7.マイエラ修道院
定期船がポルトリンクを出発して数日・・・。船上の人となったエイリュートたちのもとへ、とゼシカが歩み寄って来た。
「あ、いたいた。こんな所にいたのね。男2人で何やってたの?」
「何って、アッシと兄貴は、ただ話をしていただけでげすよ」
「兄貴ねえ・・・? そういえば、聞きたかったんだけどさ、2人は一体どういう関係なの? どう考えたって、兄貴は逆に思えるんだけど」
「・・・まあ、そういえば、そうですわね。わたくし、あまり気にしてませんでしたけど」
ゼシカとがヤンガスとエイリュートに視線を向けると、「待ってました!」とばかりにヤンガスが胸を張った。
「よくぞ聞いてくれたでげす! 不肖ヤンガス、エイリュートの兄貴の旅のお供をしてるのにゃあ、聞くも涙、語るも涙の壮大な物語があるでげすよ」
「へ・・・へぇ・・・?」
「まあ・・・」
「じゃあ、その辺から適当に教えてくれる?」
「いいともでげすよ。そう・・・あの日は確か夏の盛り・・・。遠くでセミが鳴いていたでげすよ。それまでのしがない山賊暮らしに嫌気が差したアッシは、住み慣れた町を捨てたでげす」
***
「・・・というわけなんでがす」
「フーン・・・。それで? その話のどこが“聞くも涙、語るも涙”の事情なわけ?」
「な・・・!」
「そうだわ、ねえ姫? 船室でお茶でも飲まない?」
「まあ、いいですわね。ぜひご一緒させてください」
そう言って、少女2人は談笑しながら船室へ入って行ってしまった。
「・・・アッシと兄貴の兄弟仁義は、所詮女には理解できないんでげすかね」
「う〜ん・・・どうだろうね?」
曖昧に首をかしげるエイリュートは、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。
「あ、兄貴! 見えてきたでげすよ! あれが南の大陸でげす!」
「・・・あそこに・・・ドルマゲスが・・・」
ヤンガスの短く太い指先が、目の前に広がる大陸を示す。
船着き場に到着した定期船から、エイリュートたち以外の乗客が下りて行く。皆、それぞれの目的を持ち、南の大陸へ降り立ったのだ。
「さて・・・僕たちはどうしようか? まずは・・・ドルマゲスの行方を探さないとね」
「この南の大陸には、確かマイエラ修道院があったはずですわ。わたくしも、何度か訪れたことがあります。院長のオディロ様にもお世話になってますし」
「修道院でげすか・・・? あっしの苦手とする場所でげすね」
「ヤンガスは山賊だったんですっけ。でも、今は足を洗ったんでしょ? ちょうどいいじゃない。神様の前で、自分は生まれ変わったんだ〜!ってお祈りすれば?」
「うぐぐ・・・苦手だと言ってるのに・・・」
ブツブツ文句を言うヤンガスだったが、どうやら目的地はマイエラ修道院に決まってしまったようだ。
年に数回、この土地を訪れるは、地理に関しても詳しかった。このまま南へ向かえば、マイエラ修道院に到着するという。
「この辺りは、かつてイリスダッド家という名家が領主として治めていたのですが、10年ほど昔、疫病で当主と奥様が亡くなられ、一人息子を残してイリスダッド家は離散してしまったそうですわ。かつては、アスカンタ国の重臣まで務められたというのに・・・最後の当主、ダヤン・イリスダッドは明主の欠片もなかったそうですわ」
「へぇ〜・・・詳しいのね、姫」
「ええ。土地の歴史は幼い頃から勉強させられますから。それに、マイエラはサヴェッラ、ゴルドと並んで我がシェルダンドとも縁のある土地ですもの」
「ふむふむ・・・さすが、聡明な姫じゃな! 気品のある態度と、威厳。まさに聖王国の王女にふさわしい風格じゃ!」
「まあ、トロデ様・・・お恥ずかしいです。賢王と名高いトロデ様にお誉めいただくなんて」
「賢王!? トロデ王が?? とても、そうは見えないけど・・・」
疑うような眼差しのゼシカに、トロデがムッとする。
「言ったな・・・? おのれ・・・わしのすごさを思い知らせてやるぞ! 見よっ! この錬金釜を!」
ババーン!という効果音がつきそうな勢いで、トロデが荷台に積んであった釜をエイリュートたちに見せた。
「トロデ様、これはどうやって使うのですか?」
「ふむ。これはじゃな、2つの材料を組み合わせて、新たな物を作りだす魔法の釜なのじゃ! たとえば、この薬草と薬草を2つ、ここへ入れる。そうすると・・・なんと、上薬草ができるという仕組みなのじゃ!」
「まあ・・・!」
「へぇ〜! すっごいじゃない、トロデ王! これ、王様が作ったの?? すごい、すごい!」
「見かけによらず、案外器用なんでげすな」
「そうじゃろう、そうじゃろう! もっとわしのすごさを誉めたたえろ!」
エッヘン!と胸を張るトロデに、エイリュートは「また始まっちゃった・・・」とため息。傍らに立つミーティア姫も困ったような様子で小さくいなないたのであった。
***
南に歩くこと2日・・・ようやく見えてきた大きな教会。それが、サヴェッラ大聖堂・聖地ゴルドと並び、世界3大聖地と呼ばれているマイエラ修道院だ。
僧侶や神官、聖堂騎士団たちを束ねる法皇は、このマイエラ修道院で修業を積み、歴代の法皇へと上り詰めた由緒正しい教会である。
中に入れば、数多くの巡礼者や参拝者が祈りを捧げている。
「なんとなく、ここの人たち、偉そうで感じが悪いわ。リーザス村の教会の人たちは、優しくて親切だったのに」
「そうですわね。最近、聖堂騎士団長が若い方に変わられたそうですけれど、それから雰囲気が変わったようですわ。なんとおっしゃったかしら・・・? 今の聖堂騎士団長は・・・確か・・・マルチェロ・・・ニーディスとか・・・」
「姫は、団長にお会いしたことがあるのですか?」
「ええ、数回ですけれど。物腰の穏やかな、礼儀正しい青年でしたわ」
参拝者たちの横を通り、修道院の奥へ。そこは、一般の参拝者ではなく、高貴な身分の者や、裕福な者が入る礼拝所のようだった。
物珍しげな様子で、ヤンガスとゼシカは奥へ向かうと、大きな扉の前に立っていた聖堂騎士が睨みをきかせ、2人に近づいてきた。
「なんだ、お前たちは! あやしい奴め。この奥に行って何をする気だ?」
「え?」
「ちょっと待つでがす・・・あっしらは、別に・・・」
「この先は許しを得た者しか入れてはならぬと決められている。この聖堂騎士団の刃にかかって命を落としたくなくば、早々に立ち去るが・・・」
騎士の1人が腰に佩いた剣に手をかけた。ギョッとするヤンガスとゼシカの頭上で、窓の開く音がした。
「入れるな、とは命じたが、手荒な真似をしろとは言っていない。我が聖堂騎士団の評判を落とすな」
「こ、これは、マルチェロ様!? 申し訳ございません!」
2階の窓から2人を見降ろしているのは、黒い髪を後ろに撫でつけた、鷹のような目をした青年だった。
マルチェロ・・・といえば、先ほどが言っていた“聖堂騎士団長”の名前ではないか。
「・・・私の部下が乱暴を働いたようですまない。だが、よそ者は問題を起こしがちだ。この修道院を守る我々としては、見ず知らずの旅人をやすやすと通すわけにはゆかぬのだよ。ただでさえ、内部の問題に手を焼いているというのに・・・。いや、話が逸れたな。この建物は修道士の宿舎。君達には無縁の場所ではないかね? さあ、行くがいい。部下たちは血の気が多い。次は私も止められるかどうか、わからんからな」
2人を小馬鹿にするような視線を向け、マルチェロが姿を消す。
「な・・・なんなのよ、あいつ! 言われなくても、こんなところとっとと出てくわよっ!!!」
「そうでげす! 失礼なヤツでげすな!」
「ど、どうかしたのかい? ヤンガス、ゼシカ」
騒ぎを聞きつけたのか、エイリュートとが慌てた様子で駆け寄って来た。
「ああ、もう! 本当に腹が立つ! 行きましょう、エイト!! どうやら、ここでは旅人に宿を貸すつもりもないみたいだし!」
「あっしも、こんな場所には1秒だって長くいたくないでげす!」
鼻息荒く、2人して修道院を出て行ってしまい・・・エイリュートとは顔を見合わせた。
「一体、何があったのですか?」
「マルチェロとかいう男よ! もんのすごく高圧的な態度で、高慢な態度で、人を見下したような男よ! 最低!!」
「まあ・・・! そんな方には見えませんでしたのに・・・。でしたら、わたくしが直接出向いて・・・」
「あ〜!! もういいの! 別に、あんな男、私とはなんの関係もないんだし!」
「・・・あの男、身分のある人間の前では猫かぶってるんでげすよ。だから、姫さんもすっかり騙されてしまってるでげす」
「とにかく! どこか宿を取れるとこを探しましょ!」
「でしたら、この修道院の先に宿場町がありますわ。城の兵士たちは、そこを利用していますの」
「じゃあ、そこを目指しましょ! せいどーきしだん様は、ずい分とお偉い方々みたいだわね。何よ、バカにしちゃって。やな感じ! 言われなくたって、こんな所、すぐに出てくわよ」
あ、ちょっと・・・!と声をかけるエイリュートの声も聞こえていない。
ゼシカは早足でマイエラ修道院を出て行ってしまい、ヤンガスもゼシカの後を追いかけた。1秒でも早く、この場を離れたい・・・といった様子だ。
「ずい分と、姫とゼシカたちが感じたイメージが違うようですね・・・マルチェロ団長は」
「そうみたいですわね・・・。わたくしも、面と向かって口をきいたことはないのです。オディロ院長の護衛を務めてらして、そのときに紹介されたのですわ」
「そうなんですか・・・」
「どのような経歴をお持ちの方かは存じませんが・・・オディロ院長も可愛がっておられたようですし、聖堂騎士団長にまで上り詰めた方ですから・・・」
急ぎ足で歩くゼシカとヤンガスの姿が小さく見える。どうやら、そうとうご立腹のようだ。
「なんじゃ、ヤンガスもゼシカも・・・せわしないのぉ」
「何か嫌なことがあったみたいです。修道院で」
「ヤンガスは山賊上がりじゃし、ゼシカは気の強いお嬢さんじゃ。おおかた、聖堂騎士とケンカにでもなったのじゃろ」
「・・・そうみたいですね」
やれやれ・・・とトロデは肩をすくめ、ミーティアに「では、行こうか」と声をかけた。
「僕たちも、行きましょう、姫」
「ええ」
こうして、エイリュートたち一行は、足早にマイエラ修道院を出発することになったのだった。