食事をもらい、部屋へ戻ると、パロムが「待ってました!」と声をあげ、
に駆け寄ろうとし、ヤンの姿に目を丸くした。 とりあえず、仲間であることを伝え、ヤンを椅子に座らせ、パロムに食事を与えると、テラとポロムがヤンを見つめた。
「私はリヴァイアサンに・・・」 「わかってる。記憶喪失だったんだな。それを利用して・・・。しかし、バロンに流れ着いていたとは」 「ヤン、リディアとギルは!?」
が焦った様子で尋ねる。もしかして、と思ったのだが、ヤンは首を横に振った。
「リディアはリヴァイアサンに飲み込まれてしまった。ギルバート殿は・・・わからない・・・」 「そんな・・・! リディア・・・!」
口を押さえ、泣き出しそうな
の手を、セシルが優しく撫でた。
がセシルの胸に飛び込み、嗚咽を漏らす。そんな少女の頭を、セシルは優しく撫でてやった。
「・・・すまぬ」
ヤンが深々と頭を下げる。そんな彼に、セシルは「いや・・・」と首を横に振った。
「君はよくやってくれたよ。僕は、リディアを追いかけることすら出来なかった」
沈黙が落ちる。パロムだけが重い空気を気にせず、食事をしている。 と、ヤンが顔をあげ、テラたちを見回す。
「こちらの方々は・・・?」 「新しい仲間だ。テラは、ギルバートの・・・」 「私の娘は命を懸けて、あの男を愛しおった・・・」 「そうですか・・・。私はファブールのモンク僧長ヤン」
ペコリと頭を下げたヤンに、パンを頬張っていたパロムが声をあげる。
「オイラがミシディアのてんさいじ、パロムさ!」 「なまいきですみません。ふたごのポロムです」 「・・・ったく、バロンなんかにりようされちゃってさ!」 「パロム!」
パロムの辛辣な言葉に、ポロムがピシャリと怒鳴りつける。だが、ヤンは頭垂れ、「面目ない・・・」とつぶやいた。 うなだれるヤンに、セシルは「気にするな」と声をかけた。と、セシルの胸で泣いていた
が、そっと離れる。
「大丈夫かい?
」 「ええ・・・。ごめんなさい、少し外を歩いてくるわ」 「1人じゃ危険だ! 僕は素顔をほとんど知られていないが、君は・・・」 「大丈夫。お願い、しばらく1人にさせて」
立ち上がったセシルだが、
の突っぱねる物言いに、それ以上声をかけられず、扉を開け、部屋を出て行く
の背中を見送った。
「セシルよ、バロンまで来たのはいいが、この後どうするつもりじゃ?」 「まずは、飛空艇技師のシドに会いたい。バロンの城にいるはずなんだが」 「じゃが、たやすくは入り込めんじゃろう・・・」 「セシル殿、これを」
ヤンが帯の隙間から1本の鍵を手渡してくる。持ち手の部分に、バロンの紋章が刻まれていた。
「これはバロンの鍵だ! そうか! ヤンに近衛兵を従わせていたから・・・。なんとかなりそうだ!」 「と言うのは?」 「このバロンの町には、緊急時のため、城に通じる道があるんだ。普段は扉に鍵がかかっているんだが。恐らくこの鍵で扉を開けることができるはず!」 「なるほど・・・! そこから城に潜入するということですな!」
ヤンの言葉に、セシルはうなずく。まさか、緊急時の抜け道を通ってやって来るなど、向こうも思っていないだろう。
「よし! これでバロン城に潜入し、シドに会おう!」
セシルがそう言うと、ヤン、テラ、ポロムはうなずいた。パロムは相変わらず、パンを頬張っていた。
***
しばらくして戻ってきた
が、シドについての情報を得ていた。彼の娘に会ったらしい。 どうやら、ゴルベーザはシドを捕らえ、飛空艇のありかを吐かせようとしているようだという。もちろん、シドは口を割ることはなく、今もバロンの牢屋に捕らえられたままだ。 一刻も早く、シドを救出しに行きたいが、焦っても仕方がない。疲れた体で乗り込んでも、返り討ちにされる可能性が高い。とにかく、今夜は宿に泊まり、明朝城を目指すことになった。 抜け道に通じる扉を鍵で開け、そこにあった下へ行く階段を下りていく。地下水路に通じるそこは、ヒンヤリとした空気に包まれていた。 襲いかかってくるモンスターを倒しながら、先を進む。やがて見えてきた上へ向かう階段。セシルを先頭にゆっくりと上がっていけば、そこは城のお堀だった。6人は見張りの兵士に見つからぬように進み、無事に場内へ潜入した。 物陰で濡れてしまった服をファイアの魔法で乾かしてから、城内へ足を踏み入れる。懐かしいといった感慨は、今はなかった。
「! 人の気配だ」
セシルが立ち止まり、仲間たちに物陰へ隠れるよう指示する。 テラと双子、セシルと
とヤンの二手に分かれ、物陰に隠れていると、姿を見せたのは近衛兵長のベイガンだった。 様子を窺う。彼もカインと同じように操られていたら? だが、その様子に不審な点はない。セシルは、まず1人で彼の前に姿を見せた。
「ベイガン」 「!? セシル殿! ご無事でしたか!」 「君は、無事なんだな?」 「わたくしが、どうかしましたか?」 「ゴルベーザに操られて・・・」
セシルのその言葉に、ベイガンは目を丸くし、首を横に振った。
「まさか。わたくしとて近衛兵を治める身。バロンへの忠誠は誰にも曲げられません!」 「そうか。安心した。シドが捕らえられていると聞いたが?」 「わたくしども残った近衛兵で彼を助けに来たのですが、生き残ったのは、このわたくしだけ」 「そうか。一緒に行こう! 君がいてくれれば、心強い!」 「はッ!」
大丈夫だ、と仲間たちに声をかけ、物陰から仲間たちが姿を見せ、ベイガンに歩み寄る。だが、双子がそこから動かない。セシルが首をかしげ、「パロム? ポロム?」と名を呼んだ。
「におうんだ」 「まもののにおいですわ!」
パロムとポロムの言葉に、セシルたちは慌てて辺りを見回すが、誰もいない。 双子がズイッと前へ進み出ると、ベイガンをビシッと指差した。
「くさいんだよっ!」 「おしばいするなら、もうすこしじょうずにやっていただきたいものね!」
ハッとなり、セシルはベイガンを振り返った。「まさか・・・君もゴルベーザに・・・」とつぶやけば、ベイガンはニヤリと口の端を上げ、クックックッと笑い出した。 セシルたちが身構えた。ベイガンは笑みを浮かべたまま、セシルを見やる。
「やめていただきたいですな、そんな言い方は・・・。あの方は、素晴らしいものを、わたくしにくださったのですよ。こんなに素敵な力をねっ!」
ベイガンの体に変化が現れる。両腕の手の平が蛇の頭に変わり、顔が変形し、これまた蛇のような顔面に変わった。 完全なるモンスターと変化したベイガン。セシルはかつての恩もあり、攻撃をためらってしまう。 かつて、ベイガンはセシルに信頼を寄せ、セシルもベイガンを信頼し、様々な相談事をしていた。その度、ベイガンは適切なアドバイスをくれ、笑顔でセシルの背を押してくれた。 そんなセシルの心の迷いに気づいたのか、ベイガンの右腕が伸び、セシルを狙う。ためらいが動きに出、一瞬判断が鈍った。だが、そのセシルの前に
が立ちはだかり、向かってきた右腕を剣で斬り落とした。
「しっかりして、セシル! 彼はもう、あの頃のベイガン隊長じゃないのよっ!!」
の叱責に、セシルはハッとなる。そうだ。もはやあの頃のベイガンはいない。今、目の前にいるのは、ゴルベーザに心を売ったモンスターだ。 セシルは手にした剣を握る。
が斬り落とした右腕が再生し、彼女を襲う。
はそれをブリザラで凍りつかせる。
「ベイガンっ!!」
名を叫び、セシルがベイガンに突進し、その左胸を剣で貫いた。ベイガンが血を吐き、倒れる。その姿か崩れ、やがて消えた。 セシルはキッと城の奥を睨み据える。この先は玉座だ。そして、そこにいるバロン王は、もう・・・。 玉座の間へ入れば、やはりそこにはバロン王の姿があった。姿を見せたセシルに、「おお・・・!」と笑みを浮かべる。
「セシル、無事であったか! ずい分たくましくなったな」 「陛下・・・」 「その姿はパラディン。そうか、パラディンになったか。だがな、いかんぞパラディンは」 「陛下・・・いや、バロン!」
剣を構え、セシルが叫ぶ。目の前のバロン王はニヤリと笑った。
「バロン? クカカカカ・・・誰だ、そいつは? おお、そうか、思い出した。確か、この国は渡さないと言っていた愚かな人間か。そいつになりすましていたんだっけなぁ、俺は・・・。ヒャアヒャッヒャッ!」 「貴様、陛下を!」
グッと剣を握る手に力がこもる。すでに、バロン王はこの世にいないということか・・・。
「会いたいか? 王に会いたいか? 俺はスカルミリョーネのように、無様なことはせんぞお。なにしろ、あいつは四天王になれたのが不思議なくらい弱っちいヤツだったからなあ。グヘヘヘッ!」 「ということは、貴様も!」 「いかにも! ゴルベーザ四天王、水のカイナッツォ!」
甲羅を背負った水色のモンスターが、バロン王の姿を解き、セシルたちに襲いかかってきた。 手始めに、テラがサンダーの魔法を使うが、水棲動物と思われたカイナッツォに、それはダメージを与えることはできなかった。 それを見て、ポロムが呪文の詠唱を始める。パロムがブツブツと独り言を言っていることから、スカルミリョーネの時と、同じ戦法だろう。 それならば、と時間稼ぎを始める。セシルと
が斬りかかり、ヤンは爪をつけて殴りかかる。
「みえましたわ! じゃくてんは、こおり!」 「いっけぇ! ブリザラっ!!」
パロムがブリザラの魔法を放つと、それよりも上級魔法であるブリザガの氷の刃がカイナッツォに突き刺さった。テラだ。 弱点の氷で攻撃をされ、あっけなくもカイナッツォの体が沈んでいく。フゥ・・・と息を吐いたセシルたちの背後から「このー、偽バロン王めがあ!」と叫び声があがった。
「よくもあんなカビ臭い所に閉じ込めおって! ブチのめしたるわい!」
と、玉座の方を見るも、そこにバロン王の姿はなく・・・「あ、あら?」と勢いがそがれた。
「シド!」
セシルが声をあげる。彼こそが、バロンが誇る飛空艇を造ったシド・ポレンディーナであった。セシルの声に、怒りの形相のシドが振り返り、目を丸くした。
「セシルかあ! 生きとったんか! 心配かけおって、この・・・!」 「すまない」
頭垂れるセシルに、シドはため息をつき、仲間たちを見回した。
「ローザはどうした!? お前は生きとると飛び出して行ったが・・・」 「ゴルベーザに捕らわれてしまって・・・」 「お前がついていながら、なんというザマじゃ! しかし、あのゴルベーザ・・・ワシの飛空艇たちをひどいことに使うばかりか、ローザまで!」 「その娘が危ないのじゃ。早く飛空艇とやらに案内してもらおう!」
うつむいて、言葉もないセシルに代わって、テラがズイッと身を乗り出す。偉そうなテラの態度に、少々カチンときたようだ。
「なんじゃ、このジジイは?」 「おぬしに言われたくはない!」 「ワシャ、まだ若いわ!」 「まあまあ・・・」
口喧嘩に発展しそうになったところで、ポロムが仲裁に入った。2人が口喧嘩をやめる。ポロムはシドの方を向き、ニッコリと微笑んだ。
「シドさまですわね。こちらはテラさま。いだいなけんじゃさまですわ」
次いで、ポロムはヤンに視線を向け、彼に手の平を差し出す。
「こちらがファブールのモンクそうちょうヤンさま。わたしはミシディアのまどうしみならい、ポロムですわ」 「ヘン、ジジイどうしが!」 「あのくちのわるいのが、ふたごのパロムですの」 「ヘッ。いいこぶりやがって!」 「
さんのことは、ごぞんじですよね?」
ポロムの言葉にシドはうなずき、セシルの陰に立っていた少女に目を向けた。 シドは、セシルやカイン、ローザのことはかわいがっていたが、
とはあまり仲良くしてこなかった。顔を合わせれば挨拶くらいは交わすが、その程度である。 理由はなんとなくわかっている。シドはセシルとローザが恋人同士になることを望んでいる。
の存在は邪魔なのだ。
にその気はないと言っても、やはりローザ以外の女がセシルに近づくのが気に食わないのだろう。 と、ヤンが前に進み出て、片手に握りこぶしを当て、礼をする。
「お初にお目にかかります。ここは危険ゆえ、急ぎませんと」 「礼儀を知っとるの、おぬし!」 「シド、新型の飛空艇があるんだろう?」
そこで、ようやくセシルが本題に入る。シドが自信満々にうなずいてみせた。
「一体、どこに?」 「フフフ・・・。だーれもわからん所じゃ! ちょっとばかり細工しておいたんじゃ!」 「時間がないと言っておろうに! ローザの命が、かかっとるんじゃ!」
テラが怒鳴れば、シドは怒りを顕にする。
「いちいち、うるさいジジイじゃの! わかっとるわい! さ、こっちじゃ!」
玉座の間を出て、廊下を歩いていた時だ。突然、不気味な笑い声が響いたのは。
「この俺を倒すとはなぁ。だが、俺は寂しがりやでな。クカカカ・・・死してなお、すさまじいこの水のカイナッツォの恐ろしさ、とくと味わいながら死ねえ! 先に地獄で待ってるぞお! ヘエッヘッヘッ!」 「なに!? どういうことだっ!!」
セシルが叫んだ瞬間、ガクンと大きな揺れが襲い、なんと部屋の壁がジリジリと迫ってきているではないか。 慌ててセシルが扉を開けようとするも、どんなに押しても引いても開かない。テラが「こっちもじゃ!」と声をあげる。ファイアの魔法をぶつけても、効果はなかった。
「セシル・・・!」
蒼白な顔で、
がセシルを見やる。当然、脱出の魔法であるテレポも効果がない。このままでは、7人は圧迫死だ。ジリジリと迫る壁。万事休すか・・・と思った時だ。双子がスッと迫り来る両面の壁にそれぞれ立ち向かった。
「パロム! ポロム!」 「あんちゃん、ありがとよ!」 「おにいさまができたみたいで、とってもうれしかったですわ!」 「2人とも、何を言って・・・?」
2人が壁に向かって手を突き出す。何かをしようとしているのは、明白だ。
「あんたらを、ここでころさせやしない!」 「
さん! セシルさんをおねがいしますわ!」 「いくぞ、ポロムっ!」 「うんっ!」
2人が同時に呪文の詠唱を始める。壁が2人に迫り来た瞬間、
「ブレイク!」
双子の声が重なり、一瞬にして、その体が石化し、壁の動きが止まった。
「パロム・・・ポロムー!!」 「いや・・・こんなの・・・!!」
セシルが叫び、
が口を押さえ、涙をこらえる。テラがため息をつき、エスナの魔法をかけるも、まるで効果がない。
「セシル! 金の針を!」 「ああ!」
石化を解くアイテムで2人を刺すも、それも効果がなかった。2人の意志で石化したため、通常の手段では、どうにもならないのだ。
「ばか者が! 死ぬのは・・・この老いぼれでよかったろうに!」
テラがギュッと拳を握り締める。ヤンもうなだれ、「こんな幼子が・・・」とつぶやいた。
「パロム、ポロム、私が2人の無念を晴らしてみせる! 絶対にゴルベーザを許さないっ!」 「弔い合戦じゃ! エンタープライズを出すぞ!!」 「待っていろ・・・。ゴルベーザ・・・!」
開いた扉を抜け、仲間たちが去って行く中、
は1人残り、石と化した双子に優しく触れた。
「短い間だったけど、楽しかったよ・・・。ありがとう、2人とも。大丈夫。必ず、あなたたちの仇は討つから」
このままだなんて、つらすぎる。リディア、パロム、ポロム・・・幼い命が、こんなにも簡単に犠牲になってしまうなんて・・・心が痛む。
「・・・
」
聞こえてきたセシルの声に、そっとそちらへ視線を向ける。彼が手を差し伸べていた。
「2人のためにも、ゴルベーザを倒さなければ!」 「・・・うん」
セシルの手を取り、もう1度双子を振り返り、
はきつく目を閉じると、息を吐き、うんとうなずき、前へ歩き出した。
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