ドリーム小説
天馬騎士のペガサスの背に乗せてもらい、たどり着いたのはアグストリア。行方知れずの兄を探していた時のことだ。
フュリーとは、仲間たちと共にエバンス城へ向かった。そこにいるシアルフィのシグルド公子が兄を捕らえていると聞いたからだ。
しかし、実際はそんなことはなく・・・たちはシャガール王に騙されていたのだ。
だが、確かに兄はそこにいた。シグルドに捕らえられていたのではなく、己の意思で味方になっていて。まさか、そんなことになっているとは知らず、とフュリーは仰天した。
「兄様!?」
「お・・・前、!? げっ! フュリーも」
「“げっ!”って何よ! フュリーは兄様のことを、とっても心配していたんだから!」
「わ、わかった、わかった・・・! それより、シグルド公子には、きちんと挨拶したのか?」
「え? あ・・・」
誤魔化された気がしなくもないが、はすぐさまこの軍の指揮を執っているシアルフィのシグルド公子の元へ向かった。
「そうか・・・レヴィンはシレジアの王子だったのか。ともかく、歓迎しよう。我々の仲間を紹介したい」
「はい、お願いします」
紹介されたのは、実に大人数。シグルドの妻・ディアドラ。彼の配下のノイッシュ、アレク、アーダン。ユングヴィの公女エーディンと、その配下のミデェール。ヴェルトマーの公子アゼル。ドズルの公子レックス。ヴェルダンの王子ジャムカ。イザークの王女アイラ。ノディオンの王女ラケシス。
そして。
「こちらはレンスターの王子キュアン。そしてその妻エスリン。私の妹でもある。そして彼はキュアンの配下、フィンだ」
「よろしく、王女」
キュアンが手を差し出してくる。は握手をした。エスリンとも握手を交わし、フィンと呼ばれた少年に視線を向けた。
空色の髪と瞳。まだ幼さの残る顔立ち。年はと同じくらいだろう。
思わず、見つめていた。背後にいたレヴィンが、わざとらしく咳払いし、は我に返った。
「一目惚れか?」
「なっ・・・! 何言ってるのよ、兄様!! 変なこと言わないでっ!」
そのまま、はその場を立ち去ってしまった。そんな妹の態度に、レヴィンがキュアンたちを振り返る。
「失礼な態度を取ってすまない。あいつは少々、勝気なところがあるんでね」
「いや、気にしていない。大丈夫だ、レヴィン王子」
「すまない、キュアン王子」
フュリーと共に、軍の女性陣の元へ行ってしまう。シルヴィアとデューに声をかけている。
アグスティ城を制圧し、数日が経った頃、レンスターの騎士フィンは、が1人で杖の練習をしているのを見かけた。
フィンの視線に気づいたのか、が振り返り、目を丸くし、次いでニッコリ笑って手招きした。フィンは彼女の元へ。
初対面時はレヴィンの余計な一言のせいで、まともに顔も合わせなかったし、口もきかなかったのだが、共に戦ううちに、顔を合わせれば会釈をする程度にはなっていた。
「お隣、どうぞ」
「失礼いたします」
が座っていたベンチ。彼女の隣へフィンは腰を下ろした。
「・・・杖の練習を?」
「ええ。私、マージファイターを目指しているの。あ、でもまだマージとしての実力もないけど」
「そんなことはありません。王女は立派な魔道士です」
「ありがとう。・・・シレジアはね、神器を継承しているの。フォルセティっていう、風の魔法。お母様が大事にしているから、見たことはないんだけどね。兄様は、そのフォルセティの継承者なんだけど、ご存知の通り、お家騒動がイヤで国を出てしまったの。お母様はそれ以来、塞ぎこんでしまって。そんなお母様を見ていられなくて、私は兄様を探すために国を出たのよ」
「そうですか。そのような事情が・・・」
「フィンの主君である、キュアン王子は確か・・・」
「はい。精戦士ノヴァの末裔です。ゲイボルグという槍を継承しておいでです。今回は、レンスターに残してきましたが」
「そっか・・・。やっぱり、そう簡単に神器を手に出来ないわよね」
杖を膝の上に置き、は空を見上げた。
「・・・私は、フォルセティを扱えないから、せめて炎と雷の魔法も使えるように、マージになったのよ。お母様はウインドマージを目指して、風の魔法を極めたらどうだって言ったけど・・・。兄様には到底敵わないし」
だから、風の魔法に固執するのは、やめたのだ。
「・・・私は、王女の使うウインド、好きです」
「え??」
フィンのつぶやきに、が目を丸くする。
「レヴィン王子のエルウインドは、確かに素晴らしいです。しかし、レヴィン王子の風は・・・従えているように見えます。ですが、王女の風は、共に踊っているように見えます」
「・・・踊る・・・」
「強烈な刃となる風ですが、王女のそれは、優しく包み込むようと言いますか・・・。申し訳ございません。一介の騎士である私が、出すぎた真似を・・・」
「いいえ! 出すぎた真似だなんて、そんなことないわ! ありがとう、フィン。そんな風に言われたの、初めてよ。うれしい」
シレジアの王女でありながら、風の魔法を極めようとしないなんて・・・そう陰口を叩く者もいた。しかし、どの道を選ぶかは、本人の自由だ。現にヴェルトマーのアゼル公子だって、マージの道を選んだ。ユングヴィのエーディン公女は、弓ではなく杖を手にした。それぞれ、神器を継承しなかった者の選んだ、自身の道だ。
微笑むに、フィンは深々と頭を下げる。は「そんなにかしこまらなくてもいいわ」と告げた。
「ねえ、フィン? また、話し相手になってくれる?」
「私でよろしければ」
「当然でしょう! 私は、フィンがいいから言ってるの!」
気づいていた。この澄んだ空色の瞳と、同じく空色の髪を持つ少年に、心惹かれていることを。
戦いの合間には、時間を見て2人でおしゃべりをし・・・そんな時だ。シグルド軍が、故国であるグランベルに追われることになったのは。
「マーニャ!」
「様! レヴィン様も・・・!」
迎えに来たのは、北国シレジア・・・レヴィンとの故郷・・・のペガサスナイト。フュリーの姉であるマーニャだった。マーニャとの再会を喜んだのも束の間。一向はシレジアへと逃げることになった。
そうして、シグルド軍がシレジアへ到着して数日後のことだった。レンスターの王子キュアンが国へ戻ることになった。父王の容態が思わしくないのだという。当然、妻のエスリンと、配下のフィンも一緒だ。
そうなれば・・・。
「・・・フィン」
レヴィンが空色の髪をした少年を呼び止めた。初めて会った頃よりか、逞しくなってきている。彼ならば・・・レヴィンは思った。
「はい、レヴィン様」
振り返り、一礼する。レヴィンは腕を組み、「お前に頼みがある」と告げた。頼みごとをするような態度ではないが。
「頼み、ですか? 私に?」
「ああ。あいつを、レンスターに連れて行ってくれないか?」
「え・・・?」
レヴィンの言葉に、目を丸くする。「あいつ」・・・彼が僧呼ぶ相手は限られている。彼の配下か、妹か。この場合は後者だ。
「レヴィン様・・・? なぜ、そのような・・・」
「誤魔化すなよ。お前があいつといい仲なのは、わかってる。だから頼んでるんだ」
「・・・・・・」
「このシレジアも、いつ何が起こるかわからない。俺が戻ったことで、国中がピリピリし始めたからな」
だから頼む、と、レヴィンが告げた。フィンは答えが出せない。
確かに、自分とは仲がいい。いや、まだはっきりとした関係ではないが、好き合っているのだろう。だが、彼女が国を離れ、自分と共に来てくれるかどうか、自信がない。
レヴィンはポンとフィンの肩を叩き、去って行った。
しばし、考える。自分はこのままと離れられるのか。もしも、に「ついて来てほしい」と告げたとき、彼女はなんと答えるだろうか?
が自分を憎く思っていないことは、わかっている。先ほども思ったとおり、好きなはずだ。
フィンは目を閉じ、目蓋の裏にを思い浮かべる。フィンに向ける笑顔。心からのものだ。
そっと目を開け、歩き出す。通りかかったメイドにを知らないか?と聞きながら歩いた。
彼女がいたのは、城の中庭。雪が降っていて寒いだろうに。ステップを踏んでいた。どうやら、最近シルヴィアに踊りを教わっているらしい。もちろん、王女として品のあるものを教わっているようだが。
風が踊る。シレジアの兄妹の周りには、いつも風の政令がついている。その精霊たちと、は1つになっていて。
「・・・様」
足を止め、一息ついたところで、フィンは声をかけた。彼女がフィンを見る。
「フィン? イヤだ。見ていたの?」
照れ臭そうに、肩をすくめて苦笑する。まさか人に見られているとは。フィンはそっと微笑むと、の元へ歩み寄った。知らず、グッと拳を握りしめていた。
「大事なお話があります」
「大事な話? なに?」
が微笑む。フィンは、次の言葉を告げるため、少しだけ間を置いた。
「私は、レンスターに帰ることになりました。キュアン様とエスリン様と共に」
フィンが告げたその言葉に、は一瞬にして表情から笑みを消した。もっと違う言葉を期待していたのだろう。
だが、フィンは言葉を続ける。
「レヴィン様に頼まれたことがあります。様をレンスターに連れて行ってくれないか、と」
「え・・・?」
その言葉に、は目を丸くする。意外なものだった。まさか、シレジアの王女である自分に、そんな言葉をかけてくれるなんて。
「あなたは、このシレジアの王女です。当然、私のような一騎士についてくるなんて、馬鹿げた話でしょう。ですが、けしてたわむれで告げたわけではないことは、わかってください」
「わかってる。わかっています。あなたは、そんな人じゃないもの」
視線を落とし、が小さくつぶやく。
「・・・兄様が、言ったのよね?」
「はい」
「きっと、兄様はこのシレジアのお家騒動に私を巻き込みたくないんだわ・・・」
「それもあるでしょ。けれど、レヴィン様は私の我がままをご存知なのでしょう」
「我がまま?」
「あなたと、もう離れたくないという我がままです」
フィンの言葉に、は目を丸くし・・・そっとフィンに手を伸ばした。フィンがその手を取り、の体を抱き寄せる。
「・・・フィンの体、冷えちゃってる」
「様こそ。風邪をひかれては大変です。戻りましょう」
「フィン・・・」
名前を呼ばれ、フィンがを見る。そっと目を閉じたの唇に、フィンは優しく口付けた。
「・・・ついて行きます、フィン。どこまでも、あなたと共に」
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