ドリーム小説
ありがたいことに、今日も宿屋は大盛況だ。お手伝いで忙しい。
「、悪いんだけど、お使いに行って来てくれる?」
「うん」
こうしてお使いを頼まれることもめずらしくない。素直にうなずき、母親の元へ行く。何を買ってくるのか、書かれたメモを渡された。
「ちょっと重いかもしれないから、2回に渡って行った方がいいかもしれないわね」
「うん、わかった」
「あら、ククールさん!」
自分に話しかけていたと思ったら、視線はよそへ向かっていたようだ。
母のうれしそうな声に振り返る。確かに、入って来たのは、銀髪の青年。
「なんだ、。どっか行くのか?」
「はい。お使いに」
「ああ、じゃあオレも手伝うぜ」
「え!? いえ、そんないいんですよ!」
慌てて声をあげる。ありがたい申し出だが、甘えるわけにはいかない。これは、の仕事だ。だが、ククールはそれを突っぱねる。
「オレが手伝いたいだけなんだから、気にすんな」
「え・・・?」
「ほら、行くぞ」
声をかけ、港の方へ扉を開けて出て行くククール。どうしたものか・・・と困惑してしまう。チラリと母を見れば、ニコリと笑った。
「せっかく、ああ言ってるんだし。ククールさんのお言葉に甘えなさいよ」
「でも・・・」
「逆に失礼よ。ほら、行った行った」
トン、と母に背中を押される。仕方ない。母の言う通り、ここはククールの言葉に甘えることにしよう。
扉をくぐると、ククールが腕組をして待っていた。「お待たせしました」と告げると、「ああ・・・」と返された。
「で? 何を買うんだ?」
「えっとですね・・・」
メモに書かれていた買い物リストを読み上げると、ククールが「え?」と声をあげた。
「おばさんも酷なことさせるな。女の子が持ち運ぶようなものじゃないぜ?」
「けれど、私も慣れていますから」
「そうは言ってもな・・・」
2人で並んで歩くと、なんだか恋人同士みたいだな・・・なんて、関係のないことをフト考えてしまった。
『恋人・・・ククールさんと私が・・・』
こんな素敵な人が恋人だったら・・・とは思わないでもないが、やはりそれは図々しい考えだ。ククールはに優しいが、それはが女だからだ。
フェミニストのククールは、女性に対して優しい。だけが特別ではない。
だが、それにしても・・・。
「ククールさんって、頻繁にここへ来ますけど、いいんですか?」
「ん? 何がだ?」
「修道院って、規則が厳しいんじゃないんですか?」
「ああ・・・。まあ、オレは特別だからな。問題児ってことで」
「それを、そのままにしておかないで、真剣に修行に取り組んだら・・・」
「そんなことになったら、に会えなくなるんだぜ?」
ククールのいつものセリフに、はドキッとしてしまう。いつものことだというのに。いつものことだが、いつまで経っても慣れない・・・。
「ほら、次は?」
「あ・・・はい・・・!」
買い物を続け、荷物のほとんどを運んでもらい、とククールは宿屋へ戻った。戻って来た2人に、母がニコニコ笑顔で歩み寄って来た。
「ああ、おかえり、2人とも。さ、ククールさんには手伝ってもらったんで、お礼をしちゃうよ! 座って、座って!」
「ありがとう、おばさん」
カウンターに向かおうとしていたククールが、フト立ち止まり、を見やる。ククールの視線を受け止め、は首をかしげた。そのの元へ、ククールが戻って来る。
「さっきのお使いのお礼、してもらおうか」
「え!? あ・・・えっと・・・私、手持ちがそんなに・・・」
ククールが見返りを求めてくるなど、めずらしい。は慌ててしまう。アタフタとエプロンのポケットを探るが、当然ながら何も出ない。持っているお金は、店のものだ。
「金なんか目当てじゃないさ。ただ・・・」
「ただ??」
「キスしてくれればいい」
「えぇ!?」
咄嗟に自分の口を隠し、声をあげてしまう。店の中にいた人々が、たちに視線を向けて来るので、慌てて頭を下げた。
は顔を真っ赤にして、ククールを睨みつける。
「ク、ククールさん! 冗談は・・・」
「冗談? オレはいたって本気だけど?」
「いや、あの・・・冗談にしか聞こえませんって!」
ジリジリと近づいてくるククールに、は後ずさる。このままではいけない。仕事中なのだから。しかし、店の客たちが囃したてるようにヒューと口笛を吹く。
「わ、わかりました! キ、キスしますから・・・!」
「へぇ? 覚悟決めた?」
じゃあ・・・と言い、ククールが目を閉じる。ああ、なんでこんなことに・・・人が大勢いるというのに。もちろん、2人は注目の的だ。
だが、あの状況では、どう考えてもが不利だ。手伝ってもらったのは、彼女なのだから。
ギュッと拳を握り締める。フゥ・・・と息を吐き、ククールにそっと近づき・・・その頬に軽くキスをした。
「は、はい! おしまいです!」
「・・・・・・」
見るからに不服そうなククール。当然、唇へのキスを期待していたのだろう。
「・・・まあ、いいさ。唇にするのは、オレの方からな」
「はい?」
顎に手を当て、ニヤリと笑うククールに、は首をかしげる。「おばさん、また今度おごってもらうよ」と告げると、の方を見る。
「じゃあな」
「あ・・・はい」
手を上げ、去って行く彼の背中を見送った。
「! ほら、買ってきたものをよこしなさい!」
「あ、うん!」
母の声に応え、は仕事に戻った。
2階へ上がり、床の掃除をしながら、ククールの頬に触れた唇にそっと手をやり、はカァ・・・と頬を赤く染めた。
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