「・・・というわけじゃ。では、始めるぞ。・・・神よ、ご加護を・・・!」
ニノ大司教の立てた作戦に、エイリュートたちはうなずく。もはや、動くのも声を出すのも至難の業だが、これだけは成功させなければならない。
視線を合わせ、合図をする。エイリュートとククールは牢屋の両脇に身を隠し、ヤンガスとゼシカ、ニノ大司教は牢屋の入口へ。
そして、ニノ大司教がいきなり蹲った。
「痛い、痛い、痛い! 誰か助けてくれ! 腹が・・・腹が痛くてたまらん!」
「ニノのおっさん! どうしちまったんでい!?」
「おじいさんが死んじゃうわ! 助けてー!」
必死にゼシカが看守に呼びかけるが、看守は知らん顔だ。
「わ、わしの大事な黄金のロザリオが・・・! ううっ、腹が痛いっ! 腹の中に・・・!」
「まさか、おっさん! その黄金のロザリオとやらが、腹ん中にあるんでげすかい!?」
「そうじゃ! わしは大事な黄金のロザリオを飲み込んだのじゃ! この煉獄島に連れてこられる時、取り上げられてはならぬと、こっそり胃袋の中に隠して・・・イテテテテッ! イテテッ! は、腹にロザリオが・・・黄金のロザリオが刺さって痛い!!」
「なにぃ! 黄金のロザリオだとぉ!?」
さすがの看守たちも、金目のものの存在に、顔色を変え、立ち上がった。
***
「ようようよう、じいさん。ずい分と苦しそうじゃねえか」
「じいさんの腹を痛めつけてる、いけないロザリオが出てくるまで、俺達が看病してやるよ」
「クックック。他にもいけないモンがねえか、身体検査もバッチリな」
看守が牢に近づいて来る。その2人の看守に、ニノ大司教は笑顔を浮かべた。
「あ、ありがとう・・・。なんと優しい方々じゃ」
牢屋を開け、看守の2人がニノ大司教に詰め寄る。それでも、ニノ大司教は笑顔を崩さない。
「ありがとう、ありがとう。一つ看病ついでに、お願いがあるのだが・・・」
「おうおう、いいぜ。なんでも言ってみな」
「ついでに、しばらく眠っておってはくれんかな? 間抜けな看守どもよ」
牢屋の入り口にはエイリュートたち4人が立ち塞がり、ニヤリと笑みを浮かべる。そのまま、拳でもって、看守たちを殴り飛ばした。
「て、てめぇ、何しやが・・・!?」
「うわあああっ!!!」
あっさりと看守をのし、エイリュートたち5人は見事に牢屋から抜け出し、ここへ来たときに乗った檻へと乗り込む。しかし、檻は動かない。
「なんで動かねえんだ! こりゃ、どうなってるんでげす!?」
「・・・そうだ。確か、見張りの交代の時は、あそこのレバーを動かしてたわ」
ゼシカが、檻から離れた場所にあるレバーを指差す。そのレバーは、大人の力でようやく動かせるような大きなものだ。
「誰かが残って、あのレバーを操作しないと、地上には戻れない」
ゼシカの言葉に、一同は黙り込む。誰かがここに残るしかない・・・。
「エイトの兄貴のためだ! ここはアッシが・・・」
「いや、待て。わしが残る」
名乗り出たヤンガスを押し止め、ニノ大司教が檻から出た。
「ニノのおっさん! みんなで逃げないでどうするんでがす!? それに、看守どもが起きたら、あんたじゃ太刀打ちできねえでがすよ!」
「・・・わしは、どうせこの煉獄島から逃げ出したところで、すぐに教会の者どもに見つかってしまう。ここはわしが引き受けた。だから・・・エイリュートよ。わしに代わって、法皇様の死の原因を突き止めてくれ。わしは、法皇様の死の真相が知りたいのだ!」
「ニノ大司教・・・!!」
言い切るが早いか、ニノ大司教はレバーを操作し、檻が大きな音を立てて上へ登って行く。
「ニノのおっさん!!」
「おじいさん!」
「ニノ大司教!!!」
エイリュートたちが口々にニノ大司教を呼ぶ。ニノ大司教は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「頼んだぞ、エイリュート・・・!! わしに構うな! お前たちは早く地上を目指せ!! 必ずや、わしに代わって法皇様の死の真相を・・・!!」
やがて、ゆっくりと看守たちが起き上がる。その様を見つめ、ニノ大司教はため息をついた。
「目が覚めたか、間抜けどもめ。ロザリオなど、ウソっぱちじゃ。残念だったな。・・・さあ、覚悟はできておる。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」
***
ゆっくりと、檻が地上へ着いた。ヤンガスが入り口を開け、飛び出すと、ククールもそれに続く。エイリュートがゼシカの手を取って、檻から下りたときだった。
それまで檻を支えていた鎖が千切れ、檻が落下したのだ。
慌てて穴の奥を覗くが、何も見えない。エイリュートたちは、ニノ大司教への思いを断ち切り、外へ出ることに決めた。
ニノ大司教の意志は「法皇の死の真相を探ること」だ。こんなところで、いつまでも嘆き悲しんでいられないのだ。
急いで監獄から出ると、見覚えのある船が目に飛び込んできた。そして「お〜い!!」と言いながら、こちらへ駆けて来る小さな人影が一つ。
「トロデ王・・・!」
「このアホっ! 心配かけおってからに!! どれだけ探したと思ってるんじゃ! 捕まるにしても、もうちっと分かりやすい所に捕まらんか! このアホっ!!」
「おっさん・・・無茶なこと言うでげす・・・」
「どうしてここだとわかったんですか?」
「む? パルミドの情報屋じゃよ。ヤンガスの名前を出したら、あっさりと情報を寄越しおった。・・・まあ、よい。どうやら無事のようじゃな。お前たちも知っておろう。法皇様が殺されたのを。・・・ヤツの仕業に違いない! こうしてはおれん! さ、行くぞ! エイリュートよ・・・と言いたいところじゃが」
チラッと4人を見て、トロデは眉間に皺を寄せた。
「・・・お主たち、相当臭うのう。まあ、一月も牢獄におったのじゃ、仕方ないとは思うが。今日は風呂に入り、ゆっくりと身体を休めることじゃな。ゼシカなど、見ていて痛々しいわい」
「そんなことより、トロデ王・・・姫は? 姫はどこにいるんだ?」
ククールが青白い顔でトロデに詰め寄る。その鬼気迫るククールの表情に、ギョッとしつつもトロデは冷静に答えた。
「そのことについてじゃが・・・。まあ、今はゆっくりと身体を休めることが先決じゃ。心配せずとも、処刑をされたといった情報は入ってきておらんよ」
「あいつはマルチェロに連れて行かれたんだ! 何もないわけがない!」
「落ち着け、ククールよ。姫が心配なのは、わしら皆同じ気持ちじゃよ。だが、今の状況では救出に向かっても無意味じゃ。逆にやられてしまうじゃろう。わかるな? 今は身体を休めること。よいな?」
どうやら、これ以上は何かを話すつもりはないらしい。
仕方なく、一行はサザンビークへ移動し、そこの宿屋を取った。見るからに汚らしい4人の姿に、宿屋の主人は訝しがったが、すぐに風呂と食事の用意をしてくれた。
いきなり重い食事は胃が受け付けない。流動食を用意してもらい、一月ぶりにそれを口にし、エイリュートたちは深い眠りに落ちた。
***
自分の名前を愛しそうに呼ぶ少女。金色の長い髪、マゼンタ色の大きな瞳、桜色の唇。そのどれもが愛しくて、自分だけのものにしたくて、その気持ちに戸惑いながらも、ようやく手に入れた少女。
真剣な恋など、したことなかった自分の前に現れた、たった1人の大切な人。聖王国の王女。気高くて、威厳があって、美しい。
フッと意識が浮上する。微かに見えた、愛しい人の顔。思わず「・・・姫」とつぶやけば、ハッと意識が覚醒した。
「あら、起きたの? 大丈夫?」
目が覚めたククールの目の前にいたのは、愛しい少女ではなかった。パーティの仲間であるゼシカだ。
「今ね、エイトたちが情報を集めにサヴェッラへ行ってるの。あんた、もう三日も眠ったままだったのよ?」
「・・・三日。ゼシカたちは?」
「私は昨日、目が覚めたけど、エイトとヤンガスは翌日には元気になってたって。タフよねぇ〜」
ハァ・・・とため息をつく。自分では自覚していなかったが、どうやら精神的にも相当参っているらしい。
そんなククールの様子に、ゼシカが「はい」と薬湯を差し出した。
「ここサザンビークも、法皇様の死について騒ぎになってるわ。なんでも、新しい法皇の就任式も行われるそうよ」
「・・・そうか」
「姫のことも、何か情報がないか聞いてみたんだけど・・・いまいち、情報が入って来ないのよね。エイトたちに期待しましょ」
ゼシカの顔色は良くなってきている。ということは、自分も体調がよくなってきているのだろう。
一月も牢獄に入れられ、地獄のような体験をした。それでも、こうして自分たちは生きている。煉獄島に残してきた人たちは、どうしているだろうか・・・。
「あれ? ククール、起きたんだね」
「エイト、ヤンガス、おかえりなさい」
部屋に入って来たエイリュートとヤンガスが、ククールの姿にホッとした表情を浮かべた。何日も目覚めなければ、やはり心配になるのだろう。
「ああ、悪かったな・・・。もう大丈夫だ」
「そう。あまりムリはしないでくれよ? これから、大事なことが始まるんだから」
「え?」
そう言うと、エイリュートとヤンガスは椅子を持ってきて、ククールのベッドのそばに座った。その表情は、深刻そうだ。
「サヴェッラ大聖堂に行って来た。そこで、色々と情報を集めて来たよ。法皇様の死が、自殺に見せかけた他殺であったこと。次の法皇の就任式が行われること。そして・・・同じく、新しい法皇の結婚式が行われるらしい」
「・・・結婚?」
ククールとゼシカの眉間に皺が寄る。イヤな予感がした。
「お相手は・・・シェルダンドの聖王女だ」
「!!?」
「・・・新しい法皇、マルチェロは、姫と結婚しようとしているんだ。なんで、そんなことになったのかは、わからない。だけど、就任式の発表と同時に、姫との婚姻も発表されたらしい。就任式は、明日の午後、聖地ゴルドで行われる。僕たちは、就任式と結婚式をぶち壊しに行かないと!」
「あの杖は・・・たぶん、今はマルチェロの手にあるわ。感じるの。ぼんやりとだけど」
ゼシカが小さくつぶやいた。杖に支配されたせいだろうか。今でもその力を感じることができるのだという。
「姫は・・・抵抗もせずに、マルチェロとの結婚を決めたってことか?」
「そこまでは、わからない。だけど、シェルダンドの国王と王妃は寝耳に水だろうね。いつの間にか法皇の妻になんてことになってるんだし。明日の結婚式に招待されてるのかどうか、わからないけれど」
エイリュートは視線を落とし、神妙な表情でつぶやく。エイリュートとしても、信じられない気持ちでいっぱいだ。まさか、あの王女がマルチェロと結婚するなど。
「僕たちが助けないと。姫を」
「・・・ああ」
「姫に何があったのか、この一月の間に何が起こっていたのか・・・それを確かめるためにも、明日・・・聖地ゴルドへ向かおう」
エイリュートの言葉に、3人はこくんとうなずく。
『・・・姫、必ず無事で。オレが助けに行く。待ってろよ』
グッと拳を握りしめ、ククールは心の中でそう誓ってみせた。