72.Fly to the sky

 窓の外へ視線を向けた。青い空を、二羽の白い鳥が飛んで行く。親鳥と雛鳥だろう。仲良く飛んでいるその姿を見て、少女は微笑んだ。
 かつて、鳥を飼ったことがあった。欲しいとねだって、手に入れたものだったが、彼女はその世話をほとんどせず、部下の少女に放任してしまった。それ以来、彼女は動物を飼うことを禁止されていた。
 自由に空を飛びまわる鳥・・・その鳥に姿を変えて、自由に空を飛んだこともある。あれは、不思議な体験だった。もう二度と、あんな体験は味わえないだろう。

 「ねえ、ルティ・・・? あなた信じられる? 神鳥のヒナが、わたくしたちに力を貸してくれて、わたくしは、あの空を自由に飛びまわることができたのよ?」

 ベッドの上でうずくまる、白い毛玉のような生き物・・・王女がどうしても、といい、婚約者の彼と説得し、どうにか飼うことを許された小型犬。
 本当は、大型犬が欲しかったのだが、姫にはこちらがお似合いです、と世話係の少女に半ば押し付けられるように、与えられた子犬だ。

 あの冒険の日々から、もう何日が経っただろうか・・・?
 仲間たちとも、なかなか会えずにいる。あの日、あの結婚式騒動のあった日から、もうだいぶ経ったが、あの日以来、みんなとは会えていないのだ。
 そう、婚約者である彼とも・・・。

***

 ミーティアを連れて、トロデーンに戻ったエイリュートは、その場でトロデとミーティアに爆弾発言をした。

 「実は・・・竜神の里へ行こうと思ってるんです」

 ゼシカと一緒に・・・と添えられた言葉に、ミーティアもトロデも目を丸くした。
 近衛隊長の職を辞して、彼は生まれ故郷の竜神の里へ行くと言うのだ。しかも、旅の仲間だったゼシカと共に。
 だが、そこまで言われれば、2人の関係がただならぬものだとは予想がつく。薄々、感づいてはいた。ゼシカが故郷のリーザス村に帰らず、トロデーンに駐留したのも、うなずける理由だ。
 ククールのルーラで、ヤンガスたちがトロデーンに戻ってくると、エイリュートは再び先ほどの言葉を口にした。当然、ゼシカにはすでに相談済みだったので、驚いたのはヤンガスとククール、だった。
 ミーティアは寂しそうな表情をしていたが、彼女がトロデーンに戻ってきたことにより、エイリュートは自分がトロデの側にいる必要はないと思ったのだ。

 「エイト・・・」
 「ミーティア姫、今までありがとうございました。僕は、けして姫のことは忘れません」
 「エイトは・・・ミーティアを置いて行ってしまうのですか? ミーティアも、竜神の里へ連れて行ってはくれませんか?」
 「何を言い出すのですか、ミーティア姫。あなたは、このトロデーンの王女です。あなたを連れて行くなんて、そんな・・・」

 エイリュートは、気づいていなかったのだろう。ミーティアの気持ちに。だからこそ、この手を取って逃げてくれ・・・と懇願し、エイリュートがその言葉通りに行動してくれたことが、うれしかった。

 今頃、エイリュートとゼシカの2人は、竜神の里で仲良く暮らしているはずだ。人間と、竜神族の間にある溝を埋めるためにも、2人はがんばっていることだろう。
 もちろん、グルーノも一緒だ。長い年月がかかるかもしれないが、少しでも早く、竜神族の人々が2人を受け入れてくれることを願う。

 ヤンガスは故郷のパルミドに戻り、情報屋の手伝いをしていると聞く。最近、用事があってシェルダンドへ寄ったそうだが、さすがにに会うことはできず・・・呼んでくれればよかったのに、と思ったものだ。
 ゲルダとの仲も、付かず離れずの状況で、なかなかもどかしいものである。
 兄貴分であるエイリュートが、遠い竜神の里へ行ってしまったのは、寂しいようだが、何も二度と会えないわけではない。エイリュートも、トロデーンやヤンガスのことが気になるらしく、ちょくちょくこちらの世界に戻ってきているようだ。

 ゼシカはエイリュートと共に竜神の里へ行くことを、一応母親にも報告したらしい。もともと、勘当同然だった身だ。これといって咎められることもなかったようだが、彼女を慕っていたポルクとマルクは寂しそうだった。
 サーベルトの墓にも報告に行き、今ではエイリュートがこちらの世界に帰ってくるのと一緒に、彼女もこちらの世界に帰ってきているようだ。

 ククールは、と共にシェルダンドへ向かい、今は目下、勉強中である。
 だが、もともと彼は修道院で修業を積んだ身。そして、落ちぶれたとはいえ、領主の子息としての教養も身についているため、教わることは王としての資質だ。これがなかなか、どうして、ククールにはその才があるようで、すんなりと身に着いているようだ。
 もともと、彼には人を惹きつけるカリスマがあった。良くも悪くも、それは王宮に入った今でも役に立っている。
 また、剣術の腕にも長けていることから、城の兵士や騎士たちの手合わせにも付き合っているようだ。

 は旅に出る前と同じく、シェルダンドの王女として戻り、今はお家騒動も収まった王宮内で、穏やかに暮らしている。
 恋人同伴で帰国し、両親に紹介し、晴れて婚約中の身なのだが、何せ婚約者のククールは毎日多忙であり、ほとんど顔を合わせることができなかった。
 そんな寂しさを埋めるように、犬を飼うことを許してもらったのだ。

 そんな子犬の頭を撫でてやりながら、はハァ・・・とため息をついた。なんだか、最近ため息をつく回数が増えたような気がする。
 平和になった世の中なのに、どうしてこんなに気分が塞ぎこんでいるのか・・・考えるまでもないことだ。

 コンコン、とドアがノックされる。はい、と返事をすればゆっくりとドアが開き、誰よりも愛しい人が部屋の中に入って来た。

 「ククール・・・!!」

 「ご機嫌麗しゅう、姫君」
 「まあ・・・! また人をバカにしたような口調で!」
 「これはこれは・・・。どうやら、ご機嫌斜めのようですね。どうかしましたか?」
 「知りませんわ!」

 プイッとそっぽを向き、拗ねた様子を見せれば、ククールは後ろ手に隠していた花束をに差し出した。

 「どうぞ、姫」
 「まあ! キレイ・・・ありがとう、ククール」

 すぐに笑顔を見せてくれた愛しい姫に、ククールはそっと微笑んだ。その彼の足もとに白い子犬が駆け寄り、甘えるように擦り寄る。ククールは膝を折り、子犬の頭を撫でてやった。

 「先ほど、ニノ法皇から書状が届いてましたよ。あの日、結婚式をぶち壊しにしたこと、見ていて爽快だった、と書かれてました」
 「え!? まあ・・・法皇様ったら・・・」

 ニノ法皇は、あの結婚式の日、新郎新婦に誓いの言葉を授けるべく、あの場にいたのだ。結局、エイリュートたちが結婚式をぶち壊し、その役目は御免となってしまったのだが・・・。
 思えば、ニノ法皇にも悪い事をした。花嫁が逃げ出し、式をぶち壊してしまうなど・・・。

 「なんだか、遠い昔のことのようですわね・・・。あの戦いの日々も、チャゴス王子とミーティア姫の結婚式も・・・」

 そして、彼と出会った日のことも・・・。
 そっと、は隣に立つ青年に視線を向けた。視線を受け止め、彼が微笑む。出会った頃は、こんな関係になるとは、思いもしなかった。
 寂しい目をした青年・・・強がっていたけれど、だけど心の底では何か孤独を感じていて・・・そんな彼の力になりたいと願った。
 そして今、はククールと共にいる。数年後、きっと彼はシェルダンドの国王として即位することになるだろう。

 「ククール・・・」
 「はい?」
 「わたくし、幸せですわ」
 「オレも、幸せですよ。愛しい姫君」

 そっと微笑みあい、ククールがの腰を抱き寄せる。近づいた2人の距離がゼロになる。

 青い空に白い鳥が飛んで行く。

 その空に、神秘的な青い鳥と、小さな光が飛んで行くのが、微かに見えた気がした・・・。

The End