52.神鳥の島

 その海図に示された場所は、シェルダンド王国から南西に位置した。
 の話では「何もない」そうなのだが、確かに海図にはそこに×印がしており、そこから道が出来ている。この海図によれば、何かあるということなのだが・・・。

 「確かに、何もないですね」

 辿り着いた場所には、大きな岩山が4つほど突き出た海面。これが何なんだ・・・と、再び海図を開いたときだった。
 岩山から光があふれ、海面を走ったのだ。あ然とする5人の前で、光の道は人類未踏の島へと伸びて行った。

 「・・・・・・」

 思わず、5人は顔を見合わせる。だが、このような摩訶不思議現象が起こったのだ。この光の道を通って行け、ということなのだろう。
 慎重に、光の道を進んで行くと、先は大陸の岩肌。このまま行けば、ぶつかって、最悪船は大破してしまう。
 慌てて船を止めようとするも、魔法の力で動く船は、なぜか止まらず。引き寄せられるように、岩肌へと進んで行った。

 「ダメだっ!」
 「ぶつかるでげす〜!!!」

 グイッとの身体を抱き寄せ、ククールが目を閉じる。ヤンガスとトロデが抱き合ってうずくまり、エイリュートとゼシカもお互いの身体を抱きしめあって、目を閉じた。
 暗黒神を追う旅も、ここで終わりか・・・と一同の脳裏に同じ考えがよぎった。

***

 いつまで経っても、衝突の衝撃が来ないことに気づき、6人はそっと目を開けた。
 開けた視界、そこに見えたのは南国の風景。どこまでも続く緑と、蒸し暑い空気。ゆっくりと、船は島の端に停着した。

 「あんな方法でこの島はよそ者の侵入を拒んでいたんだな。こりゃあ、どうも普通の島じゃありえないぞ。一体、どんな秘密が隠されてるんだ?」

 の身体を抱きしめたまま、ククールは辺りを見回す。
 と、その6人の頭上に影が出来る。巨大な影だ。モンスターか!?と頭上を振り仰ぐが・・・そこには何もいない。ただ真っ青な空が広がっているだけである。

 「今のは・・・?」
 「一体何だったのじゃ? 影しか見えなかったようだが・・・」
 「アッシには、あの影、大きな鳥のように見えたでげすよ。襲ってきたわけじゃないし、魔物でもなさそうだったけど、でもありゃあ一体・・・?」
 「影しか見えない鳥が現れるなんて、オレたちはどうやら、とんでもない島に来ちまったようだな」

 船から下り、キョロキョロと辺りを見回す。遠くに村のような集落が見えた。まさか、このような島に人が住んでいるのか、と驚きつつも、とりあえず、その村を目指すことにした。
 辿り着いた村は、悪く言えば古臭い、良く言えば素朴な雰囲気の村で、変わった民族衣装に身を包む人間が住む村だった。
 隠れるようにして、この村に住んでいた人々は、外界からの旅人の姿に驚きを隠せない様子だった。
 村の名前はレティシア。神鳥レティスを崇める者・・・という意味だそうだ。
 とりあえず、先ほどの大きな影について、誰か知ってる者はいないか・・・と情報収集をしていると、村長に聞くといい、と教わった。
 村で1番大きな家・・・そこに村長は住んでいる。古風な造りの家は、今まで見たことのないものだった。
 案内された場所にいた老人は、半分眠っていて・・・エイリュートが「あの、すみません・・・」と声をかけると、寝ぼけ眼でこちらを見て来た。

 「うん? なんだ、あんたらは? 見たところ、よそ者のようだが・・・?」
 「あの、実は・・・僕たちは神鳥レティスについてお聞きしたいことがあって、訪ねたんですけど・・・」
 「ほほう。神鳥レティスについて聞きたいとな? それはよい心がけじゃ」

 オホン、と咳払いを一つし、村長はエイリュートたちにそこへ座るよう目配せした。
 椅子ではなく、直接床に座るらしい。そういう風習のないエイリュートたちは、戸惑いながらも、それに従った。

 「伝説によれば、レティスはこの世界と異世界とを行き来する力を持っておったというな。この力は、レティスのみが持つことを許された、特別な力ということじゃ。だが、ある時、異世界の邪悪な存在が、この世界を狙って二つの世界を繋ぐ、巨大な門を生みだしたそうじゃ。レティスはこの企みを阻止するため、異世界へと旅立ち、自らの力を振り絞り、開かれた門を閉ざしたのじゃ。しかし、力を使いすぎたレティスは、己の影のみをこの世界に残したまま、ついに異世界から戻らなかったそうじゃ」

 長老の言葉に、エイリュートたちは顔を見合わせる。やはり、先ほど見た大きな黒い影は、レティスの姿だったのだ。

 「ああ、それと、レティスの力は完全に失われたわけではなく、まれにあの影が異世界への破れ目を作るという話もあるな。破れ目というのが、どういうものかは、わしも知らんが。そいつに入ると、異世界に迷い込んでしまうそうじゃ。まあ、あんたらもいたずらにレティスの後を追ったりして破れ目に入り込んだりせんよう、気をつけるんじゃな」

 とは言うものの・・・エイリュートたちはレティスに力を借りるために、この島へ来たのだ。だが、レティスは異世界にいる。そのためには、その破れ目から異世界に向かうしかない。

 「お前さん方、良ければうちに泊って行くといい。お客さんなぞ初めてなんで、大した歓迎はできんがな。寝床の準備くらいは、させてもらうよ」
 「あ、ありがとうございます・・・」

 だが、案内された場所は、村長のいる場所のすぐ隣。しかも、ドアではなく布1枚隔てた隣の部分だったのだ。
 その上、ベッドではなく、これまた床に直に布団が敷いてある。何もかもが、初めての光景で、エイリュートたちは戸惑うばかりだ。
 だが、文句は言えない。宿屋などというものは、この村にはないのだから。

 「レティスは異世界にいるのか・・・。力を貸してもらおうと思ったけど・・・」
 「もしかして、レティスの影を追っかけるつもりでげすかい? やめときやしょうぜ。本当に異世界に迷い込んだらどうするんでがす!?」
 「でも、僕たちはレティスに会うため、ここまで来たんだ。そのレティスが異世界にいると言うなら、そこに行くしかないじゃないか」
 「・・・アッシは、あまり賛成しないでげすが」

 ヤンガスは異世界という部分が引っかかるようである。何せ、異世界だ。こちらの常識がまったく通用しない世界である可能性が高い。そして、もしも戻れなくなったら・・・と思うと、ブルッと身震いしてしまった。

 「みんなは、どう? 僕はレティスの影を追ってみようと思うんだけど」
 「確かに、エイトの言う通り、レティスが異世界にいるんだったら、行くしかないと思うわ。私たちは、黒犬を倒すために、どうしてもレティスの力が必要なんだもの」
 「そうですわね・・・。レティスに会うため、はるばるここへ来たのですもの。ここで帰っては、何をしに来たのか、わからなくなりますわ」
 「オレは、姫が行くならどこでも行くぜ? それこそ、異世界だってな」

 どうやら、仲間内で反対しているのはヤンガスだけのようだ。こうなると、多数決で行くことに決まってしまう。ヤンガスは渋々といった様子で、それを承諾した。

 「大丈夫だよ、ヤンガス。戻れなくなるってことは、ないと思うよ・・・たぶん・・・」
 「レティスがこっちへ戻れなくなったっていうのが、引っかかるんでげすが・・・」
 「それは、力を使いすぎたためだ、って長老さんも言ってたじゃないか。いつもの強気はどうしたの? ヤンガスらしくないよ」

 そこまで言われてしまっては・・・もはや、反対の言葉など出てくるはずもなかった。

***

 その日の夜、一つの部屋で眠っていた5人。そのうちの1人がゆっくりと起き上がった。周りを見回し、そっと立ち上がると、村長の家を出て行った。
 慣れない寝床なのもあるが、なぜか胸騒ぎがする。この島に着いたとき、あの大きな影を見つけてから。

 「・・・姫? 眠れないのか?」
 「ククール・・・!」

 いきなり、背後から声をかけられ、ビクッと肩を震わせ、振り返った。視界に入ったのは、自身の最愛の人の姿。

 「ごめんなさい、起こしてしまいましたわね・・・」
 「いや、構わない。何せ、あの寝床、布団は敷いてあるが、硬くてね」

 肩をすくめ、困ったようにつぶやくククールに、は笑みを浮かべた。

 「いつもいつも、わたくしのことを案じてくださって、ありがとうございます」
 「何をおっしゃる。それが、あなたの父王との約束ですから」
 「・・・ククールは、お父様との約束のためだけに、わたくしの傍にいてくださってるのですか?」

 いたずらっぽく、が小首をかしげてククールを見やる。ククールは、何を言うのか・・・というように、ため息をついてみせる。

 「オレが、父王の命令のために、あなたの思いを受け止めたとでも?」
 「いいえ・・・信じておりますわ」
 「今さら、言うまでもないと思いますが・・・あなたは、オレを変えてくれた女性だ。今まで、黙ってても女からオレに言い寄って来た。ハッキリ言って、女には不自由しなかった。それなのに、あんたはオレに靡くことなく、オレを焦らした。こんなの、初めてだったんだぜ?」
 「わたくしは、あなたを救いたいと思っただけですわ。ククール・・・あなたの寂しそうな瞳を見て、あなたの力になりたいと思ったのです。ただ、それだけでした。けれど、あなたを知れば知るほど、その心の中の闇が見えてきて・・・あなたのことを、想う時間が増えて・・・」

 そっと、ククールの手がの頬に触れた。視線がぶつかる。そっと顔を寄せ、2人の唇が重なった。

 「あなたの頭の中を独占できたなんて、オレはなんて幸せ者なんだろうな・・・」
 「ククール・・・」
 「この先、どうなるかはわからない。オレたちは、暗黒神を追いかけてるんだからな・・・。だけど、何があっても・・・あなたのことは、オレが守ります」
 「わたくしも、あなたのことを守りますわ。守られるだけの女ではいたくありませんもの。それに、わたくしの実力は、あなたもよくご存じでしょう?」
 「これは参った・・・オレの口説き文句を、そんな風に返されてしまうんだからね」

 本当に困ったように、ククールは微苦笑を浮かべて、銀髪をクシャリと掻いた。

 「早く、黒犬を・・・暗黒神を倒して平和な世界を取り戻したいですわ・・・」
 「・・・そうですね」

 がそっと、ククールの胸に頬を寄せる。その肩を抱きしめ、少しだけ不安になる気持ちを奮い立たせた。

***

 翌朝、村人に聞いたレティスの止まり木という場所に向かうことになった。レティスの影は、そこでよく見かけるという情報のもとだ。
 レティシアを出て、しばらく歩いていると、の横を歩いていたククールが手でパタパタと自分をあおいだ。

 「それにしても、この島は暑くて敵わねえな・・・。ゼシカやヤンガスは薄着だから、マシだろうけど、オレの服はこの通りだから、たまらないぜ」
 「少し、脱いだらどうですか? それか、エイリュートのように袖を捲るとか・・・」

 確かに、南に位置するこの島は温暖で、つい先日までいたオークニスと比べると、気温の差が激しい。ヌーク草の効果が切れていてよかったな・・・と一同は思うのであった。

 「あった・・・きっと、あれがレティスの止まり木だね」

 エイリュートが指差した先にあったのは、木ではなく、岩をアーチ型に建てたオブジェのようなものだった。
 暑い中、歩き、ようやく着いた止まり木。すると、そこへ昨日見た、あの大きな影が再び一行の足元に現れた。

 「よし、追いかけよう!」

 エイリュートの言葉に、ヤンガスたちはうなずき、影を追いかける。悠々と飛び、西へ西へ向かうレティスの影。まるで、エイリュートたちをどこかに導いているかのようだった。
 やがて、小さな丘の上にたどりつくと、突然影がエイリュートたち目がけて飛んできた。驚いて咄嗟に目を閉じたエイリュートたちだが、目を開けた瞬間、飛びこんできた光景にあ然とした。
 空間に、真っ暗な渦が巻いている。そこだけまるで切り取られたかのような、異様な光景だ。手を差し入れてみても、何も掴めない。ただ、どこかに通じているのだけは確かなようだ。渦の向こう側に手は伸びていない。

 「・・・これが、もしかして二つの世界を結ぶ、破れ目?」
 「そうよ、きっと。この中に入ると、異世界へ行くんだわ!」
 「異世界がどんな場所は、わからないけれど・・・レティスが僕たちを呼んでる。そんな気がするんだ。あの影は、僕たちをここへ招いた。ここへ飛びこめってことだと思う」

 うん、と仲間たちはうなずく。ここまで来たら、異論はない。
 だが、何が待ち受けているのかわからない場所へ向かうのだ。一行の間に緊張は走る。
 は思わずギュッと隣に立つククールの服を掴んでいた。その愛しい王女の様子に、ククールはフッと微笑み、そっとの手を握る。

 「ククール・・・?」
 「できれば、こちらの方がうれしいですね」

 繋いだ手にギュッと力をこめれば、がうれしそうに微笑み返してくれた。

 「よし、行こう!」

 エイリュートの声に、一行はその黒い渦の中へと足を踏み入れたのだった。