54.神鳥の魂

 レティスの言葉通り、岩山の中は洞窟になっていた。当然、魔物の姿もある。エイリュートたちは、襲いかかる魔物たちを倒しながら、頂上へと向かった。
 緩やかな山道とは言え、やはり山は山だ。当然、傾斜がある。登るのにはそれなりの疲労を伴う。
 登ってしまえば、あとはリレミトで脱出できる。それはいいのだが、洞窟と違い、高さのある塔のような場所が、ククールは苦手であった。

 「レティスも難儀な場所を巣にしたもんだなあ。まあ、だからこそ、ここを選んだんだろうけど・・・。歩いて登らされるこっちの身にもなってほしいもんだぜ。空を飛べるやつは、これだから・・・」
 「文句は言わない。仕方ないだろ。これも、レティスの力を借りるためだよ」
 「はいはい・・・。わかってますよ、そのくらい」

 わかっていても、愚痴が口から出てきてしまうのは、仕方ない。ただ、ライドンの塔のように、おかしな仕掛けがない、単調な山道だという点は、感謝しなければならないだろう。
フゥ・・・とため息をつき、文句一つ言わない自身の恋人に視線を向けた。
 先ほど、レティスと何を話していたのか・・・は結局、教えてくれなかった。大したことではない、と誤魔化された。だが、逆に隠されると気になるものだ。

 「こんな大きな岩山の中が、すべて空洞になってるなんて、不思議なものね。針のような外見といい、ここって洞窟というより、まるで高くそびえる塔みたいだわ」
 「この神鳥の巣のてっぺんに、ゲモンって魔物がいるんでがすね。うっし! こんな岩山、ダ〜ッと駆けあがって、一気にゲモンを倒しちまうでげす!」
 「元気なこった。お前1人で駆けあがってこい」
 「兄貴! 行きやしょう!」
 「え・・・いや、僕はみんなと一緒に歩いて行くよ・・・」
 「兄貴ぃ〜!」

 エイリュートたちのやり取りに、ゼシカとが顔を見合わせクスクス笑う。ここまで個性的で育った環境がバラバラなのに、どうしてこんなに気が合うのだろう。

 「私、ホントにリーザス村を出てよかったな・・・って思うの」
 「まあ・・・ゼシカにとっては、いいお勉強になったのでしょうね。わたくしも、初めての体験がいくつもできましたわ」
 「村にいたら、神鳥に会うことだってなかったし・・・姫やエイリュートたちと出会うことも、なかったと思う。あのまま、母さんの言う通りにお嬢様として大人しく暮らして、ラグサットと結婚して、子供を産んで・・・」

 途端に、ゼシカの表情が曇る。が「どうかなさいました?」と心配そうに声をかけた。

 「ううん、ただ・・・村にいたら、私が暗黒神に操られることもなかっただろうから・・・もしかしたら、犠牲者を増やさずに済んだのかも、って思って・・・」
 「ゼシカ・・・いいえ、自分を責めてはいけません。あなたは、心の中にあった暗い部分を、暗黒神に利用されただけ・・・ゼシカも犠牲者なのです」
 「・・・姫」
 「エイリュートも、ヤンガスも、ククールも、トロデ様も、もちろんわたくしも、ゼシカのことを誰も責めていませんわ。だからゼシカも・・・自分を責めるのをやめなさい」

 厳しい口調になったに、ゼシカは目を丸くする。こんな風に、がゼシカをたしなめるのは初めてだった。だが、はすぐにいつもの優しい笑顔を見せてくれた。

 「わかりましたわね?」
 「・・・は、い・・・」
 「よろしい」

 の笑顔に、ゼシカもつられて笑った。
 そんな2人の様子に、エイリュートが「何してるの、早く行くよ!」と声をかけてきた。2人の少女は「今、行きます」と同時に声をあげ、またまた顔を見合わせて笑ったのだった。

***

 山頂にたどりつくと、確かにそこには魔物の姿があった。その魔物の背後には、卵も見える。あれが、レティスの卵だろう。
 エイリュートたちは顔を見合わせ、うなずきあうと、魔物の前に姿を現した。そんなエイリュートたちの姿に、魔物・・・妖魔ゲモンが驚愕の表情を浮かべた。

 「なんだ、貴様たちは? こんな所にどうして人間がいる? それにその姿・・・。この闇の世界の住人ではないな。一体、どこから迷い込んだ? ・・・まあ、いい。こっちも卵を見張ってるのには、いい加減飽き飽きしていたところ。せっかく来てくれたのだ。暗黒神ラプソーン様の腹心、妖魔ゲモンが直々に遊んでやろうじゃないか」

 そう言うなり、ゲモンが仲間を呼ぶ。やって来たのはゲモンと同じ、鳥のモンスターだ。とりあえず、取り巻きのモンスターを倒し、ゲモンに一点集中攻撃を仕掛けることに決めた。
 炎を吐いて来るゲモンに対し、ゼシカが手にした炎の盾を使い、バリアを張る。強烈な攻撃を仕掛けてくるため、ククールがスクルトをかけ、障壁を作り出す。
 攻撃を仕掛けるヤンガスとエイリュート、にバイキルトの魔法をかけて、攻撃力を増加させる。いつもと同じ戦法だ。
 数々の魔物を倒して来たエイリュートたちの敵ではなかった。止めのヤンガスの兜割りが綺麗に決まると、ゲモンはフラフラと後ずさりした。

 「バカな・・・こ、こんな強い人間がいるなど・・・。そうか、レティスだな! ヤツがオレを倒させるために、光の世界から貴様たちを・・・。お・・・おのれぇ! そうとわかれば、このまま倒されてなるものかっ! ヤツの卵も道連れにしてやる! 死なばもろともよっ! このゲモンをたばかったこと、後悔するがいいっ! グハハハハ・・・」
 「あ、危ない、みんなっ!」

 ゲモンの身体が眩しく光り、そして次の瞬間、大爆発を起こした。

 「レティスの赤ちゃんが・・・!」

 爆風がやみ、ククールに庇われていたが、慌てて卵に駆け寄ろうとして・・・その足を止めた。
 卵は、完全に爆破され、見るも無残な姿になっていたのだ。ガクッとの膝が折れ、その場に座り込んでしまった。

 「・・・姫」

 そのの肩を、ククールが抱きしめれば、は涙を浮かべ、胸に顔を埋めてきた。

 《さっきの音は、一体何が・・・?》

 そこへ、レティスがやって来た。そして、泣き崩れるの前にあった、自身の卵を見つけ、愕然とした。

 《こ、これはっ!? どうして、こんなことに? 私の赤ちゃんが・・・卵が粉々になって・・・》
 「レティス・・・あの・・・ごめんなさい」

 レティスの驚愕の声に、ゼシカが申し訳なさそうに、小さく声を発する。そのゼシカの肩を、エイリュートが優しく抱き寄せる。

 《・・・どうやら、あなた方には迷惑をかけてしまったようですね。光の世界から呼び寄せておいて、こんな嫌な思いをさせてしまうなんて、本当に申し訳ありません》
 「レティス・・・!」
 《あなた方は、一生懸命やってくれました》

 大きな瞳を涙で濡らしながら、が声をかけると、レティスは静かな口調でそう告げた。

 《さあ、ここにいたところで、もはや為すべきこともありません。光の世界への扉まで送っていきましょう》

 そう言って、翼を広げたときだった。微かに、どこからか声が聞こえてきたのだ。

 《母様、待ってください》

 聞こえてきたその声に、レティスがハッとする。そして、爆破されてしまった卵に視線を向けた。

 《ま、まさか、私の赤ちゃん・・・?》
 《そうです、母様。生まれてくることもできず、こんな姿でお話しすることになって、ごめんなさい。ボクを助けるために来てくれた、その人たちにお礼がしたくて、こうして姿を現したのです》

 エイリュートたちの目の前に、小さな鳥の姿が現れる。レティスと同じ、青い翼の小さな鳥だ。

 《お礼? しかし、あなたは・・・》
 《いいえ、母様。こんなボクだからこそ、出来ることがあると思うんです。実体を持たない、魂だけのボクに、皆さんの身体を貸してもらえれば、空を飛ぶことが出来るようになるはず。どうか、皆さんの旅にボクをご一緒させていただけませんか?》
 「え・・・!?」

 それは、願ってもいないことだ。黒犬を追いかけるため、空を飛ぶレティスの力を借りようと思ったのだが、レティスは光の世界では実体を持てない。どうしたものか・・・という時に、意外な協力者が現れたのだ。

 《エイリュート、私からもお願いします。この子があなたたちの役に立てるなら、私も救われます。どうか、この子の願いを叶えてあげてください》
 「はい・・・! もちろんです! この子の力で、空を飛べるというのなら、喜んで!」
 《ありがとう、エイリュート。あなた方には、感謝してもしきれません》

 レティスが頭を下げる。卵を守れず、子供を死なせてしまったエイリュートたちに対して、頭を下げるとは、寛容な人物だ。

 《それでは、ボクは皆さんとご一緒できるように、姿を変えます。力が必要な時は、いつでも呼んでください》

 そう言葉を残すと、卵のあった場所に、小さな1つの宝珠が現れた。

 《さあ、どうぞ。あの子の魂の結晶を、手に取ってください》
 「は、はい・・・」

 宝珠を手に取る。綺麗な澄んだ石だ。中には、鳥のような形をした模様が入っていた。

 《その魂の結晶ともいうべき石を使えば、あなたたち人間でも鳥の姿になって空を飛べるはずです。ただ、その力は私たちが本来所属する世界、すなわち光の世界でしか発揮できないので、気をつけて下さい。さあ、そろそろ行きましょうか。私の背中にお乗りなさい。まずは、麓まで降りますよ》

 ヤンガスとエイリュート、ククールが先にその背中に乗り、エイリュートとククールがそれぞれの恋人に手を貸し、背中に乗せてやると、レティスは翼を広げ、飛び立った。
 そのまま麓にいたトロデとミーティアを足で掴み、破れ目まで連れて行ってくれたのだった。

***

 ようやく、光の世界に戻って来た。モノクロの世界にいたせいか、戻って来た瞬間に目を刺すような明るい色に思わず目を細めてしまう。

 「なんとまあ、不思議な体験をしたものじゃな。あのような、もう一つの世界が存在するとは、実際に行った者でなければ、とうてい信じられぬことじゃ」

 そう言うと、トロデは背後を振り返った。そこには、世界の破れ目である黒い渦が、今までの出来事が夢ではなかったというように存在している。

 「今もそこに扉がなければ、あの体験は夢ではなかったかと疑うところじゃ」
 「そうですね・・・。本当に、不思議な世界でした。レティスと、その子供には悪い事をしてしまいましたが・・・」
 「でも、レティスもレティスの子供も私たちに力を貸してくれたわ。魂だけのレティスの子が、私たちに力を貸してくれるなんて、思いもよらなかったわ。さすが、神鳥のヒナは普通じゃ考えられない特別な力を持ってるものなのね」
 「・・・賢者の末裔ばかりか、レティスの卵まで救えなくて、アッシは本当に悔しいでがすよ! こうなったら、今度こそラプソーンの野郎にこの怒りをぶつけてやるでげす!」
 「そのいきだよ、ヤンガス。今回のレティスの件だって、ラプソーンが絡んでる。僕は、絶対に暗黒神ラプソーンを許せない」

 エイリュートの力強い言葉に、仲間たちはうなずく。気持ちは同じだ。

 「卵が壊されたと知られた時には、レティスが怒って暴れ出すんじゃないかと一瞬ヒヤリとしたぜ。だが、そこはさすがに神鳥だな。冷静というか、超然としてるというか。あの態度は立派なもんだぜ」
 「レティスは神の使いですわ。本当に、そう思います。レティスと七賢者が願った暗黒神ラプソーン復活の阻止・・・必ず、成し遂げなければ・・・!」
 「はい・・・!」

 そっと、神鳥の魂を取り出し、エイリュートはそれを見つめた。
 ここに、レティスの子の魂が宿っている。暗黒神の復活を阻止するため、2人はエイリュートたちに力を貸してくれたのだ。この思いを無駄にはできない。

 「よし、行こう・・・! みんな! 僕たちの手で、ラプソーンの復活を阻止しよう!」

 向かうは黒犬・・・レオパルドのもと。神鳥の魂を握りしめ、祈る。どうか力を貸してほしいと。
 そのエイリュートたちの姿が鳥の姿となり、飛び立った。

 最後の賢者・・・サヴェッラ大聖堂にいる法皇のもとへ・・・。