53.神鳥レティス

 渦の中は、モノクロのトンネルになっていた。この先に何が待ち受けているのか・・・そんな不安に捕らわれながらも、モノクロのトンネルを進む。
 やがて、唐突にトンネルが終わった。辿り着いたその場所を見て、エイリュートたちはあ然とした。
 そこは、今までエイリュートたちがいた場所・・・神鳥の島だった。いや、厳密に言うと、神鳥の島と同じ風景の異世界・・・ただし、色がまったくない。白と黒の世界。そんなモノクロの世界において、エイリュートたちだけが色を持つ存在だ。
 襲いかかって来るモンスターも、全て闇色。何もかもが闇色一色だった。

***

 「こ、これはどうしたことじゃ? レティスの影を追っていたら、いつの間にか奇妙な所に来てしまったぞ。見える風景はさっきまでと変わらんのに、色だけが失われて・・・。これが異世界というものなのか!?」

 御者台にいるトロデも、その異様な世界に驚いて声をあげる。

 「アッシは、異世界ってもっと恐ろしげで禍々しい所かと思ってたでがすよ。でも、これなら灰色なだけで、アッシたちの世界とたいして変わらないでげすね」
 「バカ者、よく見んか! こりゃたいして変わらんどころか、そっくり同じじゃろうが!」
 「・・・おお、言われてみれば!」

 トロデの言葉に、ようやくヤンガスはその事実に気づいたようだ。今まで見て来た風景と、まったく同じなことに。

 「どうも、この異世界というのは、わしらの世界とも深い関わりがありそうじゃな」
 「ふ、深い関わりって・・・?」
 「いや、適当に思いつきを言ってみただけじゃ。本気にするな」
 「・・・おっさんの言う事をまともに聞いたアッシがバカだったよ」

 異世界に来ても、2人の漫才は変わらない。場を和ますようなそのやり取りに、少しだけ緊張がほぐれたような気がした。

 「まさか異世界なんて所に本当に来ちまうなんてな・・・。いや、レティスや暗黒神がいるんだから、異世界があっても、不思議じゃないのは、わかってるさ。だが実際に、自分の足でそこを歩くことになるとは、想像もしてなかったぜ」
 「それは僕だって同じだよ・・・。異世界、なんて言われても、いまいちピンと来ないし。まさか、その異世界がこんな世界だったなんて・・・」

 エイリュートは辺りをキョロキョロと見回す。海の色まで闇色だ。まるで、気が滅入りそうになる。

 「とにかく、来ちゃった以上、この世界の様子を調べてみましょうよ。レティシアの長老の話じゃ、こっちには神鳥レティスの実体がいるって話だったじゃない」
 「そうだったね。それじゃあ・・・まずは、レティシアを訪ねてみよう」
 「村の方々も、この世界と同じ色なんでしょうか・・・? なんだか、不思議な気分ですわね」

 ここまで何もかも闇色なのだ。もしかして・・・という考えになる。
 そして・・・やはりというか、なんというか・・・辿り着いたレティシアにいたのは、周りの風景と同じ、モノクロの人々だった。

 「なっ・・・なんだ、あいつら! ハデハデの変な姿だ・・・。まさか、レティスの仲間なのか!?」

 入り口近くに立っていた男の子が、エイリュートたちの姿を見て声をあげる。

 「ちょっと待て。よく見ろよ。確かに変な姿に見えるけど、レティスとは似ても似つかないぞ。どっちかと言うと、人間っぽい姿じゃないか?」

 そう言うと、男がジッとこちらを見て来た。まるで珍獣扱いだ。気分のいいものではない。

 「うん、ちょっと奇妙だが人間みたいだ」
 「人間だって!? でも、あんな色がついた姿してるの、レティスくらいしか・・・」
 「と・・・とにかく、危険はなさそうだから、ヘタに刺激しない方がいい。お前は長老を呼んでくるんだ!」
 「う・・・うん、わかった!」

 そう言うと、男の子は町の中へと駆け出して行った。残された男は、エイリュートたちを監視するかのようにジッと見つめて来て・・・。その居心地の悪さに、思わず5人は身を寄せ合ってしまう。

 「なんか・・・ものすごくお呼びじゃないみたいね、私たち」
 「それに、村の中が荒れてますわ。何か争いがあったのでしょうか?」

 村の中全てを見たわけではないので、詳しいことはわからないが、表の世界のレティシアと雰囲気が違うのは、そのモノクロ色のせいだけではないようだ。
 しばらくすると、村の奥から村長がやって来る。村長は、表のレティシアで会った長老とよく似た姿かたちをしていた。

 「おお、その姿、もしや・・・? お主たち、ひょっとして世界の破れ目を通って、こちらへ来た光の世界の住人ではないのかね?」
 「は、はい、そうです・・・!」
 「やはりそうじゃったか。ならば、今この時、おぬしたちが来たのは天の意思なのかもしれんな」

 何やら納得した表情の長老だが、エイリュートたちは意味がわからず、顔を見合わせてしまう。

 「・・・ふむ。お主たちに話したいことがあるのじゃ。後ほど、わしの家まで来てほしい。それさえ約束してくれたら、後は隙に村の中を見てもらっても構わんぞ。では、待っておるからな。わしの家は一番大きい建物じゃから、すぐにわかるじゃろう」

 そう言うと、長老はこちらの様子を窺っていたレティシアの住人たちに向き直った。

 「レティシアの民よ、この者たちは、我らに危害を加えるような者ではない。落ち着いて、いつも通りにしておれ」

 長老の言葉に、村人たちはホッとしたようだが、それでもエイリュートたちに奇異の目を向けることはやめなかった。ムリもないのかもしれない。彼らの世界において、“色のついた”人間を見るのは初めての出来事だからである。

 「一目でアッシらの正体を見破るとは、こっちの世界の長老はなかなか侮れないでがすね。アッシらの世界にいたとぼけた長老とはえらい違いでげす」

 何せ、半分寝ぼけていたような状態だったのだ。話している内容も半信半疑だったが、それは間違いなかったようだ。
 村の中を歩いていると、傷を負った馬や、壊れた家々が目についた。一体何があったというのだろうか・・・。事情を聞こうにも、こう奇異の目を向けられるのでは、話しかけづらい。

 「この世界じゃ私たちの方が異常な姿に見えるってわけね。そりゃあ、こっちじゃあの姿が当たり前なんだから、仕方ないけど・・・。でも、正直納得いかないわ」
 「わたくしたちも、見慣れていないので不思議な気分ですけれど・・・。けれど、先ほど、気になることを言ってましたわね。“色がついてるのは、レティスだけだ”と」
 「もともと、レティスは光の世界の生き物だったんですから、それは当然かもしれませんね」
 「そうですわね・・・」

 視線を感じ、チラッとそっちを見ると、明らかに視線を逸らされる。そんな対応が何人か続いた。目を逸らされるというのは、やはりあまり気持ちのいいものではない。
 村の中にいても、居心地が悪いだけなので、エイリュートたちは早速、長老の家へ向かうことにした。場所は、光の世界と一緒である。すぐにわかった。
 家の中に入ると、これまた光の世界と同じ場所で、長老が待っていた。

 「ふむ。よう来なさった。ここに来るまで、村の様子を見たであろう。ならば、早速本題に入るとしよう。この村の荒れ果てた様子、それをやったのが神鳥レティスであることは、お主たちも聞いておるじゃろう」
 「え・・・レティスが!?」
 「何じゃ、聞いておらんかったのか」
 「あ・・・村の人たちは、僕たちのことを変な目で見るので、ちょっと話しかけづらくて・・・」
 「なるほど・・・。この村を襲ったのは、神鳥レティスじゃ。しかし、わしにはどうしてもレティスがそれを望んでしたとは思えんのじゃ。レティスが崇められてきたのは、ただその姿の優美さゆえではない。かの神鳥が人の味方であるゆえなのじゃ」

 長老は視線を落としながら神妙な面持ちでつぶやいた。そして、顔をあげ、エイリュートたちを真摯な眼差しで見つめた。

 「そこで、頼みがある。お主たちには、この村を襲ってきたレティスの真意を問うてもらいたいのじゃ。わしは、お主たちが光の世界から、この地に迷い込んできたことを偶然とは思っておらん。かつて、二つの世界を自由に飛び越えたという、レティスの力。それがお主たちを呼んだのではないか? なれば、レティスにはお主たちを呼び寄せたわけがわかるはずじゃ。きっと、お主たちにならば、真実を語ろう。身勝手な願いだとはわかっておるが、このままでは村人とレティスが戦うことになってしまう。そうならんうちに何とかして、レティスの真意を確かめたいのじゃ。どうか頼まれてくれるか?」
 「レティスの意思を確かめる・・・ということですね? 僕たちは、レティスの力を借りたくて、この世界にやって来た。わかりました。僕たちで、レティスに真意を問いただしたいと思います」
 「おお、やってもらえるか! ありがたい。ではまず、レティスに会わねばな。レティスの姿は、草原に置かれているレティスの止まり木という大岩の辺りでよく見かけられる。とりあえず、そこに行って、レティスを探してみては、どうじゃろうか?」

 レティスの止まり木が、異世界にもあるということか。そして、光の世界でも止まり木の近くでレティスの影を見つけることができた。恐らく、こちらの世界でも止まり木でその姿を見ることができるだろう。

 「この村の荒れっぷりがレティスのせいだとは・・・。まったく許せねえ鳥でげす! 一体、どういうつもりで、こんなことしやがったのか、実際に会って問い詰めてやるでがすよ!」

 ヤンガスは憤慨した様子で、鼻息荒くそう言う。

 「この闇の世界まで訪ねてきて、これでレティスが邪悪な存在じゃ、やってられねえからな・・・。オレたちの苦労に報いるためにも、レティスに何か考えがあることを祈ってるよ」
 「私たち、本当にレティスによって呼ばれてきたのかしら? どうも実感がわかないわね。私たちだって、レティスに会いたくてこの世界に来たんだし・・・。これが勘違いだったら、恥ずかしいことこの上ないわ」
 「レティスの影が、この世界への入り口を開いてくれたように感じました。恐らく、わたくしたちをこちらの世界に呼んだのは、レティスですわ。けれど、なぜ呼んだのか・・・それが、わかりません。わたくしたちが力を借りようとしているのを、レティスは知っているのでしょうか?」

 とりあえず、ここで悩んでいても仕方がない。エイリュートたちは村を出て、止まり木まで向かうことにした。
 光の世界のレティシアは暑くてたまらなかったが、こちらの世界のレティシアはどこか肌寒い。この薄暗く、モノクロな世界がそう感じさせるのかもしれない。
 止まり木に近づき、その岩を見上げた時だった。エイリュートの視界に、色鮮やかな青い鳥が、ものすごい勢いで急降下してきたのだ。

 「!!?」

 呆気に取られるが、その青い鳥は巨大な爪でもって、エイリュートに襲いかかったのだ。慌てて、5人は武器を手に取った。

 「レティス!?」
 「この世界で色がついてるのはレティスだけ、そして鳥・・・まちがいない。あれが神鳥レティスだよ!」

 驚愕の声をあげるゼシカに、エイリュートは冷静に答える。今のレティスの攻撃により、腕から血が溢れていた。
 鮮やかな青い鳥は、容赦なくエイリュートたちに襲いかかって来る。その大きな嘴で、爪で、そして電撃の魔法で。時には眩しい光を放ち、エイリュートたちの目をくらませる。
 そのすさまじい攻撃力は、気を抜けば殺されてしまいそうなほどの威力を感じた。
 ククールがベホマやベホマラーで仲間たちの回復に専念し、ヤンガスの大魔神斬り、エイリュートの雷光一閃突き、ゼシカの双竜打ちでレティスの体力を削る。
 だが、はどこか戸惑いがちにレティスへ剣を向けていた。神に仕える彼女にとって、神の鳥と呼ばれるレティスを傷つけることには、抵抗を覚えるのかもしれない。
 傷つけたと思うと、レティスはベホイミの呪文で己の傷を癒す。このままでは、キリがないと思ったのだが、ヤンガスとエイリュートの攻撃が効いたのだろう。レティスが攻撃の手を止め、うずくまった。

***

 「レティス・・・!」

 慌てて、がレティスに駆け寄り、ベホマの呪文を施す。先ほどまでの鋭い眼光とうって変わって、優しい目つきになったレティスが、羽根を小さく広げた。

 《さすがは、我が影を追って光の世界より訪れし勇気ある者たち。見事な戦いぶりでした。もうお気づきかもしれませんが、今の戦いはあなた方の力を試すために、仕掛けさせてもらったものです。私は今、力ある者の助けを必要としているゆえ・・・どうか許してください》

 そのレティスの言葉に、様子を窺っていたトロデが馬車でこちらへ寄って来た。

 「どういうことじゃ? よもや、わしらに村を襲うのを手伝えとでも言うのではあるまいな? だとしたら、見くびるなよ! そのようなこと、わしらが手を貸すはずなかろう!」

 憤慨するトロデに対し、レティスは静かに語りかけた。

 《誤解しないで下さい。村を襲ったことは、私の本意ではなかったのです。・・・とはいえ、それは私が助けを欲している理由とも無関係ではありません》
 「どういうことです?」

 エイリュートの問いかけに、レティスは少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

 《私はかつて光の世界をも我が物にせんとする暗黒神ラプソーンと戦い、その封印に力を貸しました。そのため、私は暗黒神の配下である魔物たちから恨みを買っており、それが今回のことの原因となったのです。この島にある私の巣の中には、私の子・・・卵が眠っており、やがて訪れる目覚めの日を待っていました。ですが、その私の巣が、暗黒神の配下であった一匹の魔物・・・妖魔ゲモンの手に落ち、卵は人質に取られてしまったのです。ゲモンは、卵を救いたければ、人間の村を襲えと脅してきました。私はそれに屈してしまったのです。まともに戦えば、ゲモンごとき敵ではありませんが、卵を人質にされては手が出せません。それゆえ、私は私に代わってゲモンと戦ってくれる勇気と力を持つ者を探していました》
 「それが、僕たち・・・?」
 《あなた方は、私の影を追って、臆することなくこの影の世界までやって来た。その勇気は称賛に値します。そして今、実際に手合わせしてみて、確信しました。ゲモンを倒しうるのは、あなた方だけだと! どうかお願いします。この島の人々のためにも、私の卵を救ってはもらえないでしょうか?》

 エイリュートたちは、顔を見合わせる。レティスがウソをついているとは思えない。ならば、妖魔ゲモンという魔物が、レティスの卵を人質に、レティスに村の襲撃を命じているということだろう。
 このままでは、村人とレティスで戦いになってしまう・・・とレティシアの長老は言っていた。そんなことは、レティスも、レティシアの村人も望んでなどいない。
 となれば、答えは一つだ。

 「僕たちでゲモンを倒します。僕たちを信じてくれた、あなたの気持ちに応えたい」
 《・・・礼を言います。やはり、あなた方を見込んで、この世界に招いたのは正しい選択でした。私の巣は人の近づけない険しい岩山の頂にあります。ゲモンが見張っているため、私が山頂まで行くのは無理ですが、麓までなら案内しましょう》
 「はい、ありがとうございます!」
 《それでは、参りましょう。あなた方は全員、馬車の中に入るか、掴まるかして下さい》

 レティスの言葉に、ゼシカとが馬車に乗り込み、エイリュートたち男性陣は馬車に掴まった。

 《しっかり掴まっていてください。では、行きますよ》

 そう言うと、レティスは羽を広げて飛び立った。思わず、エイリュートたちは「うわ!」と声を上げてしまう。この手を離したら、地面までまっ逆さまである。
 やがて、レティスは大陸の南にある岩山の麓に降り立った。

 《これ以上近づくと、ゲモンに感づかれる危険があるため、私が案内できるのは、ここまでです。しかし幸いなことに、この岩山の中は空洞になっており、人間の足でも何とか山頂まで登っていけるはず》
 「わかりました。ゲモンを倒し、卵を救ってみせます。待っていてください!」
 《はい・・・》

 エイリュートたちが岩山の中へ入って行く中、だけがレティスを見上げ、慈しむような視線を向けた。

 「・・・レティス」
 《思い出しましたか? 前世の記憶を》
 「はい・・・。私は、あなたの傍に仕える巫女だった・・・。何百年も昔の話ですわね」
 《懐かしいですね・・・。あなたのことは、すぐにわかりました。さあ、仲間が待っているでしょう。お行きなさい》
 「ええ、レティス。待っていてくださいね!」

 笑顔を浮かべ、がレティスの傍を駆け去って行く。その背中を見つめ、レティスは優しい眼差しを浮かべた。

 「姫・・・? レティスと何か話してたのか?」
 「いいえ、大したことではありませんわ」

 岩山の入り口で、自分を待っていた恋人に、は何事もなかったように、いつもの笑顔を向けた。

 《どうか、私の大事な姫を・・・守ってください・・・》
 「?」

 微かに聞こえてきたレティスの声に、ククールは立ち止まって神鳥を振り返る。だが、神鳥は何も言わず、ただエイリュートたちの姿が小さくなるのを見守っていた。