ドリーム小説
「ええ!? カゲロウ・・・それ、何!?」
聞こえてきた声に、スズカゼは思わず足を止めた。今の声は、自分の同僚のものだ。
「何、とはどういうことだ?」
「私と同じものを描いているはずよね・・・? どこに、頭が2つもある生き物がいるのよ」
「なかなか上手く描けていると思わないか?」
「双頭の生き物を描いているのに、なんで上手く、なのよ??」
呆れた声をあげる彼女に、スズカゼはクスリと笑んだ。
彼女・・・はスズカゼやカゲロウと同じ、忍だ。明るく元気な彼女は、カゲロウと対照的に手先が器用であった。
しかし・・・。
「えいっ!」
数刻後・・・鍛錬場から聞こえてきたのは、の声だ。スズカゼがそこを覗けば、やはりそこには彼女の姿。手には忍の武器である、手裏剣を持っていた。気合の声と共に投げていたのは、これらしい。
しかし・・・的を見れば刺さっているのは1つ。的の周りに3つ。外している。
「ハァ〜・・・なんでこうなのかしらね?」
つぶやき、は持っていた手裏剣を見た。手先は器用なのに、忍としての技量が低いのだ。
「さん」
「キャッ・・・!」
気落ちしているに声をかければ、彼女が小さく悲鳴をあげた。驚かせてしまったらしい。案の定、「驚かせないでよ!」と怒鳴られてしまった。
「お一人で鍛錬ですか・・・。さすがですね」
「何よ。見てたんでしょ? 私の手裏剣が的外れなところへ飛んでいくとこ」
「いえ・・・それは・・・」
「いいのよ、別に隠さなくても」
ハア・・・とため息をつき、は突き刺さった手裏剣を取りに行く。
「いいわよね、スズカゼは優秀な忍だもの。うらやましいわ」
「そんなことありません。私はまだまだです」
「謙遜しちゃって」
ため息をつき、はスズカゼの隣へ戻ってきた。そのままジッと彼を見上げる。少しだけ、居心地が悪い。
「私もあなたも、主人を持っていないことでは同等よね」
「・・・そうですね」
「でも、あなたはカムイ様の臣下になるつもりなんでしょう?」
「! なぜそれを・・・」
カムイは、この軍の総大将であり、暗夜・白夜の第二王女だ。
彼女には執事とメイドがついているが、臣下はいない。スズカゼがとある事情から、カムイに忠誠を誓っていることは知っていた。
「見ていればわかるわ。カムイ様のこと、まだ悔やんでいるのでしょう?」
「・・・・・・」
「カムイ様は、きっと気にするなと言うでしょうけれど・・・あなたには無理なのでしょうね」
「・・・そうですね。あのことは、決して許されることではありません」
自分の行動のせいで、幼いカムイは暗夜に連れ去られた。生みの親と引き離されたのだ。
スズカゼは、けして自分を許さない。カムイが彼の心を救わない限り。
救われる・・・どうすれば、スズカゼはカムイに許されたと感じるのだろう? 言葉だけで、信じてくれるものなのだろうか。
「さん」
は下っ端の忍だ。そんな彼女を「さん」付けで呼ぶ人は少ない。
スズカゼではない。女性のものだ。サクラのものではない。フェリシアでもない。ならば・・・。
「カムイ様・・・!」
振り返れば、やはりそこにいたのはカムイ王女で。は慌てて姿勢を正した。
「あぁ・・・! そんなにかしこまらないで下さい! 私は、もっとさんと仲良くしたいのですから!」
「ありがたいお言葉です、カムイ様・・・! あの、それで私なんかにどうして声を?」
「今言ったように、さんと仲良くしたいのです。あの・・・失礼ですが、さんにはまだ仕えるべき主君がいませんよね?」
「・・・はい」
は小さくうなずいた。
技量の足りない忍を、大事な王族の方々に付けるわけにはいかない。戒めとして主君を持たないスズカゼとは違うのだ。
「あの・・・よかったら、私の臣下になってもらえませんか? スズカゼさんと共に」
「え?」
臣下? カムイの? いや、それよりも彼女はなんと言った? 「スズカゼと共に」と言わなかったか・・・。
「スズカゼさんと共に、私を守り、戦ってほしいのです。もちろん、守られるだけの私でいるつもりはありませんが」
「カムイ様、スズカゼはその話を引き受けたのでしょうか・・・?」
「はい」
優しく微笑むカムイ。少々、頬を赤らめて。
ああ・・・きっと、彼はカムイにあの日のことを話したのだ。そして、カムイは彼を許した。それはきっと、二人が強い絆で結ばれた証拠・・・。
「・・・カムイ様」
「はい!」
カムイは満面に笑みをたたえたまま応える。
「申し訳ありません・・・私は、その話をお受けすることはできません」
「え・・・? ど、どうしてですか??」
「私は未熟な忍です。王族の方を守るなんて、恐れ多いです」
「けれど、さんはとても真面目で、毎日鍛錬を欠かさない人だとスズカゼさんが・・・。必ず、立派な忍になると言ってました」
「ありがとうございます、カムイ様。もったいないお言葉です」
ですが・・・は言葉を続ける。
「やはり・・・私には無理です。申し訳ございません」
深々と頭を下げ、はカムイの前を辞した。
カムイと共に戦う・・・スズカゼと共にカムイを守る・・・とても魅力的な話だ。とても光栄な話だ。
だが、そうすれば・・・スズカゼとカムイが一緒にいる所を見なくてはならない。想いを通じ合わせた二人を・・・。
自然と足は鍛錬場に向かっていた。的の前に立ち、手裏剣を構える。投じる。だが、無情にも的から外れる。二投、三投・・・乱れた心で投じた手裏剣は、どれも当たらない。
「・・・好きだったんだけどな。ずっと」
ぽつりとつぶやき、ため息をこぼした。
「さん」
「わっ!!」
ぼんやりしていたの背後で、スズカゼの声がした。驚いて、声をあげて振り返った。
「び、びっくりしたぁ・・・」
「すみません。驚かせてしまいましたか」
「仲間相手に気配消して近づかないでよね!」
敵地を探るのならわかるが、ここは自軍の本拠地だ。気配を消す必要はない。が声をあげると、スズカゼは申し訳なさそうな表情を浮かべた。そんな表情をされては、あまり怒れない。
「・・・カムイ様、あなたを臣下として認めたのでしょう?」
先ほど知ったばかりの情報を口にすると、彼にしては珍しく、目を丸くした。
「はい。ご存知でしたか」
「ええ。あの方は、私にも声をかけてくださったから。一緒に私と戦ってくれませんか、って」
「それは頼もしいです。お受けになったのでしょう?」
スズカゼの問いかけに、は首を横に振った。
「もちろん、断ったわ。私は半人前の忍だもの。カムイ様をお守りするなんて、とても・・・」
「私と一緒に、カムイ様に仕えてくれませんか?」
「ありがとう、スズカゼ。でも、もう断ったし・・・」
「私の我儘を、聞いてくれませんか?」
「我儘?」
が首をかしげると、スズカゼは「はい」とうなずいた。彼が我儘だなんて、今までになかったことだ。一体、何を言われるのだろうか。
「私は、あなたと共にカムイ様に仕えたいのです」
「スズカゼ? どういう意味?」
「・・・あなたと苦楽を共にしたいのです。ただ、それはカムイ様の臣下として、だけではなく・・・伴侶として・・・」
「えっ!?」
思わず声をあげていた。今、スズカゼは何と言った? 聞き間違いでなければ、「伴侶として苦楽を共にしたい」と言ったような・・・。
「・・・さん?」
「・・・あ! ご、ごめんなさい。私、なんか勘違いしちゃって。あなたが、私を嫁にしたいっていう、勝手な思い込みを・・・」
「思い込みなんかではありませんよ。私は、そう願っています」
スズカゼのその言葉に、は頬を真っ赤に染める。
この人が・・・軍で一番女性に好意を寄せられると評判のこの人が、未熟な忍である自分を・・・?
「スズカゼ、ちゃんと冷静になって考えてみて? あなたほどの好青年なら、私なんかより・・・」
「いいえ、さん。私は、あなたがいいのです」
真剣な面持ちのスズカゼに、は言葉を失い・・・うつむいた。
「・・・本気なの?」
「もちろんです」
「あなたは真面目な人だものね。嘘なんかつく人じゃない。それなら・・・」
は、そっとスズカゼの胸に、額をぶつけた。顔を見るのは、照れ臭かった。
「・・・私を、スズカゼのお嫁さんにして下さい」
「さん・・・はい・・・」
スズカゼに抱きしめられ、目を閉じる。この人の妻になる。軍の中で、一番女性に好意を寄せられる人の妻に。
「私、あなたにふさわしい、一人前の忍になってみせますからね!」
「はい。無理はしない程度に」
微笑み合い、そして二人は顔を寄せ合い、誓いの口づけを交わした。
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