ドリーム小説

 ありがたいことに、店は賑わっている。船着き場なので、北の大陸からやって来る旅人が多いのだ。
 船でやって来た人々は、船上でゆっくり休めなかった体を休めるため、宿屋を利用する。
 今日もまた、北の大陸からやって来た人々で、宿屋は賑わっていた。

 「、部屋の掃除が終わったら、食事の手伝いをしてちょうだい」
 「はーい」

 トントンと足軽に2階へ上がり、部屋の中へ入る。窓を開け、シーツをベッドからはがし、掃除を開始。
 鼻歌なんぞ歌ってたせいか、人の気配に気づかず・・・コンコンと開きっぱなしのドアをノックする音に、驚いてそちらを見た。

 「ずい分と上機嫌だな、お嬢様」
 「ククールさん!」
 「何かいいことでもあったのか?」
 「そんなんじゃないですよ。ただ、さっき旅人さんから“可愛いね”って言われちゃったんで」
 「あ?」

 の言葉に、ククールが眉根を寄せ、低い声を出した。

 「どこのどいつだよ。二度とここには近づけねぇようにしてやる」
 「ちょ・・・ちょっと待って下さい! 冗談ですよ! 私にそんなこと言う人がいるわけないじゃないですか!」
 「何言ってんだ。は可愛いんだから、そういうこと言ってくる輩がいるに決まってんじゃねぇか」
 「わ、わ、私、可愛くなんかないですよ! とにかく、冗談なんですから、落ち着いて下さい!」
 「は可愛いって」
 「可愛くないですってば!」

 顔を真っ赤にしながら否定していると、階段を上がって客がやって来た。我に返り、は慌てて「いらっしゃいませ!」と頭を下げた。
 旅人が部屋の中へ入ると、はホゥ・・・と息を吐き、掃除を再開した。

 「ご苦労なこった。大変だな」
 「そんなことありませんよ。お客様のためです」
 「フーン? にそこまで大事にされるのなら、オレも一度客として来てみよっかな」
 「ククールさんに対しては、普通の対応です」
 「おいおい、こっちは金払ってんだぜ?」

 ククールが肩をすくめてそう言えば、はクスクス笑った。
 これ以上いると、彼女の仕事の邪魔になってしまうと気付いたのか、ククールは「下にいるよ」と声をかけると、そこを離れた。
 テキパキと掃除を済ませ、階下に向かえば、母がククールと談笑していた。母は面食いである。当然、彼は母のお気に入りである。

 「あら、。掃除終わったの?」
 「はいはい、終わりましたよ!」
 「それじゃ、イモの皮むきね。はい」

 カウンターの側に置いてあった樽を指差し、母が言う。は「はーい」と返事をし、樽を持って外へ出た。外には大きな洗い場がある。
 町の外に通じるドアは、ほとんど通ったことがない。が使うのは、専ら港のある方だ。
 武器屋や道具屋などが並ぶこちらの通りは賑やかだ。その声を背に、は洗い場に樽を置き、イモの皮むきを始めた。

 「よぉ」

 始めたところで、声がして、顔を上げればククールで。そういえば「下にいる」と言っていたということは、自分を待っていたのだろうか? 待たせた挙句、無視をするなんて、悪いことをしてしまった。

 「ごめんなさい、ククールさん。なかなか相手できなくて」
 「いや? ま、皮むきなら少しは余裕あんだろ?」
 「え? あ、はい。まあ」

 そう答えると、ククールはの隣にしゃがみ込み、手袋を外した。その時、太陽の光が彼の指にあった指輪に反射した。
 聖堂騎士が持つ指輪だと、は以前ククールに聞いたことがあった。
 思わずその指を見つめていると、ククールがの視線に気付いた。その視線の先にある指輪に。

 「なんだ? 欲しいのか?」
 「い、いえ! ただ、やっぱりククールさんって聖堂騎士なんだな、って思っただけです」
 「今まで信用してなかったのか?」
 「そんなことありませんけど・・・」

 到底僧侶とは思えないククールの行動に、少し疑問を抱いていたのは、少なからず事実ではあるけれど。

 「ま、にはもっといい指輪を贈るよ。この指にな」

 そう言うと、ヒョイとの左手を持ち、その薬指に触れた。その意味に、はカァ・・・と頬を赤く染める。

 「も、もう! からかわないで下さいっ!」

 パッと手を離し、ククールから顔を背ける。そんなの態度に、ククールはフッと笑み、ナイフを手に取った。そのまま、慣れた手つきで皮をむき始める。

 「あ、ククールさん、いいんですよ! そんな」
 「いいって。少しやらせてくれよ。こんなの、騎士見習いの頃にやってた以来だからな」

 懐かしいもんだ、と言いながらサッサと皮むきをする。その手をはジッと見つめた。

 「そんな熱い眼差しを向けないでくれよ」
 「な・・・! そ、そんなんじゃ・・・!」

 カァ・・・と再び頬が熱くなる。だが、手持無沙汰だ。の仕事をククールがやっているからである。

 「さて、これで半分くらいかな?」

 数分ほどして、ククールが樽の中のイモを覗き込み、つぶやくと「ほれ」とナイフを渡してきた。

 「ありがとうございます」
 「大したことじゃねぇよ。もっと頼ってくれてもいいくらいだ」

 ポン、との肩を叩き、ククールは立ち上がると伸びをした。

 「じゃあな」
 「え? あ、ククールさん、私に用があったんじゃないんですか?」
 「うん? ああ。顔を見に来ただけだからな」
 「な!?」

 あっさりと言ってのけてくれたそれに、はとうとう言葉を失ってしまった。
 「またな」と声をかけ、ククールは呪文の詠唱を始めると、ルーラの魔法で飛び去って行った。

 「!!!」

 落ち着くのよ、。ククールさんは、誰に対しても、女性なら誰に対しても、ああ言うんだから・・・!

 ドキドキとうるさい胸を押さえ、はギュッと目を閉じた。
 特別なんかじゃない・・・とつぶやきながら。