63.荒れ果てた里

 グルーノの後について、先へ進むと集落が見えてきた。
 だが、その様子がおかしい。竜神族の若者が倒れていたり、村の中が荒れ果てていたのだ。

 「こ、これは・・・? どうして、こんなに荒れ果てておる? わしが旅立った時には、こんなでは・・・」

 あ然としているグルーノに、エイリュートたちは首をかしげる。今の反応を見る限り、グルーノの知らない間に里が様変わりしたということになる。

 「一体、どうして我が里が、このように荒れ果てておるのか。他の長老たちに問い質さねば! 長老たちは里の会議場・・・一番大きな建物におるはずじゃ」

 そう言って、グルーノは正面にあった大きな建物を指差し、急ぎ足で歩き出した。

 「グルーノさんの言ってることって、ちょっとおかしくない? 私たちの案内役をするために現れたってわりには、まるで長い間、この里を離れていたみたい」
 「この様子を見て驚いてましたものね・・・。どういうことでしょう?」

 首をひねるの横で、ヤンガスも首をひねっている。

 「う〜ん・・・。グルーノのジイさん、な〜んか今さっき知り合ったばかりって感じがしねえんでがすよね」
 「ヤンガスもかい? 実は、僕もなんだ・・・」
 「え! 兄貴もそう思いやすか!?」
 「うん・・・なんだろうね。不思議だ」

 立ち止まって話し込んでいたエイリュートに、グルーノが「おい! 早くしとくれ!」と声をかけてきた。
 グルーノの言葉に、一同はとりあえず今は考えるのをやめにして、長老たちに会いにいくことにした。

***

 会議場のある建物の入り口に、1人の竜神族の若者が立っていた。彼は、歩み寄って来るグルーノの姿に目を丸くした。

 「これはグルーノ老。お久しぶりです。いつの間にお戻りになられたので?」
 「挨拶はいい。それよりも、里のこの荒れようはどういうことなのじゃ!? ・・・いや、詳しい話は他の長老たちから聞くことにしよう。中に入らせてもらうぞ」
 「あなたを通すのは構いませんが、お連れの方・・・人間を会議場に入れるわけにはいきませんよ」

 チラッとエイリュートたちに侮蔑に似た視線を向け、竜神族の男はそう言い放つ。
 その言葉にエイリュートたちはムッとしたが、グルーノがそんな男を叱り飛ばした。

 「お前は・・・竜神族の者たちは、こんな時にまだそんなことを言っておるのか! ええい、責任はわしが取る! さっさとそこをどくがよいっ!」
 「・・・そこまで言うなら仕方ありませんね。わかりました。どうぞお通りください」

 渋々といった様子で、男が入り口前からどくと、グルーノはエイリュートたちに視線でついて来いと告げた。
 グルーノが中に入ると、大きな円形のテーブルの前に何人かの年老いた竜神族が座っていた。誰かが入って来たことに気づき、そのうちの1人が振り返る。

 「何事だ? 今は長老会議の最中じゃぞ」
 「おおっ、そなた、グルーノではないか!」

 グルーノの姿に気づいた老婆の竜神族が声をあげ、立ち上がる。他の長老たちも「おお・・・!」と声をあげる。

 「確かに我ら長老会議の一員、グルーノ老のようじゃな。よく帰ってきたのう」
 「・・・うむ。いや、そんなことより、この里の荒れようはどういうことか、誰か説明してくれぬか?」
 「・・・そうか。あの儀式が行われたのは、おぬしが里を出ていった後じゃったな。よかろう。では、あれからこの竜神族の里に何が起こったのか、教えてやる」

 オホンと咳払いをし、長老の1人が口を開いた。

 「・・・おぬしが旅立った後すぐに、我らが主である竜神王様は、一つの決定を下されたのじゃ。それは、我ら竜神族が持つ二つの姿のうち、人間の姿を封じる儀式を行うというものじゃった」
 「なんと! それは真か!? そのような儀式が存在するとは・・・」
 「竜神王様は、まず自らの身で封印の儀を試すべく、天の祭壇へと向かわれたのじゃ、そして、儀式は完成し、竜神王様は完全なる竜となった・・・かに思えた」

 どうやら、事態はすんなりと行かなかったということか。視線を落とした長老が言葉を続ける。

 「だが、儀式は失敗じゃった。おぬしも知っての通り、わしらが竜のままでいるのは、激しく消耗する。封印の儀式とは、その消耗する体力を周囲のもの・・・とりわけ、竜神族から吸収していくというものだったのじゃ。こうして我らは竜神王様に体力を吸収され続け、竜神族の里は見る間に荒れ果てたというわけだ」
 「儀式の失敗に気づいた我々は、竜神王様のもとへ行き、封印を解いてくださるようお願いした。しかし竜の姿のままでいることは、竜神王様のお心にまで悪影響を及ぼしておったのじゃ。わしらが天の祭壇で見たものは、すでに正気を失われ、凶暴な魔獣と化した竜神王様じゃった。竜神王様に攻撃されて、わしらは為す術もなく逃げるしかなかった」
 「これが竜神族の里に起こった災いの全てじゃ。どうじゃ、納得がいったかね?」

 まさか、竜神族の長である者の仕業だとは・・・。グルーノは眉根を寄せた。

 「う・・・うむ。わしの留守の間に、よもやそんなことが起こっていようとは・・・」
 「・・・ところでグルーノよ。先ほどから気になっていたのだが、おぬしの同行者を紹介してくれぬか? どうやら人間のようだが・・・。いや、別に人間を里に入れたことを、咎めようというわけではないのだ」

 長老の1人がグルーノの背後にいたエイリュートたち5人に視線を向ける。あまり居心地のよくない雰囲気に、エイリュートは小さく肩をすくめた。

 「おお・・・この者たちは、暗黒神ラプソーンと戦う、最強の戦士たち。エイリュートとその仲間たちじゃ」
 「は、初めまして・・・」

 グルーノの紹介を受け、エイリュートは頭を下げる。すると、長老たちからざわめきが起こった。

 「エイリュートというと、あの時の・・・」

 その反応に、エイリュートは目を丸くする。一体、「あの時」とは・・・?

 「いや、それよりも暗黒神ラプソーンと戦っておるじゃと?」
 「それほどの者ならば、わしらが話し合っていた役目にはピッタリなのでは・・・」
 「じゃが、このような危険な役目を関わりなき者に任せるわけには・・・」

 そこで、長老たちが再び話し合いを始めてしまった。

 「どうして竜神王はそんな危険な儀式を行ったのかしら? 第一、危険がなかったとしても、人の姿を捨てるなんて、不便じゃない。私には竜神王の考えがわからないわ」
 「そんなことより、長老たちの中になんだか兄貴のことを知ってるのがいるみたいでげすね。異世界の見知らぬジイさんにさえ名前を知らしめているなんて、さっすが兄貴でがす!」
 「いや、そうじゃないだろ・・・。しっかし、何だかまた面倒なことに巻き込まれそうな予感がするな。前にも言ったかもしれないが、オレの悪い予感はよく当たるんだ。今回ははずれてくれりゃいいんだが・・・」

 ククールがため息混じりにつぶやく。誰でも面倒事は回避したい。その気持ちはよくわかる。

 「エイリュート、長老様たちのお話を伺ってみましょう?」
 「は、はい」

 の言葉にうなずき、エイリュートは長老たちの言葉を聞くことにした。
 老婆の竜神族の長老は、確実にエイリュートのことを知っている。「お前があのエイリュートか。本当に立派になったものじゃなあ」と感慨深い表情で言われてしまったのだ。だが、エイリュートにこの老婆の記憶はない。
 そして、竜神王を正気に戻る方法はないわけではない、とのこと。竜神王と戦い、倒せば正気に戻せるというのだ。そして、その役割を担う戦士を、選ぶための相談をしていたそうだ。

 「・・・ふむ。ということは、竜神王様に勝ちうる最強の戦士が必要なのだな。ならば、エイリュートたちこそが適任じゃろう。何しろ、神鳥レティスに認められた勇者たちなのだからな」
 「なんと、あの神鳥レティスに・・・」

 羨望の眼差しに似た視線を受け、エイリュートは再び小さく肩をすくめる。あまり注目されることに慣れていないのだから、仕方がない。
 と、それまで話を聞いていたグルーノがエイリュートたちを振り返った。その表情は神妙な面持ちだ。

 「なあ、エイリュートよ。ラプソーンを倒すという使命を背負ったお前たちに頼むのは気が引けるが・・・だが、ここは一つわしの顔を立てると思って、竜神王様と戦ってはもらえんじゃろうか?」
 「・・・ここで断るわけにはいきませんよ。僕たちで勝てるかどうか、わかりませんけど・・・。出来る限り協力させてもらいます」
 「おお、やってくれるのか! ならば、今日のところはまず英気を養ってもらおう! さあ、わしの家に行こう。人間界からの客人の口にも合うおいしいチーズ料理を振る舞おうぞ」

 笑顔で会議場を出て行くグルーノ。エイリュートたちは、長老たちに会釈をしてから、グルーノの後を追って会議場を後にした。

 「わしの家は里のはずれにある2階建ての建物じゃ。お前さんたちも、ここに来るまでに疲れたじゃろう? 今日のところは、ぜひ我が家で休んで行ってくれ」
 「ありがとうございます、グルーノさん」
 「うむ、礼にはおよばん。わしらの願いを聞き入れてくれた、そのお礼じゃよ」

 グルーノとエイリュートが並んで歩く背中を見て、ククールが「あ〜あ・・・」とため息をついた。

 「やっぱり竜神王とかいう奴と戦うハメになったか・・・。話を聞いたときから、こうなる気はしてたんだ」
 「ククールのイヤな予感は当たってしまいましたわね。どうなさいます? ククールはここで待ってますか?」
 「まさか、そんなことはしませんよ。別にエイリュートを責めてるわけじゃないですし。あの状況じゃ断るに断れないからな。・・・ふぅ。オレもいい加減、諦めがよくなったもんだぜ」

***

 里のはずれにある建物に、グルーノが入って行く。エイリュートもそれに続き、ヤンガスたちも家の中に入った。広々とした家だ。入ってすぐのところにいた竜神族の若者が、グルーノの姿に気づき、顔を輝かせた。

 「グルーノ様っ! ああ、ついにお帰りになられたのですね。ずっとお待ちしておりました」
 「・・・ああ、うむ。よく留守を守ってくれたようじゃな。今日は人間界からの客人をお連れしたのじゃ。丁重におもてなしするようにな」
 「人間界の・・・ということは、ひょっとしてウィニア様の・・・?」
 「い、いやそれは・・・。そんなことより、食事の仕度をしておけ。おいしいチーズ料理を頼むぞ」
 「は・・・はあ。チーズ料理ですか。かしこまりました」

 何かを隠すようなグルーノの態度に、エイリュートたちの疑問はますます深まるばかりだ。いや、確実に彼は何かを隠している。エイリュートに関する何かを。

 「さあ、エイリュート。今晩は我が家でくつろいでいってくれ」
 「はい、ありがとうございます」

 そして、その日は大量のチーズ料理をごちそうになり、2階にある部屋に案内された。急遽、エイリュートたち5人を泊めることになったため、簡易式ベッドに横になり、ヤンガスは腹をさすった。

 「いや〜食った食った。竜神族があんなにチーズ好きだなんて、意外だったでげすね。まあ、うまかったから文句はねえでがすけど、ちょいと食いすぎちまいましたよ」
 「・・・まったく、のんきな男ね。そんなことより、気になるのは、あのグルーノおじいさんよ。あの人とはここで初めて会ったっていうのに、妙に私たちのことに詳しくない?」

 確かにそうなのだ。ラプソーンのことも、レティスのことも知っていた。まるで、今までのことを全て見て来たかのように・・・。

 「それもそうだが、オレはあの長老たちのエイリュートに対する態度の方が気になったな。あの態度は・・・まるで、エイリュートのことを昔から知ってるみたいだったじゃないか?」

 ククールの言葉に、ヤンガスはまるで興味ないという態度だ。

 「ふ〜ん。アッシはそんなの、これっぽっちも感じなかったでげすよ。考えすぎなんじゃねえのかい? でもまあ、そんなに気になるなら、グルーノじいさんに直接聞いてみればいいでがすよ!」
 「・・・それもそうね。ヤンガスもたまにはいいこと言うじゃない!」
 「あのじいさんが、素直に話してくれるとも思えないが・・・。とりあえず、当たってみるとするか」

 もたれていた壁から身を起こし、ククールがそう言うも、エイリュート本人はどこか浮かない表情だ。

 「どうしたの、エイト? どうして長老たちが、あなたのことを知ってるのか、エイトは心当たりがあるの?」
 「ううん・・・まったくないんだけど・・・」
 「エイトにもわかんないか・・・。そういえば、あなたって幼い頃の記憶がないって話だったわね」

 そうなのだ。気がついたときには、トロデーンの近くにいた。トロデーンの兵士長に拾われ、エイリュートはそこでミーティアとトーポと共に育ったのだ。
 この里には、そんなエイリュートの記憶と関係があるのだろうか・・・? だが、こうして考えていても、わからない。ここは素直にグルーノに聞いてみることにしよう。

 「あれ? どうなさいましたか?」

 部屋を出ると、先ほどの竜神族の若者が何か作業をしていた。彼は、エイリュートたちに対して普通に接してくれている。

 「あの・・・実は、何か知っていることがあるなら、教えてほしいんですけど・・・。この里の人たち、僕のことを知ってるみたいで・・・。それに、あの部屋・・・誰か他にも住んでる人がいるんですか?」
 「皆さんをお泊めしている部屋は、グルーノ様の一人娘、ウィニアお嬢様の部屋だったのですよ。ウィニアお嬢様はたいそう好奇心の強い方で、ある時、人間界へ飛び出して行ってしまわれたのです。グルーノ様は慌てて後を追って連れ戻したのですが、その時すでにお嬢様は人間の男と恋に落ちていました。男の名はエルトリオ。人間界にある、何とかいう国の王子だったということです。確か、その国では王家の男は特別な宝石で作られた指輪を婚約者に贈る風習があったそうで・・・。連れ戻されたウィニアお嬢様の指にもまさしく、その宝石で作られた指輪がはめられておりました」
 「そうなんですか・・・。あ、エルトリオってもしかして、この里に来る途中にあったお墓の・・・」
 「ええ、そうです。あの場所に倒れていたのです」

 しかし、部屋「だった」ということは、そのウィニアという女性はすでにいないということになる。一体、どこへ行ったのか・・・。連れ戻されたというのに、また人間界へ行ってしまったのだろうか?
 ありがとうございます、と礼を言い、今度は台所にいた少女に声をかけてみた。

 「この里に来る途中にある古いお墓、あれはウィニアお嬢様が愛された人間の殿方のものなんです。その殿方はきっと人間界から連れ戻されたお嬢様を追ってこられたのでしょうね。でも、この竜神族の里は人間界からはあまりにも遠く、その方は道半ばで力尽きてしまわれたのです。それを知った時のお嬢様の悲しみようは、とても見ていられないものでしたわ。そのお嬢様も今は亡くなられ・・・グルーノ様は、今もお嬢様とその方の仲を引き裂いてしまったことを、深く悔やんでらっしゃるのです」
 「亡くなった? ウィニアさんは、もうこの世にいないのですか?」
 「ええ・・・。あまり詳しくはお話できません。グルーノ様にきつく口止めされているので。ごめんなさい」

 そこまでして、グルーノは何を隠しているのだろうか?
 結局、グルーノ本人に問い質したが、「まずは竜神王様を正気に戻して、この里を救ってほしい。それが終わったら、その時は全てを話すことを約束しよう」と言われてしまったのであった。

 「結局、何もわかりませんでしたわね・・・。グルーノさんにはうまくはぐらかされた気分ですわ」
 「あれ以上、あのジイさんを問い詰めても何も言わないだろうからな。諦めようぜ」
 「そうだね・・・。明日は竜神王と戦うことになるだろうし、今日はもう休もう」

 エイリュートの言葉に、仲間たちは同意した。
 ベッドに横になり、エイリュートはそっと目を閉じる。なぜだかわからないが、妙に懐かしい気分に捕らわれた。それがなぜなのか、エイリュート自身にはわからない。ただ、この心地よい雰囲気に、エイリュートは知らず安心するのだった。