8.異端の聖堂騎士


 「あ〜・・・それにしても、腹が立つっ! 僧侶って、ああいうものなの!?」
 「わたくしの側に仕えるシスターは、とても穏やかで優しい子ですわ」
 「聖堂騎士がなんだってのよ! そんなに偉いわけ!?」
 「・・・ゼシカ、荒れてるね」

 未だに怒りがおさまらない様子のゼシカに、エイリュートとは困った顔を見合わせる。

 「あっしも、まだ腹の虫がおさまらないでげすよ。こうなったら、酒でも飲んで、パァーっと忘れることにするでがす!」
 「お主は酒を飲むための口実が欲しいだけではないのか?」

 ボソッとつぶやいたトロデの言葉は、正にごもっとも、なのかもしれない。

***

 宿場町のドニに着いた頃、すでに日は落ちていた。この辺りは、かつてイリスダッド家が治めていた領地であるという。

 「10年ほど前、ここらを治めていた領主様は金に汚いわ無類の女好きだわ最低の男でね。死んだ時はみんな喜んだよ。けど、残されたククールぼっちゃんは、ほんとに気の毒でねぇ・・・。あの若さで、家を失くして修道院暮らしとは」
 「イリスダッド家の嫡子は修道院にいらっしゃるのですか?」
 「ああ、そうだよ。よく、向かいの酒場に来ているようだから、今日あたりも来てるんじゃないかね」
 「かつての領主・・・ダヤン・イリスダッドですわね。わたくしも、少しならばウワサに聞いておりますが・・・そんなにひどい領主だったのですか・・・」

 の言葉に、傍にいた老人がうんうんとうなずきながら、口を挟んできた。

 「それはそれはひどい男でのう。奥方になかなか子供が生まれぬからと、あてつけにメイドに産ませた子を跡継ぎにしようとしたのじゃ。ところが、しばらく経って、奥方がククールぼっちゃんを産んだもんだから、その子はお払い箱さ。メイドはクビ。男の子は無一文でマイエラ修道院に追い出されたとさ。まったく、ひどい話だよ」

 ということは、ダヤンの腹違いの兄弟たちは、2人ともマイエラ修道院にいる・・・ということか。時代が時代なら、片方は領主の息子として裕福な暮らしが出来ただろうに。
 宿屋では食事は出ず、酒場で食事をしようとエイリュートたちは店に足を踏み入れた。
 よくある、普通の酒場だ。小さな宿場町だが、賑わっている。テーブル席は満席のようなので、4人はカウンターに座ることにした。
 食事もあらかた済み、ヤンガスが5杯目の酒を飲もうとしたときだ。

 「クソッ!! もう一度だ!」

 荒々しい声と、テーブルを叩く音にエイリュートたちは視線を向けた。
 見れば、店の奥のテーブル席で、ガタイのいい男と、それとは対照的な優男がカードで勝負をしている。

 「ククールのヤツ、修道院の聖堂騎士のくせして、酒は飲むわ、カードはやるわ、その上女にもモテるなんて、最低の男だな! くぅ〜っ、うらやましい!」
 「でも・・・大丈夫かしら。今日のカードの相手、なんだかガラが悪いわ」
 「あいつのことだ。どうせ上手くやり過ごすだろ」

 カウンター席に並ぶ客たちの口から出た言葉に、ゼシカとヤンガスが眉根を寄せる。せっかく忘れかけていたというのに「聖堂騎士」という言葉に、マルチェロたちのことを思い出したのだろう。
 と、が意外そうな面持ちで、赤い服を着た銀髪の優男に視線を向けた。

 「あの方は、聖堂騎士団の方なのですか?」
 「え? ええ、そうよ。ククールって言って、お堅い聖堂騎士の中で、異端児扱いされてるの。でも、見た通りのイイ男でしょ? あたしたちは、彼にみ〜んな惚れてるのよ」
 「・・・ククール・・・?」

 神妙な面持ちを浮かべるに、エイリュートが「どうかしましたか?」と声をかける。
 “ククール”といえば、先ほど宿屋で聞いた、マイエラ領主の息子が“ククール”だった。

 「エイリュート・・・彼は、もしかしたら・・・このマイエラ領主だったダヤンのご子息かもしれませんわ」
 「え・・・? あの人が??」

 エイリュートは銀髪の青年に視線を向ける。先ほどから、表情一つ変えずにカードを切る彼が、マイエラ領主の子息とは・・・。
 思い立ったエイリュートは、席を立ち、青年に歩み寄る。だが、声をかけようとしたところで、青年に制止されてしまった。

 「・・・おっと、今は真剣勝負の最中でね。後にしてくれないか?」
 「真剣勝負だとぉ〜!!!?」

 青年の言葉に、目の前にいた大男が声を荒げ、テーブルを強く叩いた。

 「おいっ! このクサレ僧侶! てめえ、イカサマやりやがったな!」
 「まあまあ、あんたも、そう興奮すんなよ。負けて悔しいのはわかるけどよ」

 いきり立った大男に、ヤンガスが宥めるように肩を叩くが、どうやらこれが逆効果だったらしい。大男はヤンガスを睨みつけると

 「なんだとぉ!? ・・・そうか、わかったぞ。てめぇら、こいつの仲間だな!!」
 「いい加減にしやがれ! 妙な言いがかりつけると、タダじゃおかねえ・・・」

 と、あらぬ疑いをかけ始めたのだ。男が力任せにヤンガスを殴り飛ばす。ついには、取っ組み合いになろうかというその瞬間、大男とヤンガスに水がぶっかけられた。

 「いい加減にして! 頭を冷やしなさいよ、この単細胞!」

 なんと、ゼシカが豪快にもバケツの水をぶっかけたのだ。勇ましいゼシカの姿に、青年が口笛を吹いた。

 「兄貴に何しやがる!?」
 「女だからって、承知しねえぞ!?」

 大男と一緒にいた2人の男がゼシカに掴みかかろうとするが、それを阻むようにテーブルが投げつけられる。見れば、ヤンガスが勇ましくも立ちはだかっているではないか。

 「女1人に男2人がかりとは、格好が悪いんじゃあねえのかい?」
 「うるせぇ! よくも子分達をやってくれたな!!」

 そこからは、男たちとヤンガスの取っ組み合いだ。エイリュートとは呆然とし、突如として乱闘騒ぎとなってしまったその様を見守るしかない。
 だが、ゼシカが呪文の詠唱をし、メラの魔法を放とうとしているのを見た瞬間、とうとうはこらえきれずに一歩前へ出た。

 「あなた方、いい加減に・・・!!!!」

 怒鳴ろうとしたその瞬間、誰かにグイッと腕を引っ張られた。同時に、ゼシカの腕も引っ張られ、生まれていた火の玉が消える。
 腕を引っ張っているのは、先ほどの青年だ。引きずるように、裏口から外へ連れ出されるゼシカたち。エイリュートも慌てての後を追った。酒場内に、ヤンガスを残して・・・。

 「ちょっと! 離しなさいよっ!!!」

 ゼシカが乱暴に青年の腕を振り払う。歩みを止め、やれやれといった表情で、彼がエイリュートたちを振り返った。
 長い銀髪を一つにまとめた美青年・・・確かに、これはモテるだろう。身のこなしも優雅だ。エイリュートよりも高い長身が、を蒼い瞳で見下ろした。

 「あんたら、何なんだ? ここらへんじゃ見かけない顔だが・・・。ま、いいや。とりあえず、イカサマがバレずに済んだ。一応、礼を言っとくか」

 の腕をそっと離し、青年がエイリュートに視線を向け、握手した。けして彼を助けたわけではないのだが・・・。

 「あんまりいいカモだったから、ついやりすぎちまった」
 「聖堂騎士であるあなたが、賭けごとをするなど・・・神への冒涜ですわ」
 「ああ、お説教ならご遠慮いたしますよ」

 肩をすくめ、青年がチラッととゼシカに目を向ける。

 「・・・何か?」

 その視線を受け止め、ゼシカが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 「オレのせいで君たちに怪我をさせてないか、心配でね。大丈夫かい?」
 「生憎、平気よ。じろじろ見ないでくれる?」
 「助けてもらったお礼と、今日の出会いの記念に」

 青年が手袋を外し、右手の人差指に嵌めてあった指輪をゼシカの指に嵌めた。

 「オレの名前はククール。マイエラ修道院に住んでる」
 「はぁ?」
 「その指輪を見せればオレに会える。・・・会いに来てくれるよな? じゃ、また。マイエラ修道院のククールだ。忘れないでくれよ!」
 「お、お待ちなさい・・・! ククール・イリスダッド・・・!!!」

 が呼びとめるが、青年はルーラの呪文でドニを出て行ってしまう。
 ゼシカは嫌悪感を顕に、ククールが嵌めた指輪を外した。

 「おぉ〜い! 兄貴! ここにいたんでげすか!? ずい分探しましたでがす。あいつら、こてんぱんにとっちめてやりましたでがす。へへへっ」

 ゼシカの様子に、ヤンガスが首をかしげ・・・当のゼシカは指輪をエイリュートに押し付けた。

 「いーい? エイト!そんな指輪、受け取っちゃダメ。マイエラ修道院まで行って、あのケーハク男に叩き返してやるんだから!」
 「・・・わかったよ。とりあえず、今日はもう遅いし、宿屋で一泊してから戻ることにしよう」

 何やら、ゼシカ的には気分的によくないことばかりが起こっている。
 ああいった男たちの視線を受けるのは慣れている。だが、相手は聖堂騎士だ。神に仕える神官だ。それでなくとも、その聖堂騎士の嫌な面をまざまざと見てきたばかりだというのに・・・。

 「姫も気をつけてよね! あいつ、ヤラシー目で姫のこと見てたもの! 相手が聖王国の王女だとも知らずに、絶対に手を出そうとしたんだわ!」
 「ゼシカ・・・聞いてください。彼は、このマイエラ領主だったダヤン・イリスダッドのご子息ですわ。ダヤンは、金と女に汚く、正妻に子供が生まれなかったために、あてつけにメイドに子供を生ませたのですが、その後、正妻夫人に息子が生まれたために、メイドと子供はマイエラ修道院に送られ、ご子息も肩身の狭い思いをしていたそうですわ。そうこうするうちに、このマイエラで疫病が流行り・・・イリスダッド家は滅んでしまったのです」
 「そんなこと、どうだっていいわよ! だからって、好き勝手やっていいってわけじゃないし!」
 「・・・ゼシカ」
 「とにかく、第一印象が大事なわけ。あいつは、最低。それだけよ!」

 フン!とそっぽを向き、ゼシカは宿屋の自分の部屋に入ってしまう。もちろん、とは相部屋なのだが・・・。

 「姫・・・ゼシカは気が立っているのです。どうか、お許しください」
 「ええ、大丈夫ですわ、エイリュート。わかっております。わたくしも、これ以上は余計なことを口出ししないようにいたしますわ。では、おやすみなさい、エイリュート、ヤンガス」

 穏やかに微笑み、も部屋に入って行く。
 気の強いゼシカだが、相手が聖王国の王女でも、トロデーンの国王でも関係ない。自分の気に入らないことには、とことん真正面から立ち向かっていく。
 部屋に入ったは、すでにベッドにもぐりこみ、布団を頭からかぶっているゼシカの姿に困ったような微笑を浮かべた。

 「ゼシカに神の御加護がありますように・・・」

 小さく祈りの言葉をつぶやく。聖王国の王女として、彼女はいつも寝る前と起きたときに祈りを捧げている。
 窓を少しだけ開け、外の空気を部屋の中に招き入れる。フト、見上げた夜空には綺麗な満月。
 満月を見上げるの脳裏に浮かんだのは、先ほど出会ったばかりの青年の姿。

 青を基調とする聖堂騎士の制服と違い、真っ赤な制服に身を包み、長い銀髪を一つにまとめ、どこか浮ついたイメージのある青年。
 だが、は気が付いていた。彼の澄んだアイスブルーの瞳に、何か陰があることに。彼はけして、今の状況を楽しんでいるわけではない、と。

 「・・・わたくしに、彼が救えますか?」

 問い質すも、誰も答えてはくれない。
 は胸元の小さなロザリオを握り締めた。シェルダンドの王族が持つ、純金のロザリオだ。いわば、の身分証明のようなもの。
 小さく息を吐き、窓を閉めた。
 もう寝よう。明日は朝一でマイエラ修道院に戻ることになる。
 月明かりが差し込む部屋の中、はもう一度ククール・イリスダッドの姿を思い浮かべ・・・キュッと目を閉じた。