ドリーム小説

 「

 老人の声に名前を呼ばれ、は動きを止めた。花壇に水をやってきたジョウロを手に、振り返る。

 「オディロ院長」
 「花の手入れか。今年も綺麗に咲いたのう」
 「はい」

 長いアゴヒゲ。穏やかな瞳。の大好きな命の恩人が立っていた。
 マイエラ修道院長オディロ。捨てられたを育ててくれた人である。

 「これからお茶の時間にしようと思うのだが、お前も一緒にどうだね?」
 「いいのですか? 私なんかと・・・」
 「私はお前と一緒がいいのだよ」

 院長の屋敷は、修道院から橋を渡ったところにある。2人は屋敷の外にテーブルと椅子を運び、そこで優雅なお茶会をした。

 「今日も新しいダジャレを思いついたのだが、聞いてくれるか?」
 「はい」
 「・・・オホン。あのモンスターにルカナン、入るかなん?」
 「・・・・・・」

 シーン・・・としてしまった。慌ててはパチパチパチと拍手を贈る。

 「面白いです、院長! なかなか思いつくものではありませんよ!」
 「正直に答えてもよいのだぞ」
 「本当ですって! 私、そういうの思いつかないので、すごいです」

 賞賛の声をあげるに、オディロはフゥ・・・と息を吐き、先ほどまでとは違う真剣な眼差しを向けてきた。は合わせていた手を下ろし、膝の上で軽く拳を握った。

 「よ」
 「はい」
 「私に何かあった時は、ククールを頼んだぞ。あやつは、お前がおらんと、駄目なのでな」
 「そんな、院長。そんな何年も先のこと・・・」
 「いや、そんなに先のことではないだろう。私にはわかる」
 「院長・・・」

 自慢の白いヒゲを撫で、オディロは「ホホッ」と笑った。

 「よ、人は必ず死ぬ。それが早いか遅いかの問題だ」
 「そんな風に言わないで下さい。私は・・・院長がいらっしゃらなかったら・・・」

 うつむき、膝の上の拳をギュッと握りしめる。オディロは優しい眼差しでを見つめ、そして何かに気づいたのか、視線を外した。

 「オディロ院長、このような所にいらっしゃったとは」
 「おお、マルチェロか。どうした?」
 「今日はまだお顔を拝見できておりませんでしたので」
 「そうか」

 黒い髪を撫でつけ、鷹のような目をした男・・・聖堂騎士団長のマルチェロは、冷たい眼差しをに向け、フッと唇の端を意地悪く持ち上げた。

 「院長、目をかけているのはわかりますが、あまり問題のある人物を信用なさらないように」
 「あら? それ、誰のこと言っているのかしら?」
 「さあな。どこかの問題児の幼なじみではないか?」

 刺すような視線を向け、最高の皮肉を告げると、マルチェロはその場を去って行った。

 「ほんっと、腹立つ〜!!」

 修道女とは思えぬ口ぶりで、怒りを顕にする。握った拳は怒りで震える。
 彼女の幼なじみが問題児であることは、も痛感しているが、それと同等の扱いをされることは不本意だ。自分は彼とは違う。規律を守り、祈りを捧げ、修道女らしく振る舞っているのだから。

 「・・・よ。マルチェロの奴も色々と複雑なはず。許してやってほしい」
 「・・・院長」

 悲しそうな表情を浮かべるオディロ。そんな顔はさせたくなかった。
 一言二言、オディロと言葉を交わし、は宿舎へと戻った。ドアを閉め、ハァ・・・とため息。そのままドアに額を押しあてた。目を閉じる。マルチェロの嫌味な視線と、オディロの悲しそうな瞳が思い出された。

 「なにやってんだよ、こんなとこで」

 コツン、後頭部に軽い衝撃。そしてかかる声。相手が誰なのかなんて、顔を見なくてもわかる。

 「・・・何すんのよ、ククール」
 「お前がそこで変な修行してるからだろ」
 「修行なんてしてないわよっ! 考え事よ!」
 「そうかい。そりゃ邪魔して悪かったな」

 振り返って抗議の声をあげれば、ククールは両手を上げてヒョイと肩をすくめてみせた。

 「ねーえ、ククール?」
 「うん?」
 「少しだけ・・・弱ってもいい?」
 「は? なんだ、いきなり。・・・っと」

 首をかしげるククールの胸に、ドンと頭突き。というか、頭だけ寄りかかった。

 「・・・院長、なんかおかしかった」
 「何かって?」
 「私にククールと団長のこと頼む・・・なんて言って。そんなの、不吉だわ」
 「・・・・・・」
 「私にとって、オディロ院長は大切な方。父親代わり・・・ううん、父親だわ」
 「それはオレも同じだ」

 ククールの手が、優しくの頭を撫でる。「らしくないな」と笑いながら。
 顔を上げて、ククールを見れば、いつもの皮肉な笑み。マルチェロのそれより、まったく腹は立たないけれど。けれど、こういう表情はどこか2人は似ている。血の繋がった兄弟だ。はけして、そんなことを口にしないけれど。

 「大丈夫だよ。ここには世界に誇れる聖堂騎士団様がいるんだからな」
 「ククール・・・」
 「そんな顔するなよ」

 コツンと額を小突き、ククールはニヤリと笑った。

 「しっかし、お前も色気ねぇよな。こういう時はさ、胸に抱きついて、“ククール、私を抱きしめて!”とか言うもんだぜ?」
 「な・・・!? そ、そんなことするわけないでしょっ!!」
 「はいはい、そうですね。わかってますよ」

 グリグリと頭を撫で、ククールは「じゃあな」と手を振って立ち去った。おかげで頭巾がずれたではないか。恨みを込めた視線を向け、フゥとため息をついた。
 彼が彼なりにを気遣ってくれているのは、わかっている。茶化したのも、いつもの調子を取り戻させるため。
 そう、わかっている。誰にもわかってもらえなくても、はきちんと知っている。彼が優しい人だということを。