セシルが使っていた「あんこく」の力を、目の前の騎士が繰り出すのを、セシルは必死でこらえた。 掲げた手に、一振りの剣が握られる。セシルはそれを構え、だがけして攻撃をしようとはしなかった。
「正義よりも、正しいことよりも、大事なことがある。いつか、わかる時が来る。ゆけ! セシルよ!」
暗黒騎士の姿が、鏡の中へ戻っていく。セシルは慌てて鏡に駆け寄った。
「よくやった・・・これから私の意識を光の力に変えて、お前に託そう。受け取るがよい・・・私の・・・最後の光を!」
セシルの全身を、光が包んだ。傷が消え、セシルの体に魔力が溢れてくる。
「我が息子よ・・・。ゴルベーザを・・・止めるのだ!」 「ま、待ってください!」
手を伸ばしたその瞬間、再び光が辺りを包み・・・そして次の瞬間、先ほどの巨大な岩の前に立っていた。 セシルは呆然と、手を伸ばしたまま立ち尽くす。そんな彼に、ポロムが声をかけた。
「だいじょうぶですか?」 「・・・あ、ああ」 「あんちゃん、あんたやっぱり・・・」 「シイッ!」
パロムが何か言いかけたのを、ポロムが制したが、セシルは気にもしなかった。 と、テラが背後で「おぉ!」と声をあげた。ポロムが「テラさま?」と声をかける。
「思い出してきた・・・呪文の数々を! !? メ・・・テオ? あの光が授けてくれたというのか! 封印されし最強の黒魔法、メテオを!」
感激の声をあげるテラとは対照的に、セシルは未だに呆然と立ち尽くしたままだ。「セシルさん・・・」と、ポロムが小さく名前を呼び、パロムが「じつはオイラたち・・・」と言いかけたところで、テラが3人に歩み寄ってきた。
「よおし! 準備万端、整った! 行くぞ、ゴルベーザのもとに!! 何をしておる、セシル。さあ、行くぞ!」 「ああ・・・」
テラと双子たちが巨岩から離れて行く。セシルも後を追いかけようとして、振り返った。
「あの光は・・・確かに僕を・・・“我が息子”と・・・」
孤児だったセシルの、実の親だというのだろうか?
「セシルさん! まいりましょ」 「あ、ああ!」
ポロムに呼ばれ、セシルは一度目を閉じると、気を取り直して歩き出した。 自分には、何か使命のようなものがあるのではないか? ミシディアの長老も言っていた。「試練だ」と。それを乗り越えた時、全ては明らかになる・・・そんな気がした。
***
目の前の滝が大きく凍りつくのを見ていた黒魔道士が「完璧ですね」と声をかけてきた。
はハァと息を吐き、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「少しコツを教えただけで、簡単にラ系の魔法が使えるようになるなんて。才能があるんですよ」 「そんなこと・・・」 「謙遜することはありませんよ。それはあなたの持つ実力なのですから。さあ、疲れたでしょう。病み上がりですし、少し休みましょう」 「はい」
長老の家の裏手にあった滝に、ブリザラの魔法をかけ、練習していた
は、そのままファイラの魔法で己の放った冷気を飛ばし、滝が元の状態に戻ったのを確認してから、家へ戻った。
「どうじゃったかの?」
家の中に入ると、長老が笑みを浮かべて待っていた。
もそれに笑みで応える。
「ありがとうございます。無事に数々の魔法を会得することができました」 「そうかそうか。それは良かった。そなたの仲間も戻ってきたようじゃな」 「え?」
ドアの方を振り返ると、ちょうどそれが開かれ、白い鎧に身を包んだセシル、ダムシアンで別れたテラ、そして見知らぬ2人の子供が入ってきた。 目を丸くする
の姿に、セシルが気づく。「
!」と声をあげ、少女の小さな体を抱きしめた。
「よかった、
・・・! 気がついたんだね!」 「う、うん・・・ごめんなさい、セシル。心配かけて。でも、その姿は?」 「パラディンになったんだ」
体を離し、セシルが微笑む。素顔のセシルに微笑まれ、思わずうつむいてしまった。彼は、美男子なのだ。自覚はまったくしていないけれど。
「これからは、この力で
を守るよ」 「え・・・!?」
「守る」と言われ、カァ・・・と頬が熱くなる。
「お? このねーちゃん、てれてるぜ?」 「おふたりは、おにあいですわね」 「お・・・お似合い!?」
素っ頓狂な声をあげ、
はセシルから一歩離れる。あの時見た夢を思い出してしまった。「君は、僕のことが好きなんだろう?」という言葉を。
「パラディンになったか」 「ごらんのとおりですわ!」 「まさかとはおもったけどな!」
長老の言葉に、パロムとポロムが答える。「まさか」とは、どういう意味なのか。
「何のことです?」 「悪いと思ったが、この2人にそなたの見張りを命じたのじゃ。もっとも、その必要もなかったようじゃな。おぬしらも、ご苦労じゃった。パロム、ポロム」
セシルは目を丸くした。警戒させないため、わざと幼子である双子を、見張りにつけたのだろう。長老は、セシルがここへ来ることを予見していたのだ。案の定、セシルはちっとも2人を警戒しなかった。「まるで子守だ」と思ったほどである。
「ま、そんなわけだ」 「かくしててごめんなさい、セシルさん。でも、しかたなかったの」 「いや、当然だ。あれだけのことを、僕はしてしまったんだから・・・」
罪のない人々の命を奪い、クリスタルまでも強奪したのだ。セシルは頭垂れ、
が「セシル・・・」と、彼の腕に触れた。
「だが、そなたは過去の自らを乗り越え、パラディンとなった・・・!」
と、長老の視線が、セシルの腰に佩いてある剣に向けられる。淡く光るその剣に、長老は首をかしげた。
「その剣は?」 「山頂で授かったものです」
そう言い、セシルは腰の剣を鞘ごと長老に渡した。それを受け取った長老は、剣を鞘から抜き、目を丸くし「おお・・・! これは・・・!」と声をあげた。剣に何かがあったのだろう。長老の声に、セシルと
が顔を見合わせる。
「ちょうろうさま、どうなさったのです?」 「古えより、このミシディアに伝わる言い伝えと同じことが記されておる!」 「言い伝え?」 「うむ。“竜の口より生まれしもの 天高く舞い上がり 闇と光を掲げ 眠りの地に さらなる約束をもたらさん 月は果てしなき光に包まれ 母なる大地に 大いなる恵みと慈悲を与えん”」
長老が読み上げた言葉に、セシルは首をかしげる。一体、どういう意味なのか、まるでわからなかった。だが、この魔道士の村に伝わる言い伝えだ。何かしらの意味があるはずである。 と、セシルはずっと疑問に思っていたことを口にした。
「・・・あの光は僕を息子と言いました。あの光は、一体何なのですか?」 「試練の山の光が何なのか・・・そして、この伝説が何を意味するかは、ワシにもわからん・・・。ただ、我々ミシディアの民はこの言い伝えのために祈れと代々言われておる。そして、聖なる輝きを持つ者を信ぜよと・・・。やはり、そなたがその者なのかもしれん!」 「セシルが、聖なる輝きを持つ者・・・? 今の姿が、セシルの本当の姿ということなのね!」
がうれしそうに笑い、セシルに微笑みかける。その笑みを受け止め、セシルも微笑んだ。
「いーいフンイキだよなぁ、あんちゃんとねーちゃん」 「やっぱり、おにあいですわ」
コソコソとしゃべる双子を押しのけ、テラがズイッと長老の前に進み出た。
「後は、一刻も早くゴルベーザを倒すことじゃ!」 「おお、テラ!」 「久し振りじゃな」
長老とテラが握手を交わす。2人は知り合いだったのか。長老が「なぜ、この者たちと一緒に?」と尋ねると、ポロムが「しれんのやまで、おあいしたのです」と答えた。
「このじいちゃん、メテオをてにいれたんだぜ!」 「メテオ・・・! あの魔法の封印が解かれるほどのことが起きているというのか・・・!」 「そのようじゃ。これでアンナの仇を討つ!」 「アンナが?」 「ゴルベーザにやられたのじゃ! ヤツだけは、私がメテオで倒す!」
ギラギラと眼を怒りに燃え滾らせるテラに、長老は眉をひそめた。
「テラよ。憎しみで戦っては身を滅ぼす! まして今のおぬしではメテオは危険すぎる!」
山でポロムが言ったのと同じことを、長老も口にした。だが、テラは力強く首を横に振った。
「たとえ我が身が滅ぼうと! ヤツだけは許せんのじゃ!!」
力強く言い放ったテラに、長老は目を閉じ、ハァ・・・とため息をついた。
「そう言うと思ったぞ。昔のまんまじゃな」 「おぬしもな・・・」
フッと長老が笑むと、テラも同じようにニヤリと口の端を持ち上げた。と、長老がセシルを見やり、大きくうなずく。
「セシル殿もパラディンとなり、娘も新たな魔法を覚えた。そなたたちの力を合わせれば・・・!」 「しかし、ゴルベーザに立ち向かうには、バロンに戻り、飛空艇を・・・」
そうだ。もともとの目的は、バロンへ戻り、シドと協力して飛空艇を手に入れることだった。 だが、今はその手立てがない。ミシディアに船はないだろう。バロンへ向かうことが出来ないのだ。 セシルの言葉を聞き、長老は目を閉じ何かを思案し、やがて目を開けた。
「わかった・・・。デビルロードの封印を解こう。先日、バロンに攻められ、閉じていたのだが、パラディンとなったそなたなら、デビルロードを行き来できるはずじゃ! 行くがよい、バロンへ! ワシは祈りの塔に入り、そなたたちのために祈り続けようとしよう・・・。頼むぞ、パラディン セシル殿!」 「はい!」 「娘も・・・無事でいるんじゃぞ。何かあった時は、必ずまた力になろう」 「ありがとうございます!」 「・・・セシル殿、娘を守ってやるんじゃぞ」 「はい、わかっています。
は、僕が必ず守ります!」
大きくうなずくセシルに、
は再び恥ずかしさから目を伏せる。セシルは至って真剣で。
とテラに「行こう」と声をかけ、屋敷を出ようとした。 その3人の後を、パロムとポロムが顔を見合わせ、うなずき、ついて行こうとする。
「パロム! ポロム! おぬしらの役目は終わったのじゃぞ!」
長老が2人を呼び止めれば、双子は足を止め、振り返った。パロムがイタズラっ子の笑みを浮かべる。
「おわってなんかいないよ! ちょうろうは、こいつのちからになれっていったじゃないか!」 「おゆるしを!」 「お前たち・・・。試練の山がお前たちを受け入れたということは、お前たちの運命でもあるのかもしれんな・・・。ワシはミシディアを離れることはできん。セシル殿、テラ、娘よ・・・2人を頼むぞ!」 「しかし・・・」
セシルは逡巡する。3人はこれからバロンへ乗り込むのだ。いわば、敵の本拠地のようなもの。そんな危険な場所に、幼子を連れて行っていいのか・・・。
「オイラのちから、しってるだろ!」 「そういうことですわ!」 「案ずるな。私もついておる!」
テラが自信満々に言う。セシルは
を見た。彼女はクスッと笑い、うなずく。
「大丈夫、リディアで慣れたわ。2人のことは、私に任せて」 「わかった・・・。パロム、ポロム、頼りにしてるよ」 「ヒャッホー! そうこなくちゃ!! よろしくな、ねーちゃん!」 「はしゃいでないで、いくわよ!」
賑やかな双子の姉弟に、
がクスクスと笑う。彼女が戻ったことで、一気にパーティが華やいだ。
「改めまして、
よ。パロムとポロムね。よろしくね」 「はい。あねのポロムです。こっちは、おとうとのパロム。こちらこそ、よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げるポロムに対し、パロムはヒョイと片手を挙げただけだ。 そして、
はテラへと体を向け、頭を下げた。
「テラさん、ご無事でよかった・・・」 「うむ、そなたもな。相変わらず、セシルとは仲がいいようで安心したぞ」 「はい。今でも仲良くしています」 「なーんだ。やっぱり、あんちゃんとねーちゃんは、おアツイなかなのか」 「は!?」
パロムの言葉に、
が声を裏返らせる。テラとポロムは笑いを噛み殺しており、セシルはキョトンとしている。
「ちょ・・・ち、ちが・・・! 私とセシルは、そんなんじゃ・・・!」 「さ、いきましょう、テラさま! パロム!」 「そうじゃな、先を急ごうか」 「いこうぜ、いこうぜー!」 「ちょっと〜!!」
賑やかに去って行く5人の背中を見送り、長老は近くにいた黒魔道士の少年と、顔を見合わせ笑った。
***
ミシディアの村の東に、小さな小屋が建っていた。中へ入ると、転送装置らしきものが部屋の中央の床にある。5人は顔を見合わせた。
「これが、長老の言っていた、デビルロードか。バロンに通じているという」 「本当にバロンへ行けるのかしら?」 「長老の言葉を信じよう。さあ、行こう」
うん、とうなずき、まずはテラが装置へ入る。その姿が光に包まれ消えた。次いで双子。そして、セシルと
。
「怖い?」 「ううん、大丈夫よ」
顔を覗き込んできたセシルに微笑む。安心したように、セシルはうなずき、
の手を取り、転送装置へ入った。 移動は一瞬だった。気づけば、目の前にテラと双子がいた。着いたところは、ミシディアと同じ小屋だ。 一体、バロンのどこへ出たのか。恐る恐る、セシルが扉を開け、ホッと息を吐く。
「バロンの町だ。よかった、城に通じていなくて」
5人は小屋を出ると、まずは作戦会議のため、宿屋へ向かうことにした。 気づけば、セシルと双子は野宿が続き、ゆっくりと体を休めていない。作戦会議も兼ねて、休養だ。これから、ゴルベーザと戦うことになるのだから。
「あ、私、パブに行って食べ物をもらってくるわ」
6人部屋に入り、仲間たちが息をつくと、
がそう言って立ち上がった。
「僕も行くよ、
」
セシルが申し出て、ベッドから立ち上がる。
は慌ててそんなセシルを制した。
「大丈夫よ、セシル! あなたも疲れてるんだから、少し休んで」 「このくらい、大したことないさ。いいから、一緒に行かせてくれ」
強引とも取れるセシルの態度に、
は首をかしげる。ミシディアに着いてから、セシルはなんだか変だ。前以上に
を子供扱いし、心配している。 ああ、もしかして・・・リディアやギルバート、ヤンとの別れがつらいのだろう。 そうだ、リディア。今まで、修行で考えないようにしていたが・・・あんなに懐いてくれたのに。まだほんの子供だというのに、その幼い命を失ってしまったなんて。
「あれ・・・?」 「え?」
が考え事をしていると、セシルが突然声をあげ、立ち止まった。セシルの視線の先を見て、
も「あっ!」と声をあげる。 ファブールのモンク僧の服を着た男・・・特徴的な弁髪、立派な髭。間違いない、ヤンだった。
「ヤン!」
名前を呼び、ヤンに歩み寄り、ハッとした。ヤンの向かいには、2人の兵士がいる。その鎧には見覚えがありすぎた。バロン兵のものだ。
「お前は!」
ヤンが血相を変え、立ち上がる。まさか、敵と勘違いしているのか?
「パラディンになったから、わからないのか。僕だ! セシルだ!」 「ヤン、私ならわかるでしょ?
よ」 「・・・セシル、捜したぞ! バロン王に逆らう犬め!」 「え・・・?」
様子がおかしい。ヤンはセシルを「セシル殿」と呼んでいた。それに、バロン王に逆らう犬だなどと。彼はファブールに忠誠は誓えど、バロンにはなんの縁もない。
「かかれ!」 「はッ!」 「ヤン!?」
傍らにいたバロン兵に、ヤンが声をかけると、2人のバロン兵がセシルと
に襲いかかってきた。咄嗟にセシルが
をかばい、バロン兵を斬りつける。
「ヤン、わからないのか!?」
バロン兵2人を倒し、セシルがヤンに向き直る。その瞳は今までに見たことがないほど、爛々と光っていた。
「わかるとも! お尋ね者が!!」 「やめろ、ヤン!」
ヤンが拳を繰り出す。セシルはそれを寸でのところで避ける。その次の瞬間、蹴りが飛んでくる。慌てて、腕でそれを受け止めた。ジン・・・骨にまで響きそうな衝撃だ。
「ヤン! 正気に戻って!!」
がヤンの背後に立ち、叫ぶ。その手にはビンが握られており、それを威勢良くヤンの頭に振り下ろした。 ガシャン!と大きな音と共に、ヤンの頭を直撃し、不意打ちを食らったヤンの体が倒れた。
「ヤン!!」 「ヤン! しっかりして!」
自分で殴り倒しておきながら、「しっかりして」もないだろうに・・・。だが、セシルも
もそんなことは気に留めない。セシルがヤンの頬を叩くと、うっすらとヤンが目を覚ます。いつもの、穏やかな瞳で。
「ヤン! 気がついたか!?」 「ここは・・・? そなたは・・・。おお、
殿!」 「ごめんなさい。大丈夫?」 「うむ。何か少し頭が痛むが・・・。ところで、こちらの御仁は?」 「僕だよ。セシルだ」 「セシル殿!? そ、その姿は一体・・・?」
目を丸くするヤンに、セシルは「シッ」と口に指を当てる。
「兵士に聞かれるとまずい。部屋へ戻ろう」
セシルの言葉に、
とヤンはうなずいた。 と、
が気づく。カウンターへ駆け寄ると、お金を取り出した。
「すみません、壊してしまった家具の分と・・・お食事をいただけませんか?」
大騒ぎをし、謝罪をする
に、カウンターにいた男は目を丸くしていた。 これだけの騒ぎを起こし、謝罪する彼女に、律儀だな・・・と男2人は思ったのだった。
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