50.ギャリング家の試練

 「おい! フォーグ、てめぇ、どういうつもりだっ!!!」

 竜骨の迷宮の入り口でエイリュートたちを待っていたのは、やはりフォーグとの2人だった。
 ククールがの姿を認めると、すぐにフォーグに掴みかかり、エイリュートが慌ててそれを止めているところである。

 「ちょっと! ヤンガス! ゼシカ! キミたちも止めてよっ!!」
 「そんなこと言われてもねぇ・・・」
 「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られてなんとやら・・・でげす。ククールがブチ切れるのもムリはない話でげすなぁ」

 ねぇ・・・と、ゼシカとヤンガスは顔を見合わせた。当のはオロオロし、だがククールの怒りの原因が自分にあるのだとわかると、すぐさま、恋人の腕を掴んだ。

 「ククール、落ち着いてください! フォーグさんは、自分1人でここまで来るのが危険だと感じて、わたくしに声をかけたのですわ!」
 「だったら、最初からオレたち5人と一緒に行けば良かっただろう!!」
 「エイリュートたちは、準備があると思ったのですわ。これは、フォーグさんなりの心遣いです」
 「そんな言葉にだまされるかっ!」
 「いけません、ククールっ!!」

 掴みかかっただけでなく、腰の剣に触れようとしたククールの身体に、が体当たりをかました。いきなりの横合いからの攻撃に、ククールの身体がフォーグ、もろとも倒れた。
 そのままククールに馬乗りになり、が必死に説得をする。

 「・・・まったく、先行き不安だな」
 「あんたが言うな!」

 髪の毛を払い、悠長につぶやいたフォーグに、エイリュート、ヤンガス、ゼシカ、ククールの声が重なった。

***

 かなり複雑な竜骨の迷宮の中を、エイリュートたちは魔物を蹴散らしながら進んで行った。果たして、先に行ったユッケは、どのくらい進んでいるのだろうか?
 エイリュートたちは、ワガママそうだからという理由で、ユッケを選ばずにフォーグを選んだことを後悔していた。このカジノの跡取り息子は、何かというとにちょっかいを出し、そのたびにククールの怒りを買っているのだ。
 は「フォーグさんを護衛するのが、わたくしたちの役目です」と言い、魔物が出るたびに彼女の背後に隠れるフォーグをかばう。ククールには、それが面白くない。
 その上、フォーグはを口説いているのだ。「カジノのオーナー夫人にならないかい?」と声をかけているときは、思わずザキの呪文をつぶやいているククールがいた。このままでは、魔物だけでなく、フォーグとククールの相手もしなくてはならないため、エイリュートはフォーグに厳重注意を言い渡した。

 「いいかい、フォーグ。姫は聖王国シェルダンドの王女なんだ。そして、ククールはそんな姫の一応、恋人だ」
 「おい、なんで“一応”に力を込める」
 「キミが2人の間に入り込む余地はないんだ、わかったね?」

 とは言ってみせたものの、エイリュートの言葉がどこまで通じたかは、わからない。結局、最後までフォーグはの背後に隠れていたからである。
 そして、最深部まで辿り着いたとき、一同の視界に衝撃的な映像が飛び込んできた。
 なんと、ユッケが二体のモンスターに襲われていたのである。

 「ユ、ユッケ・・・!」

 フォーグの声に反応して、微かにユッケが身動きする。どうやら、最悪の状況は免れたらしい。ホッとした表情を見せたのも一瞬で、すぐさまフォーグは小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 「無様だな、妹よ。姑息な手段で私を出し抜いた結果が、そのざまか。情けない。お前は昔からそうだったな。私に張り合おうと無茶をした挙句、周りに多大な迷惑をかける。まあ、私とて鬼ではない。お前が一言“助けて”と頼めば、いつものように助けてやるぞ。さあ、早く助けを求めろ」

 あくまで上から目線で言葉をかけるフォーグだが、対するユッケは何も言わない。うつむいたままである。さすがにフォーグもそれには焦った。妹の目の前には、巨大なモンスターが二体もいるのだ。放っておけば、確実に殺されてしまうだろう。

 「ユッケ! 聞いているのか? 返事をしろ! おい、ユッケ!」

 と、モンスターの片方がユッケ目がけて腕を振り上げる。

 「危ない、ユッケ! 逃げろ!」

 咄嗟に、フォーグが走りだす。そのフォーグの身体を、モンスターが難なく弾き飛ばした。フォーグの身体は壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちた。

 「・・・お、お兄ちゃん! なんでここにいるの!? 何があったの・・・」

 どうやら、気を失っていたらしいユッケは、突然姿を見せた兄の姿に驚き、ピクリとも動かないことに動揺している。

 「エイリュート!」
 「はい!」

 の声に、エイリュートたちは武器を抜く。とにかく、このモンスターをフォーグとユッケから引き離さなければならない。
 ゼシカのイオラが炸裂し、二体のモンスターが振り返る。どうやら、標的をエイリュートたちに変えてくれたらしい。
 巨大な身体を震わせ、レッドファングとブルオーガが襲いかかって来る。すさまじい攻撃力だ。エイリュートは繰り出される拳を盾で防ぐが、力負けしてしまう。
 ククールのスクルトも、ほとんど効果がない。障壁をくぐり抜け、二体のモンスターの拳が5人に容赦なく襲いかかる。
 ゼシカが鞭を取り、双竜打ちをお見舞いする。すると、二体のモンスターはゼシカへ狙いを定めた。レッドファングが飛びあがり、ゼシカにそのまま拳を振りおろそうとする。

 「ゼシカっ!!」

 寸でのところで、エイリュートがその身体を抱きかかえ、飛び退く。ゼシカが立っていた場所に、拳が振り下ろされ、床に大きな穴が開いた。

 「なんつー馬鹿力・・・」
 「あまり近づくのは賢明ではありませんわね・・・。ヤンガス、エイリュート、気をつけて!」

 こうなったら、魔法で勝負だ。が呪文を詠唱し、ククールも同じく詠唱を始める。

 「イオラっ!」
 「バギクロス!」

 とククールの声が重なる。竜巻に爆発が巻き起こり、二体のモンスターを包み込んだ。すさまじい爆撃に、エイリュートとゼシカは目を閉じる。
 ヤンガスが手にした斧を振り回し、真空波を生みだす。たじろいだその一瞬を見逃さず、エイリュートは背中の槍を抜き、さみだれ突きをお見舞いした。
 素早いその攻撃に、二体のモンスターの身体が倒れた。その巨体が消滅し、5人はホッと息を吐いた。

 「・・・ユッケ! フォーグ!」

 エイリュートが兄妹に視線を向けると、ユッケがフォーグの身体を前にし、顔を手で覆っていた。まさか・・・最悪の事態が起こってしまったのか。一体、なんのための護衛だったのか。エイリュートたちは視線を床に落とした。

 「・・・ごめんね、お兄ちゃん。あたしを庇ったばっかりに・・・。ううん、でもあたし泣かないよ。ここで泣いたら、あたしを守ってくれたお兄ちゃんに笑われちゃうよね。あたし、強くなるよ。そして、立派にパパの跡を継ぐわ。お兄ちゃんも天国のパパと一緒に・・・」

 思わずジーン・・・としてしまった。なんて健気なんだろう・・・そう思った時だった。フォーグがパチッと目を開け、起き上がったのだ。

 「ぎゃああ! 生き返ったぁ!」
 「・・・妹よ。一人漫才はそのぐらいにしろ。最初から死んでなどいない。少し気を失っていただけだ」

 悲鳴を上げたユッケに、フォーグは冷たく言い放つ。そんな兄に、妹はフン!とそっぽを向いた。

 「ふん! 何が気を失っていた、よ。いつまでもタヌキ寝入りを続けるから、ちょっと芝居を打っただけよ」
 「そうか、バレバレだったか・・・。私が死んだら、お前が悲しむかどうか、ちょっと試してみたくなってな」
 「当然、悲しむわよ。二人っきりの兄妹なんだから」

 なんと、また憎まれ口を叩くかと思ったユッケが、素直にそうつぶやいた。そんな妹を、フォーグが優しい目で見つめた。

 「そう。二人きりの兄妹なんだ。当然、お前が死ねば、私だって悲しむ。特に、今回はかなり危険だった。あと少し到着が遅れれば、妹よ、お前は魔物の餌食だったんだぞ!」
 「ご、ごめんなさい。今回はどうしても勝ちたかったのよ。お兄ちゃんにはいつも負けてるから。でも、もういい。パパの跡継ぎはお兄ちゃんに譲るわ」

 意外なユッケの言葉に、フォーグが呆気に取られる。まさか、こんなにすんなりと跡継ぎを放棄するとは思わなかった。

 「どうしたんだ、いきなり!? ずい分と諦めがいいな」
 「助けてもらったし、今回だけは譲るってこと。でも、次の勝負があったら、絶対に負けないんだから!」

 強気な口調でそう言うと、ユッケはエイリュートたちに向き直った。

 「というわけで、試練の扉まであと少しだから。お兄ちゃんの護衛のキミたちも、ちゃんとついてきてよね」

 そう言うと、クルッと踵を返し、部屋の奥へと進んで行ってしまった。フォーグも妹の後に続き、エイリュートたちはホッと顔を見合わせた。

 「フォーグとユッケは、さすが兄妹だけあって、似た者同士でがすね。とくに素直でないところなんか、そっくりでがすよ」
 「本当だね・・・。素直に“ありがとう”とか“ごめんなさい”って言えばいいにのね」
 「憎まれ口を叩きながらも、ユッケちゃんはフォーグのことを兄として慕ってるんだな」
 「へっへっへ。イヤよ、イヤよも好きのうちってやつでがすかね?」
 「お前の言語感覚は、かなりおかしいと思うぞ・・・」
 「何だってぇ!?」

 ククールの言葉に、ヤンガスが食ってかかろうとするので、慌ててエイリュートが止めた。がそんな男性陣を見てクスッと笑う。

 「護衛の仕事を引き受けて、ホントによかったわ。だって、兄妹が仲直りするきっかけを作ってあげられたんだもの」
 「そうですわね・・・。経緯はどうあれ、あの2人はお互いが大事だということに気づいたようですから」

 試練の扉前で、並んで立つ二人の兄妹を見つめ、ゼシカとは顔を合わせ、微笑みあった。

***

 試練の扉の前に、フォーグとユッケは並んで立っていた。やがて、意を決したように、フォーグが一歩前へ出た。

 「これが試練の扉か・・・。これを開けば、家長の印が手のひらに刻まれるんだな」

 そう言って、フォーグが扉の取っ手に触れると、ジュッと音がし、肉の焼けるイヤな匂いがした。

 「あちちちぃ! くそっ! まるで焼印だな。こんなのを両方とも開かないといけないっていうのか・・・」
 「あ〜ら、どうしたの? お兄様。触れただけでそのザマじゃ、両開きの扉を1人で最後まで開けるなんてムリなんじゃない? そういえば、お兄ちゃんてさ、ちょっとしたケガでも痛い痛いって大騒ぎするクセあったよね」
 「フン、言ってくれるじゃないか。だったら妹よ、お前もここに来て、この扉を開けてみるか?」

 なんと、信じられない提案をしてきたフォーグに、ユッケは一瞬、呆気に取られた。だが、すぐにいつもの勝気な表情を覗かせた。

 「別に構わないわよ。でもいいの? 2人で扉を開けたら、家長の資格を持つ者が2人になる。またケンカの種になるわよ」
 「うっ・・・しまった。だが、男に二言はない。いいだろう。2人で父さんの跡を継ごうじゃないか。さあ、来いよ」

 意外なフォーグの言葉に、ユッケは目を丸くし・・・クスッと苦笑いを浮かべた。

 「せっかく1人で家長になれるチャンスを棒に振るなんて、バカね。後で悔やんでも知らないわよ」
 「じゃ、そっちは任せたぞ」
 「うん、任されたよ」

 そう言うと、2人はそれぞれ扉の前に立った。そして、2人で扉を引き開けた。
 扉の向こうは、何もない静かな空間が広がっていた。部屋の中央に、1つの水晶が置いてあるだけだ。

 「あーあ、しんどかった。早く帰って、手のひらのヤケドの手当てをしたいよ」
 「帰るのは、この奥の部屋でご先祖様のお言葉を賜ったあとだ」

 そう言って、部屋の中に入った2人はきょろきょろと辺りを見回す。エイリュートたちも、ゆっくりと部屋の中へ入った。ギャリングと関係ない自分たちが、入ってもいいものか。
 だが、これといって異変は表れない。大丈夫ということか。

 「ギャリング家のご先祖のありがたい言葉をここで聞けるらしいんだが・・・。詳しいことは、私にもわからない。こんなことなら、もっと父に聞いておくべきだったよ」

 フォーグがため息まじりにつぶやき、ユッケは何かないかと部屋内を歩き回る。

 「石碑か何かがあって、そこにご先祖様のお言葉が刻まれていると思ったんだけど、予想がハズレたわ。他にそれらしいものはどこにも見当たらないし・・・せっかくここまで来たのに、どうすりゃいいのよ、もうっ!」

 ユッケが腰に手を当てて憤慨する。だが、エイリュートは部屋の中央に置かれていた水晶が気になった。そっとそれに手を触れると、突然水晶が光り、そこから1人の大柄な男が現れた。いや、映し出された。

 《よくぞ・・・までたどり・・・た。我が血を・・・よ・・・。見事、継承の試練を・・・そなた・・・我が一族の・・・を利かせ・・・。心して聞くが・・・い》

 ところどころ途切れてはいるが、間違いなくこれがご先祖様の言葉だろう。

 《そなたの身体には、古の・・・を・・・した・・・の、尊い血が流れている。・・・一族の血をけして絶やすな。我ら大いなる使命を受け継ぐ者。我ら一族の血が続く限り、世界の平和は保たれるであろう》

 それだけを言うと、男の姿は消えてしまった。
 今の言葉に、エイリュートたちは顔を見合わせた。途切れてはいたが、何を言いたいのか、わかっていた。
 ギャリング家は賢者の末裔なのだ。そのため、その血を絶やすな・・・と言っていたのだが・・・。

 「一族の血を絶やすなって言われても、うちらは拾われた子だから、どだいムリな話よね。パパが殺された時点で、ギャリング一族の血はぷっつり途絶えちゃったわけだしさ」

 ユッケの言う通りだ。ギャリングには実子がいない。つまり、賢者の血はここで途絶えてしまったのだ。

 「まあ、私たちは私たちに出来ることをしようじゃないか。カジノをもっと大きくするとか。とにかく、ご先祖様の言葉も聞けたことだし、後は町へ帰るだけだ。帰りもしっかり護衛を頼むよ」

 フォーグの言葉に、エイリュートはうなずく。ゼシカがリレミトの呪文をかけ、そのままルーラの魔法でベルガラックへ戻った。

***

 2人が同時に帰ってきたことを、町の人々は驚いて出迎えた。まさか、2人が一緒に帰ってくるとは思わなかったのだろう。
 町の人々の前で、兄妹は2人でギャリング家を継ぐことを決め、明日からカジノを再開させることを約束した。その2人の手のひらには、確かに家長の印が刻まれていた。
 フォーグの厚意により、その日は再びギャリング邸でごちそうをいただき、ベッドも借りることができた。
 大変な試練だったが、報酬としてカジノのコインを600枚もらい、エイリュートたちは兄妹に別れを告げて、家を出た。

 「行っちゃったね。これでお別れか・・・」

 静かになった居間の中で、ユッケが寂しそうにつぶやいた。

 「彼らと出会う前は、まさかこんな結果になるなんて思いもしなかったよ。2人そろって父さんの跡を継ぐなんてな・・・。今にしてみれば、お互いが自分1人で跡を継ぐと言い張っていたのがウソみたいだ。人間の気持ちなんか、案外、簡単に変わるものなんだな」

 フォーグが手のひらの印を見つめ、感慨深くつぶやいた。その兄を、妹は振り返って詰め寄った。

 「ちょっとお兄ちゃん、突然心変わりして、やっぱり1人で跡を継ぎたいとか言い出さないでよ・・・? あたし、不安だわ」
 「そんなことは絶対に言わんよ。この手のひらの印に誓って」

 そう言って、フォーグは印の刻まれた手のひらを差し出した。

 「じゃあ、あたしも、この家長の証と・・・パパに誓うわ。兄妹2人で、力を合わせ、ギャリング家を継いでいくってね」

 ユッケも兄の手に、家長の印の刻まれた手を差し出した。
 手のひらを合わせ、兄妹が笑う。幸せそうな2人の兄妹の姿に、肖像画のギャリングが笑ったように見えた・・・。