9.修道院の内部事情
翌朝・・・気が進まないが、エイリュートたちは再びマイエラ修道院へ向かうことになった。
もちろん、昨夜知り合った青年・・・ククールに指輪を突き返すためである。
エイリュートのルーラの魔法で一瞬にしてマイエラ修道院へ向かう。チラッとゼシカの様子を窺えば、「私、嫌いなおかずは先に食べる主義なの。ほら、早く行きましょう!」とエイリュートの背中を押した。
***
だが・・・昨日、聖堂騎士たちの宿舎前で追い返されたこともあり、エイリュートたちは少し躊躇してしまう。どうせまた、突き返されるかと思ったのだが・・・。
「エイリュート、指輪を貸してください」
「え? はい・・・」
手を差し出したに、エイリュートは指輪を渡す。それを受け取り、は「ありがとう」と微笑むと、宿舎前に立っていた男に近づいて行った。
「ごきげんよう。こちらにいらっしゃる、ククールという方に借りた指輪を返しに参りましたの。どうか、中へ通していただけますか?」
「む? ククールに借りた指輪・・・? さては、あいつまた飲み代の肩代わりとして、その指輪を差し出したわけだな・・・。仕方ない。奴は奥にいる。入っていいぞ。原則として、女人禁制なのだ。用事は手早くすませることだな」
「ご迷惑をおかけしますわ」
「気をつけることだな。あいつは、美人にめっぽう弱い。お前のような女は大の好みだからな」
「まあ・・・!」
「しっ・・・失礼じゃないかっ! そんな物の言い方をするなんて・・・! この方をどなたと・・・!!!」
成り行きを見守っていたエイリュートが、憤慨して声を荒げるが、慌ててゼシカとヤンガスが抑え込む。ゼシカがエイリュートの口をふさぎ、ヤンガスが必死にエイリュートの腰にしがみついた。ここでまた騒ぎを起こしては、面倒なことになってしまう。
愛想笑いを浮かべ、ヤンガスとゼシカがエイリュートの背中を押し、の後を追って宿舎内に入った。ドアを閉め、ハァ〜・・・と深いため息。
「ちょっと、エイト・・・! いっつも冷静なあんたが、どうしちゃったのよ」
「兄貴は姫さんのこととなると、目の色が変わるでげすな」
「だって、当たり前じゃないか! 姫はシェルダンドの正統なる王女だよ!? 彼らにとっては、手の届かない存在だ! それなのに・・・!」
「わたくしのことをご存じないのですから、仕方ありませんわ。エイリュート、ありがとう。わたくしのことを気遣ってくれて・・・。さあ、早くククールさんを探しましょう?」
そっとエイリュートの手を握りしめ、優しく微笑む。完全にエイリュートの怒りはそれで消え失せてしまった。
聖堂騎士や修道士たちに話を聞くと、どうやらククールはマルチェロ団長に呼び出され、地下の尋問室にいるらしい。お説教を食らっているのだろう。
教えてもらった場所へ向かえば、確かに見覚えのある赤い制服が目に入る。声をかけずらい状況だが、どうしようかと迷っていると、中から声が聞こえてきた。
「またドニの酒場で騒ぎを起こしたようだな。この恥さらしめ」
「ずい分、お耳が早い事で。さすがは聖堂騎士団の・・・」
「どこまで我がマイエラ修道院の名を落とせば気が済むんだ? まったく、お前は疫病神だ。そう、疫病神だよ。お前さえ生まれてこなければ、誰も不幸になぞならなかったのに」
「な・・・!!」
声をあげかけたの口を、ゼシカが押さえた。
「顔とイカサマだけが取り柄の出来損ないめ。半分でもこの私にもお前と同じ血が流れているかと思うとゾッとする」
マルチェロの言葉に、エイリュートたちは言葉を飲む。が言っていた、ダヤン・イリスダッドがメイドに生ませた子供が、マルチェロだったのだ。
「・・・ふん、まあいい。聖堂騎士団員ククール、団長の名において、お前に当分の間、謹慎を言い渡す。いかなる理由があろうとも、この修道院から外に出ることは許さん。いいか? 一歩たりともだ。それさえ守れぬようなら、いくら院長が庇おうと、修道院から追放だ。わかったな」
うめき声をあげるを引きずり、ゼシカが視線で部屋を出ようと訴える。エイリュートたちはうなずき、ゼシカに続いて部屋を出た。
「なんか・・・聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいね・・・。とにかく、この場を離れましょ。それにしても、あの2人が兄弟だったなんて・・・」
「同じ兄貴でも、エイトの兄貴とマルチェロの野郎じゃあ、大違いでげす。月とすっぽんでがす。アッシを助けてくれたのが、エイトの兄貴でよかったでがすよ!」
「信じられません・・・聖堂騎士団長ともあろう方が・・・“生まれてこなければよかった”などと、人に向かって言うなんて・・・」
は青ざめた表情で神妙につぶやく。神に仕える聖堂騎士が、命の尊さを蔑むような発言をしたことが許せないのだろう。
地下から上に上がると、何やら騒がしい。どうかしたのか?と問いかければ、今しがた、道化師の格好をした男が、オディロ院長のもとへ向かったというではないか。
「道化師・・・まさか・・・!?」
慌てて、院長の部屋がある離れへ向かうが・・・橋の真ん中で聖堂騎士が見張りをしており、ここを通るにはマルチェロの許可がいるという。
「・・・マルチェロ? ああ、2階からイヤミね。なんであいつの許可がいるのよ!」
「団長だからね・・・。仕方ない、マルチェロさんに許可をもらいに行こう。もらえるかどうかは、わからないけど・・・オディロ院長が危ない!」
「地下にいるはずでがすね。行きやしょう」
踵を返し、地下へ向かおうと宿所内に戻れば・・・視線の先に、見覚えのある姿。こちらの足音に振り返った銀髪の青年が目を丸くした。
「あんたたち・・・酒場で会ったあの時の連中だよな? どうしてこんな所に・・・」
「何が“どうしてこんな所に”よ! あんたが来いって言ったんでしょ! こんな指輪なんて、いらないわよ!」
「指輪・・・?」
「これですわ。あなたがくださったものでしょう? ククール・イリスダッド」
が指輪を差し出せば、ククールが驚いた表情でを見つめた。
「あんた、なんでオレの名前・・・。いや、それより、そうか! まだその手があった! あんたらに頼みたいことがあるんだ。オレの話を聞いてくれ」
「頼み!? 冗談でしょ? どうして私たちが、ここであんたの頼みを聞いてやらなくちゃならないのよ!」
「いいから、聞いてくれ! のんびり話してる時間はない! ・・・感じないか? とんでもなく禍々しい気の持ち主が、この修道院の中に紛れ込んでいるのを。聞いた話じゃ、院長の部屋に道化師が入っていったらしい。この邪悪な気の持ち主は、恐らくそいつだ」
「・・・道化師・・・!」
ゼシカがキュッと唇を噛む。やはり、道化師はドルマゲスなのだろう。
「そいつの狙いまでは、わからないが、とにかくこのままじゃオディロ院長の身が危ない! 頼む。修道院長の部屋に行って、中で何が起こっているか、見て来てくれ!」
「どうするでげすか? 兄貴・・・」
ヤンガスがエイリュートの意見を求める。確かに、マルチェロに事情を話すよりも、ククールの言う裏道を通った方が話は早い。
「早くしないと、手遅れになるかもしれないんだ! 頼む・・・!!」
真剣な眼差しのククールに、エイリュートはうなずいた。
「わかった・・・。その道化師は、ドルマゲスである確率が高い。あいつは、僕たちの敵だ。ここで逃す手はない」
「・・・ありがとう。恩に着るよ。じゃあ、今からオレが言う事をしっかり聞いてくれ。あんたらも見たかもしれないが、院長の部屋へ続く道は、石頭のバカどもが塞いでる。あそこを通るのはムリだ。だが、かなり回り道になるが、あの院長の部屋がある島へ行く方法がもう一つだけ残ってる。一度、この修道院をドニ側に出てすぐ川沿いの土手を左手に・・・つまり、この修道院を見ながら川沿いを進むんだ。そう言う風にずっと進んでいくと、大昔に使われていて、今は廃墟になった修道院の入り口がある。その廃墟から院長の部屋があるあの島に道が通じてるらしい。すまないが、院長の部屋へ行くための道はそれしかないんだ。廃墟の入り口は、あんたらに預けた騎士団の指輪で開くらしい。だから、そいつはもうしばらく持っててくれ。とにかく、グズグズしてて手遅れになったらなんにもならねえ。修道院長のこと、頼んだぞ」
そうと決まれば、すぐに出発だ。こんな所で時間を割いている場合ではない。
「なあ、あんた・・・金髪の美しいお嬢さん」
「え?」
エイリュートたちの後を追い、宿舎を出ようとしたの背に、ククールが声をかけた。
呼び止められ、は振り返る。アイスブルーの瞳が、ジッとを見つめていた。
「・・・あんた、オレと会ったこと、あるのか? いや、そんなわけないか。こんなに美しい女性、一度会ったら忘れられないもんな」
「ええ、おっしゃる通り、わたくしはあなたとお会いするのはドニで会ってから二度目ですわ」
「じゃあ、なぜ・・・オレの名前を知っている? オレは忌まわしい名は捨てた。人に名乗る時、けして名字は口にしないんだが」
「それを知りたければ、わたくしの帰りを待つことですわ」
クスッと微笑み、踵を返す。そのまま、はククールの前を走り去って行った。
「・・・ハッハハ・・・なんだよ、それ・・・」
走り去って行った背中を見つめ、今はもう大きな扉によって見えなくなってしまった少女の姿を思い浮かべる。
「マジかよ・・・女なんて、向こうから勝手に寄って来るってのに・・・オレを焦らすなんて・・・」
澄んだマゼンタ色の大きな瞳・・・長い金色の絹糸のような髪・・・小さな桜色の唇・・・愛らしい声・・・その全てが、ククールにとっては、初めての出会いだった。
***
「あいつの頼みなんか、死んでも聞きたくないけど・・・その道化師はドルマゲスかもしれない。こうしてても仕方ないわ。とにかく、廃墟から院長の部屋へ行きましょう。そして確かめるの!!」
「こりゃ大変だ! 兄貴!! きっとククールって若造が言ってたのは、ドルマゲスの野郎でげす! ここはあの若造の言う通り、ひとっ走り土手の奥の廃墟とやらに大急ぎで向かうでがす!」
「もしも、その道化師が本当にドルマゲスなら・・・オディロ院長が心配ですわ。エイリュート、急ぎましょう!」
仲間たちの言葉に、エイリュートも「うん」とうなずく。杞憂に終わればいいが、万が一・・・ということもある。
ククールに教えたもらった道を突き進み、見えてきた廃墟・・・。石碑に鍵がある、ということだったが・・・。確かにそこに、朽ち果てた石碑はあった。
「川沿いの土手の奥・・・の古い建物・・・石碑・・・。どうやら、ここみたいね。・・・あ! ねえ、あれを見て。石碑の紋章。指輪と同じ模様だわ!」
「確かに、指輪をはめられそうだ・・・。姫、指輪を」
から受け取った指輪を、石碑に開いた穴に埋め込み、そのまま回せば・・・カチリと小さな音がし、奥にあった石畳に階段が現れた。
「はぁーっ、たまげた! こりゃビックリでげすよ!! 炎のイリュージョン炸裂でがす! しかし、修道院ってのは、変わった仕掛けが大好きなんでげすなあ」
「気をつけてください、みなさん。階段の下から、ものすごい怨念を感じますわ」
ヤンガスの感嘆の声をよそに、胸元のロザリオを握り締め、が眉根を寄せ、苦しそうにつぶやいた。
「姫さん、大丈夫でげすか?」
「ええ・・・ありがとう、ヤンガス。大丈夫です」
薄暗く、ジメジメする地下。ククールの言葉通り、たくさんのアンデッドモンスターが襲いかかって来る。
有害な毒の発生している水たまり・・・強烈な臭い・・・この場所にうごめく、怨念・・・。
そして、姿を見せる亡霊。すでに皮膚はただれ、腐り、もはや人としての姿ではないが、それでもこの世への執念のみで動くアンデッド。
「・・・きっと、この修道院の院長だったんですわ・・・。最後の最後まで、神への忠誠をつらぬいて・・・」
「ククールの実家は、この辺だったのかな?」
「ええ、確かそう聞いております・・・」
は跪き、ロザリオを握り締めながら何かをつぶやいている。おそらく、祈りの言葉だろう。聖王家の王女として、彼女は小さな頃から修道女と共に修業してきたのだ。
「さあ、参りましょう・・・! オディロ院長が危険です」
「はい」
「ええ!」
「そうでげす!」
エイリュートの言葉に、仲間たちはうなずいた。
地下迷路の先には、上に続く梯子がかけられていた。そこを登ると・・・なんと、マイエラ修道院だ。
出てきた場所は、墓地。だが、エイリュートたちが外へ出ると、その墓石が自然に抜け穴をふさいだ。
すでに空は暗く・・・夜空には星が輝く、フクロウの鳴き声もする。
「・・・! 出口が閉まった!? やっぱり、聖なる力で、あの抜け道は守られてるのね」
「どうも嫌な風だ。兄貴、お気をつけて。何だか嫌な予感がするでげすよ」
「うん・・・。さあ、早く院長のもとへ!」
見張りはいない。先ほどまで聖堂騎士が立っていたというのに・・・。疑問は残るが、今はそれどころではない。
だが・・・扉を開いた途端、エイリュートたちは愕然とした。
「これは・・・一体、どうしたでげす!?」
なんと、見張りの騎士たちが、床に倒れていたのだ。慌ててエイリュートたちは騎士たちに駆け寄った。
「しっかり・・・! 大丈夫ですか・・・!? 何事です!!?」
「あいつ・・・あのおかしな道化師はここに来て、しばらくの間は穏やかに振る舞っていたのだ・・・。それが、急に狂ったように笑いだし・・・院長様のお部屋へと駆け上がろうと・・・わ・・・我々は・・・必死に止めようとしたのだ。だが・・・3人がかりでも・・・止められ・・・なかった・・・!」
「!!!」
エイリュートはキッと階上に続く階段を見据えた。ドルマゲスは、上にいる。
「・・・姫、ゼシカ、ここに残ってくれ」
「そんな! ドルマゲスは私の仇よ!! 私も・・・」
「様子を見てくるだけだ。ゼシカ、姫と・・・この人たちを・・・頼む」
「・・・わかったわ」
エイリュートの真剣な眼差しで、ゼシカはそれ以上は何も言えず・・・騎士たちの傷ついた体に治癒の魔法を施すに付き添った。
そっと、息を飲みながら2階へあがる。薄暗闇だ。部屋の中を見回し・・・エイリュートは動きを止めた。
なんと、1人の老人が眠っているその目の前に、道化師の姿をした不気味な男が立っていたのだ。
だが、道化師はエイリュートたちの姿を認めると、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ・・・一瞬にして姿を消した。
「・・・院長!」
まさか、手遅れだったのか・・・!?と、逸る気持ちで枕元に駆けよれば、そっと老人が目を開けた。
「・・・う・・・ん? なんだ、この禍々しい気は・・・? 君たちは・・・? わたしに何か用かね?」
「院長、実は・・・」
「ちょっと!離しなさいよっ!!!」
「無礼者! 何をするのですか!!」
エイリュートが事情を説明しようとすると、階下からゼシカとの叫び声がし・・・聖堂騎士たちと、マルチェロが姿を見せた。
「これは・・・なんの騒ぎだね?」
「オディロ院長、聖堂騎士団長マルチェロ、御前に参りました」
「おお、マルチェロか。一体、何があったのだ」
「修道院長の警護の者たちが、次々に侵入者に襲われ、深手を負っております」
「なんと!?」
「もしやと思い、駆けつけましたところ・・・昼の間からこの辺りをうろついていた賊を、今ここに捕えたというわけです。どうにか間に合いました。ご無事で何よりです」
「・・・いや、待て。その方は怪しい者ではない。かようにも澄んだ目をした賊がいるはずはあるまい。何かの間違いだろう」
オディロの視線がエイリュートを見つめ、そして・・・マルチェロの背後にいたに留まると、大きく目を開いた。
「愚か者! その方を早く放さんか!!」
「は・・・?」
「そちらの方を、どなたとこころえる!! 聖王国シェルダンドの・セレルナ・シェルダンド様ではないか!」
「何・・・!?」
あ然とする聖堂騎士たち。慌てて、の腕を掴んでいた騎士が手を離した。
「オディロ院長・・・お久しぶりでございます」
「おお、王女・・・! なんと・・・我が部下が失礼なことを・・・お詫びの言葉も見つからぬ・・・!」
「いいえ、大丈夫ですわ。それよりも・・・院長、お体は? 何も異変はございませんか?」
「わしはこの通り、元気ですじゃ。まさか、王女が会いに来てくださるとは・・・!」
オディロに笑顔を向けるの姿に、マルチェロは舌打ちするが、すぐに視線をエイリュートたちに向けた。
「さあ、行きましょうか、皆さん」
晴れて、無罪放免・・・そう思っていた。