ラジュに言われた通り、宝物庫で暗黒大樹の葉をもらい、それを地図に落とすと、地図の上に紫色の葉の形をした物体が浮き出た。しかも、それは移動している。
「これって、もしかして・・・」
「黒犬の動きだわ!」
今はマイエラの周辺を飛んでいる。エイリュートたちは顔を見合わせ、うなずくとすぐに神鳥の魂を使い、鳥へと姿を変えた。
***
見つけた・・・!と心の中で思う。杖を咥えた黒い犬。その姿をようやく捉えることができた。
見逃さぬよう、しっかりと後をつける。一体、どこへ向かうのか・・・と思った矢先、黒犬がとある場所を目指していることに気づく。
北の方角・・・間違いない、サヴェッラ大聖堂へ向かっているのだ。
そして、やはり黒犬は迷うことなくサヴェッラ大聖堂の上にある、法皇の館の方へ飛んで行った。
慌ててエイリュートたちは法皇の館に降り立つ。法皇のもとへ急ごうとしたエイリュートたちの頭上を、黒犬が飛び去り・・・そして、そのまま館の2階へ突っ込んで行った。
「あの黒犬が飛び込んだのは、2階の真ん中の部屋か・・・。まずい! あそこは法皇様の私室がある場所だ!」
すぐにその事実に思い当たったククールが声をあげる。
「・・・見つけた。行くわよ! あいつを倒す! サーベルト兄さんの・・・みんなのカタキ、今こそ討ってやる!」
「あのやろ、窓から入るたあ、なんて行儀が悪い犬っころだ! あれは盗賊の専売特許でげす! 兄貴! 早いとこあの黒犬野郎を捕まえて、とっちめてやるでがすよ!」
「うん! 行こう!」
屋敷の中に飛び込めば、そこにいたのはアタフタと慌てるニノ大司教だ。エイリュートたちの姿に気づくと、こちらへ駆け寄って来た。
「大変だ! 法皇様が・・・怪しい者が法皇様のお部屋に侵入したらしいのだ! お前たち、頼む! 法皇様をお助けしてくれ! そして・・・くれぐれも忘れるな! 法皇様に伝えるのだ!! 最初に救援の兵を寄越したのは、このニノ大司教。わしの手柄なのじゃと!」
ニノ大司教の言葉に従うのは癪だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
急いで二階へ駆けあがり、法皇の私室へ飛び込めば・・・やはり、そこにいたのは背中に羽を生やした黒犬と、それと対峙する聖堂騎士。そして部屋の奥には法皇の姿があった。
「法皇様!!」
がすかさず法皇に駆け寄り、その無事を確認する。
《・・・ほう、レティスの力をその身に宿したか。くっくっく・・・面白い。よかろう! 最後の賢者を殺す前に、お前たちを血祭りに上げてやるわ!》
エイリュートたちの姿を認めると、黒犬は牙を剥き、襲いかかって来た。
黒犬があげた雄叫びに、聖堂騎士と、法皇が気を失う。こうなったら、エイリュートたちだけで黒犬と戦うしかないようだ。
「姫! 法皇様を頼みます!」
「ええ!」
倒れた法皇を放っておくわけにはいかない。には法皇を守ってもらい、エイリュートたち4人で黒犬と対峙することにした。
黒犬はその強靭な尻尾でエイリュートたちを殴り、咥えた杖で殴り、雄叫びをあげてくる。その上、凍える吹雪まで吹いてくる。
トーポにフバフバチーズを食べさせると、フバーハと同じ光の衣がエイリュートたちを包む。
ただの犬だったというのに、その攻撃力と体力はすさまじい。ヤンガスとエイリュートが攻撃を仕掛けても、なかなか倒れる気配が見えない。
だが、確実にその体力は奪われているはずだ。
ヤンガスの兜割り、エイリュートとククールの隼斬り、ゼシカの双竜打ちが黒犬を容赦なく攻撃する。
強烈な痛恨の一撃がヤンガスを狙う。膝をつくヤンガスに、柔らかな緑の風が包む。ククールのベホマだ。瞬時にしてダメージを癒してくれたククールに、ヤンガスは礼を言い、再び攻撃に加わった。
《くっ・・・バカ・・・な・・・また・・・しても・・・》
黒犬が呻き、一歩、また一歩と後ずさり、その身体から眩い光が放たれた。まるで、何かの皮がはがれるかのように、黒犬から何かが剥がれ落ち、そのまま倒れる。最後の最後に、黒犬はレオパルドに戻ったのだ。
「・・・法皇様! ご無事ですか!?」
黒犬が倒れたのを見計らって、ニノ大司教が部屋の中に入って来る。その背後にはマルチェロと聖堂騎士が控えていた。思わず、エイリュートたちはまた何か嫌味を言われるのかと身構えてしまう。
ニノ大司教は法皇の側にいたの姿に気づくと、慌てて姿勢を正した。
「こ、これは王女・・・!」
「大丈夫ですわ。脈はあります」
「それを聞いて安心しましたぞ・・・。しかし、これは・・・あの化け物がやったのか? 何が起きたというのだ!?」
そう言うと、ニノ大司教は黙って様子を眺めていたマルチェロを振り返った。
「マルチェロ! 何を突っ立っておる! 早く法皇様をお部屋までお運びしろ!! この役立たずめ! 何が警護役だ!! 貴様は降格だ! あすにも処分を・・・」
だが、マルチェロは動揺した様子も見せず、冷たい目でニノ大司教を見つめている。
「わしの命令が聞こえぬか! マルチェロ!!」
「・・・はっはっは! ニノ大司教、そういう訳でしたか」
そして、いきなり高笑いをし、蔑むような視線を向けて来たのだ。
「貴様、何のつもりだ! 何がおかしいというんだ!?」
「観念なさい。野犬と誰とも知れぬごろつきを雇い・・・騒ぎを起こしてそれに乗じ、法皇様の暗殺を謀るとは。恐れ入りましたよ。あなたが次期法皇の座を狙っていた事は知っているが、ここまでやるとはな」
「何を言うか!? 貴様! わしが法皇様を・・・」
「捕まえろ! このごろつきどもを、まとめて煉獄島へ流刑にするのだ!」
「はっ!」
「な・・・!!? ちょっと待ってください! 僕たちはごろつきなんかじゃ・・・」
「冗談じゃないわよ! なんで私たちが法皇様を殺さなきゃいけないのよ!」
「これは濡れ衣でげす! マルチェロ! アッシらのことは知ってるはずでげす!」
聖堂騎士たちが、エイリュートたちの腕を掴む。必死に抵抗するエイリュートたちだが、ククールだけは静かに兄を睨みつけていた。
「おお、そうだ。そちらの方は聖王国シェルダンドの姫君だ。失礼のないように、お部屋にご案内しろ」
「な・・・!?」
法皇の側にいたを見て、マルチェロがそう告げる。だけは流刑にしないつもりなのだ。
「お、お待ちなさい! その方々は、わたくしの大事な仲間です!!」
立ちあがり、エイリュートたちを追いかけようとしたの腕を、マルチェロが掴んだ。
「王女・・・何度も告げたはずです。あのような下等な者たちと一緒にいては、そなたも汚れると・・・」
「離しなさい! マルチェロ・ニーディス!!」
必死に腕を振り払おうとするの姿に、ククールが振り返る。
「・・・姫っ!!」
「ククール!!」
助け出そうにも、聖堂騎士たちは容赦なくエイリュートたちを拘束し、部屋から連れ出す。
「ククール!! わたくしが・・・わたくしが必ず助けますわっ!!」
「姫・・・!」
腕を伸ばすそのの目の前で、バタンと部屋の扉が閉まった。
***
騒ぎ立てるを部屋から別室に移動させ、マルチェロは改めて部屋内を見回した。残ったのは黒い犬と、その傍らに落ちている一本の杖。そしてマルチェロ自身だ。
「・・・おぞましい魔物も時には役に立つものだな」
そう言いながら、マルチェロは床に落ちていた杖を手に取った。その瞬間、頭にズキンと痛みが走ったが、何事もなかったかのように、マルチェロは部屋を出た。
***
「無礼者めっ!! 次期法皇といわれるこのわしを、流刑にするだと!? おい! 聞いておるのか!? これは濡れ衣じゃ! あの悪党が全て・・・」
ニノ大司教が必死に声をあげるが、看守はそれを無視し、エイリュートたちを大きな鳥かごのような入れ物に押し込んだ。
レバーを操作すると、檻が大きな音を立て、ゆっくりと落下していく。
「待て! 待ってくれ!! これは何かの間違いじゃー!!」
叫ぶも、もはや看守たちは聞こえないふりだ。ニノ大司教はガックリと肩を落とした。
「・・・ばかな。マルチェロはわしの手駒。それが、まさか牙を剥くとは。次の法皇になるのは、わしなんじゃ。病弱なあの方だ。待っておれば、いずれは・・・」
「それで晴れてあなたが法皇ですか。本当にそう上手く行きますかね」
「こうなってしまっては、もう何もかも手遅れじゃ・・・。ここは煉獄島じゃ。大罪を犯した者たちを死ぬまで閉じ込めておく監獄。一度中に入ったら、二度と生きては戻れん。すべて、あの悪党マルチェロのせいじゃ!!」
チラッとエイリュートたちはククールに視線を向ける。先ほどから、彼は一言も口をきかない。
兄の手によって煉獄島に流刑にされ、その上、恋人とも引き離された。一緒に捕まるよりかはマシだろうが、離れ離れにされた不安は拭えない。
「・・・姫が地上に残ってます。僕たちは、姫が助け出してくれると信じています」
エイリュートの言葉に、仲間たちが彼を見つめた。まだ希望は失っていない。そんな強い眼差しだった。
***
法皇の館の廊下を歩いていたマルチェロは、全てが計画通りに進み、ほくそ笑んでいた。
「・・・法皇は心労で倒れ、邪魔な大司教はいなくなった。思いの外、うまくいったな」
と、次の瞬間、手にしていた杖が怪しく光った。マルチェロの全身を禍々しい光が包む。
「なんだ? ・・・くっ! 頭が、割れそうだ・・・! これ・・・は・・・!?」
《我が肉体は忌々しき賢者どもに封じられ、失われた》
激しい頭痛が襲い、そして同時にマルチェロの頭の中に禍々しい声が響いて来た。
「声・・・!? 誰だ! 貴様!? この杖・・・か・・・!?」
怪しげな光を発する杖を、驚愕の目で見つめる。その杖から枝のようなものが伸び、マルチェロの腕を包んだ。
《杖を手にする者よ。汝こそが我が新しき手足。さあ、杖の虜となれ。仮の宿りとなりて、我に従え・・・!》
「ふ・・・ざ・・・けるな・・・!」
支配されそうになり、マルチェロは慌てて腰から短剣を取り出し、そのまま枝に捕らわれた右腕に突き刺した。
痛みが意識を覚醒させる。その強靭な精神に、ラプソーンが驚愕の声をあげる。
《なんだと・・・!?》
「・・・命令をされるのは、生憎大嫌いでね」
なんと、ラプソーンの意識を封じ込めたのだ。マルチェロはニヤリと笑い、とあることを思いつく。
そうだ・・・自分は次期法皇となり、全てを手に入れるのだ。
そう、全てだ。この世界も、何もかも。
・・・あの美しい王女さえも。