ザザ・・・ザザ・・・何かの音がする。足に何かが当たる。ボンヤリとする意識の中、そっと頭を上げる。
 と、そこで腕の中の存在に気づく。赤い衣服に身を包んだ少女。慌てて、肩を揺すった。

 「 !  、しっかりしろ!」

 名前を呼び、肩を揺するも、蒼白な顔の少女は目を覚まさない。咄嗟に手首を掴み、脈を取る。大丈夫だ。弱いが、確かに脈はある。
  の体を抱きかかえ、辺りを見回す。他に生き残りは・・・仲間たちの姿は?

 「リディア! ギルバート! ヤン!」

 叫ぶも、返事はない。セシルはハァ・・・とため息をついた。辺りを歩いてみたが、誰もいない。 と2人きりになってしまった。
 一度、 を下ろし、背負う形に変える。 は気づく様子もなかった。
 海岸を離れ、しばらく歩くと集落が見えてきた。セシルの足が速くなる。
 だが、町へ入った瞬間、足が止まった。そこにいたのは黒魔道士と白魔道士。ここは、セシルが先日侵略し、クリスタルを奪ったミシディアだ。
 魔道士たちがセシルへ視線を向ける。途端、その表情が変わる。嫌悪・・・いや、怒りだ。
 そうだ、ここの長老なら を助けてくれるかもしれない。せめて、彼女だけでも・・・必死の思いで、セシルは町の奥にある長老の家へ向かった。
 コンコン、と扉をノックする。しばらくすると、白魔道士の少女が姿を見せ、セシルの姿を見て小さく悲鳴をあげた。

 「怯えないでくれ。僕は・・・」
 「ちょ、長老様! 長老様!! 暗黒騎士が!!」

 白魔道士の少女が叫びながら、家の奥へ向かう。しばらくすると、見覚えのある老人が姿を見せた。
 セシルを険しい目つきで見つめていたが、彼が背負っている の姿に眉根を寄せた。

 「バロンの飛空艇団を指揮していた、セシルといいます」
 「この町に何の用だ? 謝罪か? それとも再び攻め込むつもりか?」
 「あの時は、バロン王の命令に背く勇気がありませんでした。本当に申し訳ないことを・・・」
 「謝ってもらっても、死んでいった者たちは、生き返ってはこん」

 長老の言葉はもっともだ。セシルには反論の余地はない。

 「その娘は?」
 「え? あ、僕の仲間です。バロンへ向かう途中、船がリヴァイアサンに襲われ・・・」
 「診せてみなさい。娘をベッドへ」
 「あ、ありがとうございます!」

 案内された部屋のベッドに、 を寝かせる。長老が様子を見、セシルに向き直った。

 「体温が下がっておる。温かくして、ゆっくり休ませれば大丈夫じゃろう」
 「ありがとうございます。でも、どうして・・・」
 「女子供を見捨てるほど、わしは薄情者ではない」
 「・・・・・・」

 セシルとて、好きで侵略行為をしたわけではない。だが、そんなことは言い訳にすぎないのだ。そして、先ほど長老が言った通り、セシルがここで謝罪をしても、死んだ者は戻らない。
 と、 の様子を見ていた長老が、セシルを振り返った。

 「フム・・・。今のそなたからは、その姿とは違う輝きの欠片が見受けられる。話を聞く価値は、ありそうじゃ」
 「ありがとうございます! 今は、バロンの赤い翼を離れ、バロンを操るゴルベーザという者と戦っています。しかし、仲間が捕らわれ助けに行く途中、リヴァイアサンに襲われ、他の仲間も・・・」
 「なるほど。助かったのは、そなたとこの娘だけということか。しかし、それもそなたに与えられた試練じゃろう」
 「・・・・・・」

 試練。このようなつらい試練の連続など望んではいない。これも暗黒騎士である自分の定めなのか。

 「暗黒剣に頼っていては、真の悪を倒せぬばかりか、そなた自身もいつ悪しき心に染まってしまうやもしれぬ。もし、そなたが善き心で戦おうと願うなら、東にある試練の山へ行け。そこで、強い運命が待ち受けておるはずじゃ」
 「しかし、早く仲間を助け出さねば!」

 慌てて声をあげるセシルに、長老は静かに首を横に振った。セシルは乗り出した身を、元に戻す。

 「そなたの大事な人じゃな? しかし、焦ってはならん! そなたは大きな運命を背負っているようじゃ。まずは試練の山に登ってみるがよい。その邪悪な剣を聖なる剣に変えねばならぬ。聖なる光を受け入れられる者は聖なる騎士・・・パラディンとなれるそうじゃが・・・。志を抱き、試練の山へ行った者は数多いが、誰1人として戻っておらん。どうじゃ、行ってみる気持ちになれたかの?」
 「・・・ええ!」

 この忌まわしい暗黒の力を捨てることが出来るのなら。だが、フト思い出す。今もベッドで眠る少女のことを。

 「この少女のことなら、安心しなさい。そなたが山へ向かっている間、こちらで世話をする」
 「あ、ありがとうございます」
 「しかし、暗黒剣で1人ではつらかろう。魔道士を供につけてやろう」

 そう言うと、長老は部屋を出る。セシルも続いた。

 「パロム! ポロム!」

 長老が誰かを呼ぶと、正面のドアが開き、1人の少女が姿を見せた。年の頃はリディアと同じくらいだろう。

 「なにか?」
 「パロムはどうした?」
 「パロムったら、また!」

 少女が「もう!」と声をあげ、腰に手を当てる。あ然としているセシルの横で、突然煙幕のようなものが起こり、そこから1人の少年が姿を見せた。

 「わ・・・」
 「おめーが、あのときのバロンのヤツか!?」

 セシルが目を丸くする前で(といっても、兜で顔は見えないだろうが)、少年はビシッとセシルを指差した。

 「じーさんのめいれいだから、しかたなくてをかしてやるんだから・・・ありがたくおもえよ!」
 「あ、あの・・・この2人が?」

 半ば動揺気味に、長老に尋ねる。まさか、こんな子供たちが?

 「さよう。双子の魔道士、パロムとポロムじゃ。修行中の身じゃが、助けになるじゃろう。まだ幼いが、その資質はワシが保証する」
 「いえ、ですが・・・」
 「このミシディアのてんさいじ、パロムさまがおともしてやるんだから、ありがたくおもうんだな!」
 「パロム! おぬしらの修行も兼ねておるんじゃ!」

 長老の叱責に、パロムは「フン」と鼻を鳴らした。未だ、セシルは動揺を隠せない。
 幼い子供との旅といえば、今までリディアがいたが、同時に彼女の世話をしてくれていた もいた。だが、今は彼女は昏睡状態にある。この双子とセシルは3人きりだ。
 と、ポロムがセシルを見上げ、ニッコリと笑った。

 「わたし、ふたごのあねの、ポロムともうします。あなたは?」
 「あ・・・ぼ、僕はセシル」
 「セシルさんですね。よろしくおねがいいたしますわ。ほら、パロムも!!」
 「おう! よろしくな、あんちゃん!」

 手にしたロッドを振り、パロムが陽気に声をかけてきた。

 「さあ、旅立つのじゃ、試練の山へ! パロム! ポロム! 頼んだぞ!」

 頼むのは双子の方なのか・・・セシルは一抹の不安を感じながら、双子の魔道士と共に、ミシディアを出発した。

***

 ミシディアを出て、東へ向かう。パロムは意気揚々と歩いて行く。その後ろをセシルとポロムがついて歩いた。

 「セシルさんは、バロンのおうまれなんですか?」
 「いや、僕は孤児だったんだ。そこを、バロン王に拾われて」
 「それで、バロンの“赤い翼”に?」
 「ああ」
 「わたしたちのなかまは、“赤い翼”になんにんもころされました。とうぜん、セシルさんは、ミシディアのひとたちにうらまれていますわ」
 「それは、わかっている。バロン王の命令とはいえ、罪のない人間を殺したのだから。恨まれて当然だ」

 自分は子供相手に何を話しているのだろう。だが、なぜかポロムには心情を吐露することが出来た。

 「守りたいものができた。その守りたいものは、この暗黒の力で守れると思っていた。けれど・・・それは間違いだった」
 「ミシディアにのこしてきたひとのことですか?」
 「そうだ」
 「そうですか。あのかたは、セシルさんのたいせつなひとなのですね」

 ポロムがニッコリと笑う。だが、それは子供特有の無邪気な笑みではなく、どこか作られた笑顔だった。
 弟のパロムは、年相応のヤンチャさがあるが、姉のポロムにはそれがない。やはり、“姉”という立場がそうさせているのだろうか?

 「・・・わたしのこと、かわいげのないこどもだとおもってますよね」
 「え?」

 ポロムの言葉に、セシルは声をあげる。どこか寂しそうな幼女の姿に、ドキリとした。“子供らしくない”と思ったのは、事実だからだ。

 「わたしとパロムは、うまれたときからまほうのちからがつよかったそうです。それにきづいた、わたしのちちとははは、ミシディアのちょうろうさまに、わたしたちをあずけて、しゅぎょうさせることにしたのです」
 「それで、君はパロムを守ろうと?」
 「そんなにかっこいいものではありません。わたしがしっかりしなければ、パロムをしかりつけるものがいませんもの!」
 「しっかりしてるね、ポロムは」

 この子供は、まだ幼いなりに自分の立場を理解しているということだ。

 「セシルさんは、ごきょうだいは・・・あ、こじでしたね・・・」
 「ああ。拾われた時は1人だった。でも、兄弟同然の存在は、いるよ」
 「まあ、そうでしたか」
 「そのうちの1人が さ。他の2人は、今は・・・」
 「・・・・・・」

 何か事情があると察したのだろう。ポロムはそれ以上、問い詰めてくるようなことはしなかった。

 「お、おーい! モンスターだ!!」

 パロムの叫び声に、セシルはハッと我に返り、剣を抜いた。
 漆黒の剣。これを光の剣に変える。そんなことが、本当に可能なのだろうか?
 いや、今は信じるしかない。試練を受け入れると決めたのだから。

 「すっげぇな、あんちゃん! これがあんこくきしのちからかよ!」

 モンスターを一刀両断してみせたセシルに、パロムが声をあげた。興奮気味のパロムに対し、セシルはうつむいた。

 「パロムっ! もう、よけいなこといわないの!」
 「なんだよ! ほめてやったんじゃないか!」
 「ほんと、あんたってむしんけいなんだからっ!」

 子供らしいハイトーンの声でケンカを繰り広げられ、セシルがどうしたものか・・・と頭を悩ませると、再びモンスターの姿。セシルが再びそれを倒し、ハァとため息をついた。

 「2人とも、ケンカは、やめにしないか?」
 「ご、ごめんなさい、セシルさん。わたしってば、パロムにつられて・・・」
 「気にすることないさ。さあ、試練の山へ急ごう」

 セシルの優しい言葉に、パロムとポロムは顔を見合わせる。

 「なあ、ポロム。このあんちゃん、やっぱり・・・」
 「シイッ! よけいなこと、いわないの!」
 「まったく。じーさんのかんがえてることは、わからねーや」

 頭の後ろで腕を組み、パロムはそうつぶやくと、トコトコとセシルの後を追いかけた。

 「・・・いいつたえのせんし。セシルさんが? まさか、そんな」

 ブルブルと頭を振り、ポロムは前を向く。「あのひとは、ざんぎゃくなあんこくきしなのだ」と気を引き締めた。

***

 ミシディアを出発して2日ほど。ようやく試練の山が見えてきた。セシルの気持ちが逸る。だが・・・。

 「なぁ、あんちゃん。あんたは、おとなでたいりょくもあるけど、オイラたちは、こどもなんだぜ? もうちょっと、きをつかってくれないか?」

 などとパロムに言われてしまい、セシルは逸る気持ちを押さえ、3日目の野宿をすることになった。
 しかし、ここまで気苦労の多いこと。やはり、子供の扱いに慣れた がいないのがつらい。いや、ポロムだけならば、こんなにも疲れることはなかっただろう。問題はパロムだ。
 今まで、ミシディアから外へ出たことがなかったのだろう。はしゃぎまわっては、モンスターにバックアタックされたり、不意打ちされたり。その度にポロムが注意をするのだが、当のパロムは「へいへい」と軽く返事をし、反省の色が見えない。
 「セシルさんからも、ガツンといってやってください!」とは言われたのだが・・・なにせ、温和なセシル。部下だって、まともに叱ったことがないのに、子供相手など、とてもとても。
 そんな優しいセシルに、ポロムは少々ヤキモキしているようだ。

 「なんだか、セシルさんはさきをいそいでいるようですわね」

 ポロムの言葉に、パロムは「フン!」と鼻を鳴らす。

 「ミシディアに、ともだちのこしてきてんだろ? それがしんぱいなんじゃねーの?」
 「あら、めずらしくするどいのね、パロム」
 「オイラはミシディアのてんさいまどうしだぜ? そのくらい、おみとおしよ!」

 ヘヘン!と自信たっぷりに言うパロムに、ポロムは呆れたように、ため息をついた。

 「パロム、ポロム、見張りをするから、2人共もう休むといい」
 「おっ! サンキュー、あんちゃん!」
 「セシルさん、でも・・・」
 「大丈夫だよ、ポロム。徹夜なんて、バロンにいた頃はしょっちゅうだったからね」

 優しく告げるセシルに、ポロムは「それじゃ、えんりょなく」とテントへ入って行った。
 バロンの騎士として、様々な訓練をした。夜通し起きて、見張りなど日常茶飯事である。
 兜を脱ぎ、顔に風を浴びて息を吐く。この重く忌まわしい鎧兜ともお別れできるだろうか?
 暗黒騎士からパラディンになったら、彼女と共に歩めるだろうか? そんなことを考えてしまい、セシルはブンブンと首を横に振った。
 たとえ、パラディンになったとしても、過去にセシルが行ったことは消せやしない。
 彼女とは、もう相容れぬことはないのだろう。
 夜空を見上げる。星がキラキラと輝く空。セシルはそれをぼんやりと見つめた。

 「・・・セシルさん」

 夜空を見上げ、思案するセシルの姿を、ポロムは静かに見守っていた。やがて、睡魔が襲い、ポロムはゆっくりとまぶたを閉じた。