ドリーム小説

 船着き場に名前はない。ただの船着き場だ。
 だが、海を渡ってやって来る人間が多いため、人の往来は多い。旅人の姿も多く、まずここで船上での疲れを癒すという人も少なくなかった。
 そんなわけで、お店は繁盛している。ありがたいことだ・・・と、両親が宿屋を営んでいる娘はそう思った。

 「すみませ〜ん、これ部屋まで運んでもらえますか〜?」
 「はい!」

 やって来たのは魔法使いらしき少女と、戦士らしい女性の2人組。親子だろうか。持っていた荷物は重そうな1つの袋。口からは剣の柄が見える。装備品といったところか・・・。

 「203号室ですね。運んでおきます」
 「ヨロシク〜。それじゃ、ママ、ちょっと外を回ってこよう?」
 「そうね」

 やはり親子だった。2人連れ立って、店の扉を抜け、外へ出て行く。
 この宿屋の1階には、受付と小さなバーがある。そして、扉が2つ。港に通じるものと、外へ通じるものだ。
 よいしょ・・・と、親子の置いていった袋を持ちあげる。う・・・ズシリと重い・・・引きずった方が早いが、お客様の荷物に対して、それは失礼だ。
 さて、気合いを入れて・・・と思った瞬間、外へ通じる扉が開き、赤い服を着た青年が入って来た。

 「
 「あ、ククールさん。いらっしゃいませ」

 それは顔なじみの男性。ここから南にあるマイエラ修道院の聖堂騎士だ。
 そのククールは、が運ぼうとしている袋を見つけると、目を丸くする。そして、そのままスタスタと歩み寄ってくると、ヒョイとその袋を取り上げた。

 「あ・・・」
 「こんな重い物、レディが持つべきじゃないぜ」
 「あの、でも、それの持ち主、女性なんですけど・・・」
 「ああ、戦士と魔法使いのコンビだろ? とは鍛え方の違う」
 「知ってるんですか?」
 「今、ここへ来る前にすれ違ったからな」

 ああ、なるほど・・・。そういえば、外へ行くとか言っていたな、と思い当たり、フト我に返る。いけない、乗せられるところだった。

 「ククールさん、荷物は私が運びます!」
 「いいから、素直に甘えておけって。大した労力でもないからな」
 「でも・・・」
 「たまには、頼ってくれてもいいんじゃないか?」

 ククールはそう言って、歩き出し、階段の前で振り返った。

 「何号室?」
 「あ・・・203です」

 返事を聞くと、ククールが階段を上がって行く。もその後を追いかけようとすると、背後から「ちゃん」と声をかけられ、振り返った。バーカウンターにいた、1人の中年男性がニコニコ笑っている。

 「相変わらず、あの色男と仲いいんだねぇ〜。お似合いだよ!」
 「な・・・! 何言ってるんですか!」

 カァ・・・と顔が真っ赤に染まる。他の客たちもニヤニヤと茶化すような笑みを向けてきて・・・いたたまれなくなり、は慌ててその場を逃げ出した。
 階段を駆け上がると、そこにはククールが待っていて。「カギ、開けてくれ」と言ってきた。「は、はい」と返事をし、203号室の扉を開けた。
 換気のため開けていた窓から、潮風が入って来る。窓を閉め、振り返ると、ククールが荷物を床に下ろしていた。
 前かがみの姿勢のため、ククールの長い髪がサラリと肩を滑って揺れる。絹糸のように綺麗なその銀色の髪。澄んだアイスブルーの瞳。そう、彼は美男子だ。

 「どうした?」

 フッ、とククールが微笑み、声をかけてくる。完全に彼を見つめていたは、ハッと我に返り、慌てて「なんでもありません!」と目を逸らした。

 「あ、ありがとうございました、ククールさん。おかげで助かりました」
 「このくらい、たやすい御用ですよ。それに、自分で言うのもなんだが、オレもとはお似合いだと思ってるぜ?」
 「な!?」

 聞いていたのか・・・カァーと頭に血が上っていくのを感じる。まさか、本人に聞かれていたとは。
 ククールがクスクス笑いながら、スッとに近づき、耳元に唇を寄せる。

 「そろそろ、オレの気持ちに応えてもいいんだぜ?」

 硬直。動けないの肩にポン、と手を置き、ククールが部屋を出て行く。
 ハァ〜と、大きく息を吐き、その場にしゃがみこむ。心臓がバクバクと大きく跳ねている。
 ククールが階段を下りていく音がする。ああ、今戻る気にはなれない。もう少し落ち着いてから・・・。

 「〜! 何してるの! 手伝ってちょうだい!」
 「は、は〜い!」

 母親の声に、叫んで答える。深呼吸を繰り返し、立ち上がると、意を決して階下に向かった。

 「ほら、次はこの荷物!」
 「う、うん・・・」

 チラッとバーカウンターへ目を向ければ、ククールがそこでワインを飲んでいる。よかった、視線を合わせなくてすみそうだ。
 そう思った途端、ククールがを振り返った。バチッと視線がぶつかり、はあからさまに目を逸らし、母のもとへ向かった。

 「やれやれ・・・少しはオレのこと意識してくれてんのかね?」

 自身の銀髪にクルクルと指を巻きつけ、スルッとほどく。は必死にこちらを見ないようにしているようだ。
 今日はからかいすぎたか。クスッと笑い、カウンターのバーテンに金を渡すと、ククールは外へ出た。

 「・・・あ」

 ククールが外へ出て行くのを見つめ、は小さく声をあげた。
 照れ隠しから、あんなことをしてしまったが、ククールは気分を害さなかっただろうか? 少しだけ不安になりながらも、仕事があるので、その場を離れられない。
 先ほどのククールの様子を思い出し、は1人頬を赤く染めるのだった。