意識が浮上し、ゆっくりと目を開けた。高い天井・・・消毒液の臭い・・・そして、自分を心配そうに覗き込む銀髪の青年の姿。
「セシ・・・ル・・・」
「よかった、。気がついたね」
「あ・・・私・・・ゴルベーザに・・・」
無謀にも剣で斬りかかり、返り討ちにされたのだ。ハァ~・・・とため息をこぼす。
「どこか痛むところは?」
「大丈夫。セシルのほうこそ・・・」
「僕は大丈夫だよ。あんな無茶をして・・・君に何かあったらと思ったら、僕は・・・」
「え・・・?」
「おねえちゃん・・・!」
セシルの言葉に、が目を丸くするも・・・リディアの声が響き、小さな体がの胸に飛び込んできた。
「殿・・・! 気づかれたか!」
「はい・・・ご心配をおかけしました」
起き上がり、ペコリとヤンに頭を下げる。そのヤンの背後からは、ギルバートもやって来ていた。
そこで、フト気づく。の大切な幼なじみの女性のことに。
「ローザは!?」
声をあげると、セシルたちが一斉に表情を曇らせて目を伏せた。その様子に「まさか・・・」とがつぶやく。
「・・・ゴルベーザに、人質として、連れて行かれた」
「そんな・・・! 私が・・・私がいけないんだ・・・ローザを止めなかったから・・・止められなかったから・・・」
「君が悪いんじゃない! ローザを守れなかった僕のせいだ・・・!」
自分を責めるに、セシルが声をかける。だが、それはお互いがお互いを攻めることになり・・・そのセシルの肩を、ギルバートがポンと叩いた。
「ローザを守れなかったのは、僕たちも同じだ・・・。ゴルベーザに手も足も出なかった」
「あのゴルベーザという男、噂に違わぬ強さだった・・・」
ヤンの言葉に、が「あ・・・」と声をあげる。何かを思い出したのだろう。
「・・・カイン」
「・・・!」
のつぶやきに、セシルがピクッと肩を震わせた。ヤンが「そういえば」とつぶやく。
「・・・あの竜騎士は一体?」
「カインといって、僕の・・・親友だった・・・。共にバロンを抜けようと誓ったのに・・・」
「カインに一体何が? あの後、ゴルベーザに捕らわれて、洗脳されたのかしら。そうじゃなきゃ、あんなことするはずないわ! セシルに対して、あんな冷たい態度・・・」
の言葉に、セシルはうつむく。彼としても、カインを信じたい。いや、信じている。今のカインは、ゴルベーザに操られているのだと。
「まずは、ローザを助けなければ!」
ギルバートがそう言うと、セシルたちはうなずく。だが・・・。
「ゴルベーザに対抗するには飛空艇が必要だ。しかし、飛空艇はバロンでしか造れない・・・」
「バロンに侵入できる方法はないものかな」
「バロンは赤い翼が主力のため、比較的、海兵部隊が手薄だ。侵入するなら、海から・・・!」
セシルの言葉に、なるほど・・・とヤンがうなずく。空は得意だが海は苦手、ということか。だが、リディアが口を開く。
「だったら、ふねがいるね」
確かにその通りだ。まさか泳いでいくわけにもいくまい。
「ならば明朝、王に頼み船を出してもらおう。そなたたちには世話になった。王も協力は惜しまぬはず」
「・・・頼む」
ヤンがうなずく。それを見て、セシルはに視線を戻した。
「今日はもう、ゆっくり休んでくれ。僕たちも休むことにする」
「うん。ありがとう」
リディアがの手を握りしめ、「おねえちゃん、いっしょにねてもいい?」と尋ねてくる。「もちろん」と笑って答えれば、うれしそうにベッドに上がってきた。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
セシルたち3人がの傍を離れる。は窓の外を見やる。もう暗い。一体、どのくらい気を失っていたのか・・・。こうしている間にも、ローザは・・・。
だが、今は焦っても仕方ない。明日になれば、きっとローザ救出に近づくはず・・・。
***
翌朝、5人はベッドに伏せってしまったファブール王の寝室へ向かった。
顔色の悪い国王は、セシルたちを見てフゥ・・・と息を吐いた。クリスタルが奪われたせいだろう。
ヤンが事情を話すと、国王は小さくうなずいた。
「・・・そうか。あいわかった。ヤンよ、お主も同行し、力を貸すがよい。セシル殿には感謝の言葉もない」
「いえ・・・僕らの力不足でクリスタルを奪われたのです。お詫びの言葉も見つかりません・・・」
「だが、ゴルベーザという者、恐ろしい力を持っているとな・・・。ローザ殿まで奪われてしまうとは・・・。すぐさま船を用意させよう」
「ありがとうございます・・・! ファブール王!」
一礼し、ファブール王の前を辞しようとすると、王が「セシル殿」と呼び止める。振り返ると、ファブール王が傍らに立っていた兵士から一振りの剣を受け取り、それをセシルに差し出した。
「この剣を持っていくがよい。これは、その昔ファブールに来た暗黒騎士が持っていたものじゃ」
「そんな・・・大切なものを・・・」
「なに、ファブールのため戦ってくれた、せめてもの礼だ。だが、暗黒剣はしょせん暗黒の剣・・・。まことの悪には通用せんはずだ」
「・・・はい」
セシル自身もそのことに薄々感づいていた。出来ることなら、この暗黒の力を捨てたいと思っているのだ。
だが、この力は今のセシルには必要なものだ。戦う術がなければ、敵を倒すこともできない。守りたいものも守れないのだから。
「準備が出来次第、東の桟橋に行かれるがよい。船が用意されておるはず。全てのクリスタルがヤツの手に渡れば、世界はかつてない危機にさらされるじゃろう。頼んだぞ!」
「はい・・・!」
剣を受け取り、セシルは大きくうなずき、一礼した。
セシルを待っていたがニコリと微笑む。どこか寂しそうなその微笑みに、セシルも寂しい笑みを浮かべた。
「行こう、」
「うん」
セシルの隣に立ち、は歩き出す。同じく待っていた3人の仲間たちにうなずき、5人は船が停泊している東の桟橋へ向かった。
軍艦ではなく、普通の大きな船だ。軍艦などで行っては、バロンに感づかれてしまう。当然の対処だろう。
船乗りたちがセシルに挨拶をしていると、後方から「あんたー!」と声が聞こえてきた。振り返れば、1人の恰幅のよい女性が走り寄ってきた。
「あんた! 気ぃつけて、しっかり戦ってきな!」
「うむ!」
どうやら、ヤンの妻のようだ。2人は二言三言、言葉を交わすと、ヤンの妻がセシルたちを向いた。
「セシルさんたちも、しっかりね!」
「はい!」
「では、留守を頼む!」
「まかしときな!」
威勢のいい奥さんだ。ヤンの妻に見送られ、セシルたちは船に乗り込む。ゆっくりと船が動き出し、離岸する。大海原へと出航だ。
リディアは大きな海に感動しているようだ。楽しそうに船の上を走り回っている。
そのリディアを見つめるとセシルに、ヤンとギルバートが近づいてきた。
「セシル殿、バロンに着いたらどうされるおつもりで?」
「まず、飛空艇技師のシドに会おう。彼なら、飛空艇に精通しているし、力になってくれるはずだ」
「その御仁が無事だと良いが・・・」
リディアが足音を立てながらセシルたちに駆け寄り、ギルバートの顔を見上げ、首をかしげた。
「さむいの? ふるえてるよ?」
「いや、何でもないんだ・・・。少し、船酔いしたかもしれない」
少し休むよ・・・といいながら、船室へ向かったギルバートに、が「ちょっと見てるわね」と声をかけ、後を追いかけた。
「大丈夫? ギル」
「あ、ああ・・・。心配いらないよ・・・」
「ごめんなさい、ケアルは病気には効かないのよ・・・」
「わかってるさ。本当に大丈夫だから」
「ギル・・・?」
「少し眠るよ」
ベッドにもぐりこんだギルバートに、は「何かあったら、すぐに言ってね」と声をかけ、船室を出た。
甲板に戻れば、セシルがの姿に気づく。「ギルバートは?」と尋ねてきた。
「少し眠るって。ダムシアンがあんな目に遭って、ここまで戦い続き。疲れてるんだと思うわ」
「そうか。そうだよね。ギルバートや君やリディアは、旅慣れていないのだから」
「私は大丈夫よ。でも、ギルとリディアは心配だわ」
は軍事訓練をしていた。少しは体力もある。だが、王族であるギルバートと、まだ幼いリディアには、この旅はつらいだろう。
「リディアのことは、私が気にかけてるから。大丈夫よ」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「ええ」
ニッコリとが微笑む。いつも見せる笑顔とは違うそれ。ローザのことを気にしているのだろう。
とローザは、幼い頃からの親友だった。誰よりもお互いを大事に思っていたのだ。
だが、セシルは知らない。とローザの間に生まれてしまった溝を。
は船べりへ歩み寄り、流れていく海面を見つめた。
─── は、セシルを好きなの?
あの時、問われた言葉。自分でも、ハッキリと自覚したわけではない。確かにセシルのことは好きだ。だが、それはきっと淡いものなんかではなく、親愛の情なのだ。そうに決まっている。
「あまり端へ行かない方がいいよ」
セシルが声をかけてくる。どこまでも子供扱いする彼に、ムッとしてセシルへ視線を向けた。
「海風が気持ちいいわよ。そんな兜、脱いだら?」
「ああ、そうだね」
の言葉にうなずき、セシルは兜を脱ぐ。フワリ・・・肩まで届く銀髪が揺れる。陽の光を浴びたセシルの髪が、キラキラと光り、は思わず見惚れた。
「? どうした?」
「え!? あ、ううん! なんでもない!」
慌ててパッとセシルから目を逸らした。素顔のセシルなど、何度も見ているではないか。
「お2人さん、バロンまではあと数日かかるぜ。まあ、ゆっくりしてくれよ!」
「あ、はい!」
船長に声をかけられ、セシルは「中へ入ろうか」と声をかけてきた。それにうなずき、はリディアとヤンを呼ぶ。リディアはと手を繋ぎ、船室へ入った。
「僕たちも休もう、ヤン」
「うむ」
バロンまでは、あと数日かかるという。少しゆっくりさせてもらおう。バロンへ到着したら、大きな戦いが起こるのかもしれないのだから。
***
船が大きな揺れに襲われたのは、翌日のことだ。とリディアは驚いて船室から飛び出す。グルグルと船体が回転し、目が回る。
船乗りたちが「リヴァイアサンだ~!」と叫んでいる。船上は混乱に包まれていた。
「! リディア!」
「セシル!」
船室から出てきた2人の姿に、セシルが慌てて近づいてくる。
「こっちへ!」
「う、うん!」
手を伸ばしてきたセシルの手を、が掴んだ瞬間、船体が斜めになった。
「キャー!!」
「リディア!?」
ハッとなって振り返った時には、もう遅かった。リディアの小さな体が、海へと飲み込まれていった。
「リディア!! リディア~! イヤぁ!!」
「待て、!」
リディアを追いかけようとしたの体を、きつく抱きしめたセシルの横を、ヤンが駆け抜け、そのまま海へ飛び込んだ。
「ヤン!」
叫ぶも、すでにヤンの姿はない。大きく揺れる船。がギュッと目を閉じる。
「うわぁっ!!」
「!? ギルバート!!」
今度はギルバートが船から放り出され・・・大渦に船が飲み込まれていく。
「・・・!!」
「セシルっ!!」
腕の中の存在をきつく抱きしめ、セシルは覚悟を決める。そして、次の瞬間・・・2人の体は海の中へと落ちて行った。
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