ドリーム小説

 誰がなんと言おうと、相容れないものは、仕方がないだろう。無理矢理にでも仲良くしろというのは、おかしな話で。
 輪を乱す? たった二人だけの問題で? 総大将がしっかりしてないからじゃないの?
 そんなわけで・・・王子と王女は顔を合わせもしない。
 白夜王国の第二王子タクミと、暗夜王国の第二王女。二人の仲は最悪だった。
 お互いがお互いの国を嫌悪していたからだろう。だが、それにしても・・・である。
 タクミの姉であり、の妹である総大将のカムイも、これには頭を悩ませているのだ。
 マークスやカミラ、レオンとエリーゼ同様、きょうだいとしてカムイと共に育った。カムイに辛辣な言葉をかけられるのは、そういった理由からだ。
 は白夜王族を嫌っているのか?と思ったが、アクアやサクラとは普通に接し、笑顔を見せる。
 タクミもまた、カミラやエリーゼに対しては好意的な態度を取っていた。

 「タクミさん、姉さん、二人で防陣を組んでもらえませんか?」
 「は? なんで? この人が傍にいたら、邪魔なだけなんだけど」

 カムイの言葉に、タクミがバッサリと切り捨てる。対するもムッとする。怒らない方がおかしい。

 「こっちも白夜の人間を守るなんて、まっぴらごめんよ」
 「姉さん・・・! タクミさん・・・!」
 「そうだわ。サクラ王女は巫女で狙われやすいわね。私と防陣を組みましょう?」
 「えっ! わ、私ですか・・・??」
 「ええ。迷惑?」

 突然、名前を出されたサクラは、目を丸くして。慌てて首を横に振った。

 「め、迷惑だなんて! そんなこと・・・!!」
 「じゃあ、いいでしょう? お願い、サクラ王女」
 「は、はい! よろしくお願いしますっ!」

 そのまま、仲良く立ち去って行ってしまう二人。カムイは困った表情を浮かべ、チラリとタクミを見る。当のタクミは、いたって表情一つ変えずにその場を離れていってしまった。

 「・・・困りました・・・」

 ポツリとカムイはつぶやく。
 本当に困ったものだ。タクミとには。他の者たちは、すでにお互いに協力し合っているというのに。
 いや、あの二人だけが特殊なのだ。先も述べたように、タクミはカミラやエリーゼとは仲良くしている。だって、サクラとは防陣を組んでくれるほどだ。
 戦闘を終え、星界へと戻ってきたカムイたち。
 先を歩くとサクラの姿に、カムイが声をかけた。

 「ずい分と仲良くなりましたね! うれしいです!」
 「ええ、サクラ王女はいい子だもの。カムイがうらやましいわ。こんな可愛い妹がいて」
 「わ、私は・・・そんな・・・!」

 の賞賛の言葉に、サクラがうつむいて首を横に振った。

 「・・・」
 「あ、カミラ姉さん」

 声をかけてきた人物に、カムイが小さくつぶやく。も姉を振り返った。

 「あなた、まだタクミ王子と仲良くできていないそうね」
 「必要ありませんが」
 「タクミ王子ともう少し仲良くしてみたら?」

 カミラの言葉に、は「無理ね」と即答した。

 「そもそも、タクミ王子が歩み寄ろうとしないんだもの、無理に決まっているわ。カミラ姉様は、そんな相手とどうやって仲良くしろと言うの?」
 「お弁当を作ってみるとか」
 「二人でピクニックでもしろって言うの? 冗談じゃないわ」

 ツン、と顔を背けるに、サクラが「す、すみません…」と小さく謝罪した。

 「あら嫌だ! なぜサクラ王女が謝るの? あなたは何も悪くないのに!」
 「わ、私の兄のことですから・・・!」
 「ああ、そうか・・・。ごめんなさい、サクラ王女に嫌な思いをさせたわね」
 「いえ! そんなことは・・・。タクミ兄様の方こそ、さんに嫌な思いを・・・」

 なんだか押し問答が始まってしまいそうだ。カミラが物憂げなため息をつく。

 「ああ・・・サクラ王女とは仲良くしてくれるのに、なぜ・・・? タクミ王子、話をしてみると、とてもいい子よ? 少し強情っぱりだけれど。ああ、そうね、あなたに似ているんだわ。似た者同士だから、反発するのね」
 「ええ!? やめて、カミラ姉様! 私とタクミ王子が似ているなんて。冗談じゃないわ」

 ツン、とカミラから顔を逸らし、はその場を立ち去る。カムイが「姉さん!」と呼び止めるが、追いかけてこなかった。
 は剣を扱うマーシナリーとして、この軍に参加した。エリーゼたっての願いで、だ。
 マークスやカミラ、レオンと同様、もこの片方だけ血の繋がった妹を心から溺愛し、弱かった。頼まれごとを断ることなぞ、できるわけがない。
 そのエリーゼにも「タクミさんと仲良くしようよ!」と言われているのだが・・・。
 フト、はその時のエリーゼの表情を思い出した。
 とても悲しそうな、つらそうな表情で・・・。

 「危ないっ!!」

 聞こえてきた男性の声に、はハッとなり・・・次いで右肩に燃えるような痛みが走った。己の右肩に目をやれば、深々と矢が刺さっているではないか。
 を狙った弓兵の体を、青白い光の矢が貫く。その光を、はもう何度も目にしていた。
 そうだ、今は戦闘中で・・・ボンヤリしている場合ではなかったのだ。

 「っ・・・!」
 「大丈夫か!?」

 ズキン・・・と痛んだ右肩。うずくまるの元へ、光の矢を放った人物が駆け寄って来る。

 「タ、タクミ王子・・・」
 「動くな。今、手当てを・・・」
 「私のことなんか、構ってる場合じゃないでしょ」
 「こんな時に意地を張っている場合か! ほら、見せてみなよ」
 「・・・・・・」

 押さえていた右肩から手を離す。タクミは結っていた髪を解き、束ねていた布を手に取ると、の肩から矢を引き抜いた。途端、再び燃えるような痛みが走る。
 止血のため、タクミが遠慮もなく傷口を圧迫する。そしてそのまま、結っていた布を包帯代わりに巻いた。

 「後でサクラかエリーゼ王女に治してもらいなよ」
 「・・・あ、ありがとう・・・」

 地面に置いていた風神弓を手にし、タクミはの傍を離れた。も剣を握ろうとするも、ズキズキと肩が痛んで握れない。情けないが、ここは退くしかないだろう。

 「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

 戦闘が終わり、カムイたちが星界に戻ってくると、ライブの杖を持ったエリーゼが血相変えてやって来た。

 「タクミさんから聞いたよ! 弓に射られたって!」
 「え、ええ・・・。エリーゼ、治療を頼める?」
 「もちろんだよ!」

 エリーゼがライブの杖を振るう。柔らかな光がを包み、右肩の痛みが引いていく。完全に癒えたのか、痛みもなく、腕も動かせるようになった。
 エリーゼのライブは本当にすごい。他の人のライブでは、ここまで上手に治せないだろう。サクラ共々、優秀な癒し手だ。
 と、エリーゼがの右肩に巻かれていた布を解き、首をかしげた。

 「これ、どうしたの?」
 「え? あ・・・タクミ王子が応急処置してくれて・・・」
 「あ〜! それで、髪の毛下ろしてたんだ? みんな、意外な姿にびっくりしてたの! いつもはきっちりとポニーテールしてるのに、って!」
 「・・・返さないと。洗ったら血、落ちるかしら?」
 「うーん・・・元々、色が赤いから、わかりにくくはなるだろうね」

 エリーゼがの手の中にある布を見てつぶやく。だが、どちらにしろこのまま返すわけにはいかない。はエリーゼにお礼を言うと、洗い場に向かった。
 桶に水を溜め、そこに布を入れてゴシゴシとこする。の血がうっすらと水に溶けだした。
 先ほどの、タクミの姿を思い出す。を助けてくれたその姿を・・・。
 憎たらしいだけの少年だと思っていた。年下のくせに、やたらと突っかかってきて。レオンの方が何倍も可愛い、自慢の弟だと思った。
 だが、いがみ合っていた自分を助けてくれた。もちろん、逆の立場なら、だってタクミを助ける。だが、実際そうなると・・・。
 洗った布を空にかざす。血が乾いてしまっていたところは、少々汚れてしまっているが、これは一応返して、新しいものを与えた方がいいだろう。近いうちに白夜の町へ行き、似たようなものを見つけてこよう。
 とりあえず、手にある布を乾かして、その前にタクミに礼を言いに行くことにした。
 とは言っても、星界は広い。タクミがどこにいるのか、見当もつかない。ヒナタがいれば、聞いたり一緒に探したりできるのだが。

 「あ・・・」

 と、長い銀髪を背に流した少年を見つける。間違いない、探していた相手だ。

 「タクミ王子・・・!」

 が名を呼べば、タクミが振り返った。「ああ、君か・・・」とタクミがつぶやく。

 「改めてお礼を言わせて。さっきは、ありがとう・・・助けてくれて」
 「ああ、別に。近くにあんたと敵がいたから、狙っただけだよ」
 「ええ、それでも助かったから」

 素直に礼を言えば、タクミは視線を逸らしてきて。どうやら、照れているようだ、と気づく。そんなタクミの姿に、はクスッと微笑んだ。
 そんな自分の様子に、は思わず口元に手をやった。
 あんなに嫌っていた自分に手を貸したタクミ。少しだけ、心が揺らぐ。
 いや、そんなはずはない。タクミに恋をするなんて・・・。

 「・・・何?」
 「えっ!?」

 タクミに声をかけられ、は我に返った。タクミが眉間に皺を寄せている。

 「人のこと、ジッと見つめて・・・居心地が悪いよ」
 「あ、ごめんなさい・・・。そ、それじゃあ・・・」

 タクミに背を向け、立ち去ろうとし、は「あ・・・」と声をあげた。

 「タクミ王子、この布・・・乾いたら返しますね」
 「え? ああ、いいよ。洗ってくれたの? ありがとう」

 タクミが手を差し出す。は「え?」と困惑する。濡れたままでいいと言うのか。しかも、きちんと汚れも落ちていないというのに。

 「気にすることない。どうせ、元々汚れていたんだし」
 「タクミ王子・・・」

 手を差し出すタクミの手に、赤い布を渡した。なぜだか、少しだけ寂しく感じた。
 布と一緒に、タクミとのつながりも、なくなってしまった。そんな気がして。

 『恋なんて・・・タクミ王子に恋なんてしない。・・・しない』

 遠ざかる背中を見つめ、はそう心の中でつぶやいた。