66.暗黒魔城都市

 ルーラの呪文で竜神族の里を出て、こちらの世界に戻って来たとき、頭上にその禍々しい姿を目にし、エイリュートたちは知らず気分が落ち込んだ。
 今までのことは夢ではなかったのだ。
 7人の賢者の命は奪われ、聖地ゴルドの女神像を破壊し、とうとう暗黒神ラプソーンは復活を遂げた・・・。ラプソーンは、女神像の中に封印されていた本当の身体を手に入れてしまったのだ。
 そして、今、ラプソーンはあの空に浮かぶ都市にいる。

 「みんな、覚悟はいいね?」
 「もちろんでげす!」
 「ええ!」
 「今さら怖気づいてもな・・・」
 「わたくしたちにしか止められませんわ! 行きましょう!」

 5人は顔を見合わせ、力強くうなずくと、神鳥の魂を使い、その身を鳥の姿へと変え、空中の都市へと向かった。

***

 神鳥の力でその都市に降り立った5人は、まず辺りを見回した。もちろん、魔物の気配はする。だが、これは都市というよりも廃墟に近い。

 「アッシなりに思うんでがすが、暗黒神を復活させたのは、それほどの失敗じゃなかったと思うでげすよ」
 「え? どうしてだい?」

 都市の中を歩きながら、ヤンガスがおもむろに口を開いた。なんとも意外な言葉に、エイリュートが目を丸くする。暗黒神が復活してよかったなどと・・・。

 「だって、復活した暗黒神を倒さなければ、いつまで経っても暗黒神の脅威から世界を救えないと思うんでげす」
 「なるほど・・・。封印しただけじゃ、解決にならないってヤンガスは言いたいんだね」
 「そうでげす。ここでアッシらが完全にラプソーンのヤツをぶちのめせばいいんでがす!」
 「そうよね・・・。私たち、今度こそ暗黒神を追いつめてるのよね。今まで何度も失敗してきたけど、ここで絶対に帳消しにしてやるわ!」

 グッと拳を握りしめ、ゼシカが決意を新たにする。その気持ちは他の4人も同じだ。何度も倒しては別の人間に憑依し、逃げられ、そして7人の賢者が犠牲になった。

 「聖地ゴルドの下から、一体何が出やがったのかと思ったが、まさかこんな都市だったとはな」

 キョロキョロと辺りを見回し、ため息交じりにククールがつぶやく。

 「でもって、こんな所に住んでるヤツと、戦うことになるとは。オレの人生も碌なもんじゃないな」
 「・・・弱気? めずらしいね」

 ククールのため息交じりの言葉に対し、ゼシカが茶化すような声をかける。

 「弱気ってこたないけど・・・。これまでの人生がなんと不運の連続だったことかと嘆いただけだ」
 「ここまで来たら、つべこべ言っても仕方ないでがす。幸運か不運かそれを決めるのはこれからでがすよ」
 「ちぇっ、諭されちまった。グチなんて言うんじゃなかったぜ」

 まさかヤンガスに諭されるとは・・・ヒョイと肩を竦めるククールに、がクスクスと笑った。
 これから最後の決戦に向かうというのに、仲間たちの様子はいつもと変わらない。いや、そうやって緊張をほぐしているのかもしれないが、エイリュートは笑顔で言葉を交わす仲間たちを一行の後ろから眺めていた。

 「エイト? 何してるのよ、そんなとこで1人で」

 そんなエイリュートの姿に気づいたゼシカが、駆け寄ってエイリュートの腕を取る。

 「ほらほら、リーダーさん! ここは一つ、意気込みをお願いします!」
 「え・・・? 意気込みって・・・。そんなの、ラプソーンを倒すぞ!しかないじゃないか」
 「もっと気合い入れて言ってよね〜・・・まったく」

 ゼシカの言葉にタジタジなエイリュートを見て、ククールが「今から尻に敷かれてどうすんだ」とつぶやく。

 「あら、人のこと言えるの? ククール。あんただって、姫に頭が上がらないくせに」
 「そりゃ、姫は王女様だからな。そんな上から目線で物は言えないだろ」
 「・・・それもそっか」

 迫りくる魔物たちを倒し、そんな雑談に興じることができるなんて、本当に自分たちは暗黒神と戦う途中なのだろうか・・・とは思うが、逆に緊張でガチガチになるよりかは、マシなのかもしれない。
 実際、ラプソーンを目の前にして、何もできないままで終わってしまっては話にならない。それならば、いつもと同じ状況で戦った方がいいに決まっている。
 廃墟のような場所を抜けると、今度は町に移動した。本当にここはラプソーンの居城なのかと疑うような、明るい色合いの町並みだった。
 しかし、進んでも進んでもその町並みが続く。さすがに、これはおかしいだろう。

 「また普通の町並みでがすなあ。暗黒神が近づいてるはずなのに、ちっとも怪しい感じがしないでがす」
 「うん、僕もそう思ってた・・・」
 「まるで、別の次元へ迷い込んでしまったようですわね。本当に、ラプソーンの居城じゃないみたいですわ」
 「・・・残念だけど、そいつは違うみたいだ。何だか、妙にヒリヒリするぜ。ちゃんと周りを見てないと、肝心なことを見落とすかもな」

 ククールの冷静な言葉に、エイリュートたちは気持ちを入れ直す。邪悪な気配を感じることのできる彼の言うことだ。間違いはないだろう。

 「見るっていっても、目だけじゃない。全身全霊傾けて、ありとあらゆるものを、きっちり見るんだ」
 「う・・・うん・・・」
 「道に迷ったとき、一番やっちゃいけないことを教えてやろうか?」
 「え・・・? 何だい、それ??


 ククールの問いかけに、エイリュートが目を丸くする。そんなエイリュートに、ククールはフッと笑む。

 「今やってることが、一番ダメなことだ。考えてばかりで、動くのをためらってる。悩んでたって、仕方ない。とにかく道がある限り、前に進もうぜ。そうだろ?」
 「ククール・・・うん、そうだね・・・。後ろを向いたって仕方ない。前へ進もう!」
 「その調子だ」

 ククールの言う通り、歩みを止めずに進み続けると・・・先ほどまで、明るい色合いだった町並が豹変した。ボロボロに朽ち果てた壁に、毒の沼地、果ては牢獄まで現れる。まるで、まやかしのようだった。

 「なんなんだろう・・・ここは・・・」

 疑問に思いながらも進んで行けば、どうやら終着地らしい下へ向かう階段が見えた。グルグル回るのは終了だ。
 階段を下り、一本道を進んで行くと・・・感じるのは禍々しい気配。そして、大きな扉。

 「・・・いますわ、あそこに。暗黒神ラプソーンが!」

 がギュッと自分で自分の身体を抱きしめるように、腕を回す。

 「絶対勝つでがす! 勝ーつ勝ーつ勝ーつ勝ぁーっつ!!! ずうえったいに、くわぁーっつ!!!


 ヤンガスがまるで自分に言い聞かせるように、大きな声で鼓舞する。

 「ここまで来たんだ。話すのは後にしようぜ」

 ククールが身震いするの肩を抱きしめ、エイリュートに声をかけるが・・・エイリュートは緊張した面持ちだ。

 「ねえ、エイト」
 「え・・・?」

 そんなエイリュートに、ゼシカが笑顔で声をかけてくる。ニコッと笑ったゼシカは、両手でエイリュートの両手を握りしめた。

 「こんなときになんだけど・・・ありがとう。エイトに感謝してる。エイトがいなかったら、きっと私、ここにたどり着けなかった。だから・・・ホントにありがとう」
 「ゼシカ・・・そんな、僕の方こそ・・・」
 「くあーっ!! こんなときに、何をいいムードになってるでがすかっ!! それに言っとくでがすが、兄貴に感謝してる度合いだったら、アッシの方がずっと上でがす!!

 「何よ、ヤンガス! 邪魔しないでよね!」
 「邪魔くらい、するでがすっ! だいたい、ゼシカはいつからエイトの兄貴と恋仲に・・・」
 「おいおい、お前ら」

 言い争いに発展してしまったヤンガスとゼシカを止めるように、ククールが口をはさんだ。

 「あんまりシカト決め込むと、暗黒神くん、スネちまうぞ? オレは、あの怖い怖い鬼さんを一刻も早くやっつけて、こんな所さっさとおいとましたいんだ。だから、しゃべくってないで、さっさと行くぞ!」
 「何よ、もう。偉そうに! わかってますよーだ!」

 イーッと顔をしかめ、ゼシカがククールに悪態をつく。
 エイリュートは深呼吸をし、仲間たちを見回し、うなずいた。仲間たちも同様にうなずく。
 扉を開き、目の前に見える玉座向かって駆け出す5人。その5人の前に姿を見せたのは、小さな魔物だった。

 「待ちかねたぞ。幾度となく、我が行く手を遮ろうとした愚かなるものたちよ」

 まるで幼子のような声で、悪魔のような姿をした小さな魔物が言葉を発する。杖から聞こえてきた声と違うのは、なぜなのか。だが、確かに目の前にいる魔物がラプソーンなのだろう。

 「我こそは暗黒神ラプソーン。この身を取り戻すために、思えばずい分長い旅をしたものだ。旅の途中、お互い幾度もの悲しみを味わったな。だが人間よ、今は共に喜び合おうではないか。この光の世界と闇の世界は、たった今より一つの世界となり、新たなる神を迎えるのだ。新たなる神の名は暗黒神ラプソーン! さあ、我を崇めよ!! 身を引き裂くような激しい悲しみを我に捧げるがいい!!


 両手を広げ、声高に宣言するラプソーン。エイリュートたちはそれぞれの武器を構えた。

 「そんな勝手なことをさせるものか! 闇の世界と一つになんて、させない!」
 「あくまでも我に逆らうつもりか・・・いいだろう。そのことを後悔させてやるっ!!!


***

 今まで戦って来た魔物と、攻撃力が段違いだった。
 通常攻撃に加え、メラゾーマにイオナズンといった最上級魔法、凍える吹雪に、目を見たものを強制的に眠らせる睡眠攻撃と、その攻撃の手は多種多様。
 ヤンガスとゼシカ、が攻撃に入り、エイリュートとククールは回復に専念する。
 ラプソーンの攻撃一つで、誰かが瀕死状態になり、最悪は戦闘不能と化す。回復役のエイリュートとククールは休む暇もなくベホマの魔法をかけ続ける。
 時には吹雪で凍傷を負った全員を救うべく、エイリュートはベホマズンの魔法をかけ、時にはイオナズンで爆撃に見舞われた全員に傷を癒すべく、ククールがベホマラーの魔法をかける。
 ヤンガスの斧と、ゼシカの鞭、の剣がラプソーンにダメージを与えるが、致命傷はまだ与えられていない。それどころか、ラプソーンは表情一つ変えずに攻撃を仕掛けてくるのだ。
 強烈な吹雪を食らい、ゼシカがフバーハの魔法をかけるが、それでもすさまじい威力だ。凍えたところで、メラゾーマの巨大な火の玉が飛んでくると、それだけで身体は変調をきたす。
 だが、終わりは唐突に訪れた。止めのの聖光斬りに、ラプソーンの身体が宙に浮き、そのまま震動を始め・・・その身体が後方へ吹っ飛ぶ。
 ラプソーンの下半身部分に当たる黄色い何かが液体と化し、そのままラプソーンの身体が消滅した。

 「勝った・・・でがす」
 「・・・信じられない・・・くらい・・・うれしい・・・かも」

 攻撃を仕掛けていたヤンガスとゼシカが、肩で息をしながらつぶやく。その直後、やった〜!!と2人は抱き合いながら歓喜の声をあげた。

 「さあ、帰るぞ! こんな所、さっさとおさらばだ!」
 「うん!」

 リレミトの魔法をかけるが、何か不思議な力が働いているらしく、効果が現れない。仕方なく、歩いて帰ろうとしたときだった。
 ズズン・・・と大きな地響きがし、城の天井が崩れ始めてきたのだ。

 「ひょ・・・ひょっとして、これってちょっとやばくない? わわわっ! ここから逃げなきゃ!!

 「つぶさ・・・れるで・・・がすっ!! と・・・とにか・・・く・・・急ぐで・・・げすっ!!


 慌てて、5人は玉座の間を逃げ出した。
 走って逃げる間も、地面が揺れ、天井が崩れ落ちて来る。その上、待ち構えていたかのように、魔物がエイリュートたちに襲いかかる。
 驚いたのは、エイリュートたちの姿をした石像だ。彼らは自分たちと同じ姿をしていた。だが、だからといって、攻撃をしないわけがない。

 「先にオレの石像から倒した方がいい!」
 「え・・・?」

 ククールの声に、4人が驚いた顔をして彼を振り返る。

 「あの石像がオレたちと同じ能力なら、最悪ザラキか・・・ベホマラー辺りを使ってくるはずだ!」
 「そういうことでしたら、容赦なく攻撃させていただきますわっ!!


 なぜか嬉々とした表情のに、ククールは言葉を失い、エイリュートたちはニヤニヤと笑う。

 「あんた、姫に恨まれるようなことしたわけ?」
 「・・・覚えはないが」

 そんな5体の石像をあっさりと打ちのめし、先へ進んで行けば、今度は海竜に似た魔物が襲いかかってくる。だが、それにエイリュートたちの敵ではない。
 ようやく外へ出、神鳥の魂でこの場を脱出しようとしたときだった。エイリュートたちの目の前に、巨大な魔人が姿を現した。
 だが、パワーだけの魔人など敵ではない。ククールが回復役に徹し、体力とパワーだけの魔人はあっさりと倒される。
 フゥ・・・と息を吐き、今度こそ神鳥の魂で脱出する。と、暗黒魔城都市が崩れていき・・・そこから禍々しい光が放たれた。
 目を丸くする一同の前で、光の中から巨大な塊が出現した。塊・・・いや、生き物だ。禍々しいまでの気配・・・巨大な身体・・・まさかとは思うが、あれが暗黒神ラプソーンの真の姿なのだろう。

 《うおお・・・おおおっ!!! なんという力か・・・。我が魂はついに最強の力を持つ肉体を手に入れた。時は満ちたり・・・。今こそ二つの世界を一つに束ねる儀式を行う時》

 杖から聞こえてきた声だ。おどろおどろしい声。
 ラプソーンが手にした杖を掲げれば、ラプソーンの身体の周りに生まれた黒い球体から無数の魔物が姿を現した。

 《出でよ、我が僕たち! この卑しき世界の何もかもを食らい尽くすがよい!!》

 ゲモンと同じ姿をした魔物たちが、一斉にエイリュートたち向かって飛んでくる。その力の波に飲まれ、レティスの子の力が消える。

 「わ・・・!!!

 「きゃ・・・!!


 鳥の姿が消え、エイリュートたちの姿に戻ってしまう。そうなれば・・・当然、飛ぶ力などないエイリュートたちは、落下していく。
 抵抗しようにも、どうしようもない。これまでか・・・と諦めかけたときだった。ラプソーンの僕たちが出て来た黒い球体から、鮮やかな青い鳥が飛び出して来たのだ。
 青い鳥は、そのまま落下していくエイリュートたちの身体をその背で受け止め、ラプソーンの周りを一周してから、その場を離れて行く。
 レティスだ。レティスが寸でのところで、エイリュートたちを救ってくれたのだった。