ドリーム小説

 寂しそうな瞳をしている・・・彼への初印象はそれだった。
 ドニの町で初めて出会った時、浮ついた台詞を吐いていたけれど、瞳はどこか寂しそうで・・・。
 聖堂騎士団長からの叱責を聞き、その原因がわかった。
 彼には居場所がない。現在身を置いている場所は、彼にとって安住の地ではないのだ。
 軽口を叩いてはいたが、その寂しそうな瞳は、彼女には隠せなかった。

 「ククール」

 野宿の際、仲間たちから離れ、様子を見守っていた彼に、は声をかけた。
 の声に、ククールが目線だけをこちらに向けてきた。

 「これはこれは、巫女姫様。お声をかけてくださって、光栄ですよ」
 「皆のところに行かないのですか?」
 「残念ながら、オレは新参者なんでね。それに、つるむつもりもない」
 「ククール・・・」

 ああ、なぜこの王女はこんなにも自分を気にするのか。新しく仲間になったので、パーティに慣れさせようとでもしているのだろうか?
 そんなことをククールが思っているにも関わらず、はそれでも食い下がって来る。

 「ククール、神はいつでもわたくしたちを見守っておられます。何か心配事や不安事があるのなら・・・」
 「神、ね・・・」

 の言葉に、ククールはそれを鼻で笑う。そんなククールの態度に、は戸惑ったような表情を浮かべた。

 「姫、オレはとっくに神への信仰心なんて忘れてるんですよ」
 「え? ですが」
 「信じられるのは己のみ、なんでね」

 このまま話していても、らちが明かない。ククールはその場を離れようとする。

 「ククールは、僧侶に大切な、人と神を愛する心を持ち合わせていないのですか?」
 「貴女もしつこいんだな」

 なまじ聖堂騎士団の1人で、聖職者の魔法を使うだけに、としてはククールにまっとうな僧侶としての道を歩んでほしいようだ。
 そんなものはうっとうしい。ようやく規律から抜け出せた、と思っているククールには、未だに神がどうのこうのという話は煩わしいのだ。

 「ククール」
 「姫、悪いがこれ以上、貴女と押し問答するつもりはない。オレはもう、神を信じるだの人を愛するだのってことには興味がないんでね」
 「そんな・・・」
 「わかったら、こんな不良僧侶には近づかないことですね。それじゃ」

 冷たく言い捨て、から離れる。
 聖王女・・・巫女姫・・・彼女を表す言葉。神聖なる王国の第一王女にして、王位継承者。幼い頃から信仰への道を突き進み、厳しい修行にも耐えた少女。
 それだけでなく、当代の巫女姫は類まれな才能と美貌の持ち主で・・・。
 確かに、噂通りだ。お美しく、気高く、お強い王女様。だが、ククールにとっては、そんなことは関係ない。他人への興味も失せた。
 女性を見ると、優しい言葉をかけるのは、そうすることで女がキャーキャー言うからだ。馬鹿らしい。なんて単純な生き物だろう。頭のどこかで、冷めた目でそれを見る自分がいた。
 だが、このパーティにいるゼシカは、他の女と違った。ククールの口説き文句は通用しない。彼女に対しては、少しだけ興味が持てた。
 「だが、ゼシカを愛しているか・・・と問われれば、答えはノーだ。
 誰かを愛することなどできない。その感情すら忘れてしまった。
 子供の頃、自分を愛し、慈しんでくれた母親は、もういない。全てを失って、待っていたのは、冷たい視線と言葉。
 それでも、救いはあった。マイエラ修道院のオディロ院長。彼だけは、ククールを大切にしてくれた。
 だが、その院長も、今はいない。
 孤独を寂しいとか、悲しいとか思うことはなかった。いつしか、そんな感情も捨てた。もう自分は1人で生きていける。マイエラ修道院へ初めて訪れた時とは違うのだ。

 ─── 神はいつでも、わたくしたちを見守っておられます

 僧侶がよく口にする言葉だ。まるで口癖のようにそう言う。ククールの心には何も響かない。
 それなのに・・・。
 手袋を外し、右手の薬指にはめられた指輪を見つめた。
 「これは、あなたのものですわ」と、から返されたそれ。聖堂騎士だという証。

 「・・・わずらわしいだけなんだがな」

 愛だの恋だの、そんなものはわずらわしいだけ・・・なのに。
 なぜか、真剣な眼差しで自分を見つめるの姿が、頭から離れなかった。