我が娘ウィニアは持ち前の好奇心から人間界を訪れ、そこで偶然エルトリオ王子と出会った。
やがて2人は互いを深く愛し合うようになる。
・・・それを引き裂いたのは、他でもないこのわしなのじゃ。その時はそれが正しいと思っておった。人間と竜神族とでは幸せになれるはずがないと・・・。
だが、結局わしの決断は自分の娘を不幸にしただけじゃった。
・・・ウィニアを連れ戻してから、ほどなくして竜神族の里の側で人間の亡骸が発見された。それはエルトリオじゃった。ウィニアを追って、この里を目指した彼は、今少しの所で力尽きたのだ。
そのことを知った娘は深く深く悲しみ、悲嘆のあまり徐々に身体を弱らせていった・・・。そして、その時すでに、ウィニアはエルトリオの子・・・エイリュート、お前を身籠っておったのじゃ。
そのことに気づいたウィニアは、周囲の反対を押し切って産むことを決めた。だが衰弱していたあれの身体が出産に耐えられるはずもなく、お前を産んだウィニアはそのまま・・・。
こうして、生まれて来た人間と竜神族の血をひくエイリュートを、どうすべきかが長老会議で話し合われた。何年にも渡る長い議論の末、決められたのは、まだ幼いお前の記憶を封じ、この里から追放することだった。
無論、わしは必死に反対したよ。だが、一度下った決定が覆ることはなかった。この時ばかりは、わしも自らの無力さを呪ったものじゃよ・・・。
やがて、会議で決められたとおり、お前は竜神王様の手によって記憶を封じられ、里を追放された。
だが、かわいい孫を・・・ウィニアの忘れ形見を見捨てることなど、わしにはとても出来なかった。
わしは竜神王様に願い出て、人間界へと追放された。お前を追いかける許しをいただいたのじゃ。そのための条件は姿をネズミに変え、決してエイリュートと話してはならぬという厳しいものじゃった。
だが、本当なら人間界で両親と共に幸せに暮らすはずだったお前に背負わせた苦労を思えば・・・。そうすることが償いになるとは思わんが、わしは迷わずネズミとなって、お前を追いかけたのじゃ。
***
「これがわしに話せる全てじゃ。今まで黙っていて、本当にすまなかった。不甲斐ない、この老人を許してくれ」
話をするため使用していたお手製の紙芝居をしまい、グルーノが頭を下げた。
「その指輪じゃが・・・これからはお前が持っていてくれ。その方がウィニアも・・・お前の母も喜ぶであろうからな」
エイリュートは先ほど手渡されたアルゴンハートのついた指輪を見つめた。これは、母の形見だ。そして、父の身分を証明するものとなるだろう。
「お前の名前は、ウィニアが名づけたのじゃよ。エルトリオから取って、エイリュート。その名前を大事にしておくれ」
「・・・はい」
「・・・さて、それでは里の様子を見回ってくるとしようか」
グルーノはそう言い残すと、クルリとエイリュートたちに背を向け、部屋を出て行った。
残された5人は、エイリュートの手にあるアルゴンリングを見つめ、ハァ〜・・・とため息をついた。
「兄貴がグルーノじいさんの孫で、竜神族と人間のハーフで、なおかつサザンビーク王家の人間だなんて・・・。ああっ、もう何が何だか・・・。頭が混乱してきたでがすよ!」
「まあ、オレは最初からエイリュートがタダ者じゃないってことくらい、見抜いていたんだが・・・。それにしても、竜神族と王家、両方の血を引いてるとは恐れ入ったぜ。普通はどちらか一方だろ!?」
「・・・あっ! でもそれって、エイトがあのチャゴス王子の親戚だってことじゃないの? ううっ、何だかイヤなことに気づいちゃったわねぇ・・・」
「ゼシカ、ずい分前に言われたこと、そっくりそのままお返しするぜ」
「え?」
ククールが腕を組み、皮肉な笑みを浮かべる。
「エイリュートと結婚すれば、ゼシカはチャゴスと親類になるんだぜ? ご苦労なこった」
「な・・・!!」
確かに、ククールの言う通りである。国家間の繋がりよりも、家族の繋がりの方が強いに決まっている。まさか、こんな形で自分の発言が返ってくるとは、夢にも思わなかった。
「エイリュートがサザンビーク王家の人間・・・。これからはエイリュート様とお呼びしなければなりませんわね」
「や、やめてください、
姫・・・! 僕は、サザンビークの王家の者なんて自覚はまだ持てませんし・・・それに、やっぱり僕は、トロデーンの一兵士にすぎません。僕がそれを受け入れられる日が来るかは、わかりませんが・・・。みんなには、今まで通り、接してもらいたい」
照れくさそうに、人好きのする笑みを浮かべてエイリュートがつぶやく。「ダメかな?」と尋ねる彼に、仲間たちは笑顔をこぼした。
「兄貴〜! それでこそ、アッシの兄貴でげすよ!!」
「バカね、エイト。そんなの、決まってるじゃない!」
「エイリュートがそれを望むのなら、わたくしはそれに従いますわ」
「ま、いきなり王子様扱いしろって言われてもな・・・。今さら無理だろ」
ヤンガスとゼシカがエイリュートに抱きつき、
は小首をかしげて微笑む。ククールも腕を組み、いつもの飄々とした口調で言った。
「ありがとう・・・みんな・・・」
お礼を言い、ペコリと頭を下げるエイリュート。
その5人の姿を、グルーノが温かい眼差しで見守っていた。
「それにしても、人間姿の竜神王って、すごい美形よね。とてもあの凶暴な竜と、同一人物とは思えないわ」
ゼシカが竜神王の姿を思い出したのか、少々うっとりした表情でつぶやいた。その言葉に反応したのは、彼女の恋人であるエイリュートと、造形美に自信のあるククールだ。
「ゼシカは見る目がないな。あいつごときが美形だとは・・・。・・・いや、ま、確かに、多少は美形かもしれないけど・・・」
「まあ・・・わたくしも竜神王様はとてもステキな方だと思いましたわ。凛々しくて、落ち着いていて、威厳に満ちていて・・・」
予想外なことに、
までもがうっとりとした口調でそんなことを言い放ち、ククールの顔色がサッと変わる。
「オレの姫をたぶらかすとは・・・くっ! 竜神王とは、同じ美形としていずれ決着をつけなきゃならないようだな」
「どうやって決着をつけるでげすか?」
「それはまあ・・・姫に選んでもらうとかだな・・・」
「それだったら、姫さんはククールを選ぶでがしょう。なんだかんだ言って、あんたらお似合いのバカップルでげすからなぁ・・・」
「・・・ヤンガスにそんなこと言われるのは予想外だったな」
ボソッとつぶやいたククールの言葉に、エイリュートは苦笑いを浮かべたのだった。
***
会議場へ向かい、先ほど起こった出来事を説明すると、長老たちからは歓喜の声があがった。
まさか、人間であるエイリュートたちの手で救われることになるとは、思いもよらなかっただろう。エイリュートの出生の秘密についても教わった、と伝えると、長老たちは感慨深い表情を浮かべた。
「結果的に失敗したものの、竜神王様が人の姿を捨てようとしたのは、決して故無きことではない。グルーノの娘ウィニアの悲劇・・・あのようなことが二度と起こらぬようにと考えられた末、決められたことだったのじゃ。だが、あの悲劇がなければ、わしらはエイリュートという勇者と出会うこともなかった。エイリュートには、悲しみや痛みを恐れ避けようとするばかりでは駄目だということを、教えられたわい」
長老の1人がそう言って深々と頭を下げる。他の長老たちも、それに倣うように頭を下げた。
「あ、あの・・・頭を上げて下さい。その・・・僕たちは、竜神族とか人間とか、関係なく、困ってる人たちを放っておけなかっただけですから」
「グルーノも立派な孫を持って幸せじゃのう。それで、どうするのじゃ? エイリュートはこの里に戻ってくるのか?」
その言葉に、エイリュートは表情を曇らせる。確かに、この里はエイリュートにとって故郷だ。だが、トロデーンも彼が育った国である。そう簡単に捨てることなどできない。
「・・・今は、まだ考えていません。とにかく、今はラプソーンを倒して、トロデーンにかけられた呪いを解くことしか」
「おお、そうじゃったな。そなたたちはラプソーンを倒すために旅をしているんじゃったな」
「はい・・・」
聖地ゴルドの大地から生まれた暗黒魔城都市・・・エイリュートたちは、そこを目指して旅を続けている。今は、今後のことなど考えられなかった。
「いや、しかしこうしてエイリュートが竜神族に受け入れられる日が来るとは・・・。わしには、それがうれしくてならん。今日までネズミに身をやつし、エイリュートと共に旅を続けてきて本当によかったわい・・・」
「・・・おじいさん」
「わしも、もうしばらくはエイリュートと共に旅を続けるつもりじゃ。今まで通り、ネズミのトーポとして、な」
グルーノの言葉に、エイリュートたちは笑顔を浮かべる。やはり、今までずっとネズミのトーポとして共に旅をしてきたのだ。ここでお別れでは寂しすぎる。
「そういうことじゃが・・・よいかな?」
「今さら、咎めるようなことはせんよ。おぬしの孫の力になってやれ」
グルーノの提案に反対する者は1人もいなかった。それに感謝し、グルーノは一礼すると、会議場を後にした。
「竜神王が正気に戻っても、今すぐみんな元気全快ってわけじゃいかないようでげすね」
まだどこか元気のない里の様子を眺め、ヤンガスがつぶやく。
「まあ、それでも今後は少しずつこの荒れ果てた里の様子もよくなっていくはずでがすよ」
「そうね・・・。それにしても、この里を追放されたエイトが今になって帰ってきて、里を救うなんて、考えてみれば皮肉な話よね。・・・そういえば、竜神王もそんなようなこと言ってたっけ? あれは、そういう意味だったのね」
竜神族を救ったのが、竜神の里を追い出されたエイリュートとは、皮肉な運命だ。エイリュート自身は、そんなことをちっとも気にしていないのだが。
「これで人間と竜神族がすぐに仲良くなれるってわけでもないんだろうな。長い間、交流を絶ってきたんだ。二つの種族がお互いを理解するには、まだまだ時間が必要だよ」
「けれど、時間をかけてでも、お互いのことを分かり合えたら、それはとても素敵なことだと思いますわ。竜神族の方々が、わたくしたち人間のことを、少しでも理解してくだされば・・・」
言うのは簡単だが、実際にそれを実現させるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
エイリュートたちに助けられたとはいえ、それを素直に受け入れられない竜神族もいた。
「エイリュート・・・そろそろ、わたくしたちの世界に戻らなくては」
「あ・・・はい、わかってます」
どこか名残惜しそうなエイリュートの姿に、
はグルーノに視線を向けた。
「グルーノさん、ウィニアさんのお墓はどこですの? ぜひ、お祈りを捧げたいのですが」
「む? おお、そうか。巫女姫様が祈ってくだされば、うちの娘も喜ぶことでしょうな」
うれしそうに微笑み、グルーノがウィニアの墓まで案内してくれた。
天の祭壇にある小さな墓。
がそっと膝を下り、その場に跪き祈りを捧げた。
「エイリュートよ・・・お前の母の墓じゃ」
「・・・母さんの」
顔も見たことない母親。先ほどの紙芝居で、どういう人なのかは、わかったけれど・・・やはり、実際に会ってみないと、実感はわかない。
好奇心旺盛で、芯が強くて、そして人間の男性を愛した母。間違いなく、母がいなければ、今のエイリュートはない。もちろん、父だって同じだ。
エイリュートはポケットからアルゴンリングを取り出す。両親の思い出が詰まったそれ。
「ラプソーンを倒して、平和な世の中になったら、もう一度、ここへ来ます」
その時は、花を用意しようと思った。
祈りを捧げ終えた
が立ちあがり、エイリュートに微笑みかける。
「ウィニアさんも、きっと天国からエイリュートのことを見守っていますわ。もちろん、エルトリオ様も・・・」
ギュッと拳を握りしめる。これから、エイリュートたちは死をも覚悟した戦いに行くのだ。
「よし・・・行こう、みんな!」
エイリュートの気合いの入った声に、仲間たちがうなずく。グルーノの身体が煙に包まれ、その姿がネズミへと変わる。これで、仲間はそろった。
仲間たちが里の入口へ向かう中、エイリュートはウィニアの墓を振り返った。
行ってきます・・・と、そこに眠る母に告げ、エイリュートは仲間たちの後を追いかけた。