稲妻が走り、標的となった人の形をした木に雷が落ちる。ようやく、まともに当たるようになった。
 フゥ・・・と息を吐き、隣を見れば、黒いローブに身を包んだ魔道士が、自分のより強力な雷の魔法を使っていた。
 自分が使ったのは、初歩のサンダー。対する魔道士が使ったのは一段階上のサンダラだ。
 あーあ・・・と心の中でため息をつき、訓練場を出る。もう何度、様々な相手にまざまざと自分の実力を見せられてきただろうか。
 剣士としても、白魔道士としても、黒魔道士としても中途半端。器用貧乏というのだろうか?
 訓練場を出て、空を見上げると、見慣れた空飛ぶ船が。

 「あ・・・!」

 顔が輝く。遠征に出ていた幼なじみが帰って来たのだ。思わず、顔が綻んだ。
 バロンが誇る飛空艇団「赤い翼」・・・その隊長であるセシル・ハーヴィは彼女の幼なじみである。
 とりあえず、汗をかいた服を着替え、それからセシルに会いに行こう・・・と、自室へ戻る。

 「・・・!」

 と、部屋に戻る途中で、名前を呼ばれた。振り返れば、1人の美女が駆け寄って来た。
 彼女もまた、幼なじみだ。ローザ・ファレル。国内屈指の白魔道士である。

 「ローザ、どうしたの?」
 「セシルが帰って来たの」
 「うん。私もさっき見たわ」

 顔を輝かせながら、そう言うローザに、笑顔でうなずき答えを返す。
 ローザがセシルを想っていることは、知っている。お似合いの2人だ、とも思っている。2人は自慢の幼なじみだ。

 「私、セシルに会いに行くわ。は?」
 「うん。後で会いに行こうと思ってる」
 「そう・・・。でも、セシルも疲れてるだろうから、あまり人に会いたくないかも。は明日にしたら?」
 「え・・・? あ、うん。そうだね」

 確かにローザの言う通りだ。疲れて帰って来たというのに、何人もの人数に押しかけられてはたまらないだろう。
 特別セシルに用事があったわけではない。ただ、顔を見て安心したかっただけなのだ。

 「そうだね。私は、また後でにする。セシルによろしくね」
 「ええ」

 ニッコリ微笑んで、嬉しそうに駆け去って行くローザの姿を、フフッと笑みを浮かべて見送った。

***

 自室に戻り、服を着替え、今度は白魔法の練習をしようと立ち上がる。ローザに教えてもらおう。彼女は優秀な白魔道士だ。セシルとも、その時顔を合わせられればいいが。邪魔はしたくないとも思う。
 杖を持ち、ドアを開けてローザの部屋へ向かおうとすると、向こうから黒い鎧に身をまとった青年が歩いて来ていた。

 「セシル・・・!」

 名前を呼ばれ、青年が立ち止まって顔を上げる。微笑んだが、どこか寂しそうに見えたそれに、首をかしげた。

 「どうしたの? なんだか元気がないみたいね」
 「・・・実は、明日の朝、幻獣討伐に出ることになった」
 「え? 赤い翼の隊長であるあなたが?」
 「・・・隊長の任も解かれたよ」
 「えぇ!? だ、誰に??」
 「陛下にさ」
 「な、なんで!?」

 セシルの告げた言葉に、思わず大声を上げてしまい、慌てて口を塞いだ。
 誰よりもセシルを理解し、かわいがっていた王が、そんなことをするとは・・・。

 「大丈夫、カインも一緒だし。幻獣討伐が終わる頃には、陛下も元の通りに戻ってるさ」
 「セシル・・・。でも、カインも一緒なのね。それなら、安心した」

 カイン・ハイウィンドもまた、彼女たちの幼なじみであった。竜騎士部隊をまとめる隊長だったが、彼までも隊長の任を解かれたということか。

 「

 セシルに名前を呼ばれ、そっと顔を上げる。
 ・・・セシル、ローザ、カインの幼なじみで、赤魔道士の少女は、不安に揺れる瞳をセシルに向けてきた。
 何かがおかしいとわかっているのに・・・それが何なのか、今は突きとめることが出来ない。
 そういえば、国王は世界各地のクリスタルと呼ばれるものを集めようとしていると噂に聞いた。セシルが遠征に行ったのも、それを手に入れるためだと。

 「セシル・・・?」

 名前を呼び、ジッと自分を見つめて来るセシルに、首をかしげる。セシルは何かを言おうとし・・・何も言わずに微笑んだ。

 「君から会いに来てくれるかと思っていたよ」
 「あ、うん。そうしようかと思ったんだけど、ローザが」
 「ローザ?」
 「“セシルは疲れているだろうから、今日は会うのをやめた方がいい”って。確かにそうだな、って思ったから、遠慮したのよ。まあ、ここでこうして会っちゃったけど」
 「・・・そうだったのか」

 少しだけ寂しそうな表情を浮かべたセシルは、すぐに首を横に振り、何かを振り払うような仕草をした。

 「ねえ、セシル?」
 「うん? なんだい、

 セシルの様子が気になって、が声をかけると、すでに彼はいつものセシルだった。
 暗黒騎士という、人々から恐れられる存在のセシルだが、兜の下の彼は美しい面立ちをした、柔和な青年である。
 は、もう何度、彼に暗黒騎士でいることをやめさせようとしたか、わからない。
 だがセシルは「この力は陛下にとって、なくてはならないものだから」と、けして譲ろうとしなかった。
 そのセシルの力になりたいと、自身も誰かのためを思い、赤魔道士になる道を選んだ。

 「・・・・・・」
 「?」

 幻獣討伐に連れて行ってくれ・・・と、そう申し出たら、セシルはどんな顔をするだろう?
 喜んでくれるだろうか? 迷惑だと告げるだろうか? 足手まといだと冷たく返されるだろうか?

 「あ、ううん。なんでもない」

 セシルの言葉が怖くて、言えなかった。
 ポン・・・と、セシルがの頭に手を置く。子供扱いされたようで、つまらない。は頬をふくらませた。
 「ごめん」と苦笑を浮かべ、セシルが手を離す。自分とは違う、大きな手。

 「セシル・・・」

 そっと、視線をセシルに向け、小さく名前をつぶやき・・・そのセシルの背後にローザの姿を見つけ、ハッと我に返った。ローザも2人の姿に気付いたようだ。こちらへ歩み寄って来た。

 「セシル、、何してたの?」
 「ううん、なんでもない。あ、じゃあ、セシル。気をつけてね!」
 「あ・・・・・・」

 刺すようなローザの視線に、は居心地の悪さを感じた。
 危なかった。もう少しで自分の気持ちを告げてしまうところだった。一緒に連れて行って、と。無謀な考えだというのに。

***

 セシルとカインが隊長の座をはく奪され、謀反を起こしたという噂はあっという間にバロン国内に広まっていた。
 謀反・・・あの実直なセシルが、そんなことを・・・。いや、それ以前に先程見たセシルは、今まで同様に国王を信じていたではないか。
 ベッドの中で、色々な考えを巡らせる。バロン王に何があったのか? クリスタルとは、一体どういうものなのか?

 『・・・やっぱり私、セシルと一緒に行きたい』

 足手まといなのは、わかっている。けれど、セシルとカインだけでは魔道士がいない。未熟とはいえ、は赤魔道士として修行を積み、簡単な魔法なら使える。
 明日の朝、発つという。詳しい時間は聞けなかったが。
 そっと、ベッドを抜け出す。4人部屋のここは、少し窮屈で・・・女の子たちの静かな寝息が聞こえる中、は寝間着を脱ぎ、旅装に着替え、細身の剣を手に取った。
 これは、にとって初の実戦だ。セシルとカインが一緒だとは言え、緊張も不安もある。
 ならば、このバロンで静かに2人の帰りを待っていればいいではないか。
 だが・・・なぜか、嫌な予感がした。2人がもう戻ってこないのではないか・・・そんな不安に駆られたのだ。
 毛布も抱え、部屋を出ると、そっと城門へ向かった。見張りの兵士が2人。火を焚いた大きな松明の側に立っていた。彼らに見つかるのは、少し気まずい。は西の塔へ続く階段に腰を下ろし、毛布に包まる。
 そっと目を閉じる。ウトウトしていたはそのまま眠ってしまい・・・当直の兵士の見張り交代時に肩を揺すられ、起きた。

 「こんな所で寝ていたら、風邪をひくぞ」
 「あ・・・す、すみません!」

 呆れた表情の兵士は、それ以上何も言わず、はホッと息を吐くと、毛布をどかし、近くにあったテーブルの上に置くと、大きく伸びをした。
 ベッドで寝なかったせいで、体は痛いし、眠気も残っている。その気分を払拭するため、は門番の兵士に声をかけ、外に出してもらうことにした。
 戻る時は外から鐘を鳴らせ、と言われた。そうすれば、門を開けてやると。はい、とうなずいたが、きっとしばらくは城の中に戻ることはないだろう。
 外に出て、大きく深呼吸。城の外には魔物が出るというのに、夜明けのこの時間は、まるでそんな気配を感じさせない。昇ったばかりの太陽を見つめ、は「よし」と小さくつぶやいた。
 そして、数分後・・・城の門が開く。その音に振り返れば、鎧姿の男が2人。2人とも、兜をかぶっているので、表情はわからないが、驚いているだろうことは、予想がつく。

 「遅いよ、セシル! カイン!」

 笑顔で2人に声をかけ、は仁王立ちで2人の騎士を迎える。
 朝日が眩しい。部隊長の任を解かれた男2人と、赤魔道士見習いの少女。
 3人は、朝焼けのバロン城を背に、幻獣討伐の任務へと向かったのだった。