黒い球体から現れ、自分たちを救ってくれたレティスの姿に、エイリュートたちはあ然とした。レティスは闇の世界に取り残されていたはずなのに、なぜここにいるのか・・・。
《暗黒神ラプソーンが、光の世界と闇の世界を繋ぐ扉を開いたおかげで、ようやく、こちらの世界に戻れました。しかし、闇の世界より、多くの悪しき魂がこちらの世界へと送り込まれてしまったようです。このまま捨て置けば、この世界のありとあらゆる命は、悪しき魂によって滅ぼされてしまうでしょう》
「そんな・・・!」
フト、視界の隅にラプソーンの姿を捉える。その巨体が、闇色をした球体に包まれていく。そして、そのラプソーンの周りには、その僕たちが暗黒神を守るように飛びまわっていた。
レティシアの止まり木にレティスはエイリュートたちを連れて来た。その背中から下り、止まり木に止まるレティスを見上げた。
「助けてくれて、ありがとうございます、レティス」
《いえ、礼には及びません。しかし、暗黒神はすでに完全な身体を手に入れてしまいました。もはや、あの者を封印することなどできません。エイリュート、暗黒神を倒すのです。今となっては、あの者を倒し、永久に消し去るより他に、この世界を救う方法はないのです。とは言っても、あの暗黒神を打ち滅ぼせる可能性はごくわずか・・・けれど、あなたなら・・・》
期待に満ちた眼差しで、レティスがエイリュートを見つめる。穏やかな視線だった。
《選ばれし、特別な血を引くエイリュート・・・。あなたならば、暗黒神にも打ち勝つことができるかもしれません》
「え・・・! なんでエイトが竜神族の血を引いてることを知ってるの??
「さすが神鳥でがす。何もかもお見通しということでげすな」
驚くゼシカとは対照的に、ヤンガスはうんうんと納得した様子。レティスには最初からエイリュートのことがわかっていたのだろう。
《しかし、暗黒神の身体は、強力な闇の結界により、守られています。まず、あの結界を打ち破らなければ、暗黒神に攻撃することさえままならないでしょう。あの闇の結界を破るために、私たちはもう一度彼らの力を借りなくてはなりません》
「彼ら・・・?」
《かつて、あの暗黒神を封印した七人の賢者・・・彼らの力を》
「賢者たちの力を・・・!?
すでに亡くなった7人の賢者の力を借りる・・・一体、どういうことなのか。
《私には見えます。暗黒神の復活を再び阻止せんとする、かつての賢者たちの大いなる意志が・・・。それは、七賢者の聖なる力を宿したオーブとなって、世界の各地に現れたようです。世界に散らばったオーブを見つけ出し、一所に集めるのです。集めるべきオーブは彼ら・・・賢者の数と同じ7つ。その全てを集めたなら、再びここに戻って来るのです。私もこの世界で探さなければならない物があります。いずれ、一度ここを離れます。さあ、時間がありません。エイリュート、急ぐのです》
レティスに背を押される形でオーブ探しに出たエイリュートたちだが、やみくもに探しまわっても仕方がない。5人は二手に分かれることにした。
ルーラが使えるエイリュートとククールの2つのグループに分かれ、ゼシカとヤンガスがエイリュートと。がククールと一緒に行くことになった。
「・・・ククール」
「ん?」
「くれぐれも注意しておくけど、キミ、姫に何かおかしなこと・・・」
「おいおい、オレたちはもう恋人同士だぜ? 何を心配してんだよ。ま、大事な決戦前だし、下手なことはしないでおくよ。そっちこそ、ヤンガスそっちのけでゼシカとイチャイチャすんなよ?」
「な・・・! 僕をキミと一緒にしないでくれ!」
ギャーギャー喚きだしたエイリュートに、ククールは「はいはい・・・」と言いながら耳を塞ぐ。当のとゼシカはまったく気にしていないようだ。
「とりあえず・・・東方面は私たちが。西方面は姫たちが担当するってことでいいよね?」
「ええ、そうですわね。見つからなくても、夕刻にはここへ戻って来るようにいたしましょう」
「そうでがすな」
エイリュートとククールは蚊帳の外に、たちで意見がまとまった。
「それじゃ、また後で」
「気をつけてくださいね、ゼシカ、ヤンガス」
「姫さんも、気をつけてくだせぇ」
「ありがとうございます」
ゼシカが手をヒラヒラと振り、未だククールに怒鳴り散らしているエイリュートの腕を引っ張った。
フードをかぶったがどこか浮かれた様子でベルガラックの町を歩く。その姿を、ククールは不思議に思いながら見守った。
これから暗黒神との最終決戦だというのに、この浮かれようはなんだろうか?
「姫」
「はい?」
声をかければ、やはり笑顔の。彼女の動きに合わせて金色の髪が踊る。
「なんだか、先ほどからご機嫌のようですね。これから、とんでもない相手と戦うっていうのに・・・」
「あ、ごめんなさい・・・。その・・・ククールと、2人きりになれたのが、ちょっとうれしくて」
照れたように頬を赤らめるの姿に、ククールは面食らう。
「そんなうれしい言葉をいただけるなんて・・・光栄ですよ、愛しい姫君」
「あ、ククール、カジノがありますが、遊んでいきます?」
「・・・今はやめといた方がいいかと。それより、ギャリング邸へ向かいましょう。オレの考えが正しければ、オーブがあるのはベルガラック、リブルアーチ、それからメディばあさんの山小屋だ」
ククールの口説き文句をあっさりスルーしたに、少々憮然としながらも、ククールは先ほどエイリュートたちにも言った自身の考えを口にした。
七賢者と同じ数のオーブ、それらが無作為に地上に現れたとは思えない。きっと、彼らに縁のある場所にそれはあるだろうという考えだ。
マスター・ライラスのトラペッタ。サーベルト・アルバートのリーザス塔。オディロ院長のマイエラ修道院。ギャリングのベルガラック。チェルスのリブルアーチ。メディばあさんの山小屋。そして法皇の館。
どれも七賢者の最後の末裔が命を落とした場所だ。七賢者の思念がオーブという形になったのなら、これほど好都合な場所はない。
そう考えついた結果、東へはエイリュートたちが、西にはククールたちが向かうことになったのだ。
「でも、さすがですわね、ククール。よくそんなことに気がつきましたわね」
「大したことじゃありませんよ。ちょっと考えればわかりそうなことです」
ギャリング邸の、ギャリングの寝室で黄色い宝珠を見つけたが、驚いた声をあげるが、ククールはなんてことはない・・・という様子で返した。
「これが、賢者の思念が詰まったオーブなのですね・・・。黄色く光っているので、イエローオーブですわ」
集めるべき7つのオーブはブルー、レッド、グリーン、イエロー、パープル、シルバー、ゴールドの色に輝いているという。
まずは1つ目。次はチェルスのリブルアーチだ。
「それにしても、ここは世の終わりだー、破滅だーっていう雰囲気とは無縁のようだな。ギャンブルのことしか考えてない連中は、空が赤くなった程度じゃパニックになったりしないようだな」
今も繁盛しているカジノ。この町だけは、世界の喧騒からかけ離れているかのようだ。
「ククールも、同じですか? あなたもギャンブラーなのでしょう?」
「オレはさすがに当事者だからな・・・。気にせずにはいられないですよ」
「それを聞いて、安心しましたわ」
手に入れたオーブを道具袋の中に大事にしまい、とククールはギャリングの寝室を出る。
カジノのオーナーである、フォーグとユッケに挨拶を軽くし、2人はベルガラックを後にした。
「・・・ここにゼシカを連れて来なくて正解でしたわ。チェルスさんのこと、ゼシカはずっと気に病んでますもの」
「チェルスを救えなかったのは、オレたちも同じなのにな・・・」
ゼシカから杖が離れたときに、杖のことに気づいていれば、チェルスは死なずにすんだのかもしれない。
それとも・・・七賢者の末裔が殺されることは、運命だったのだろうか・・・?
「そういや、この町には石像作りの職人がたくさん住んでるんだったな。・・・オレもいずれ、巨大ククール像を作る時に世話になるかもな」
「まあ・・・! 石像ならば、ラプソーンのお城で襲われたじゃありませんか」
「いや、動く石像じゃなくて・・・普通の石像でいいんだが」
「それならば、いずれシェルダンドに建設させましょう? 世界を救った英雄、ククール様の石像として」
「・・・冗談だったんだけどな」
何せこの天然ボケが入っている王女様は、冗談が通じない。それはそうだろう。彼女は今まで冗談など言われたことがないのだから。
本気でククールが巨大な石像を欲しがっているんだと思い込んだは、シェルダンドのどこに石像を設置しようか本気で悩んでいる。これは、説得するのが難しそうだ。
「あ、ありましたわ・・・緑色・・・グリーンオーブですわね」
レオパルドの小屋の前、あの悲劇があった現場。そこに緑色の宝珠が落ちていた。
「・・・チェルスさん。あなたの意志は無駄にいたしませんわ」
その場に跪き、祈りを捧げる。ククールも、そんな彼女に倣って小さく祈りを捧げた。
「さあ、行きましょう。次はメディおばあ様の山小屋ですわね」
その途端、の表情が暗くなる。メディの最期を思い出したのだろう。
チェルスの時は、は直接的にその最期を見ていない。ゼシカの看病に当たっていた彼女は、チェルスが事切れてから、現場にやって来た。
だが、メディは違った。目の前で、伸ばした手の先で、むざむざと殺されてしまったのだ。
今もまだ、雪は降り続いている。ハァ・・・と吐き出す息が白い。
あの日の、メディの最期の場所。そこに輝く赤い宝珠。の白い指がそっとそれに触れる。
「メディおばあ様・・・」
オーブを手に取り、はそれを胸に抱きしめる。しばらくそうしていたが、おもむろに立ち上がり、ククールを見つめた。
「ククール・・・」
「はい?」
「約束を、しましょう?」
「約束・・・?」
「あなたがシェルダンドへ一緒に行ってくれると言ったとき、わたくしはとてもうれしかったです。王族が大嫌いだとおっしゃっていたあなたが、王家へ入ろうとしてくださったんですもの」
「姫・・・それは・・・」
「いえ、わかっております。あなたは、縛られるのが嫌いな方。それが無理だということは、重々承知しておりますわ。わたくしは、あなたのその気持ちがとてもうれしかったのです」
「・・・・・・」
大切そうに、が首元の金のロザリオに触れる。聖王女の証だ。
「ですが・・・やはり、わたくしはあなたを王族という鎖に縛り付けたくはありません。この決戦が終わったら、あなたは自由に生きてください。それを、約束してください」
「・・・姫、それはつまり、オレに王族としての暮らしは似合わないと?」
「いいえ! 違います!! わたくしは・・・」
「姫は、オレの努力を見ずして、その生活は似合わないと言うわけですね」
「そんなつもりは・・・!」
言いかけたの言葉を遮るようにして、ククールが腕を伸ばし、の身体を抱き寄せた。そのまま、ギュッと抱きしめられる。
「なら、オレも約束しますよ。暗黒神を倒したら、あなたと一緒にシェルダンドへ向かいます」
「ククール・・・」
「メディばあさんの魂にも誓いますよ。だからどうか、あなたの傍にいることをお許しください? 姫」
ジワリ・・・との大きな瞳に涙が浮かんだ。その涙を拭い、ククールが微笑む。
「返事をお聞かせ願いますか?」
「・・・ありがとうございます、ククール。とてもうれしいです」
抱きしめられ、そっと胸に頬を寄せ、目を閉じた。
これから、世界の運命を賭けた最後の戦いが始まる。
どうかこれから先も、この人と共に歩けますように・・・と願わずにはいられなかった。