ククールのルーラでレティシアに戻り、そこから歩いて止まり木に向かう。
「あら? レティスがいらっしゃいませんわね」
「そういえば、何か探し物があるとか言ってなかったか?」
「そうでしたわね。きっと、それを探してるんですわね。エイリュートたちもまだ戻ってませんし・・・。ここで少し待つことにいたしましょう」
草原の上に腰を下ろし、がククールを手招きする。彼女の呼ぶ通り、その隣へ腰を下ろした。
「姫・・・」
「はい」
呼べば、笑顔でこちらを向いてくれる。その笑顔の彼女に、ククールはそっと口付けた。
これが最後の口付けにならないように・・・と、心の中で願いながら。
***
レティスが戻ってきたのは、それから数分後。エイリュートたちが戻って来たのは、レティスが戻ってからすぐのことだった。
《世界に散らばったオーブを全て集めてきたのですね?》
「はい、ここに」
仲間たちがそれぞれの手にオーブを持ち、見せた。それを見て、レティスは大きくうなずく。
《私もこの世界での探し物をようやく見つけ出し、先ほどここに戻ったばかり。さあ、私が見つけて来た、この世界の最後の希望をあなたたちの手に託しましょう・・・》
レティスが翼を広げると、その目の前に一本の杖が現れる。それを認めた瞬間、ゼシカとトロデがハッと息を飲んだ。
「そ・・・その杖・・・!」
ゼシカが悲痛な声をあげる。忘れたくても忘れられないものだ。
「それは、我がトロデーン国の秘宝の杖っ!!! いかんぞ! その杖を手にしてはならんのじゃっ!!!
レティスが暗黒神に操られてしまうなんて、とんでもない話だ。慌てる一同に、レティスは穏やかな声で話を続けた。
《心配はいりません。暗黒神ラプソーンの魂は、すでにこの杖には宿っていません。そればかりか、今この杖の中には七人の賢者の魂が眠っているのです。それより・・・この杖の名は、長い時の間にいつの間にか失われてしまったようですね。この杖は、かつて私がこの世界の人間に作り方を授け、七賢者が作り上げたものです。彼らはこの杖のことを、こう呼んでいました。“神鳥の杖”・・・と》
「神鳥の杖・・・」
エイリュートがその名を復唱する。もともとは、禍々しいものではなかったのだ。レティスが作り方を教え、七賢者が作り上げた、由緒正しい杖。
《闇の結界を取り払うために、あなたたちはこの神鳥の杖を手に取り、暗黒神に立ち向かうのです。私があなたたちを背に乗せて暗黒神のもとに運びます。暗黒神はきっと激しく攻撃してくるでしょう。しかし、あなたたちはその攻撃に耐えながら、杖に向かってひたすらに祈るのです。5人全員が祈れた時、賢者の魂は一つ・・・また一つと、オーブに宿りゆき、救いの手を差し伸べるでしょう》
簡単に言うが、それはかなり至難の業だろう。何せ、暗黒神の攻撃は先ほど戦ったものとはけた違いだろう。それをやり過ごし、杖に祈りを捧げなければならないのだ。
《さあ、私の話は以上です。暗黒神のもとで、すべきことは余さず理解できましたね?》
「は・・・はい・・・!」
《ならば、暗黒神ラプソーンのもとへ急ぎましょう。さあ、この杖を手に・・・》
***
レティスの背に乗り、5人はラプソーンのもとへ飛んだ。闇色の結界の中、ラプソーンがこちらを見てニヤリと笑う。あの結界がある限り、ラプソーンは倒せないとレティスは言った。
神鳥の杖に5人で祈る。だが、それを黙って見ているラプソーンではない。
持っていた杖の先端の玉を投げつけ、その大きな手を振り下ろし、宙に浮いた瓦礫を落としてきたり・・・。
「さすがにこれは・・・きついね・・・!」
エイリュートのベホマズンで全員の体力を回復させながらの祈り。
その祈りが成功すると、7つのオーブたちが光り、賢者の魂が解き放たれ、ラプソーンを包んで行く。これを7度繰り返すのだ。
そんなエイリュートたちをあざ笑うかのように、ラプソーンはニヤリと笑い、彼らの必死の祈りを見つめる。
5人を支えるレティスも必死だ。ラプソーンの攻撃は、レティスにも容赦なく襲いかかるのだ。もちろん、エイリュートのベホマズンでその傷は癒されるのだが。
5人の祈りが成功し、1人・・・また1人と賢者の魂が解き放たれる。
だが、それを阻むようにラプソーンの攻撃も威力を増す。残る賢者の魂はあと2人・・・というところで、杖の玉がゼシカに2回命中し、その身体が倒れた。
「ゼシカ!!
「ククール! 早く、ザオリクを・・・!!
「わかってる!」
が悲鳴に近い声をあげ、エイリュートが慌ててゼシカを抱き起こす。ククールは祈りを捧げ、ゼシカの魂を呼び戻す。
ザオラルの高等呪文、ザオリクだ。予期せぬ死者の命を蘇られる魔法。確実に、その魂を呼び戻せるものだ。
ザオリクの魔法が功を奏し、ゼシカが目を覚ます。ホッと胸を撫で下ろす一同に、ラプソーンはまたも攻撃を仕掛けて来た。
エイリュートがベホマズンの魔法で全員の傷を癒す。だが、なかなか杖に祈ることができない。
「みんな・・・あともう少しだ! がんばろう!」
「はいでげす!」
「うん!」
「ああ」
「ええ!」
エイリュートの言葉に、仲間たちがうなずく。そして、再び杖に祈りを捧げた。
攻撃に耐え、ようやく最後の賢者の魂が解き放たれる。小さな男の子の魂だ。
7人の賢者の魂とオーブが重なり、光を放つ。ラプソーンの身体を包んだその光は、見事にその闇の結界を打ち砕いてみせた。
“神の子”と呼ばれた予言師エジェウスの魂が、エイリュートたちに語りかけてきた。
《愛する我が子孫よ。僕たちに出来るのはここまで・・・。この素晴らしい我らの世界を・・・我らの未来を、どうか守り通してほしい。僕たちは遠くできっと見ている。さらばだ、我が子孫。そして神鳥レティスよ》
役目を終えた賢者たちの魂が、天高く昇って行く。その様を見つめていたラプソーンが、憎々しげにその魂たちを睨みつけた。
《うおおおおおっ!!! おのれぇぇ・・・!! どこまでも目障りな虫ケラどもがぁぁぁ!! 我が闇の結界を払いのけたこと、地獄の底で後悔するがいい!! この肉体の真の力を見せてやろう! 死してなお、消えぬほどの永遠の恐怖を、その魂に焼き付けてくれるわっ!!》
怒り狂ったラプソーンが、凍える吹雪を吐いてきた。
レティスは上手く旋回しながら、ラプソーンに近づく。その隙にヤンガスが斧を振りかざし、ゼシカは鞭を振るう。ククールは剣から弓へと武器を変え、ラプソーンを狙い撃つ。は援護魔法をかけ、ヤンガスたちの後方支援に回った。
ラプソーンは先ほどの同様、杖の先端についた玉をぶつけてきたり、メラゾーマやイオナズンといった魔法を使ってきたり、また瓦礫を頭上に落としてきたりする。
寸でのところでレティスがうまく回避したりしながら、なんとかラプソーンに近づき、攻撃を与えて行く。
だが、ラプソーンがいきなりヤンガスに強い視線を送ると、その目を見つめたヤンガスの身体が崩れ落ちた。眠ってしまったのだ。
「ヤンガス!」
「わたくしに任せてください!」
エイリュートがヤンガスを起こそうとするが、彼は回復魔法で援護をしなければならない。が慌てて押し止め、呪文を詠唱する。
キアリクの魔法がヤンガスにかかり、眠っていたヤンガスが目を覚ます。その様を見ていたラプソーンが舌打ちをした。
回復は完全にエイリュートに任せ、ヤンガスたちは攻撃に転じた。
兜割り、火炎斬り、双竜打ちを連発し、は白い光の波動をぶつける。
巨大な身体が少しずつ後退していく。確実にヤンガスたちの攻撃が効いている証拠だ。
苦し紛れの凍える吹雪に、エイリュートがトーポにフバフバチーズを食べさせ、フバーハと同じ光の衣を作り出す。
ゼシカがマジックバリアをかけ、魔法に対する耐性を少し上げる。
そうこうするうちにも、ラプソーンは攻撃の手を止めなかった。振り下ろされる手。杖の先端を投げつける。瓦礫を落とす。
もちろん、ヤンガスたちも攻撃の手は止めない。レティスがうまくラプソーンに接近し、その隙に攻撃を仕掛ける。
確実にラプソーンの体力は削られている。攻撃の手を止めることなく、一気にたたみかけた。
「兄さんのカタキ・・・チェルスのカタキ・・・!」
「そして、全ての七賢者のカタキ!」
「アッシらは、けしてあきらめることなく、ここまで来たんでげす!」
「こんなところで、倒れるわけにはいかない!」
「わたくしたちが、暗黒神を倒します!」
エイリュートも攻撃に加わり、5人の一斉攻撃がラプソーンに直撃した。
《ぐおおおおおおっ!!!!》
ラプソーンが断末魔の声をあげる。
そして、その巨体から光があふれ出し、辺りを眩い光が包む。
その光の中で、ゆっくりと、だが確実に、ラプソーンの巨大な身体が消滅していった。