ドリーム小説

 ウチはカジノじゃないんですけど・・・何度彼に告げただろうか。
 カウンターの内側に立ち、洗ったばかりの食器を拭く。お客さんが酒のお代りを頼むので、「はい」と応えて追加の酒を出し、お金をもらう。そうして、再び同じ作業に戻った。
 お金入れに数枚のゴールドを落とす。チャリン、チャリン・・・小気味のいい音。
 だが、すぐに耳に入ってくるのは、若い女の声。黄色い歓声も聞こえてくる。

 「ククール、がんばってぇ!」

 キャーキャーと女性たちに囲まれ、歓声をうけて。声の中央にいる銀髪の青年がカードをテーブルに広げる。相手の男の口元がピクリと引きつった。
 それを見て、は1つため息をついた。また彼の悪いクセが出ているようだ。
 女たちのキャーキャー騒ぐ声に、男が「うるせぇ!!」と怒鳴る。そうとうイライラしているようだ。無理もないが。
 彼は勝てていないのだ。目の前の青年に。まだ青臭いガキ・・・と男が呼べそうなほど若い彼に。
 それだけではない。青年は由緒正しいマイエラ修道院の聖堂騎士。神に仕える僧侶だというのに、ギャンブルに強いというのも気に食わないのだろう。

 「今日はツイてる。これも神の御加護かね」
 「ふ、ふざけんじゃねえ!! 俺は帰るっ! バカバカしいっ!!」

 いきり立ち、ガタッと席を立った男が店を出て行く。その背中に「ありがとうございました」と声をかけた。何杯かのお酒を頼んでくれたお客様なのだ。
 彼の“アレ”に気づかなかったのは、酔いのせいもあったのかもしれない。ああ、哀れなり。

 「さ、今日の集会はお開きだ。またな」
 「え〜? ククール、ちっともアタシたちの相手してくれてないじゃな〜い!」

 文句の声をあげる女たちに手を振り、彼がこちらへ歩み寄って来る。の目の前の椅子に腰をかけた。優雅な仕草で。

 「よ。ほっといて悪かったな」
 「は? 別に待ってたわけでもなんでもないんだけど」
 「相変わらず、ツレないねぇ」

 カウンターの上に置かれたメニュー表をいじりながら、ククールがを見つめる。

 「腹が減ったな・・・。何か出来ないか?」
 「パンとミルクでよろしいですか?」
 「おいおい・・・修道院の質素な料理じゃねぇんだぞ。勘弁してくれよ」

 手袋を外し、カウンターテーブルにメニューを戻すと、手を伸ばしてカウンターの上のベリーに手を伸ばした。その手をがペシッと叩く。

 「なんだよ、いいだろ1個くらい」
 「ホント、あんたってクサレ僧侶よね」
 「ずい分とひどい言い草だな」
 「1度、滝にでも打たれて修行し直せば?」
 「なんかカリカリしてんな。どうした?」
 「別にっ!!」

 いつものことだ。ククールがこの店を拠点にして、ギャンブルをし、酒を飲むのは。今さら、それを咎めたところで、彼がそれをやめるわけもなく。
 しかし、一体、修道院で彼はどのような生活を送っているのだろう? 憂さを晴らすようなククールの行動に疑問が生まれる。

 「はい、特別メニュー」
 「うん?」

 皿の上にサラダと目玉焼き、チーズの乗った食事と、パンを差し出す。飲み物は酒ではなく、ここいらでは珍しいコーヒーだ。

 「おっ、作ってくれたのかよ。サンキュ。いくらだ?」
 「特別メニューだから、いらないわよ」
 「それじゃ、お前が親父さんに怒られるだろ?」
 「お父さん、ククールのこと気に入ってるもの。別に怒らないし、逆にお金もらった方が怒られるわよ」
 「そっか。じゃあ、ありがたくいただくぜ」

 フォークを手に、食事を始めるククール。チラリと先ほどまで彼がいた席に目を向ければ、女性たちがそこのテーブルにつき、こちらを見ていた。
 下手をすれば恨まれかねないとククールの仲なのだが、そこはククールが釘を刺しているらしい。に手を出すな、と。ありがたいことである。

 「お前はクサレ僧侶っていうけど、こう見えてもオレは優秀な僧侶なんだぜ?」
 「ハァ??」

 何をバカなことを・・・とつぶやくの手を、ククールがガシッと掴んだ。

 「な・・・何すん・・・」
 「お前のこの指のヤケド・・・治してやるよ」
 「!!」

 気付かれていた。先ほど、他の客に出した竃料理で指をヤケドしていたことを。目敏いな・・・と感心してしまう。
 ククールが小さく何かをつぶやくと、の指をやわらかな光が包んだ。ジンジンと痛んでいた指の痛みが消える。治ったのだ。

 「ほらよ」
 「あ、ありがと・・・。魔法使えるんだね」
 「当たり前だろ。オレは優秀だって言ってんじゃねぇか」
 「でも、初歩の魔法でしょ? 僧侶なら誰でも使えるんじゃないの?」
 「お前、かわいくねぇな・・・」

 確かにかわいくない物言いだった。反省する。「ごめん」と小さくつぶやいた。

 「仕事あんだろ? オレのことはいいから、そっちやれよ」

 ああ、怒らせてしまっただろうか。「うん・・・」とうなずき、残っていた仕事を片付ける。
 入って来た新規のお客さんの元へ行き、注文を取る。簡単な料理なら、にも作れるので、父の手助けはいらない。旅人らしき2人組は軽めの食事を頼んできた。
 注文を受け、カウンターへ戻ると、ククールが食事を終えていた。席を立つ。が「あ・・・」と声をあげた。

 「どうした?」
 「・・・さっきは、ごめんなさい。クサレ僧侶なんて言って」
 「気にすんなって」

 なんだかんだ言って、彼は優しいのだ。を怒鳴ったりすることもなければ、冷たくすることもなかった。

 「・・・また、来てくれる?」

 のその言葉に、ククールが目を丸くする。意外すぎる発言だった。
 ククールはフッと笑むと、の頭にポンと手を乗せた。

 「ここは居心地がいいからな。またに会いに来るよ」

 外していた手袋をはめ、ククールはヒラヒラと手を振って店を出て行った。

 「・・・ありがとう、ククール」

 小さくお礼をつぶやき、テーブルの上に目を向ければ、1枚のコイン。お代は、いらないと言ったのに。
 それを手に取り、そっと胸に引き寄せてから、はチャリンとお金入れにそれを落とした。