6.4人目の仲間

 リーザス村に戻ると、宿屋の入り口でポルクが待っていた。ポルクは、戻って来たエイリュートたちの姿を見て、首をかしげる。ゼシカの姿がなかったからだ。

 「遅いから、心配したんだぞ! で、ゼシカ姉ちゃんは!?」
 「・・・少し、1人にしてほしいって言うから、僕たちだけ先に帰ってきたんだ。大丈夫、必ず戻って来るって言ってたから」
 「ふんふん・・・そっか。まだちょっと心配だけど、ゼシカ姉ちゃんが帰ってくるって言ったんなら、きっと大丈夫だな。エイト、とにかくありがとな。色々あったけど、おいらはお前のこと、ちょっとだけそんけーしたぞ。そうだ、お前たちが戻ってきたら、宿屋に泊めてもらえるように、ちょうど今、お願いしてきたとこだ。マルクと2人で小遣いはたいたんだからな。しっかり感謝して泊まれよ」
 「まあ・・・! 何から何まで、ポルクさんにはお世話になりっぱなしですわね・・・。本当に、ありがとうございます」

 深々と頭を下げるに、再びポルクはたじたじだ。この天然王女は、どこまでこちらのペースを崩すのか・・・。

 「それじゃ、おやすみ、ポルク。明日、ゼシカさんの家で会おう」
 「ああ、おやすみ!」

 ポルクのその厚意に甘えたエイリュートたち。ヤンガスは「人の金で泊まる宿屋ってのは、まったくサイコーでがすな」なんて言っていた。
 翌朝、ゼシカのことが気になり、アルバート家の屋敷を訪ねてみれば・・・そこでは、壮絶な母子喧嘩が繰り広げられていた。

***

 「もう一度聞きます、ゼシカ。あなたには、兄であるサーベルトの死を悼む気持ちはないのですか」
 「またそれ? さっきから何度も言ってるじゃない。悲しいに決まってるでしょ。ただ、家訓家訓って言ってるお母さんとは、気持ちの整理のつけ方が違うだけ。私は、兄さんのカタキを討つの」
 「カタキを・・・討つですって? ゼシカ!! バカを言うのもいい加減にしなさい!! あなたは女でしょ! サーベルトだって、そんなことを望んではいないはずよ! 今は静かに先祖の教えに従って、兄の死を悼みなさい!」
 「もういい加減にしてほしいのは、こっちよ!! 先祖の教えだの家訓だのって、それが一体何だっての!? どうせ信じやしないだろうけど、兄さんは私に言ったわ! “自分の信じた道を進め”ってね。だから、私はどんなことがあっても、絶対に兄さんのカタキを討つわ。それが、自分の信じた道だもの」
 「・・・わかったわ。それほど言うなら、好きなようにすればいいでしょう。・・・ただし、私は今からあなたをアルバート家の一族とは認めません。この家から出てお行きなさい」
 「ええ、出て行きますとも。お母さんは、気が済むまで思う存分、引きこもってればいいわよ」

 クルッと踵を返し、ゼシカは自室に入って行く。乱暴に閉められたドアに、見張りをしていたポルクとマルクの体が跳ねた。
 しばらくすると、ゼシカが旅装に身を包み部屋を出てきた。

 「ポルク、マルク。あんたたちのこと、色々と利用しちゃってごめんね」
 「・・・ゼシカ姉ちゃん、本当に出て行っちゃうの?」
 「うん。だから、これからはあんたたち2人がこの村を守るのよ。サーベルト兄さんがよく言ってたわ。ポルクとマルクは将来、村を守る立派な戦士になるだろうって」
 「えうえうえ・・・あうう〜・・・」
 「ほら、泣かないの。さあ、もうここの見張りは終了よ。これからは、外の見回りをよろしく」

 泣きだしたマルクの頭を撫で、ゼシカが優しく声をかけた。2人の少年は涙を拭い、元気よく家を飛び出していった。
 その姿を見送り、ゼシカはアローザのもとへ。

 「それじゃあ、言われた通りに出ていくわ! お世話になりました! ごきげんよう!」

 恭しく頭を下げ、ゼシカが家を出て行ってしまった。

 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「エイリュート、ヤンガス・・・ゼシカさんを追わないでよろしいのですか?」
 「あ、いけない。ボーッとしちゃった」

 あまりのゼシカの迫力に、声をかける隙がなかった。確かに気の強そうな顔をしていたが、まさか母親に啖呵を切って家を出て行くとは思わなかった。

 「姫さんと、ずい分違うタイプでげすね・・・」
 「姫はおっとりしてるからね」
 「あっしは、どうにも女というのが苦手でげす・・・。扱いが難しいというか・・・」

 ブツブツと文句を言いながら、ヤンガスは村の外へ。

 「おお、どうしたんじゃ、エイリュート。先ほど、娘が怖い顔をして村を出て行ったぞ。おそらく、港町のポルトリンクへ向かったのじゃろう」
 「港町・・・? 船に乗るつもりでしょうか?」
 「おそらく。何かドルマゲスの情報を掴んだのかもしれん。よし、わしらも娘を追いかけるぞ」
 「はい」
 「それにしても、ゼシカとかいう姉ちゃんは謝りたいとか言ってたくせに、アッシらに気づきもせずに村を出て行ったでがす。どうにも前しか見えてない性格のようでがすねえ。あんまり関わり合いたくないタイプでげすよ」

 言われてみれば、そうだ。その上、こっそり家を出て行ったというのに、堂々と正面から家に入って来たのだろう。当然、母親にそれがバレれば、それも大事になる。
 とりあえず、エイリュートたちはゼシカの足取りを追う。リーザス村から街道沿いに進めば、見えてくるのは大海原と灯台。
 港町ポルトリンクは、トロデーン大陸と南の大陸を繋ぐ定期船の定着地だ。ゼシカも、ここへ向かったという。
 だが・・・街の人々の話を聞くと、どうやら現在は定期船が出ていないようだ。

 「もういい加減に待てないわよ! さあ、今すぐ船を出して!! 私は急いでるんだから!!」
 「いくらゼシカお嬢様の頼みでも、そればっかりは、できねえでやす。海には危険な魔物がいるので・・・」
 「だから! そんなの私が退治してやるって言ってるでしょ!?」
 「いやいや、ゼシカお嬢様に、そんなことをさせたら、後でアルバート家から何を言われるか・・・」
 「う〜〜〜話のわからない男ね」

 これまた、声を荒げているゼシカ嬢。今度は、船乗りたちに対して文句を言っているようだ。イライラした様子で、ゼシカが辺りを見回し・・・エイリュートたちの姿に気づいた。

 「あ、ちょうどよかった! 塔で会った人よね?」
 「うん・・・君を追って来たんだ」
 「え? 私を・・・? ああ、そうだわ。村で待っててって言ったのに、どうして待っててくれなかったの? 私、ちゃんと謝りたかったのに」
 「・・・君がお母さんと喧嘩して、村を飛び出したんじゃないか」
 「何?? 何か言った?」
 「いえ」

 ボソッと文句をつぶやけば、ゼシカが首をかしげて・・・エイリュートは慌てて首を横に振った。
 
 「でも、それは今はいいわ。ちょっと頼みたいことがあるの。一緒に来てくれる?」

 そう言うと、先ほどの船乗りのもとへ、ゼシカと向かう。

 「ねえねえ、その魔物を倒すのに、私が手を出さなきゃいいんでしょ?」
 「へえ。そりゃあまあ・・・」
 「だったら任せて。魔物退治は、この人たちが引きうけてくれるわ。ね? これならオッケーよね?」
 「へえ、そりゃあまあ。こっちも魔物を倒してくれるなら、願ったり叶ったりですから・・・」
 「じゃあ、決まりね」
 「ちょ、ちょっと待つでげす! 姉ちゃん、勝手に話を進めてもらっちゃ、困るでげすよ!」

 こっちの意見も聞かずに、勝手に決めようとするゼシカだが、慌ててヤンガスが口をはさんだ。

 「もう、何を言ってるの!? リーザス像が見せてくれたものを忘れたんじゃないでしょうね!? あのドルマゲスが南の大陸に渡ったってウワサなのよ! 定期船が出せなかったら、ドルマゲスを追えないじゃない。ね? 魔物退治を引き受けてくれるでしょ?」
 「・・・なるほど。ドルマゲスを追うのに、船が必要ってことだね。わかったよ、僕たちで魔物退治を引き受けよう」
 「兄貴・・・! それでいいんでがすか!?」
 「もちろん。あ、だけど・・・姫は危険ですから、彼女と一緒に・・・」
 「わたくしのことは、心配無用ですわ、エイリュート」

 やんわりと断り、が微笑めば、ゼシカと船乗りがうっとりしてしまう。彼女の微笑みには、魅了の力があるようだ。

 「それじゃ、早速出発しましょうか」
 「そうでげすね」

 こうして、定期船は何カ月ぶりにポルトリンクを出発したのだった。

***

 銅鑼を鳴らし、船が港を離れる。海を荒らすモンスターは、未だに姿を見せず、天気も快晴で船旅は順調だった。
 だが・・・港から数キロほど進んだ場所で、いきなり水面に大きな気泡が生まれ・・・そこから巨大なイカの化け物が姿を見せた。
 オセアーノンという巨大イカのモンスターだ。どうやら、頭上を通る船が気に入らないらしく、こうして船が通るたびに姿を現し、船乗りたちを困らせているようだ。
 ここから先は、エイリュートたちの出番。ゼシカたちは安全な場所に隠れてもらい、エイリュートたちはオセアーノンと対峙した。
 エイリュートの投げるブーメラン、ヤンガスの斧、そしての華麗な剣と魔法により、オセアーノンは正気を取り戻す。
 なんと、先日見た「海の上を歩く道化師」に睨まれてから、様子がおかしくなってしまったというのだった。

 「思ったより強いじゃない! 正直、あんまり期待してなかったから、ちょっとビックリしたわ!」
 「そりゃ、どうも」
 「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はゼシカ。ゼシカ・アルバート。あなたたちはなんていうの?」
 「あっしはヤンガス・ダンでがす。こちらは兄貴分の・・・」
 「エイリュート・スピンダルだよ。よろしく、ゼシカ」
 「こちらこそ。・・・それで」
 「あ〜・・・えっと・・・」

 ゼシカがに視線を向ける。さて、正直に言っていいものか。

 「聖王国の第一王位継承者である・・・・セレルナ・シェルダンド王女です」
 「ごきげんよう、ゼシカさん」
 「え・・・え・・・!!!? 聖王国って・・・シェルダンドの・・・お姫様!? ウソでしょ!!? ヤダ! ものすごいカワイイ!!! 初めて見た! 超有名人じゃないの!」

 舞い上がったゼシカは興奮した様子でに詰め寄る。は嫌な顔一つせず、ニッコリ笑ってゼシカに握手を求めた。

 「私、そんな偉い方に向かって盗賊呼ばわりしたり、メラ放ったりしてたのね・・・! どうしよう・・・! 打ち首獄門よね・・・!!!?」
 「気になさらないで、ゼシカさん。仕方ありませんわ。最愛のお兄様を失くされ、心を痛めていたのですから・・・」
 「・・・王女様」
 「それに、エイリュートたちも気にしていませんわ。ね?」
 「はい」

 に同意を求められ、エイリュートは笑顔でうなずき、ヤンガスもうんうん、と同意する。

 「・・・ありがとう。みんな、優しいのね。あ・・・そうだ。ねえねえ、みんな。塔での約束忘れてたわ。盗賊と間違えちゃったこと、ちゃんと謝らなきゃね」

 ゼシカが胸を張り、姿勢を正し、腕を引く。

 「すんませんしたーっ!!!」

 そして、男らしいその謝罪。呆気に取られ、エイリュートたちから笑みがこぼれた。

 「何はともあれ・・・これからよろしくね、みんな」

 ゼシカの笑顔に、エイリュートたちも笑顔で彼女を迎え入れた。
 船は、もうじき南の大陸に到着する。
 エイリュートたちの旅は、まだまだ始まったばかりである・・・。