71.真実の連鎖

 ククールが宿屋に戻って来たのは、夜も更けた頃だった。どうやら、今までシェルダンドの王族たちと一緒に食事をしていたらしい。
 ごちそうを食べてきたでがすか!?とヤンガスには言われたが、こればかりは仕方ない。彼は今ではシェルダンドの王族の一員となろうとしているのだから。
 だが、戻って来た瞬間、イヤなことを思い出したのだろう。ドサッと乱暴にベッドに腰を下ろすと、眉間に皺を寄せた。

 「まったく、あのチャゴスの野郎! 相変わらずで頭に来るよな。なーにが平民風情は式に招待できないだ! ムカツクぜ。王者の儀式からだいぶ経ったが、あの様子じゃ相変わらず、性根は腐ったままだな」
 「ククールは、明日の式に出席できないのかい? シェルダンドの王族だろ?」
 「残念ながら、オレたちはまだ式を挙げていない。夫婦でもなんでもないんだよ。今のオレはシェルダンド王家にお世話になってるだけにすぎない」
 「・・・そうなのか」

 エイリュートが視線を落とす。

 「でも、明日になればミーティア姫はあいつと結婚か・・・。なあ、エイリュート? ホントにいいのか? オレは姫の幸せを守るのも近衛隊長の仕事だと思うんだがな」
 「ククール・・・」
 「そうだ! エイリュート、指輪だよ。あの指輪があっただろ。お前のオヤジの指輪がさ。指輪を持ってるんだろ? それをクラビウス王に見せてみたらどうだ!? クラビウス王も、お前が亡き兄の息子だってわかれば、考えを変えるかもしれないぜ。いちかばちか、話をつけに法皇の館へ行ってみろよ」
 「でも・・・」
 「さあ、行ってきなよ!」

 そっと、エイリュートは服のポケットからアルゴンリングを取り出した。母の形見として、グルーノから譲り受けたそれ。サザンビークの王子だった父の証だ。
 意を決して、立ち上がる。せめて、明日の結婚式を取りやめにできたら・・・そう思っての行動だった。

***

 法皇の館は、見張りこそいたが、どうやら解放されているようで、エイリュートが中に入っても、誰も咎める者はいなかった。
 見張りの兵士に聞いたところ、1階はトロデーンの王族が、2階にサザンビークの王族が泊っているということだった。
 エイリュートは見張りの兵士に礼を言い、2階へと上がり、クラビウス王の姿を探した。
 王は、法皇の私室・・・そのバルコニーに立っていた。
 フゥ・・・と息を吐き出す。心臓が高鳴っているのがわかる。たとえ、人の好いクラビウス王でも、これからエイリュートが話すことを受け入れてくれるだろうか?

 「・・・クラビウス王、夜分に失礼いたします」
 「ややっ! お前はエイリュート」

 声をかけたエイリュートを振りかえり、クラビウス王が目を丸くする。だが、エイリュートとしては自分のことを覚えていてくれたことに驚きだ。

 「覚えておるぞ。かつて王家の家宝である魔法の鏡をくれてやったな。どうしてお前がここにいるのだ・・・。ん? 何かわしに大事な話があるようだが」
 「は、はい・・・。実は・・・」

 エイリュートはポケットにしまってあったアルゴンリングを取り出し、それをクラビウス王に差し出した。
 そのリングを見た瞬間、王にはそれが何だかわかったのだろう。驚愕に目を見開いた。

 「こっ、この指輪は! アルゴンハートを石に使ってるな・・・。どこで手に入れたのだ?」
 「それは・・・僕の、父が母に贈ったものなのです」
 「何? どういうことだ?」

 エイリュートは、竜神の里で聞いた自らの出生の秘密をクラビウス王に打ち明けた。
 エルトリオ王子と、竜神族の娘ウィニアの恋の行方・・・エルトリオ王子の最期を・・・。

 「ううむ・・・さすがのわしも、頭が混乱してきそうだよ。だが、お前が我が兄エルトリオの息子だという話は本当のようだな。でなければ、身内しか知り得ない事情をそこまで知るよしもないであろう」
 「クラビウス王・・・」
 「思えば、もし兄が国を捨ててお前の母を追いかけて行かなければ、今頃は兄がサザンビークの王のはずだ。そして、お前が王子として生まれていれば、ミーティア姫と結婚するのは、お前だったかもしれん。だが、今さら何を言おうが、それらは全てもしもの話しだよ。王位継承権を持つ者が新たに加われば、国が乱れるであろう。お前を認めるわけには、いかんのだよ。・・・悪く思わないでくれ。話は以上だ。もう帰るがよい」
 「・・・・・・」

 けして、王位継承権を持つ者として、認めてもらいたかったわけではない。ただ、チャゴス王子とミーティア姫の結婚を、考え直してほしいだけだった。
 指輪も取り上げられ、エイリュートは気落ちしながら宿屋へ戻った。表情の暗いエイリュートを見て、ククールは全てを悟ったのか、何も言わなかった。

***

 翌朝、鳥の声に目が覚めた。むくりと起き上がると、ヤンガスがすでに身支度を整えて立っていた。

 「おはようごぜえやす、兄貴。もうじきミーティア姫様の結婚式が始まるでがすよ。せっかくここまで来たんだし、式に出れなくてもせめて近くまで行ってみましょうや。じゃ、アッシは一足先に式場の大聖堂の前へ行ってるでがすよ」
 「うん」

 ベッドから出て、身支度を整える。ククールとゼシカの姿がないということは、2人もすでに起きているのだろう。
 宿屋を出て、大聖堂への階段近くにやはり2人の姿はあった。ゼシカは見慣れた旅装だが、ククールの白い衣装はどうにも馴染めないな・・・なんて、どうでもいいことを思ったりした。

 「やっと来たか、エイリュート。もう結婚式は始まってるようだぜ。あんだけ人が多けりゃよ、どさくさに紛れて何かやらかしても大丈夫なんじゃねーかな」
 「何かやらかす、か・・・」
 「でも、ミーティア姫様もガンコよね。いくら先代の約束でもイヤならやめればいいのに・・・って、私は思うんだけどね。一国の姫君ともなると、そういうわけにもいかないのかな?」
 「・・・・・・」

 確かに、王族同士の結婚となると、そう簡単に覆すことは難しいだろう。両国間の問題もある。

 「昨日、オレが言ったこと覚えてるか? 姫の幸せを守るのも、近衛隊長の仕事だって。あと、オレたちは仲間だ。お前が何かするつもりなら、力を貸すぜ」
 「ククール・・・君に何かあったら、シェルダンド王家が黙ってないんじゃないか?」
 「言っただろ。オレはまだシェルダンド王家と関係ない、ってな。それに・・・姫ならきっと、わかってくれる」

 なら、きっとエイリュートたちの気持ちをわかってくれるだろう。エイリュートは意を決して、大聖堂へ向かった。
 そこはすでに人だかりが出来ていて、すったもんだしていた。と、人だかりの中にいたヤンガスが、エイリュートの姿に気がついた。

 「おおっ! 兄貴ぃ。来てくれると信じていたでがすよ! さあ、こっちこっち!!

 そう言うと、ヤンガスはエイリュートの腕を掴み、そのまま人だかりを強引にくぐり抜け、一同の先頭に出た。

 「はあはあ・・・。さてと、ここまで来たら、あとはあの邪魔くさい見張りをどうするかでがすが・・・」
 「強行突破、するしかないんじゃないかな」
 「え! 兄貴、めずらしく・・・って、ちょっと・・・!」

 ヤンガスが止めるのも聞かず、エイリュートは見張りの聖堂騎士の前へ進み出た。

 「待て! それ以上、近づいてはならん! 両王家の結婚式が済むまで大人しく待っておれ。それともお主、この結婚式に招待されたとでもいうのか?」
 「それは・・・」

 口ごもるエイリュートの横を、誰かが通り過ぎる。そのまま聖堂騎士に駆け寄り、気合いの声と共に鳩尾に拳を叩きこんだのは、ヤンガスだった。

 「ここはアッシに任せて、兄貴は行ってくだせえ!」

***

 一方その頃、大聖堂の中では、チャゴス王子が1人イライラしながら、花嫁の登場を待っていた。

 「ええい! なぜ姫は来ない。ミーティア姫はまだか!」

 イライラするチャゴス王子の背後の扉が大きな音を立てて開く。姫が来たのか?と笑顔で振り返ったチャゴス王子は、そこに立っていた人物に目を丸くした。

 「エイリュート・・・!」

 思わず、が声をあげ、立ちあがってしまう。なぜ、彼がここにいるのか・・・。

 「なっ!? なんのつもりだ、貴様! ぼくの結婚式を台無しにするつもりか。ええい、くそっ! 衛兵! 今すぐそいつをつまみ出せ!」
 「待て。その必要はない!」

 チャゴス王子の言葉を翻したのは、大聖堂の一番前の席に座っていたクラビウス王だった。

 「そこにいるエイリュートには、この式に出席する権利があるのだ・・・」
 「え・・・?」

 一同がざわつく。一体、クラビウス王は何を言っているのか。

 「エイリュートよ・・・お前を花婿と認める」

 クラビウス王の言葉に、エイリュートとが目を丸くする。そして、チャゴス王子は父王に食ってかかった。

 「父上! 父上ほどの方が何をわけのわからないことを! 花婿は、このぼくでしょう!」

 チャゴスの言葉に、クラビウス王は服の隠しからアルゴンリングを取り出し、チャゴスに見せた。

 「このリングは昨夜、そこのエイリュートから預かったものだ・・・」
 「そっ、それはもしや? アルゴンリングなのですか? なぜだ? 王家に生まれ、王者の儀式を済ませた者しか持っていないはずなのに!?

 「この指輪は兄の・・・エルトリオの遺品・・・。エイリュートは、わしの兄であるエルトリオの息子だったのだよ。遺言に従うなら、兄の子であるエイリュートこそ、ミーティア姫の夫としてふさわしい人物!」
 「そ、そんなの、納得できませんっ! ミーティア姫の許婚はぼくだったんだ。だから、結婚するのも、こ、このぼくのはずだ!」

 癇癪を起したチャゴスに、一同が騒然とする。
 だが、エイリュートは落ち着いた様子で、クラビウス王に語りかけた。

 「クラビウス王・・・申し訳ありませんが、僕はミーティア姫と結婚するつもりはありません。僕はただ、ミーティア姫の意思を尊重しただけです。姫は迷っていました。チャゴス王子との結婚に踏み切れなかったのです。なぜなら、ミーティア姫は、チャゴス王子に・・・」
 「諸侯の皆々様方、失礼いたします!」

 エイリュートの言葉を遮って、1人の聖堂騎士が慌てた様子で大聖堂へ駆けこんできた。

 「クラビウス王へ、急ぎの報告があり、参上いたしました!」

 そう言うと、クラビウス王へ歩み寄り、何事か耳打ちした。

 「なんと! それは真か」
 「今度は何だというのです。父上、ぼくにも聞かせてください!」
 「は・・・花嫁が・・・ミーティア姫が逃げたそうだ」
 「なっ、なんですと!? なぜだ? 一体、どうして!」

 だが、すぐに1つのことに思い当たる。今、目の前にいる男の仕業に違いない。

 「お前だな! お前の仕業なんだな! 結婚式を邪魔するために、姫を逃がしたのはそいつだ。今すぐひっ捕えろ!」

 チャゴスの言葉に、聖堂騎士たちがジリジリとエイリュートに近づく。慌てて、その場を逃げ出すエイリュート。大聖堂の外へ逃げ出せば、ゼシカとヤンガスが駆け寄って来た。

 「よかった! エイト。無事だったのね」
 「あれ!? 兄貴、姫様はどうしたんでげすか? 結婚式はどうなったでがす?」
 「それが・・・実は、ミーティア姫が・・・」
 「おーい! 大変だ! 急いできてくれ、エイリュート!」

 ククールの声に、一同は驚いてそちらへ視線を向ける。

 「下でトロデ王とミーティア姫が兵士どもに囲まれているぞ!」
 「一体どうしたっていうんでげすかい!? とにかく、兄貴! 急がねえと、ヤバそうでがすよ!」
 「お前たち、そこを動くな!」

 トロデとミーティアのもとへ急ごうとしたエイリュートたちに、聖堂騎士たちが声をかける。

 「王族の結婚式で無礼を働いて、ただで帰れると思うなよ!」
 「エイリュートがその王族の1人であると、わかったばかりではありませんか。浅はかな方々」
 「な!?

 振りかえった聖堂騎士が、何者かの蹴りを食らって吹っ飛ぶ。あ然とするエイリュートたちの前に姿を見せたのは、ドレス姿の姫。

 「ここはわたくしたちにお任せを。エイリュートは、トロデ様とミーティア様を」
 「は・・・はい!」

 エイリュートが急いで階段を下り、兵士たちに囲まれているトロデとミーティアの助けに入る。トロデ王は、木の枝一本で兵士の攻撃をやり過ごしている。大した腕だ。

 「おお! エイリュート、いいところに来おったわい。お前なら来てくれると信じていたぞ。今すぐミーティアを連れて、ここから逃げてくれ! やはりチャゴス王子なんぞに、かわいいミーティアをやれんわい。国のメンツなぞ、どうでもいいわい。だから、お前はミーティアを連れて逃げてくれ!」

 そのエイリュートたちのもとへ、ヤンガスたちも駆けつける。どうやら、聖堂騎士たちはの手に寄って完全にのされてしまったようだ。
 ウエディングドレス姿のミーティアが、悲しそうな表情でエイリュートを見つめる。

 「王家の交わした古い約束に従って、大人しく結婚するのが運命なのだとあきらめてました。それが王家に生まれた者の定めなのだと、ミーティアはそう思っていました。でも・・・いやなものはいやです! あんな王子と結婚するくらいなら、お馬さんのままの方がよかったくらい! やっぱり、自分の気持ちはだませませんわ! さあ、エイト! この手を取って、一緒に逃げて! ミーティアをここから連れ出して!」

 手を差し出すミーティア。エイリュートはうなずき、その手を取り、駆け出した。

 「エイト! ミーティア姫をお願いね!」

 信じているから・・・ゼシカはエイリュートとミーティアを信じているから。

***

 大聖堂から出てきたチャゴスは、そこに倒れている聖堂騎士たちの姿に驚愕した。まさか、丸腰の相手に全員が倒されてしまうとは思いもしなかったのだろう。

 「おめおめと取り逃がしたのか! ええい、この役立たずどもがっ! たった数人を相手に、なんだこのザマは! 聖堂騎士団はデクの棒の集まりか!」
 「ならば、今すぐ追いかけて自分の手で花嫁を取り返してこい」

 チャゴスの背後から偉そうな声をかけられ、キッと睨みつけるが、それが自身の父だと気づき、肩を震わせ、小さくなった。

 「そっ、それは、ちょっと・・・ぼく1人では無理ですよぉ・・・

 「お前はいつもそうだな。王子という身分に甘え、金や権力で全てを解決しようとする」
 「でっ、でも王者の儀式では、あんなに大きなアルゴンハートを、じっ、自分の力で・・・」
 「言い訳無用!」

 チャゴスの言葉を遮るように、クラビウスが強い口調で怒鳴りつけた。

 「わしは知っているのだぞ!」

 そう言うと、隠し持っていたアルゴンハートを取り出した。それは、あの日、チャゴスがエイリュートたちの力を借りて手に入れた、あのアルゴンハートだった。
 あの日、「いつかこれを使ってチャゴスを叱ってやる」と言っていたクラビウス王。チャゴスはクラビウスのお叱りを受け、小さくなるのであった。