翌朝、簡単な朝食をすませ、セシルたち3人は試練の山へ再び向かった。 山の麓にたどり着き、目を丸くした。山の入り口に続く道が、巨大な炎で塞がれていたのだ。これでは近づくことすらできない。 さて、どうしたものか。まさか、これも試練だというのか? それならば・・・と、セシルが一歩踏み出したところで、慌ててポロムが「セシルさん!」と呼び止めた。
「なにをなさるおつもりですか?」 「何って・・・これも試練なのだろ? それなら」 「しれんは、このやまのさんちょうでおこなわれます。このひは、だれかがあしどめをするために、はなったのでしょう」 「足止め? 一体、誰が」 「それは、わたしにもわかりませんが。とにかく、パロム! でばんよ!」 「いわれなくたって、わかってるよ!」
ポロムの声に、パロムがセシルの前に進み出て、呪文の詠唱を始めた。
「ブリザドぉッ!」
パロムの放った氷の魔法が、山の入り口の炎を消す。パロムは「へへっ」と鼻を掻き、振り返った。
「ざっと、こんなもんさ!」
得意気に言い放ったパロムに、ポロムがすぐに注意をする。
「おごりたかぶってはいけないと、ちょうろうがおっしゃってるでしょ!」 「ハイハイ、わかってますよー」 「まったくもう・・・。では、まいりましょ、セシルさん」 「あ、ああ」
振り返ってセシルに微笑みかけるポロムに、少々戸惑いながら、うなずいた。やはり、彼女はしっかり者だ。
***
「悪いが、
。君とはもう一緒にいられない」
セシルの告げた言葉に、
は目を丸くした。なぜ、今さらそんなことを?
「僕はローザを救出しに行く」 「それなら、私も一緒に・・・!」 「足手まといだというのが、わからないのか?」 「っ!!」
の方を見もせずに、セシルが冷たく言い放つ。だが、それは事実だった。剣も魔法も、素人に毛が生えた程度の実力しか持たない
は、足手まといだろう。
「それに、君の気持ちは迷惑だ」 「え? 気持ち?」 「僕は、ローザがいてくれれば、それでいい」 「そ、それは、わかってるわ。2人はお似合いの・・・」 「なら、なぜ君は僕のことを想っているの?」 「!?」 「君は、僕のことが好きなんだろ?」
嘘だ。こんなのは悪い夢に決まっている。 セシルが好きだなんて。 ローザを裏切るなんて。 そんなの、気のせいでしかない。 それなのに・・・。
「・・・っセシルっ!!」
ハッと目が覚めた。自分の声に驚いた。心臓がバクバクと大きな音を立てている。
「あ・・・」
ゆっくりと起き上がった。どこかの部屋のベッドの上だ。一体、何が起こったのか、頭が混乱していた。 記憶がゆっくりと蘇る。そうだ、ファブールからバロンに向かう途中で、リヴァイアサンに襲われて・・・。 仲間たちはどうなったのだろうか? 船から落ちたリディアを追って、ヤンが海に飛び込み、ギルバートも海へ放り出されて。そして・・・自分はセシルに抱きしめられて・・・。
「セシル・・・?」
部屋内を見回したところで、こんな狭い場所に隠れているはずもない。 ということは、海の中で離れてしまい、自分だけがここに流れ着いたということか。 壁には、
の旅装がかけられ、今は寝巻きの姿だ。親切な人がいるものだ、と
は息を吐いた。とりあえず、助けてくれた恩人にお礼が言いたい。 ゆっくりとベッドから起き、靴を履き、部屋の外へ。かなり大きな屋敷のようだ。ヨロヨロとしながら廊下を歩いていると、向こうから桶を持った白魔道士の少女がやって来て、
の姿を見て目を丸くした。
「無理をしないで下さい! 今、長老をお呼びします!」
部屋へ戻り、ベッドに再び入り、しばらくすると、1人の老人が姿を見せた。強い魔法の力を感じる人だ。先ほどの白魔道士の師匠か何かだろう。
「目が覚めたようじゃな。気分は?」 「大丈夫です。あの、ここは・・・?」
先ほどの白魔道士の少女が、カップを持って戻ってきた。「温かいミルクです」と言われ、それを口にした。体の奥がじんわりと温かくなった。
「ここは、ミシディアじゃ。そなたは、あの暗黒騎士と共に、ここへ流れ着いたようじゃな」 「暗黒騎士? セシル!? セシルがいるんですか!?」
思わず身を乗り出した
を手で制し、老人はうなずいた。
「わしはこの村の長老じゃ。あの暗黒騎士にはひどい目に遭わされたが、何やら事情があったようじゃな」 「はい・・・セシルは、バロン王のために・・・。あの、セシルは? 無事なんですか?」 「無事じゃよ。今は、パラディンになるための試練を受けるため、東の山へ向かっておる」 「パラディン・・・? セシルは、暗黒剣を捨てるつもりなんですか?」 「そのようじゃな。大切なものを守るためじゃろう」 「・・・そうですか。パラディンに」
少なからずホッとした。生きていてくれた。だが、試練という言葉に、少しだけ不安を覚えもした。
「赤魔道士とは、めずらしいな」 「え?」
長老の言葉に、
は顔をあげる。服のそばに立てかけてあった剣を見ている。そして、
から感じる魔力の波動を長老は感じ取っているのだろう。微力な魔力だろうに。
「中途半端なんです、私。剣も魔法も。だから、セシルの役に立てない」 「しかし、あの者はそなたを大切に想っておる。守りたい存在だと」 「そんなことありません。私は・・・」
うつむき、ギュッと掛け布を握りしめる。片手に持っている、ミルクの入ったカップが揺れた。
「・・・良ければ、3人が戻るまで、魔法の修行をしてやるぞ」 「え!?」 「ここは魔道士の村。優秀な白魔道士も黒魔道士もおる。残念ながら、剣士はおらんがな」 「いいのですか? だって、私はセシルの・・・」 「あの者には1つの賭けをした。その対価じゃよ」 「・・・・・・」
長老のありがたい申し出に、
はうつむく。今よりも強力な魔法が使えるようになれば・・・!
「どうするかは、そなた次第じゃ」 「お願いします! せめてもう少し、魔法を上達させたいんです!」 「よかろう。こっちへ来なさい」
長老の言葉にうなずき、ミルクを飲み干すと、
はベッドから下りた。
***
「ハァ〜! さすがのオイラもつかれたぜ!」
声をあげ、パロムが岩に腰かける。ポロムも相当きつそうだ。少し休憩だ。 と、辺りを見回していたセシルが人影を見つける。もしや、モンスターか?と身構えたが、それはセシルの知っている人物だった。 ローブを着た、学者風の老人。ダムシアンで別れた・・・。
「テラ!」 「? セシル!」
セシルが名を呼べば、訝しげに振り返ったテラが声をあげ、歩み寄ってきた。
「おぬしもやはりメテオを求めて・・・」 「メテオ?」
聞いたことのない言葉に首をかしげるセシルの横へ、双子が近づいてくる。
「メテオをしってるってことは・・・」 「じいちゃん! あのテラか?」 「テラさまとおっしゃい! しつれいな!」
ポカッとポロムがパロムの頭を小突く。パロムは「いってぇ〜」と頭を押さえて、うずくまった。
「おめにかかれてこうえいですわ。わたしたち、ミシディアのちょうろうのおいいつけで・・・」 「セシルの、みは・・・」
言いかけたパロムの口を、ポロムが咄嗟に塞ぐ。
「ウフフッ! セシルさんをこのしれんのやまへ、ごあんないしてます。ポロムといいます」 「オイラはパロムだ!」
ポロムの手を払い、パロムが元気良く声をあげ、テラをマジマジと見つめた。
「そっかー、じいちゃんがミシディアでもゆうめいなテラか!」 「ミシディアの子供たちか。ギルバートや
、リディアはどうした?」 「バロンへ向かう途中、リヴァイアサンに襲われて・・・
以外の仲間たちは・・・」 「死におったのか!?」 「ええ・・・」
うつむくセシルに、パロムが「
って、あのねーちゃんだよな? こいびとだぜ、きっと!」と声をあげる。ポロムは「シッ!」と口に指を当てる。
「でも、あなたはゴルベーザの元に向かったはずでは?」 「ヤツほどの者を倒すには、手持ちの魔法だけでは無理じゃ。封印されし伝説の魔法メテオを探していたんじゃが、この山に強い霊気を感じてな! もしや、ここにメテオが・・・と」 「あのまほうはきけんです! テラさまは、おとしをめされて・・・」
ポロムが前へ進み出て、そう忠告する。それほどに危険な魔法を、テラは求めているのか。そして、それほどまでに、ゴルベーザを憎んでいるのか。
「確かに老いぼれてはおる! しかしな! 私の命に代えてもヤツは・・・ゴルベーザは私が倒さねばならんのじゃ!」 「テラ・・・」 「ケッ! これだからおとなは、めんどくさいんだよ!」 「こどもはだまってなさい!」
パロムの言葉にピシャリと怒鳴り、ポロムはテラとセシルを見上げた。
「セシル、おぬしは?」 「僕はパラディンになるためです。暗黒剣では、ゴルベーザを倒すことはできないらしいし・・・。僕もこの忌まわしい暗黒剣から離れたいんです・・・!」
セシルの発言に、パロムがコソッとポロムに尋ねる。
「ゴルベーザって、だれかな?」 「あんた、なんにもしらないのね! バロンをうごかしてるヤツよ!」 「そう、諸悪の根源じゃ!」
ポロムの声が聞こえていたのか、テラが声をあげる。セシルも同意するように、うなずいた。
「しかし、パラディンか。私の睨んだとおり、この山には何か隠されているのじゃな! 共に行くとするか」 「ええ。あなたが来てくれるなら、心強い!」 「うむ。・・・待っておれ、ゴルベーザ!」
***
突然姿を現したフードをかぶった化け物と、4体のゾンビ。 ゴルベーザの四天王、スカルミリョーネと名乗ったそれは、セシルたちに襲いかかってきた。 向かってくるゾンビ・・・スカルナントをセシルが斬りつける。だが、刃がまったく通らない。愕然とするセシルを、スカルナントは殴りかかってきた。 咄嗟に反応できず、殴り飛ばされたところで、テラとポロムが放ったファイア、そしてポロムが、ゾンビ系に有効な回復魔法であるケアルがかけられる。
「どういうことだ・・・? 暗黒剣が効かないなんて」
暗黒剣は闇の剣。そしてゾンビたちは闇の世界から蘇ったもの。そのため、剣が通用しないのだ。
「あんちゃん!」 「セシルっ!」
パロムとテラの声に我に返る。スカルミリョーネがセシルに飛びかかってきたが、寸でのところで剣を突き出す。剣は見事にスカルミリョーネの心臓を一突きにしていた。 ドサッと地面に倒れ伏すスカルミリョーネ。セシルたちはホッと息を吐く。
「さあ、山頂へ着いた。ここのどこかに、試練を受ける場所があるはずだ」
セシルの言葉にうなずき、4人が目の前の橋を渡りきった時だ。
「フシュルルル・・・よくぞ私を殺してくれた。死してなお恐ろしい土のスカルミリョーネの強さ・・・ゆっくりと味わいながら死ねえ!」 「な・・・生きていたのか!?」
フードを脱いだスカルミリョーネは、背中の牙を突き出し、アンデッドさながらの空虚な目でセシルたちの前に姿を現した。
「私を先ほどまでの私と思わぬことだな!」
巨大な拳でセシルに殴りかかってくるのを、寸でのところで交わす。ポロムが呪文の詠唱を始めたのが、視界の隅に映った。注意をこちらに向けなければ。 テラがサンダーの魔法を放つも、ほとんど効いていないようだ。 と、テラの傍にいたパロムが何かをつぶやいている。呪文だろうか?
「オイラはつよい・・・!」 「パロム?」
パロムのつぶやきに、テラが訝しげな視線を向ける。
「オイラはミシディア1のくろまどうしっ!」 「みえましたわ!」
ポロムが叫ぶ。唱えた魔法はライブラだった。
「じゃくてんは、ほのおっ! パロムっ!!」 「オイラは、だいまどうしパロムさまだぁ〜!! くらえっ!! ファイラっ!!」
パロムの放った巨大な炎が、スカルミリョーネに炸裂し、大爆発を起こす。 爆風からポロムを守っていたセシルが辺りを見回す。スカルミリョーネの体が、崩れていき、消滅した。 フゥ・・・と息を吐き、セシルはパロムとテラに視線を向ける。ラ系の魔法を初めて使ったせいか、パロムはぐったりしていた。そのパロムのもとへ、ポロムが駆け寄った。「だいじょうぶ?」と心配そうだ。やはり心配なのだろう。 パロムの回復を待つ間、セシルは山頂を調べていたが、これといって何かがあるわけではない。一体、これのどこが試練なのか。あるとしたら、巨大な岩だけだ。
「セシル、何か見つかったか?」 「いえ。それらしいものは何も。この大岩しか・・・」
と、セシルが岩に触れた時だ。突然、光に包まれ、4人の体がワープした。 目の前には巨大な鏡。クリスタルルームを彷彿とさせられる、神秘的な空気。鏡に映っているのは、暗黒騎士の姿をしたセシル。
「我が息子よ・・・」 「息子!? あなたは?」
目の前に映った暗黒騎士がセシルに語りかけてきた。目の前の騎士はセシルではなかったのだ。
「お前が来るのを待っていた・・・。今、私にとって悲しいことが起きている。これから、お前に私の力を授けよう。この力をお前に与えることで、私はさらなる悲しみに包まれる」 「え・・・? 一体、何を・・・?」 「・・・しかし、そうする以外に術は残されてない。さあ、血塗られた過去と決別するのだ。今までの自分を克服しなければ、聖なる力も、お前を受け入れはしない。打ち勝つのだ・・・暗黒騎士の自分自身に!」
光がセシルを包んだ。あまりの眩さに、4人は目を閉じ、その瞳を開いた時、セシルの纏っていた漆黒の鎧は純白のものへと変化していた。顔を覆っていた兜はなくなり、肩まで届く銀色の髪がサラリと揺れる。その輝くばかりのセシルの姿に、テラたち3人は見入っていた。 と、鏡の中から暗黒騎士が姿を現し、セシルの前に立った。
「セシルが2人?」 「どーなってんだ!?」 「セシルさん!」
テラ、パロム、ポロムが声をあげ、セシルに駆け寄ろうとするも、「手を出すな!」と怒鳴られた。
「これは僕との戦いだ! 今までの過ちを償うためにも、こいつを! 暗黒騎士を倒す!」
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