68.大空に舞う

 ククールのルーラでレティシアに戻り、そこから歩いて止まり木に向かう。

 「あら? レティスがいらっしゃいませんわね」
 「そういえば、何か探し物があるとか言ってなかったか?」
 「そうでしたわね。きっと、それを探してるんですわね。エイリュートたちもまだ戻ってませんし・・・。ここで少し待つことにいたしましょう」

 草原の上に腰を下ろし、がククールを手招きする。彼女の呼ぶ通り、その隣へ腰を下ろした。

 「姫・・・」
 「はい」

 呼べば、笑顔でこちらを向いてくれる。その笑顔の彼女に、ククールはそっと口付けた。
 これが最後の口付けにならないように・・・と、心の中で願いながら。

***

 レティスが戻ってきたのは、それから数分後。エイリュートたちが戻って来たのは、レティスが戻ってからすぐのことだった。

 《世界に散らばったオーブを全て集めてきたのですね?》
 「はい、ここに」

 仲間たちがそれぞれの手にオーブを持ち、見せた。それを見て、レティスは大きくうなずく。

 《私もこの世界での探し物をようやく見つけ出し、先ほどここに戻ったばかり。さあ、私が見つけて来た、この世界の最後の希望をあなたたちの手に託しましょう・・・》

 レティスが翼を広げると、その目の前に一本の杖が現れる。それを認めた瞬間、ゼシカとトロデがハッと息を飲んだ。

 「そ・・・その杖・・・!」

 ゼシカが悲痛な声をあげる。忘れたくても忘れられないものだ。

 「それは、我がトロデーン国の秘宝の杖っ!!! いかんぞ! その杖を手にしてはならんのじゃっ!!!


 レティスが暗黒神に操られてしまうなんて、とんでもない話だ。慌てる一同に、レティスは穏やかな声で話を続けた。

 《心配はいりません。暗黒神ラプソーンの魂は、すでにこの杖には宿っていません。そればかりか、今この杖の中には七人の賢者の魂が眠っているのです。それより・・・この杖の名は、長い時の間にいつの間にか失われてしまったようですね。この杖は、かつて私がこの世界の人間に作り方を授け、七賢者が作り上げたものです。彼らはこの杖のことを、こう呼んでいました。“神鳥の杖”・・・と》
 「神鳥の杖・・・」

 エイリュートがその名を復唱する。もともとは、禍々しいものではなかったのだ。レティスが作り方を教え、七賢者が作り上げた、由緒正しい杖。

 《闇の結界を取り払うために、あなたたちはこの神鳥の杖を手に取り、暗黒神に立ち向かうのです。私があなたたちを背に乗せて暗黒神のもとに運びます。暗黒神はきっと激しく攻撃してくるでしょう。しかし、あなたたちはその攻撃に耐えながら、杖に向かってひたすらに祈るのです。5人全員が祈れた時、賢者の魂は一つ・・・また一つと、オーブに宿りゆき、救いの手を差し伸べるでしょう》

 簡単に言うが、それはかなり至難の業だろう。何せ、暗黒神の攻撃は先ほど戦ったものとはけた違いだろう。それをやり過ごし、杖に祈りを捧げなければならないのだ。

 《さあ、私の話は以上です。暗黒神のもとで、すべきことは余さず理解できましたね?》
 「は・・・はい・・・!」
 《ならば、暗黒神ラプソーンのもとへ急ぎましょう。さあ、この杖を手に・・・》

***

 レティスの背に乗り、5人はラプソーンのもとへ飛んだ。闇色の結界の中、ラプソーンがこちらを見てニヤリと笑う。あの結界がある限り、ラプソーンは倒せないとレティスは言った。
 神鳥の杖に5人で祈る。だが、それを黙って見ているラプソーンではない。
 持っていた杖の先端の玉を投げつけ、その大きな手を振り下ろし、宙に浮いた瓦礫を落としてきたり・・・。

 「さすがにこれは・・・きついね・・・!」

 エイリュートのベホマズンで全員の体力を回復させながらの祈り。
 その祈りが成功すると、7つのオーブたちが光り、賢者の魂が解き放たれ、ラプソーンを包んで行く。これを7度繰り返すのだ。
 そんなエイリュートたちをあざ笑うかのように、ラプソーンはニヤリと笑い、彼らの必死の祈りを見つめる。
 5人を支えるレティスも必死だ。ラプソーンの攻撃は、レティスにも容赦なく襲いかかるのだ。もちろん、エイリュートのベホマズンでその傷は癒されるのだが。
 5人の祈りが成功し、1人・・・また1人と賢者の魂が解き放たれる。
 だが、それを阻むようにラプソーンの攻撃も威力を増す。残る賢者の魂はあと2人・・・というところで、杖の玉がゼシカに2回命中し、その身体が倒れた。

 「ゼシカ!!

 「ククール! 早く、ザオリクを・・・!!

 「わかってる!」

 が悲鳴に近い声をあげ、エイリュートが慌ててゼシカを抱き起こす。ククールは祈りを捧げ、ゼシカの魂を呼び戻す。
 ザオラルの高等呪文、ザオリクだ。予期せぬ死者の命を蘇られる魔法。確実に、その魂を呼び戻せるものだ。
 ザオリクの魔法が功を奏し、ゼシカが目を覚ます。ホッと胸を撫で下ろす一同に、ラプソーンはまたも攻撃を仕掛けて来た。
 エイリュートがベホマズンの魔法で全員の傷を癒す。だが、なかなか杖に祈ることができない。

 「みんな・・・あともう少しだ! がんばろう!」
 「はいでげす!」
 「うん!」
 「ああ」
 「ええ!」

 エイリュートの言葉に、仲間たちがうなずく。そして、再び杖に祈りを捧げた。
 攻撃に耐え、ようやく最後の賢者の魂が解き放たれる。小さな男の子の魂だ。
 7人の賢者の魂とオーブが重なり、光を放つ。ラプソーンの身体を包んだその光は、見事にその闇の結界を打ち砕いてみせた。
“神の子”と呼ばれた予言師エジェウスの魂が、エイリュートたちに語りかけてきた。

 《愛する我が子孫よ。僕たちに出来るのはここまで・・・。この素晴らしい我らの世界を・・・我らの未来を、どうか守り通してほしい。僕たちは遠くできっと見ている。さらばだ、我が子孫。そして神鳥レティスよ》

 役目を終えた賢者たちの魂が、天高く昇って行く。その様を見つめていたラプソーンが、憎々しげにその魂たちを睨みつけた。

 《うおおおおおっ!!! おのれぇぇ・・・!! どこまでも目障りな虫ケラどもがぁぁぁ!! 我が闇の結界を払いのけたこと、地獄の底で後悔するがいい!! この肉体の真の力を見せてやろう! 死してなお、消えぬほどの永遠の恐怖を、その魂に焼き付けてくれるわっ!!》

 怒り狂ったラプソーンが、凍える吹雪を吐いてきた。
 レティスは上手く旋回しながら、ラプソーンに近づく。その隙にヤンガスが斧を振りかざし、ゼシカは鞭を振るう。ククールは剣から弓へと武器を変え、ラプソーンを狙い撃つ。は援護魔法をかけ、ヤンガスたちの後方支援に回った。
 ラプソーンは先ほどの同様、杖の先端についた玉をぶつけてきたり、メラゾーマやイオナズンといった魔法を使ってきたり、また瓦礫を頭上に落としてきたりする。
 寸でのところでレティスがうまく回避したりしながら、なんとかラプソーンに近づき、攻撃を与えて行く。
 だが、ラプソーンがいきなりヤンガスに強い視線を送ると、その目を見つめたヤンガスの身体が崩れ落ちた。眠ってしまったのだ。

 「ヤンガス!」
 「わたくしに任せてください!」

 エイリュートがヤンガスを起こそうとするが、彼は回復魔法で援護をしなければならない。が慌てて押し止め、呪文を詠唱する。
 キアリクの魔法がヤンガスにかかり、眠っていたヤンガスが目を覚ます。その様を見ていたラプソーンが舌打ちをした。
 回復は完全にエイリュートに任せ、ヤンガスたちは攻撃に転じた。
 兜割り、火炎斬り、双竜打ちを連発し、は白い光の波動をぶつける。
 巨大な身体が少しずつ後退していく。確実にヤンガスたちの攻撃が効いている証拠だ。
 苦し紛れの凍える吹雪に、エイリュートがトーポにフバフバチーズを食べさせ、フバーハと同じ光の衣を作り出す。
 ゼシカがマジックバリアをかけ、魔法に対する耐性を少し上げる。
 そうこうするうちにも、ラプソーンは攻撃の手を止めなかった。振り下ろされる手。杖の先端を投げつける。瓦礫を落とす。
 もちろん、ヤンガスたちも攻撃の手は止めない。レティスがうまくラプソーンに接近し、その隙に攻撃を仕掛ける。
 確実にラプソーンの体力は削られている。攻撃の手を止めることなく、一気にたたみかけた。

 「兄さんのカタキ・・・チェルスのカタキ・・・!」
 「そして、全ての七賢者のカタキ!」
 「アッシらは、けしてあきらめることなく、ここまで来たんでげす!」
 「こんなところで、倒れるわけにはいかない!」
 「わたくしたちが、暗黒神を倒します!」

 エイリュートも攻撃に加わり、5人の一斉攻撃がラプソーンに直撃した。
 
 《ぐおおおおおおっ!!!!》

 ラプソーンが断末魔の声をあげる。
 そして、その巨体から光があふれ出し、辺りを眩い光が包む。
 その光の中で、ゆっくりと、だが確実に、ラプソーンの巨大な身体が消滅していった。