじい磁力で、金属のもの・・・セシルの剣が使えなくなった。だが、クリスタルを奪ったダークエルフは強力な力を持っていて・・・ヤンやテラさん、シドだけの力では倒せなかった」

 ギルバートの説明に、 がうん、とうなずく。

 「そこで賭けてみたんだ。さっき奏でた曲は、ダムシアンの古い歌。邪気を払い、勇者に力を与えるもの。ダークエルフの邪気を払えると思ったんだ」
 「それで、セシルたちを助けてくれたのね?」
 「うん」

 ギルバートの言葉に、 が微笑む。そして、“ひそひ草”からはセシルの声。「やったぞ、ギルバート!」と喜びの声をあげていた。

 「・・・ギル」
 「うん? どうしたんだい?」
 「さっきは、ごめんなさい。私、冷たく当たって・・・」
 「いや、僕こそ。あんなことをしてしまなかった」

 お互いに謝り合って、微笑み合い、それで解決。
 だが、セシルが戻ってきた時、 はきちんと笑って出迎えられるか・・・それが心配だった。