その石碑は、どこかの高台にあった。
石碑の中央には、翼を広げた竜のような紋章が刻まれている。そこから、眩い光が発せられた。
光はまるで、こちらを導くかのように、何かがそこにあるかのように、煌々と輝いている。
行かなければならない。そこへ。
ハッと目を覚ませば、豪快なイビキが聞こえた。隣を見れば、ヤンガスが眠っている。その奥にいるはずのククールの姿はない。もう起きているのだろうか。
起き上がり、身支度を整え階下へ降りると、そこには部屋にはいなかったククールが、ゼシカとと朝食を取っていた。
「おはようございます、エイリュート」
「おはよ、エイト!」
エイリュートの姿に気づいた少女2人が、笑顔で挨拶をしてくる。エイリュートも2人にそれぞれ挨拶を返した。
「ヤンガスは?」
「まだ寝てるよ」
「そろそろ起こした方がいいんじゃない? そりゃ、私も緊張して、昨日はなかなか寝付けなかったけど」
「・・・そのことなんだけど、みんな」
神妙な面持ちになったエイリュートに、ゼシカたちは訝しげな表情を浮かべた。
「・・・一つ、寄り道をしてもいいかな?」
予想外なリーダーの言葉に、仲間たちは目を丸くするのだった。
***
神鳥の魂を使い、空を飛ぶ。それは、すぐに見つかった。サザンビークの北西、明らかに何か建造物のある高台はそこにあった。
その高台に降り立ち、石碑を目にした途端、ククールが「あれ?」と声をあげた。
「ここは・・・? 確か、今朝夢で見た覚えがあるな」
「そりゃあ奇遇でがすね。アッシもそんな夢を見たでがすよ」
「それは真か? わしもここの石碑を夢に見たんで、不思議に思っておったのじゃが・・・」
「・・・私もよ。っていうことは、もしかして・・・」
ゼシカがエイリュートとに視線を向ける。2人は視線を受け止め、こくりとうなずいた。つまり、2人も同じ夢を見ていたということだ。
「どうやら全員同じ夢を見たようね。これ、どういうことかしら?」
「うわ〜。アッシ、ちょっと背筋がゾッとしたでげすよ。ワケわかんねえのはこえ〜でがす」
ブルッと身体を震わせ、ヤンガスがつぶやく。案外、肝っ玉が小さいのかもしれない。
「一体、誰が何を思ってこんな所に石碑なぞ建てたのかのう? まったくもって、意味不明じゃ」
「あれっ? あの石碑の表面に刻まれてるの、何かの紋章に見えるわ」
ゼシカが指差したのは、何かが翼を広げている模様の紋章だ。
「そういえば、夢の中だと、突然あの紋章みたいなのが光り出して、浮かび上がったのよね」
とりあえず、その謎の石碑を調べることにした一行は、そこへ歩み寄り・・・エイリュートが紋章に触れた時だった。
突然、エイリュートたちを眩い光が包み・・・その眩しさに全員が目を閉じる。そして、気がつくと見覚えのない洞窟に移動していたのだった。
「え・・・どこ、ここ?」
キョロキョロと辺りを見回し、ゼシカがつぶやく。一瞬にして洞窟へ移動していたのだ。やはり、あの石碑には何か秘密があったのだろう。
「とにかく・・・先に進んでみよう。何かあるのかもしれないし」
「確かに、あんな大がかりな仕掛けがあったんだしな。でもよ、奥まで行って何もなかったら、オレは怒るぜ?」
「何もない・・・ってことはないと思うよ。何があるのかは、わからないけれど」
気を取り直して、エイリュートは仲間たちを振り返る。本来なら、ラプソーンを倒しに行かなければならないのだが、こうして迷い込んでしまったものは、仕方ない。
「よし、行こう!」
どこまで続くかわからない洞窟の奥を見つめ、エイリュートが声をあげた。
***
ほぼ一本道の洞窟だが、中は恐ろしく広かった。そして、出てくる魔物の強さが今まで戦った魔物たちの比ではない。時には、相手にするのもつらくて、逃げ出してしまうこともあった。
こちらの防具はそれなりのものを装備しているのだが、それでも食らうダメージは大きい。それほどまでに、強力な魔物たちなのだ。
これで、もしも入り組んだ洞窟だったら・・・と思うとゾッとする。休憩をしながら先へ進んでいくと、床に先ほど見た紋章の刻まれた石板のようなものがあった。
それを踏んだ瞬間、再びエイリュートたちは光に包まれて・・・今度は外へと送られた。
外とは言っても、辺りは空のような風景だ。真っ青な空に白い雲。どこに続いているのかわからないが、道だけが先へと続いている。
道の下を覗いてみるが、何も見えない。落ちたら、確実に無事では済まされないだろう。
「一体、この洞窟ってどこまで続いてるのかしら? もうかなり深いところまで潜ってきたのに、いっこうに奥まで着かないんだもん。疲れてきちゃったわ」
ゼシカがため息をつく。確かに、歩き続けて数時間。他のみんなも同じ気持ちだろう。休憩は取りつつ進んでいるが、何せ魔物が出るためゆっくりもできない。
それでもなんとか休憩を取り、一息つく。水を飲んだり、軽く食事をしたり・・・。
「・・・やれやれ。軽い気持ちで入ってみた洞窟が、こんなに深いとはな。なあ、エイリュート。お前もそろそろ疲れたんじゃないのか? 引き返すなら、今のうちだぜ」
「ここまで来たのに、引き返すなんてできないよ。景色が変わったことだし、たぶんそろそろ最深部なんじゃないかなぁ・・・」
トーポにチーズを与えながら、エイリュートは道の先へ目を凝らす。まだ道は続いているようだが、せっかくここまで歩いて来たのだ。引き返す方がもったいない。
「さて・・・それじゃあ、もう少しがんばりますか!」
大きく伸びをし、ゼシカが仲間たちを見回す。エイリュートも同意し、立ち上がると、仲間たちも腰を上げた。
歩き始めて数分後・・・少しだけ開けた場所に、1つの墓石が立っていた。
石には「我が最愛の人エルトリオ ここに眠る 願わくば その眠りの安らかならんことを」と刻まれていた。
「・・・こんなところにお墓があるなんて。一体、誰なんだろうね」
「兄貴、少し先に大きな扉が見えるでげす。もしかして、あそこに何かあるのかも」
「え・・・!?」
ヤンガスが短い指で示す先・・・距離はあるが、確かに扉のようなものが見えた。もしや、最深部に着いたのでは・・・と、エイリュートたちの気分が上がる。
そうなると、俄然やる気が出てくる。重い足も、軽くなり、先ほどよりも歩くスピードが上がる。
ようやく辿り着いた門を目の前にして、一同の間にようやく笑みがこぼれた。
エイリュートが門に触れ、押してみるが開かない。引こうにも掴む部分がない。どんなに力をこめて押しても、門はまったく動かなかった。
「だ、ダメだ・・・開かないよ、これ。まさか、リーザス塔の門みたいに、持ちあげる式・・・ってことは、ないよね?」
「・・・あんな門、そうそうないと思うけど」
エイリュートの言葉に、ゼシカが冷静に返した。ハァ〜・・・とため息をつき、5人は門を見つめた。
「こいつぁ実に何とも頑丈そうな門でがすなあ。一体、この先に何があるってんだか・・・」
「だが困ったな。この門ときたら、押しても引いても開かないじゃないか」
「せっかくここまで来たってのに、引き返すなんて・・・。何とかならないもんかしら?」
「何か呪文を唱えるとか・・・ないか・・・」
「門の向こうに誰かいらっしゃるかもしれませんわ。叩いてみては?」
5人のそれぞれの言葉が出たところで、ハァ・・・と再びため息が出てしまう。
と、その時、エイリュートのポケットにいつも入っているトーポがポケットから飛び出した。
「あ・・・トーポ、どうしたの?」
エイリュートが声をかけるが、トーポは一直線に門へと向かい・・・トーポが門に近づいた瞬間、何かの錠が外れたかのように、格子状の光が走った。
あ然とする5人の前で、門が音も立てずに開き、トーポはそのまま中へと走って行ってしまった。
「・・・・・・」
あ然としたまま、顔を見合わせる5人。しばし、絶句してしまった。
「一体、今のは・・・? トーポ君が門を開いたように見えたけど、どーゆうことなの?」
「前々から、ただのネズミじゃないと思ってたんだが、いよいよあいつも、化け物じみてきたでがすな」
「・・・いや、火とか吐く時点で充分、化け物じみてると思うんだが・・・。それより、あのネズ公、とっとと先に行っちまったが、追わなくていいのか?」
「あ・・・うん、追いかけないと。トーポ! どこ行ったんだい!」
ククールの言葉に我に返ったエイリュートが、トーポを呼びながら中へ入ると、いきなり目の前に煙と共に1人の老人が姿を見せた。
だが、その姿は人間とどこか異なる。それは耳だ。エルフのようにとがった耳。先端には産毛のようなものが生えていた。
「よく来なさったな。ここは人と竜・・・2つの姿を持つ種族、竜神族の住む里じゃ。わしは竜神族の長老が1人、グルーノと申す者。この里でのお前さんたちの案内役じゃ」
「案内役・・・?」
「何せ、この里を人間が訪れるのは何百年ぶりのことじゃてのう・・・。我らの中には人間を見て驚く者がいるじゃろうから、わしが付き添おうというわけじゃ。窮屈なこととは思うが、まあ我慢してくだされよ」
そう言うと、グルーノはエイリュートたちに背を向ける。着いて来い、と言っているようだ。
「エイリュート、どうします? あのおじい様についていきますか?」
「え、ええ・・・。僕たちの案内係だそうですし、知らない場所をウロウロ歩き回るより、案内してもらった方がいいでしょうから」
「でも、どうしてグルーノさんに私たちがここまで来たのがわかったのかしら? 一見とぼけた感じだけど、なかなか油断できないおじいさんね」
ゼシカの言葉にエイリュートは「う〜ん・・・」と唸る。怪しそうな人物だが、危険はないと信じたい。
「そういや、トーポの奴はどこに行っちまったんでげしょう? 今までこんなことなかったのに、ここに来た途端、急に・・・。あいつ、一体どうしたんでがすかね?」
「うん・・・トーポらしくないよね。でも、トーポは賢いネズミだから、きっと戻って来るよ」
何せ、エイリュートは物心ついたときから、トーポと共に生活してきたのだ。トーポのことは、よくわかっている。
「人と竜の姿を持つ種族ねぇ・・・。オレには変な耳飾りをつけてるようにしか見えないんだが・・・。だが、この世界は普通じゃないし、そこに普通じゃない連中が住んでいても、不思議はないってことかな?」
「竜神族だなんて、初めて耳にしましたわ。不思議な種族ですわね。ということは、あのグルーノさんも、竜に変身できるということですわね」
見てみたいですわ、と笑顔で言うに、ククールは肩をすくめる。好奇心旺盛な姫君は、異世界に興味津々といった様子だ。
異世界といえば、闇のレティシアを旅してきた5人だが、ここはまた違った異世界なのだろう。
ラプソーンを倒す前の寄り道・・・程度だった5人なのだが、まさかここで驚愕の事実を知ることになろうとは、誰も予想だにしなかったのである。