翌朝、目が覚めると、エイリュートは不思議な感覚に襲われた。昨日、寝る前にも感じた何か懐かしい空気・・・それをまた感じたのだ。
辺りを見回せば、仲間たちも目を覚まし始めていて・・・挨拶を交わしながらそれぞれ起き上がり、身支度を整えた。
「やあ、もう起きておったか」
聞こえてきた声に、部屋の入口へ視線を向ければ、グルーノが立っていた。グルーノは人好きのする笑顔を浮かべ、エイリュートたちを見て来た。
「どうじゃ? 昨夜はよく眠れたかな?」
「はい、おかげさまで」
「そうか。ならば体調万全ということじゃな。頼もしいかぎりじゃ。さて、今日はいよいよ天の祭壇へ赴くのじゃったな。迷宮への入り口は、会議場の地下にある大扉の先じゃ。まずはそこまで参ろうぞ」
朝食を取り、それから天の祭壇へ向かうことにした一行。
グルーノは笑顔でエイリュートに話しかけている。まるで、そうすることがたまらなくうれしい、といった様子だった。その様を、仲間たちは不思議そうな表情で見つめていた。
***
グルーノの家を出て、再び会議場へ向かおうとするエイリュートたちに、竜神族の青年たちがどこか汚らわしいものでも見るかのような視線を投げて来た。なんとも居心地の悪い視線である。
「グルーノじいさんはともかく、他の竜神族はオレたちのことを、あまり歓迎してないようだな。そんな連中のために、どうして・・・とも思わないじゃないが、ほっとくのも寝覚めが悪いしな」
「困ってる人を助けるのは、当然のことですわ。神は救いの手を差し伸べろとおっしゃっております」
「・・・やれやれ。こんなのオレのキャラじゃなかったんだが・・・。エイリュートのお人好しがうつったかな?」
「まあ・・・ククールは素直じゃないのですね。あなたは優しい方ですわ。ぶっきらぼうを装っているだけでしょう?」
「・・・姫、勘弁してくれ」
とククールのやり取りを背後に聞きながら、ゼシカがクスクスと笑う。
「ホント、ククールは姫には敵わないのね。ククールのそんな姿を見るのは楽しいわ」
「おい、ゼシカ・・・人が困ってる姿見て、楽しむなんて悪趣味だぞ」
「だって、面白いんだもの」
そうこうしているうちに、会議場の地下にある大扉の前に着く。そこには1人の竜神族の青年が立っていた。どうやら、話は聞いているらしい。
「この扉の先は、天の祭壇へと続く道。お前たちが来たら、扉を開くように言われている。さあ、進むがよい。竜神王様は今も祭壇の間にいらっしゃるはずだ」
「はい、行ってきます」
「エイリュートよ」
扉を開けようとしたエイリュートの背に、グルーノが声をかけてきた。エイリュートはグルーノを振り返る。
「竜神族であるわしは、竜神王様に近づけば、体力を奪われてしまうだろう。故にわしはお前さんたちと一緒に行くことはできん。だが、我が心は常にお前さんたちと共にある。エイリュートたちが見事、竜神王様を正気に戻してくれること、わしは信じておるからな」
「はい・・・。必ず・・・」
エイリュートの力強い答えに、グルーノはうなずいた。
「行こう、みんな」
そして、エイリュートは仲間たちに声をかける。仲間たちもうなずいた。
扉を開け、白い靄がかかる道を進んで行く。と、少し歩いたところで、背後からネズミの鳴き声がした。
「トーポ?」
振り返れば、もう見慣れた小さなネズミが駆け寄って来た。うれしそうに、エイリュートの身体の周りを走る。
「トーポ、今までどこに行ってたんだい? 心配したんだよ?」
「まあ、無事だったんだから、いいじゃない。それより・・・先を急ぎましょう」
「・・・うん。そうだね」
トーポをいつものようにポケットに入れてやり、エイリュートは靄の先を見つめた。歩いて行くと、次第に靄は晴れ、天の祭壇の景色が見えるようになった。
空中に浮いた岩と岩を繋ぐ階段、そして途中から現れる透明な階段。なんとも不思議で、幻想的な風景だ。
そんな風景に見惚れていた一行の前に、大きな扉が姿を見せる。明らかに、この向こうに何かがあるのだろう。
スゥ・・・と大きく息を吸い込み、エイリュートはグッと扉を押し開いた。その瞬間、目に飛び込んできたのは、巨大な竜。目は爛々と輝き、大きな牙を剥くえんじ色した竜だった。
《グルオオオオ・・・人間が何故、ここに現れる? ・・・そうか。我が贄となることを望むのだな? ならば、望み通りにしてくれよう!》
竜神王が咆哮をあげる。すさまじい声だ。空気をビリビリと震わせる。
巨大な拳がエイリュート目がけて振り下ろされる。慌てて盾で受け止めるが、すさまじい攻撃力にエイリュートの身体が吹き飛んだ。
苦痛に顔を歪ませるエイリュートの身体を、淡い緑の光が包む。ククールのベホマだ。
傷の癒えたエイリュートがドラゴン斬りをお見舞いし、ゼシカも双竜打ちをお見舞いする。ヤンガスはいつものように兜割りだ。
うるさいハエを払うかのように、竜神王が炎を吐き出す。すさまじい火力に、5人が膝をつく。ひどい火傷だ。そんなエイリュートたちをさらに苦しめるかのように、竜神王がめがけて足を振り下ろす。だが、その隙を狙って、は剣を上に向け、斬りつける。
竜神王が絶叫をあげ、その身体が倒れる。その隙にエイリュートたちは攻撃を畳み掛けた。
だが、竜神王はその攻撃をものともせず、立ち上がり、再びエイリュートたちに襲いかかる。
さすが竜神族の長。竜神族の長老たちが束になってかかっても、敵わなかった相手だ。すさまじい攻撃力に加え、正気を失っていても思考能力は残っている。
攻撃を受け、立ち上がれない人物に、容赦なく襲いかかり、絶体絶命の状況へ陥れる判断力。気を抜けば、いつ殺されてもおかしくない判断力だ。
エイリュートとククール、の回復魔法がなければ、確実に彼らはやられていただろう。
ベホマラチーズもフバフバチーズも切れ、トーポもお役御免となってしまった頃、ようやく決着はついた。
***
《グルオオオオオ・・・!!》
苦しそうな声をあげ、大きな竜が後ずさり、その全身から眩い光が放たれた。思わず目を閉じるエイリュートたち。光がやんだ時、目の前にいたのは巨大な竜ではなく、1人の竜神族の青年だった。
「・・・私は、何をやっていた? 人の姿を封じる儀式からずっと・・・まるで長い夢を見ていたようだ」
と、竜神王がエイリュートたちの姿に気づき、目を丸くする。
「・・・人間だと? 人間が何故、ここにいる!? ・・・いや、覚えてるぞ。そうだ。お前たちが正気を失った私を救ってくれたのだ」
そう言うと、竜神王はゆっくりとエイリュートたちに近づいて来た。先ほどの竜の姿の時とは打って変わって、理知的な竜の神の姿だった。
「勇敢なる人間たちよ。礼を言おう。お前たちが止めてくれなければ、私は我が一族を滅ぼすところであった。人間の姿を捨てようとして、人間に助けられるとは・・・。私の行いは誤りであったということか」
目を閉じ、首を振る。自分の行動の愚かさを悔い改めるようだった。
と、竜神王がエイリュートを見て、目を丸くする。エイリュートの姿に驚いているようだ。
「お前は・・・!? お前はもしかして、エイリュート? エイリュートなのだな!?」
「は、はい・・・僕はエイリュートですけど・・・どうして、僕のことを・・・」
長老たちだけでなく、竜神王までエイリュートを知っている。これは、もはや勘違いでは済まされない。明らかに、彼らはエイリュートを知っているのだ。
「お前が私を・・・竜神族を救ったと? なんと宿命的な・・・」
「な、なんでアンタがエイトの兄貴のことを知ってるんでがす? それに宿命的って・・・?」
ヤンガスの言葉に竜神王はハッと顔をあげる。そして、小さくうなずいた。何かを思い出したかのように。
「・・・そうか。エイリュートはまだ自らの出生の秘密を知らぬのだな。いや、思い出していないと言うべきか・・・。エイリュートよ、お前は竜神族の里で生まれ育った、竜神族と人間、双方の血を引く者なのだ」
「ええええ!!?」
竜神王の発言に、5人は思わず同時に声をあげてしまう。エイリュートは目を丸くし、開いた口がふさがらないような状態だ。
「詳しい話は・・・そうだな。お前の祖父から聞くのがよかろう。グルーノよ、そこにいるのはわかっているぞ、出てくるがよい」
「え・・・? グルーノさん??」
あ然とするエイリュートのポケットから、トーポが顔を覗かせ、ピョンと地面に降り立つと同時に、煙が巻き起こり、その中からグルーノが姿を見せた。
「えぇ!?」
「ど、どういうこと!!?」
エイリュートたちは、もはや頭が混乱しそうだ。トーポがグルーノであることもそうだが、竜神王は今、グルーノをエイリュートの祖父、と言わなかっただろうか?
驚き、言葉も出ない5人を尻目に、グルーノは竜神王に頭を下げた。
「やはり竜神王様の目は誤魔化せませんな。まったくお恥ずかしい限りで・・・」
そして、あ然として、立ち尽くす5人を振り返るグルーノ。
「エイリュートよ。今までずっと黙っていてすまなんだな。わしがお前の祖父・・・そして、お前と共にずっと旅をしてきたネズミのトーポの正体なのじゃ。ふむ・・・どうやら、驚かせてしまったようじゃな」
「あ・・・当たり前でげす! トーポが・・・トーポがグルーノじいさんだったなんて・・・!!」
「まあ、無理もないことじゃが。ともかく、先日の約束通り、お前の出生と竜神族の関わり、その全てを語らねばなるまい。・・・そうじゃな、長い話になる。まずはわしの家に戻り、それから話すとしようか」
未だ言葉も出ないエイリュートは、小さくうなずいた。
「それがよかろうな。どれ、里へ戻るならば我が力で送ってやろう」
「ありがとうございます」
竜神王が何かをつぶやく。すると、エイリュートたちの身体を光が包み・・・気づけば、いつの間にか竜神の里のグルーノの家の前にいた。
「おお、ここはまさに我が家ではないか。さすがは竜神王様。狙いが正確でらっしゃる。さて、エイリュートよ。まずはお前に渡したいものがある。ついて参れ」
そう言うと、グルーノは一足先に家へと入って行ってしまった。
「・・・グルーノさんが、トーポ・・・」
「なんだか、信じられない話ですわね・・・。けれど、グルーノさんはまだエイリュートに隠してることがあるようですわ。さあ、行きましょう」
「は、はい・・・」
一つ深呼吸をする。一体、グルーノに何を言われるのか、心臓がドキドキしてきた。
だが、これでエイリュートの過去が判明する。失われた記憶の一部が戻って来るのだ。
その期待と緊張で、エイリュートは高鳴る胸を押さえ、グルーノのもとへ向かった。
2階にあるウィニアの部屋に置かれていた宝箱の前で、グルーノはエイリュートたちを待っていた。その姿を見つけると、おもむろに宝箱を開け、中から赤い石のついた指輪をエイリュートに差し出した。
それを受け取り、目を丸くする。指輪についている赤い石には見覚えがあったからだ。
「それはお前の母ウィニアの形見。そして、お前の父、エルトリオからウィニアに贈られたものなのじゃ。その指輪にはめられた宝石には、お前も見覚えがあるのではないか?」
「これは・・・アルゴリザードの・・・」
「そう、それはアルゴンハート。お前の父親は、20年前に姿を消したサザンビーク国のエルトリオ王子なのじゃ」
「え・・・!!?」
次々と飛び出す驚愕の事実。
そして、グルーノの口から語られたのは、エイリュートの出生の真実。
それは、長い話だった。