ドリーム小説

 的に向かい、矢を放つ。中央から少し離れた場所に、それは突き刺さった。
 それを見つめ、はフゥ・・・とため息をついた。最近、弓の腕が下がった気がする。
 王家を守る騎士となるためには、実力が必要だ。このままでは、ジェイガン隊長の目に留まることはできない。
 同期のゴードンは、めきめきとその腕を上げているというのに。
 の気持ちを曇らせるもの。それには原因があった。この年頃の少女は、恋をしてしまったのだ。叶わない恋を。
 それは、宮廷騎士団に入団したての頃のこと。両手に弓矢を大量に抱え、は歩いていた。そこを通りかかったのが、このアリティアの王子、マルスだった。
 は立ち止まり、深々と頭を下げた。お顔を見るなんて、とんでもない。そう思ったからだ。
 マルスが通り過ぎ、はその背中を振り返りつつ歩いていたせいか、派手に転んだ。顔から地面に突っ込む勢いで。

 「いったぁ・・・」
 「大丈夫かい?」
 「はい。なんとか」

 聞こえてきた男の声に、普通に返してしまい・・・は恐る恐る顔を上げた。そこにいたのは、先ほど立ち去ったはずの王子様。しかもこちらに手を差し伸べている。
 は慌てた。マルスの手を取ろうとし、咄嗟に手を引っ込める。護衛の視線が痛い。だがしかし、自分の汚れた手で王子に触れるわけにはいかない。

 「し・・・失礼しました!」

 自分の力で立ち上がり、勢いよく頭を下げた。マルスが目を丸くし、次いでクスッと微笑む。頭を下げたままのには、見えなかったけれど。

 「弓兵の子だよね。えっと・・・名前は?」
 「と申しますっ!」
 「そうか。怪我は?」

 すりむいた膝と手のひらが痛かったが、は「どこも何ともありません」と答えた。マルスの視線がの膝へ向けられる。強がりがバレたかもしれない。

 「怪我、しているね。ライブを使える僧侶を・・・姉上を呼ぼうか」
 「えっ!? エ、エリス様をですか!? いえっ! 本当に大丈夫ですから!!」

 本気でやりかねないマルスに、は心の底から拒否した。ああ・・・護衛が睨んでいるではないか。

 「マルス様、このくらいの怪我、なんということもありません。私、将来はマルス様をお守りする近衛兵になりたいのです!」
 「なら、なれるさ。努力しているからね」
 「え・・・なぜ、そのようなことを・・・?」

 は、思わずマルスを見つめてしまっていた。ああ、失敗した。そんな優しい目で見ていたなんて。

 「いつも見ているよ、君たちのこと」
 「え・・・!?」

 マルスの言葉に、は目を丸くし・・・次いで、恐れ多くて深々と頭を下げた。
 ありがたすぎる言葉だ。はもはや顔を上げられない。つむじに視線を感じる。マルスはが顔を上げるのを待っているのだろう。
 我慢比べが続く。だが・・・やがて、マルスが吹き出した。がピクリと反応する。

 「顔を上げてよ」
 「いえ、それは・・・」
 「命令だよ」

 “命令”・・・そう言われては、顔を上げないわけにはいかない。観念して、は顔を上げた。やはり、そこには優しい眼差しのマルスがいて。
 澄んだ青い双眸がこちらを見つめている。その瞳の青に、囚われる。ああ、このままずっと、見つめていたい。
 オホン・・・護衛が咳ばらいをする。そこで、ようやく我に返った。

 「し、失礼しましたっ!! 私はこれで!」

 再び頭を下げ、マルスの方を見たまま一歩下がり、踵を返した。走っては怒られるだろう。速足でその場を去る。さすがに追いかけてくるということはなく。当たり前だが。

 「ビックリした・・・心の底から・・・」

 胸を押さえて、ハァ〜と息を吐き出す。王子と話しをした。なんという、身に余る光栄だ。ゴードンに自慢してやろう。
 我が国アリティアのマルス王子は、父王コーネリアスの覇気ある印象とは対照的に、少々頼りなく見えた。だからこそ、は、マルスを守りたいと思った。マルスが戦わなくてもいいように。
 彼に剣は似合わない。柔和な彼に似合うのは、書物だ。実際、マルスは勤勉で頭が良い利発な少年だと聞いた。
 マルスが剣を振るわなくてすむように、自分たちがいるのだ。それなのに・・・。
 数日後、が見たマルスは、剣の稽古をジェイガン隊長からつけてもらっていたのだ。
 あ然として、マルスを見ていると、彼がに気がついた。

 「!」

 名前・・・それも愛称で呼ばれ、ドッキン・・・大きく心臓が跳ねた。は深々と頭を下げる。ジェイガンに何かを告げ、マルスがこちらへ歩み寄ってきた。

 「お疲れ様。も鍛錬していたのだろう?」
 「は、はい・・・。マルス様は、剣を?」
 「うん。僕も・・・君たちに守られてばかりは嫌だからね」
 「マルス様・・・」

 クスッとマルスが笑う。「まだまだだけどね」と。

 「そんなことありません! マルス様のそのお気持ちは素晴らしいですし・・・誰だって、最初は慣れませんし!」
 「ありがとう。いつか、僕も英雄アンリのようになりたいな」
 「・・・なれますよ。マルス様なら必ず。ですから、どうかマルス様のお傍に仕えさせて下さい。いつか、ふさわしい弓兵になってみせます」
 「うん。が傍にいてくれたら心強いよ」

 マルスが微笑む。もつられて微笑んだ。
 だが・・・1番いいのは、このまま何事も起こらないこと。このアリティアで、友人やマルスやエリス、コーネリアス王と幸せに暮らしていくことだ。

 「

 不穏な空気が流れてきた頃。はマルスに呼び止められた。一緒にいたドーガとゴードンがマルスに一礼する。

 「どうかなさいましたか?」
 「うん。にこれを」

 マルスが渡してきたのは、ペンダントだ。金の台座に、散りばめられた石。

 「お守りだよ。に持っていてほしい」
 「えっ!? け、けれど・・・! 私には何も返せるものがありません!」
 「見返りが欲しいわけじゃないさ。気にしないで」
 「で、でも・・・。あ、そうだ!」

 そういうと、は頭に飾っていたティアラを外し、マルスに差し出した。

 「私が宮廷騎士団に入った時に買ったものです。大したものではないですが・・・」
 「そんなことないさ。ありがとう」

 ティアラを受け取り、マルスが微笑んだ。
 そのサファイアに囚われる。ああ・・・きっともう、ずっと昔から囚われていたのに・・・。