ドリーム小説
開いた魔道書が光り、空から稲妻が落ちる。フゥ・・・と息を吐き、は本を閉じた。この辺の敵は、あらかた片付けた。そろそろ、前線にいるエリウッドたちに合流しよう。
と、歩き出した時だ。木陰に人の影。は咄嗟に魔道書を開く。いつでも魔法を使えるよう、構えながらゆっくりと人影に歩み寄り・・・「え?」と声をあげた。
長い金糸の髪と、空色の法衣・・・仲間の修道士ルセアが、そこにうずくまっていたのだ。
「ルセア様! 大丈夫ですか!?」
「はい・・・! お気になさらず・・・」
「今、セーラを・・・!」
どこか怪我をしているのかもしれない。ルセアも回復の杖を使えるが、その癒しは自身にかけることはできない。
立ち去ろうとしたの手を、ルセアが掴んだ。女性のような見た目と反し、大きくて力強い手だった。ああ、この人はやはり男の人なんだな、と当然のことを思った。
「いえ! 大丈夫です・・・!! 怪我ではありません」
「でも、それなら一体どうしたのですか? どこか具合の悪いところでも?」
「ええ、少し・・・」
「だ、大丈夫なのですか!? やはり、医者を・・・」
顔色を変えるの手を、ルセアはさらに強く掴む。蒼白な表情で。
「だ、大丈夫です! その・・・これは、心の病ですから」
「・・・あ。ご、ごめんなさい」
心の病・・・触れてはならない、繊細な問題だ。は自分の軽率さを呪った。なんて気の利かない、浅はかだ。
「少し休めば元に戻ります。さんが気にすることはありませんよ」
「・・・ルセア様、それなら少しだけ、私が傍にいてもいいですか?」
「え?」
はルセアの返事を待たず、彼の隣に座りこんだ。ルセアは戸惑ったように、を見つめ、目を丸くする。
「私は・・・」が口を開く。
「私は三人兄弟の末っ子で、兄と姉に囲まれて育ったんです。二人は私と違い、剣士です。私は、二人に反発するように、魔道士になった。小さい頃から、馬鹿にされてて、悔しかったんです」
立てた膝に顎を乗せ、がつぶやく。ルセアは黙って耳を傾けてくれた。
「リキアの剣士・・・世界に名を馳せる剣士になるんだと言って、二人は誇り高く家を出ました。けど・・・私は、二人がどうなったのか、知りません」
「え・・・?」
「私は探そうとも思いません。もしも戦場で会ったとしても、知らん顔します。そのくらい、私は二人が嫌いです」
「さん・・・」
眉根を寄せるルセアに、はニッコリと微笑んだ。
「私の下らない話を聞いてくださって、ありがとうございました。さあ、エリウッド様たちと合流しましょう」
立ち上がり、スカートについた土を払うと、はルセアに手を差し伸べた。
一瞬、逡巡したルセアは、そっとの手を取った。
ほんの少しだけ、二人が近づいた・・・そんな時間だった。
その数日後。キャンプ地で友人のセーラが誰かと言い合い・・・いや、言い合いではない。セーラが一方的に突っかかっていた。相手を見れば、それはルセアで・・・。
慌てて二人の元へ近づけば、セーラがクルリと振り返った。何やら暗い表情で。
「セーラ? どうしたの??」
「・・・男だなんて」
「え?」
男?とつぶやくを無視し(というか、眼中にない)、セーラはフラフラとどこかへ行ってしまう。
「・・・大丈夫かしら?」
セーラのことが気になるが、今はもっと気になることが。はルセアを振り返った。
「ルセア様、何もされていませんか? あの子、勝気な性格だから」
「はい。私は大丈夫ですよ」
ルセアは優しく微笑むが、としては気が気ではない。友人が何か失礼なことをしたのではないかと。
だが、ルセアはあくまで穏やかに「なんでもありません」と言うだけで。話すつもりはないのだろう。
「何かあったら、絶対に私に言ってくださいね! 私からきつく注意しますから!」
「は、はい。お手柔らかにしてあげてください」
微笑むルセアは美しくて。思わずは見惚れてしまった。
戦闘が終わるたび、はルセアの元へ行き、彼の無事を確かめた。時にはその逆もあって。傷を負ったを、ルセアが癒すこともあった。
次第に仲良くなり、会話も増える。「最近のルセアは顔色がいいな」とレイヴァンを安心させた。
今日も戦闘が終わり、野営の準備。はまたしてもルセアの姿を探していた。
川辺に、その姿はあった。辺りは暗く、ルセアの様子は窺えない。だが、おもむろに彼が川の中へ足を踏み入れて・・・。
「ルセア様っ!?」
が驚いて叫べば、ルセアが目に見えてわかるように、肩を震わせた。そのまま、に背を向け、動かない。
「何をなさっているんですか!」
慌てて川辺へ走り、そこにいたルセアの腕を引っ張る。言いなりのようになっていたルセアが、そのまま手を引かれ、川から上がる。
「あぁ・・・拭くもの持ってこなくちゃ! ルセア様、ここにいてくださいね!」
「いえ、構いません」
「駄目ですよ! 風邪ひいたら、どうするのですか!」
「大丈夫です。それより・・・少しだけ、一緒にいてくれませんか?」
「え・・・」
ドキッとした。相手は男性だ。いくら美しくても、にとっては異性で・・・今、少しだけ心を惹かれている人なのである。
だが、だからこそ一人には出来なくて。はうなずいた。
「以前、さんはわたしにお兄さんとお姉さんの話をしてくれましたよね」
「え? は、はい。つまらない話でしたけど」
「いえ、とんでもない。わたしは、羨ましかったのです。わたしには、きょうだいがいませんから」
「・・・そうですか・・・」
フゥとルセアが一つ息を吐く。
「告白しても、よろしいでしょうか」
「え? 告白??」
「わたしは、三つの時に父が亡くなり、孤児院へ送られたのです」
ルセアの告げた言葉に、はハッと息を呑んだ。家族のいない人に、家族の話をし、あまつさえその人たちを「嫌い」と言い放ったのだ。
「ご、ごめんなさい、ルセア様・・・。そんな、おつらい過去を・・・」
「正確に言うと、殺されたのです。賊に。そして、母はそれをきっかけに衰弱死しました」
「・・・・・・」
「正直に言うと、孤児院にいた頃のことは、思い出したくありません。それでも、時折出てくるのです。忘れたいのに、忘れられない過去が・・・」
「ルセア様・・・!!」
無意識だった。勝手に体が動いていた。は、ルセアの体を抱きしめ、そっとその背中を撫でた。
「私・・・少しでもルセア様のお役に立てませんか?」
「え?」
抱きしめたまま、が尋ねる。真剣な口調で。けして、冗談なんかではないのだと。
「さん? それは」
「力になりたいのです。ルセア様が、少しでも明るい心を手に入れられるように」
「さん、あなたはすでに、わたしの力になってくれていますよ」
「本当ですか!?」
バッと体を離し、ルセアの顔を見る。彼はその美しい顔を笑みに変えた。
「わたしは、あなたに救われています」
「ルセア様・・・」
「どうか、これからも・・・。いえ、それは少し図々しい提案ですね」
「いえ、そんな!!」
はルセアの手を握り、ギュッと握り締める。ルセアがその手との顔を交互に見やった。
「ルセア様が迷惑でないのなら、私をルセア様のお傍に置いてください」
「さん、ですが」
「私は、ルセア様と一緒にいたいですっ!!」
さらに強く、がルセアの手を握るので、思わず苦笑した。
「わたしに、救いの手を差し伸べてくれるのですね?」
「はい!」
「では、わたしもあなたに、救いの手を差し伸べましょう。もう、お兄さんやお姉さんのことを、気に病むことのないように」
「私たち、お互いにお互いを救い合っているんですね」
「そうですね」
ルセアがクスッと笑った。もつられるように微笑んだ。
「さん」
「はい、ルセア様」
「わたしも、こう見えて男ですから・・・少しだけ、よろしいですか?」
「は、はい?」
何を?と問う前に、ルセアが顔を寄せてきて。咄嗟には目を閉じた。額にそっと優しい口づけが降ってきた。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
そっと目を開け、小さく首をかしげれば、ルセアも首をかしげた。
「いえ、てっきり唇に・・・って、いえ! なんでもありません!」
失言だ。が慌てて首を横に振れば、ルセアはクスッと笑って。
「誓いのその時まで、取っておきましょう」
なんだ、気づかれていたのか・・・と思う反面、少しだけ生真面目なルセアらしいと、そう思った。
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