69.大団円に向けて
 明るくなった空のもと、レティスが青空を滑空する。その背中に乗るのは、歓喜の声をあげるエイリュートたち5人だ。 
 「や・・・やったぁーっ!! やったでがす!! やったでがす!!」 
 「うん、僕たちは・・・とうとう、暗黒神に勝ったんだね!」 
 ヤンガスが声をあげ、エイリュートも大きくうなずく。そして、傍らのゼシカに視線を向けた。 
 「ふう・・・。これでやっとポルクとマルクに報告できるわ。あと、サーベルト兄さんにもちゃんと報告しなきゃ・・・。私、自分の信じた道を進んで、ここまで来たのって」 
 「そうだね・・・」 
 そっと、ゼシカの手を握る。ゼシカは満面に笑みを浮かべて、エイリュートの肩に頬を寄せた。 
 「・・・やれやれ。我ながら、とんでもないところまでつき合わされたもんだな」 
 「ですが、わたくしたちはラプソーンを見事に打ち倒しましたわ。もっと素直に喜んだらどうですの?」 
 
 の言葉に、ククールは困った表情を浮かべる。そんな彼の姿に、エイリュートたちは笑い声をあげる。 
 「これできっと、馬姫様やおっさんも元の姿に戻れるでがすね! 喜ぶ顔が目に浮かぶでげすよ!」 
 そこまで言って、ヤンガスはとあることに気がつく。 
 「そういや、おっさんはこんなとき、いっつも急にどこからともなく現れるでがすが・・・さすがのおっさんも、ここまでは来られないようでがす! わははははは!」 
 何せ、ここは空の上。トロデが空を飛べるはずもなく、いきなり現れるということは、いくらなんでもなかった。 
 ラプソーンに打ち勝った喜びに、エイリュートたちは笑いが止まらない。こんなに晴ればれとした気持ちは、久しぶりだった。 
 《あなたたちの仲間は、私の力で故郷の地へと送り届けてあります。ヤンガス、ゼシカ、ククール、
 、そしてエイリュート。あなたたちの強さと何が起きてもあきらめない心。しっかりとこの瞳に刻みつけました。かつての7人の賢者の時もそうでした。あなたたち人間には、いつも驚かされます。さあ、帰りましょう。あなたたちの仲間が、首を長くして帰りを待っています》 
 レティスがトロデーンに向けて飛んで行く。今はまだ、暗雲立ち込めるその城。そこに、確かにトロデの姿とミーティアの姿が見えた。 
 《さあ、お行きなさい。大切な仲間のもとへ》 
 うなずき、エイリュートたちはトロデのもとへ走った。エイリュートたちの姿に気づいたトロデが、満面に笑みを浮かべて彼らを迎えた。 
 「おおっ、お前たち!! よくぞ戻った! お前さんたちの勇姿はわしも見ておったぞ! さすがは
 姫と我が家臣! いや、まったくもって立派じゃった!」 
 「アッシはおっさんの家臣になった覚えはないでがすがね」 
 「あ、私もよ」 
 「オレもだな」 
 ヤンガスがトロデの言葉を否定すると、ゼシカとククールもそれに倣う。だが、今のトロデはそんなことはあまり気にならないようだった。 
 「・・・むむ? わはははは! まあ、そんなことはどうでもよいではないか! とにかく、みんな、えらかったぞ!」 
 「ありがとうございます、トロデ様」 
 と、そんなエイリュートたちの様子を見ていたレティスが、翼を広げて飛び立とうとしていた。 
 「お・・・おお・・・神鳥よ。もう行ってしまうのか?」 
 《この世界はもう心配ありません。私はまた、新しい世界へと旅立ちます》 
 「・・・そうか。そなたにも世話になったのう・・・っと、そうじゃ! 大切な話が残っておったわい! わしとミーティアは、一体いつになったら元の姿に戻れるんじゃろうか!」 
 そうなのだ。トロデはまだモンスターの姿、ミーティアも白馬のままなのだ。ラプソーンを倒したというのに、これはどういうことなのか。 
 《・・・暗黒神の呪力は、もうほとんど消えかかっています。まもなく、自然と元の姿に戻るでしょう》 
 「おおっ、そうか!! それを聞いて安心したぞ!! では、どこに行くのか知らんが、とにかく気をつけて行かれよ! ・・・と、神と呼ばれるそなたの世話を焼くのもおかしなもんじゃな」 
 《私は神ではありません。レティスという名前も、あなたたち人間がそう名付けただけのものです。私が生まれた世界では、違う名で呼ばれていました。そう、あの世界では確か・・・ラーミアと》 
 「・・・ラーミア」 
 その名を確かめるように、
 が小さくつぶやいた。
 の前世は、レティスがラーミアだった頃の巫女なのかもしれない。その名が懐かしく感じた。 
 「・・・レティス、お気をつけて」 
 「今まで、本当にありがとう」 
 《それでは、行きます。さようなら、勇敢な人間たち。あなたたちに出会えてよかった》 
 バサッと翼を広げ、レティスが飛び立つと、エイリュートの道具袋から神鳥の魂がフワリと抜け出した。 
 そのまま、レティスの身体の周りを飛ぶと、二羽の親子はトロデーンを飛び去って行った。 
 「・・・行ってしもうたか」 
 つぶやいたトロデの身体に異変が起こったのは、その直後。淡く全身が光り出したのだ。 
 「・・・お・・・おっさんが! おっさんが光ってるでがす!」 
 「む? バカ者めが。わしなら、いつだってギンギラギンに光っておるわい」 
 「・・・そうじゃねえ! 自分の身体をよく見てみろって!」 
 「・・・む?」 
 ヤンガスの指摘に、トロデは自身の手を見て、目を丸くする。確かに、身体が光っているのだ。そして、その全身が眩い光に包まれ・・・光が消えたとき、そこには人間の姿をした、小さな男が立っていた。 
 「おお・・・こ・・・これは・・・!! も・・・戻った・・・?」 
 そう言うと、服の隠しからトロデは手鏡を取り出し、それを覗きこみ・・・そこに映った自分の姿に歓喜した。 
 「ぬおおおおーっ!! 戻った!! 元の姿に戻ったわい!!」 
 「なんでえ・・・。魔物の時と、大して変わらねえじゃねえか」 
 「な・・・なんじゃと! お、お前さてはわしの本当の姿のかっこよさにビビリよったな!?」 
 ヤンガスの言葉に、トロデが食ってかかるが、そこでとあることに気がつく。自分が元に戻ったということは・・・。 
 「そ・・・そうじゃっ! アホに構ってる場合ではなかった! ひ・・・姫はっ!? わしのかわいい、ミーティア・・・」 
 エイリュートたちの視線の先を追えば、そこにはあの泉で見た黒髪の美しい少女が立っていて・・・。信じられない・・・といった表情で、自分の身体を見つめていた。 
 「みんな・・・」 
 ミーティアが笑顔でエイリュートたちに声をかける。 
 「お・・・おお・・・ミーティア・・・ミーティアや・・・」 
 トロデが目に涙を浮かべ、愛娘に駆け寄った。父子は抱き合い、歓喜の涙を流す。 
 「よかった! よかった! ついに呪いが解けたんじゃっ!! これでもう、何もかも元通りじゃ!」 
 「お父様・・・」 
 抱き合い、涙を流す2人を見て、ゼシカがもらい泣きをする。そんな彼女の肩を、エイリュートがそっと抱き寄せた。 
 「よかったですわ・・・本当に・・・。トロデ様とミーティア様が元に戻って・・・」 
 「そうだな・・・」 
 ギュッと、ククールが
 の手を握り締める。 
 と、トロデーン城が光に包まれる。ゼシカが「ねえ、あれ見て!」と城を指差した。光に包まれた城が眩い光を放ち・・・そして、城の上空にあった暗雲と、城を包んでいたイバラが一瞬にして消えていた。 
 「おお・・・城が・・・城が元の姿に・・・」 
 そして、元に戻った城の中から、トロデーンの人々が笑顔を浮かべて出てきた。 
 「たった今より、トロデーン城は復活じゃ! 皆の者! 宴じゃ! 宴の準備じゃ!!」 
*** 
 その日は一日中、大騒ぎであった。 
 城の一兵士にすぎなかったエイリュートが、まさか救国の英雄になるとは、誰も思いもよらなかっただろう。その出世に誰もが驚いた。 
 称賛の声を浴びる中、ヤンガスはごちそうにがっつき、ゼシカは子供たちに魔法を見せてやっている。その様子を見ていた
 は、男たちに声をかけられ、囲まれていた。 
 「姫・・・こんなところにいらっしゃったのですか」 
 そんな男たちをかきわけ、
 のもとへやって来たのは彼女の恋人だ。その姿を見つけ、
 はホッとした。口には出せなかったが、言い寄られることに慣れていない
 は、少しだけ困っていたからだ。 
 「悪いが、彼女はオレの姫なんでね・・・。取り入ろうとしてもムダだ」 
 そう言うと、ククールは
 の手を取り、男たちの輪の中から
 を連れ出した。 
 バルコニーは人がいなかった。みな、中庭で大騒ぎをしている。その様がそこからはよく見える。それがわかっていて、ククールはここへ連れてきてくれたのだろう。 
 「少し、疲れましたか?」 
 「いえ、大丈夫ですわ。ククールこそ、先ほどは多くの女性に囲まれていたようですけれど?」 
 どうやら、見られていたらしい。美女に囲まれていたククールは、それでも視線で
 を探していた。そして、ようやく男たちに囲まれていた彼女を発見し、救出に至ったというわけだ。 
 「わたくしは、今日にでもシェルダンドへ戻ります。皆さんと別れるのは名残惜しいですが・・・お父様とお母様が心配ですので」 
 「ああ・・・そうだな。早く無事な姿を見せてあげることですね」 
 「・・・・・・」 
 バルコニーからエイリュートたちの姿を見つめ、
 は寂しそうな表情を浮かべた。やはり、別れるのがつらいのだろう。永遠の別れではないが、
 は聖王国の王女だ。国へ帰れば、自由に外へ出ることは難しくなるだろう。 
 「当然、オレもついていっていいんですよね?」 
 「え・・・!?」 
 予想外のククールの言葉に、
 は目を丸くした。そんな王女の態度に、ククールは肩をすくめる。 
 「決戦前の約束を、もうお忘れですか? 暗黒神を倒したら、一緒にシェルダンドへ行くと言ったでしょう」 
 「ククール・・・」 
 腕を広げたククールの胸に、
 は飛び込み、その背中に腕を伸ばして抱きついた。 
 「わたくしの・・・大切な人になってください・・・」 
 「・・・はい、
 姫。誓いますよ」 
 そっとその手を取り、その甲にキスを落とす。 
 視線がぶつかり、笑みがこぼれる。暗黒神は滅んだ。本当の平和が訪れた。 
 それを実感するかのように、恋人たちは顔を寄せ、その唇を重ねた。 
 何もかもが終わり、平和で幸せな時間が訪れる・・・そう思っていた。