70.王女の結婚

 暗黒神ラプソーンとの戦いから数カ月が経った。
 エイリュートはトロデーンの近衛隊長に昇格し、ヤンガスはパルミドへ、ゼシカはトロデーンに駐留し、ミーティアの話相手として生活している。ククールは と一緒にシェルダンドへ向かい、今は帝王学を学んでいるらしい。
 そんなトロデーンに、今日は仲間たちが集まることになっている。
 エイリュートは読んでいた本を閉じ、フト今後のことを考えた。近衛隊長という役職はとても名誉であり光栄ではあるが・・・。

 「兄貴ー!」

 そんなエイリュートの考えを途絶えさせるように、聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線を動かせば、扉の近くでヤンガスが手を振っていた。

 「へへっ、久しぶりでがす。最後の戦い以来でがすなぁ」

 笑顔を浮かべながら、ヤンガスが歩み寄って来る。エイリュートも「久しぶり、ヤンガス」と笑顔を浮かべた。やはり、懐かしい人に会えるとうれしいものだ。

 「そうそう、聞いたでがすよ。なんでも近衛隊長になったとか! 今の兄貴は光って見えますよ。そんな兄貴の初仕事をアッシが手伝えるなんて、弟分として光栄でがす。今回の兄貴の仕事は馬姫様を・・・あっ、いけね! もう馬じゃねーんだ」

 つい、癖で「馬姫」と呼んでしまい、ヤンガスは苦笑を浮かべながら、頭を掻いた。

 「ミーティア姫様を結婚式が行われるサヴェッラ大聖堂まで護衛してゆくんでがすよね」
 「うん、そうなんだ。申し訳ないけど、その護衛を手伝ってほしいんだ。ヤンガスたちなら、間違いないからね」
 「けど、意外でがすよ。あんなことがあったのに、まだチャゴス王子との婚約が生きてたとは」

 ヤンガスが言ってるのは、王者の試練の時のことだろう。チャゴス王子が嫌がるミーティアの背中に乗り、ロデオよろしく暴れまわっていたあの朝のことだ。

 「そうそう、ここに来る途中、大臣に言伝を頼まれたでがすよ。出発の用意は整ったから、部屋にいるミーティア姫を兄貴が連れて来てくれって。そいじゃ、アッシは城の中庭で待ってるでがすよ」
 「うん。ありがとう、ヤンガス」

 手を振り、ヤンガスが部屋を出て行く。エイリュートも立ち上がると、大臣に頼まれた通り、ミーティアを迎えに行くことにした。

***

 部屋を出て、ミーティアの部屋へ向かう途中、エイリュートは再び懐かしい顔に出会った。

 「よお、エイリュート。あれ以来だな。連絡をもらったから、さっそく参上したぜ」
 「久しぶり、ククール。あれ? 1人?」
 「あ? ああ、1人だけど? 何か問題でもあるのか?」

 廊下の向こうから歩いて来たククールは、1人だった。何か足りないと思い、エイリュートが尋ねると、ククールは不思議そうな顔をした。

 「 姫は?」
 「姫? ああ、姫ならもうサヴェッラへ向かってるはずだぜ。国王陛下や王妃と一緒にな」
 「あ、そっか・・・。 姫はシェルダンドの巫女姫として、結婚式に招待されてるのか・・・」
 「ああ。オレが出かける前の日に国を出たから、明日には着いてるんじゃないか」

 思わず、ククールの全身を見回してしまう。旅をしていた頃は、真っ赤な聖堂騎士の制服を着ていた彼だったが、今は白を基調とした立派な服を着ているのだ。パッと見れば、どこかの貴族に見える。

 「ミーティア姫の護衛をするんだってな。ヤンガスとは、さっきここですれ違ったけど、相変わらずだったなぁ。お前の仕事の付き添いってのは面倒くさいが、こんな時でもなきゃ、みんなの顔が見られないものな」
 「 姫は元気なのかい?」
 「ああ、元気だよ。ま、明日には会えるだろうから、楽しみにしとけって」
 「うん」
 「ところでお前、この結婚に納得してんのかね。もしイヤだったら、やめちまえばいいのによ。聖堂騎士団を抜けて、自由になったオレみたいにさ。ああ、自由とはちょっと違うけど・・・」

 ある意味、騎士団にいた頃よりも不自由になっていると思うのだが・・・。でも、それがククールの選んだ道だ。彼は苦痛に感じていないようだし、それでいいのだろう。

 「んじゃ、エイリュート。オレは中庭でヒマをつぶしてる。用がすんだら来てくれ」
 「うん。ミーティア姫を連れて、すぐ行くよ」

 去って行くククールの背中を見送り、エイリュートは表情を曇らせた。
 ククールの言った「結婚に納得してるのか」という言葉・・・。トロデーンとサザンビーク両国には、昔交わした約束があったのだという。それは、チャゴス王子とミーティアの祖父母の代になるという。お互い、王子と王女が生まれたら、その2人を夫婦にするという約束らしい。
 先代はそれがうまくいかなかった。トロデーンはトロデ、サザンビークはエルトリオとクラビウスとどちらも王子しか生まれなかったからだ。

 「あっ、エイト!」

 聞こえてきた声に顔を上げる。見れば、ゼシカが笑顔でこちらに駆け寄って来た。位置からして、ミーティアの部屋から出てきたのだろう。ここを曲がった先にあるのは、トロデーンの王女の部屋だ。

 「もうみんな来てるよ」
 「ホント?? え、 姫も?」
 「いや、 姫は別便でもうサヴェッラへ向かってるって。ククールだけだよ」
 「そっか・・・会えるかな、ってちょっと期待してたんだけど・・・。相手は聖王国の王女様だもんね。会うの、難しいよね・・・」

 共に旅をしているときは「いつでも遊びに来て下さい」と言っていたが、実際、離れてしまうとそれは難しい。タイミングもある。

 「ゼシカ、姫は部屋に?」
 「うん、いるわよ。え? ミーティア姫を連れに来たの?」
 「うん。大臣に言われてね」
 「そう。もう出発なのね。それじゃ、私は先に中庭に行ってるからね!」
 「うん、また後で」

 手を振って、ゼシカがエイリュートの傍を離れて行く。エイリュートはミーティアの部屋を目指した。
 コンコンとドアをノックすると、中からはピアノの音と共に「どうぞ」という声がした。その声に「失礼します」と答え、ドアを開けた。
 やはり、ミーティアはピアノを弾いていた。どこか物悲しい旋律だ。

 「ここでこうしてピアノを弾くのも最後になるわね。サザンビークにもピアノがあるのかしら・・・」

 フゥ・・・と息を吐き、ミーティアは手を止めると、立ち上がりエイリュートを振りかえった。

 「エイト、来てくれたのね。もう出発の時間かしら?」
 「はい。護衛を頼んだヤンガスたちも集まってます」
 「そう・・・。あなたに来てくれるよう、大臣に頼んだのは、出発前にあなたと城を歩きたかったからなの。少し早いけど、エイトにもきちんとお別れを言わなくてはね」
 「ミーティア姫・・・そんな、もったいない・・・」
 「いいえ、エイト。今まで尽くしてくれて、ありがとう。トロデーンで過ごした日々は、ミーティアにとって一生の宝物です。サザンビークへ嫁ぐことで、ミーティアも王族としての義務を果たします。だから、あなたも・・・。この先もどうか、お父様に仕え、トロデーンのために今まで通り尽くしてください。・・・では、行きましょうか。あまり皆を待たせては悪いものね」

 寂しそうな表情を浮かべながら、ミーティアは小さな歩幅でエイリュートの後をついてくる。
 どこか重い足取り。玉座の間を見つめ、悲しそうな表情を浮かべるミーティア。この生まれ育った国を離れる寂しさを必死にこらえてるようだった。
 中庭には、ヤンガスたちが待っていた。手を振って、こちらに合図をしている。エイリュートもそれに応えるように手を振った。
 だが、ミーティアはやはり浮かない表情だ。何か言いたげにエイリュートを見るが、けして何も口にせず、静かに中庭へと向かった。
 馬車に乗り込み、船着き場から船に乗り、サヴェッラへ向かう。その間も、ミーティアは悲しそうな表情で波間を見つめていた。

***

 何度か足を運んだサヴェッラ大聖堂。法皇の館のある場所だ。荘厳華麗な大聖堂を見上げ、ミーティアはもう何度ついたかわからないため息をこぼした。

 「おお! ここがサヴェッラ大聖堂か。王族の結婚式を行うのに、ふさわしい場所ではないか!」

 大臣が声をあげる。初めて訪れたのだろう。
 と、大臣がここまで一緒についてきたエイリュートたち4人に向き直った。

 「ご苦労であったな、エイリュート。おぬしの任務はここで終わりだ。後は、この辺りで宿でも取って、明日トロデーンに戻るがよかろう」
 「えっ!?」

 大臣の言葉に、声をあげたのはミーティアだ。

 「エイトは、このミーティアの式に参列するのではなかったのですか?」
 「残念ながら、姫様・・・この者たちの席までは・・・」

 と、大聖堂の方から、忘れたくてもなかなか忘れられない、強烈な印象を与えてくれた人物がのっしのっしと歩いて来た。

 「これはこれは、初めまして。サザンビークの王子、チャゴスでございます」

 どうやら、エイリュートたちの姿には、ちっとも気づいていないようだ。いや、気づいていながら、無視をしているのか・・・判断がつかない。

 「おおっ! あなたがミーティア姫ですね。なんとも美しい・・・! この一瞬で、ぼくの中にある数々の美女との思い出が全て色褪せてしまった。あなたのような方を我が妻に迎えられて、このチャゴス、世界一の幸せ者です」

 白馬時代にチャゴス王子がしたことは、ミーティアも忘れていまい。その事実を告げてしまいたくなる。
 そんなチャゴス王子に、とうとう口をはさんだのはヤンガスだった。

 「久しぶりでがすな、王子。そんなキザったらしい台詞が言えるなんて、驚きでがすよ」
 「やや、お前たちは! 王者の儀式のときの、旅人ではないか!? ふん、おおかたウワサを聞きつけ、見物にでも来たのだろう。残念だったな。お前たちが来れるのは、ここまでだ。かわいい姫がぼくの妻となる神聖な儀式にお前たち平民風情を招待するわけには、いかないからな。せめてお前たちが金持ちか貴族だったら、招待してやれたんだがな。ぶわぁーはっはっはっは!」

 エイリュートたちをバカにし、気が済んだのか、チャゴス王子はミーティアの手を引き、その場を離れる。当然、4人の怒りが爆発しそうだったのは言うまでもない。

 「エイリュート! ヤンガス! ゼシカ! ククール!」

 だが、聞こえてきた少女の声に、その怒りを一瞬忘れてしまう。声のした方を振り返れば、絶世の美少女がドレスの裾を持ちながら、こちらに駆け寄って来た。

 「お久しぶりですわ! 皆さん、お元気そうですわね!」
 「 姫!?」

 髪の毛を綺麗に結い上げ、薄く化粧をし、上等なドレスに身をまとった少女は、エイリュートたちの仲間だった聖王女・・・ だった。

 「ビックリした・・・。いつもと格好が違うから、一瞬誰だかわからなかったわ」
 「まあ、驚かせてしまいましたか? ごめんなさい」
 「ううん! でも・・・すっごくキレイ! 旅の間もそう思ってたけど、こうしてお姫様の格好をすると、いちだんとキレイだわ! ・・・こんなキレイな人が、ククールとなんて・・・考えられないわ」

 チラッと見た視線の先は、当然ククールだ。彼は のドレス姿に見慣れたのだろう。これといって反応がない。
 ただ、近づいてきた の手を取り、さりげなくエスコートする姿は様になっている。もともと、彼が持っていたものなのか、この数カ月の教育の賜物なのか、わからないが。

 「何かあったのですか? 皆さん、何か固まってましたけれど・・・」
 「チャゴス王子のことでがすよ、姫さん」
 「チャゴス王子? 何かありましたか?」
 「相変わらず、嫌味ったらしい男だったわ! ホント、ミーティア姫がかわいそう! あんな男と結婚なんて! あれだったら、まだククールの方がマシよ!」
 「おい、なんでそこでオレの名前を出すんだよ」
 「“同じ王女の結婚相手でも”を入れるのを忘れただけよ」

 いくらなんでも、あの王子とククールを一緒にされてはたまらない。僧侶としては道を外したかもしれないが、彼はあそこまで性格が捻くれていない。

 「わたくしは、まだチャゴス王子と顔を合わせていないのですが・・・相変わらずのようですわね」
 「まったく変わってないみたいですよ。それに、当たり前ですが、自分がミーティア姫に何をしたのかも、わかっていませんからね」
 「・・・あの王者の儀式のことですわね」

 何せ、あの時ミーティアは馬の姿をしていたのだ。仕方ないといえば、仕方ないのだが・・・。

 「それでは、皆さん・・・。また明日、お会いしましょう? 結婚式が終われば、わたくしも自由になれます。その時に、皆さんの近況をお聞かせください」

 そう言い残すと、 は来た時と同じようにドレスの裾を持ち、歩いて行く。さすがに1人で歩かせるのはまずいと思ったのか、慌ててククールが彼女の傍に歩み寄り、一緒に歩いて行った。

 「・・・同じ王族なのに、なんであそこまで違うのかしらね」

 王者の儀式のときにも感じた感想を、ゼシカは小さくつぶやいた。