ドリーム小説
いつから彼らがそこにいたのかは、ハッキリと思い出せない。ただ、気が付いた頃には、そこにいた。
だが、彼らはなぜか人目を気にしていた。大人の男性が2人、女性が1人。男の子が4人に女の子が2人。彼らがどういう関係なのか、わからなかった。
年の変わらない子供たちと打ち解けるのに、時間はいらなかった。
不思議なことがあった。子供たちの中心にいる、真っ青な空を思わせる髪をした少年を、子供たちは「セリス様」と呼んでいた。他の子供たちよりも、年上だからだろうか? そう思いつつも、父までもが「セリス様」と呼んだ。
なぜ、彼だけ「様」なのか。まだ幼かった自分には、その時は理解できなかった。しかし、善悪の分別が付く頃、父に言われた。
“セリス様は特別な方。このグランベルの光をもたらして下さるお方なのだ”
あのセリスが・・・? レスターよりもデルムッドよりも、スカサハよりも、女の子のような顔をした彼が?
ティルナノグは、住人が少ない。セリスたちと、自分たち父子を含めても、総人口は20人にも満たないだろう。そんな村に、なぜそんな方が・・・?
セリスたちに食料を提供しているのは、父だ。2人で育てた野菜を、彼らに無償で与えていた。子供の頃からのことなので、それが普通のことだろ思っていた。
そして・・・ここ数年、セリスたち子供らが戦いの準備をし始めていることに気づく。
セリスとスカサハ、ラクチェ、デルムッドは剣を。レスターは弓を。ラナは回復の杖を。それぞれが己の武器を手にし始めた。
「セリス様」
声をかける。1人で剣を振るっていた彼に。背中まで伸ばされた青い髪を1つに結った少年が、こちらを振り向いた。
「剣の稽古ですか?」
「やあ、。また来てくれたんだね」
「はい。あ・・・お邪魔でしたよね」
「いや、大丈夫だよ。少し休もうと思っていたところだ」
優しく微笑み、セリスは剣を下ろす。は近くに置かれていたタオルを手にし、それをセリスに差し出した。「ありがとう」彼が笑顔で礼を言う。
2人でそこにあったベンチに腰を下ろす。は、フト思っていたことを口にした。
「セリス様は、いつかこのティルナノグを旅立たれるのでしょうか?」
「え? どうして、そんなこと」
「いつか・・・帝国の兵士がやって来て・・・」
そして、セリスたちを捕らえるのだ。いや、処刑されるのだろう。皇帝アルヴィスは、冷酷な人物だ。
「、たとえそうなったとしても、私は君を忘れたりしないよ」
「・・・セリス様」
セリスが見つめてくる。オイフェが言っていた。面立ちは母にそっくりだが、空色の髪と瞳の色は父譲りだと。セリスの父と母・・・一体、どんな人物だったのだろうか。
の父は、豪快な人だ。大柄で、口も悪く、だが1人娘のを可愛がっている。スカサハたちも、父に懐いていた。セリスも同じである。
いつか、セリスは父の遺志を継ぎ、このティルナノグを旅立つ。それも聞かされていたことだ。
そして、その“いつか”は、予想よりも遥かに早かった。
このティルナノグが、帝国の兵士に見つかったという・・・。
現在、村にはシャナンもオイフェもいない。エーディンは戦うための魔道書を持っていない。
残っているのは、セリスと、スカサハとラクチェ、そしてラナのみ。デルムッドとレスターはオイフェに同行していた。
「セリス様は、安全な所に・・・!」
「いや、スカサハ・・・私も戦う」
鉄の大剣を手にしたスカサハが、セリスに声をかけるが、セリスは首を横に振った。ラクチェとラナもあ然としている。
だが、戦力のない今、セリスが戦うのは必然に思えた。スカサハとラクチェは、セリスを止めなかった。
「・・・セリス様、行かれるのですね」
父が遺したという銀の剣を腰に佩いたセリスが、を振り返った。その表情は、悲しそうな笑顔で。
「うん。、どうか・・・」
「はい・・・私は、ここでセリス様のご武運とご無事を祈ってます」
セリスが手を差し伸べる。が首をかしげれば、彼は「惜別の握手を」と告げた。
がセリスの手を握った瞬間、グイと引っ張られ・・・セリスがの耳元でささやく。ジワリ・・・の瞳に涙が浮いた。
ラナがセリスを想っていることを、は知っていた。そして、セリスもラナを想っていることを。
ささやかれた言葉を胸に刻む。そして・・・は涙を流しながら、笑顔で手を振った。
それから、3年の月日が経った。
ティルナノグを旅立ったセリスたちは、シャナンと合流し、レンスターのリーフ王子と共にトラキアを解放し、グランベルの首都、バーハラへ進軍したという。
そして・・・空が暗くなり、天から黄金の竜が舞い降り・・・戦争は終わった。
「おい、! そろそろ飯にするぞ!」
「はーい!」
相変わらず、豪快な父は健在だ。は洗濯の手を止め、家の中へ入ろうとする。
その時だった。背後に人の気配を感じたのは。
振り返り、は呆然とした。だが、そんな彼女に構うことなく、目の前の人物は「ただいま」と笑った。
「セ・・・リス・・・さま・・・」
掠れた声で、その名を呼ぶ。あの頃よりも背が伸び、たくましくなっていたが、その空色の長い髪と瞳は変わっていない。優しい瞳が、あの頃と同じようにを見つめてきた。
「久しぶりだね、。元気そうでよかった」
「セリス様も・・・! ご無事でよかった。セリス様の活躍は、このティルナノグにも届いていましたよ! イザークを解放し、トラキアを解放し、そしてグランベルへ・・・」
「うん。私たちは、ようやく暗黒神ロプトウスを討ち、大陸に平和を取り戻した」
セリスの言葉に、は「はい!」と大きくうなずいた。そのの笑顔を見つめていたセリスが、フト表情を曇らせた。
「セリス様? どうかされましたか?」
「うん・・・。世界は平和になり、グランベルも戻るべき者が戻り、復興に向かっている。けれど・・・」
「けれど?」
「バーハラには、王妃がいないんだ」
は目を丸くした。ラナがいたではないか。ラナこそがバーハラの王妃にふさわしい。そう思っていたのだが・・・。
「私には、ずっと昔から好きだった子がいるんだ」
セリスはそう告げた。は「はぁ・・・」とつぶやき、首をかしげる。
「それでね、君を迎えにきたんだ。突然で申し訳ないけれど、バーハラの王妃になってほしい」
「は?」
セリスの口から飛び出した言葉に、は失礼とわかっていながらも、間の抜けた返事をしてしまった。
なんと言った・・・? バーハラの王妃・・・? 誰が・・・?
「おい! 、飯だって・・・セ、セリス様!?」
の父親が家から出てくると、セリスはもう一度言った。「にバーハラの王妃になってほしい」と。
冗談だと思った。しかし、セリスが乗ってきた馬車に乗せられ、グランベルへ行き・・・ティルナノグの田舎娘がバーハラの王妃となってしまったのだ。
「・・・冗談だと思いました」
「私は、ずっとを好きだったよ」
「・・・私だって、ずっとずっと」
セリス様を好きでした・・・。
の口から告げられたそれに、セリスはうれしそうに微笑んだ。
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